表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/115

金級狩り

 カイルは翌日には完治していた。


「ご迷惑をおかけしました」


「気にすんなよ、それより体調はもういいのか?」


 朝一に謝りに行ったカイルを、ディカ達は笑顔で受け入れる。


 つくづく思うのだが、カイルのコミュ力高くないか?


 保護者気取りしてる俺が恥ずかしくなってくるくらいに優秀でビビる。


 一体どこであの礼儀正しさを学んだのだろうか。


 ……親の王族かなぁ。


 親の話はタブーと察して触れないようにしている。


 いつかカイルの中で整理をつけなければならないだろうが、それはきっと今じゃないからな。


 病み上がりにも関わらず元気に仕事に向かおうとするカイルの背中を見ていたが、ふと思い出した。


「カイル、ちょっと待って」


「え、何?」


「あーってして」


「あー?」


 素直に開いた口に、ルレック飴を1つ放り込む。


 何を食わされた? と恐る恐る噛んだカイルは、味を確かめるとバリバリ食べ始めた。


「昨日あげるつもりだったんだけどね。 病気頑張ったご褒美だよ。 今日の夜にでも皆で食べよう」


 カイルはモグモグしながらも、元気に手を振ってアガパの民の元へ向かう。


「ガゥーウ」


「行ってらっしゃーい」


 誰かを見て元気を貰うなど、地球にいた頃には感じなかった。


 しかしカイルの背中を見ていると、俺も頑張るかと思えるので不思議だ。


 あんなにキラキラした目で見てくれるのなら、その期待を裏切らないように成長せねばならない。





 ………という訳で、やって来たのは赤脈旅団の三階建てハウスだ


 ムアは赤脈の花畑付近で子供達の相手をする為に別行動である。


 さて、目的の人物は今日は非番だと聞いているが……。


「スターニー、いる?」


「……アギトかい? どうしたんだ急に」


 声は2階から聞こえきた。


 見上げれば、スターニーが窓から顔を出している。


「休みに悪いんだけど、もし暇だったら模擬戦して欲しいんだよ」


「ほう?」


「ルマネアと模擬戦した後に『スターニーとも1回戦ってみるといいわ。 彼との模擬戦はとっても勉強になるはずだから』って言われたので、是非手合わせお願いしたい」


 スターニーはルマネアの声真似に笑うと、「少し待ってくれ」と言って10秒も経たずに颯爽と飛び降りてきた。


「早いね」


「何時どんな状況でも対応出来るようにするのが、私のような戦士の心得なのさ」


 おお、早速先生モードだ。


「私には団長のような鋼の肉体も、ルマネアのような鉄壁の結界も……それに、アギトのような再生能力も無いからね」


「なるほど……俺も不意打ちで首跳ねられたら流石に死ぬし、心得ておくよ」


 それを聞いて、スターニーは思い出したように手を叩く。


「頭と胴体を傷つけなければ他はどれだけ切り刻んでも再生出来るんだったか」


「あー、まぁそう」


 人伝に知れ渡る度に、俺の手足への扱いがぞんざいになってくなぁ。


「そうだ、アギト。 私の固有能力は知っているかい?」


「それ聞いていいの?」


 手の内をある程度潜めておくのも、冒険者として生き残る術だと思っていたのだが。


「ああ。 私の固有能力は元より知れ渡っているからね」


 ほーん、なんだろう。


 ディカ、ルマネアと並び赤脈旅団の3巨頭の1人だ。


 相当協力な固有能力だと考えて間違いないだろう。


「んー……剣を使うからどんな物でも切れるようになる固有能力とか?」


「そんな固有能力はあったら是非欲しいところだね」


 魔力量の話は聞いていたから、強大な力で吹き飛ばす系のものでは無いのだろうが……


「正解は身に迫る危険の察知と、気と魔力の僅かな回復力上昇、以上だ」


「2つだけ?」


「そう、2つだけだ」


 こうなるとスターニーの戦闘スタイルが、剣1本のみで戦う想像しかつかなくなってしまう。


 剣とは手足の延長線上で使える便利な武器だが、得物1本で出来ることには限界がある。


 あれじゃないこれじゃないと考えている間に、いつの間にやらギルドに着いてしまった。


 しかし間の悪い事に、現在の受付はセプシオだ。


 はてさて、どう篭絡したものか……と考えている間に、先手を取られてしまった。


「スターニーさん、おはようございます。

 アギトも居るって事は……模擬戦ですか?」


「ああ。 訓練場を汚すかもしれないが、綺麗に掃除するから安心してくれ」


 流石スターニー、あらかじめ対策を伝える事で、拒否されにくくする作戦のようだ。


「構いませんよ。

 ただその……前線を離れたとは言え、私も剣士の端くれです。

 是非見学させていただいてもよろしいでしょうか」


 ほう、これは予想外の反応だ。


「つーかセプシオの得物って剣だったんだ」


「ああ。 これでも、剣1本のソロ冒険者で銀級にまで上り詰めたんだぞ。

 もっとも、同じ銀級でも俺とスターニーさんじゃ天と地の差があるけどな」


「見学は構わないが……受付がいなくなってしまうんじゃないかい?」


「それは……少々お待ちください」


 セプシオはギルドの二階に駆け上がると、他の男性職員を一人連れて戻ってきた。


「お前がやってた書類は後でやっておく。 俺はアギトとスターニーさんの試合の立会人をしてくるから、受付は任せたぞ。

 お待たせしました、行きましょう」


 ギルド職員の「書類はいいんで、俺も立ち会いたいッスー!!」との叫びをスルーし、セプシオはウッキウキで廊下を進む。


「アギト、お前頑張れよ。

 スターニーさんが訓練つけてる所は見た事があるが、技量に差がありすぎて殆ど技術が見られなかったんだ。

 お前なら出来る、信じてるぞ」


 何時もの堅物はどこへ行ったのやら。


 あんたはそんな兄貴みたいなキャラではなかろうが。


 振り返れば、見物客がゾロゾロ着いてきているし。


 ギルドに向かう途中から着いてくるやつが多いなーとは思っていたが、俺とスターニーの模擬戦を察知して集まっていたらしい。


 訓練場の定位置に立ち、スターニーと向かい合う。


 着の身着のままに剣1本を下げるスターニーに対し、俺は筋肉外付けや気など身体強化モリモリのフル装備だ。


「では……胸をお借りしようか」


「いいだろう、来なさい」


 スターニーの佇まいに遠慮は無礼と判断し、パッと思い付いた最善手を繰り出す事にした。


 骨棘の生えた鞭で薙ぎ払いつつ、それと同時に背中から腕を4本生やして骨槍を同時に投擲する。


 剣1本でこの連続攻撃の処理は、不可能では無いがリスクの方が大きいだろう。


 ならばスターニーの選択肢は限られてくる。


 跳躍して躱すスターニー目掛けて、俺は体で隠して準備していた骨槍を伸ばし……


「はぁ!?」


 離れていたはずのスターニーは、骨槍を破竹の如く叩き割って俺の目の前に迫っていた。


「やっべ」


 咄嗟に肉壁と骨の2段重ねの盾を背負い、手当り次第に棘を生やしてカウンターを試みる。


 だが盾から伝わって来たのは、棘がなぎ払われる軽い感触と、微弱な魔力だった。


 まずい!!


 本能的に盾を残して脱出すると、硬い装甲の一部が貫かれていた。


 あの位置は……俺の腹があった場所だ。


 さっきの微弱な魔力はソナーか何かだろう。


 つーか胴体やんけ。


 まぁ臓器なら心臓とか以外は再生出来るけれども。


 考えつつも手を動かすことは止めない。


 スターニーが剣を引き抜く前に、足元からガンガン血肉骨フィールドを広げてゆく。


 慢心は無い。


 どんな攻撃が来ても防げるように、更に立体的に骨と肉を組み上げてゆく。


 ガンガン足場を創る俺に、ゆったりと剣を引き抜いたスターニーはフムと納得したように頷いた。


「アギト」


「んぬ?」


「しのぎ切ってみなさい」


 言うが早いか踏み込んだスターニーに、忍び寄らせていた血溜まりから無数の骨槍を突き付ける。


 スターニーはヒラリ舞うと、旋風に揺られる木の葉のような不思議な軌道で、俺の追撃を躱しグングン詰めてくる。


「まじかよ」


 四方八方から突き出た棘や、雨のように降りかけた酸ですら当たらないスターニーに、このまま根ざして戦うのは自殺行為だ。


 そう判断した時には、スターニーは目前まで迫っていた。


「チッ」


 肉の根から体を切り離し、生み出した骨組みを足場にして攪乱を試みる。


 だがスターニーは、今度はまるで稲妻のようにジグザクと立体的に追いかけてくるでは無いか。


「これならどうだっ!」


 表面に酸を塗りたくった肉壁を広げて進路を幅みつつ、形だけを再現した俺の形の肉人形を4体創り出す。


 これなら魔力も気も通っているから、サーチが効かずにうざかろうて。


 本体である俺は当然、反撃準備だ。


 驚いた事に、スターニーは酸まみれの肉壁を難なく切り裂いて道を作ってきた。


 だが今スターニーが目にしているのは、俺の形をした肉人形だ。


 肉人形が襲いかかるのと同時に、その内の一体を貫いて全力で骨槍を突き出す。


 だが槍から伝わってきたのは、押し寄せる強力な気の波であった。


「やべ」


 腕の付け根から自切すると、切り離した腕は気の逃げ場が無くなり跡形もなく弾けてしまった。


 骨の破片が目に刺さるがそれどころでは無い。


 肉人形を突破したスターニーが、剣を振りかざしているのだから。


 一瞬の攻防………いや、俺の抵抗も虚しく、スターニーはすれ違いざまに剣を振り抜いた。


 首に僅かな痛みが走る。


「ほら、私の勝ちだ」


 恐る恐る首に触れてみれば、薄皮1枚にも満たない浅い切り込みが、俺の喉仏から脊椎まで乱れること無く引かれていた。


 俺は1回死んだらしい。


「アギト、君の固有能力は確かに強力だ。

 しかし体から生やす特性上、どうしても動きが鈍くなってしまう。

 そこで私から提案だ」


 スターニーは試合開始前の位置に戻ると、くるりと俺に向き直った。


「自分の型を見つけるといい」


「型?」


「そうだ。 例えば、私に詰められた時やカウンターを受けそうになった時、アギトは直ぐに自切して体制を建て直しただろう?」


 あ、何となく言いたい事は分かったぞ。


「つまり、『こんな攻撃が来たら、こう対処しよう』っていう基準を作るって事か」


「その通り。 アギトの固有能力は様々な形で発展と応用が効く。

 だからこそ自分の戦闘スタイルの基礎をしっかり固めておけば技術はその上に発展し、アギトはもっと強くなれるよ」


「基礎か……」


 言われて考えてみる。


 俺のそもそもの立ち回りは、再生能力を活かした肉弾戦だ。


 そっから分が悪かったり、地形的な有利を取りたい場合は肉やら骨やらを生やして足場を創ったり、遠距離攻撃に派生させている。


 だがその遠距離攻撃の際に機動力が落ちてしまうのを欠点と言われたのだ。


 なら、一定の距離近付かれたら切り離すように徹底するか?


 もしくは……


「スターニー、試したい事が出てきたんだ。

 しばらく付き合ってくれる?」


「勿論だとも。 今日はその為に来たんだろう?」


 剣を構え直したスターニーに、俺は再び攻撃を仕掛けるのであった。



●●●●



「休日を丸1日潰しちゃって悪かったね」


 一般客のいなくなった湯船で、星空を見上げながら話しかける。


「なぁに、私も楽しめたから気にしないでくれ。

 久々に体を動かせていい休日になったよ」


 営業を終えた赤脈の花畑で、俺とスターニーは丸1日酷使した全身を休ませていた。


 模擬戦は昼に串焼き売りの休憩をした以外、日が暮れるまで通しで続けられたのだ。


「頭がグワングワンする……」


「沢山考えたいい証拠さ」


 固有能力のお陰で肉体的な疲れは無いが、模擬戦の最中は考えっぱなしだったせいで頭が疲れた。


 今固有能力で出来ることと言えば、脳が欲してる栄養素を優先的に送り続けるくらいだ。


「でも最後の方は動きも随分機敏になってたんじゃないか?

 あのカウンターを防がれたのは正直驚いたよ」


「あれはねぇ、固有能力で感知したんだよ」


「組み合わせて使ったのか。 いいじゃないか」


 模擬戦を重ねるにつれスターニーに言われた基礎が固まってきた俺は、徐々に応用を模索する余裕が出てきていた。


 その時に使ったのが悪意を感知する固有能力だ。


 スターニーの微弱な攻撃意識を察知し、えげつない刃の切り返しを防ぐことに成功したのだ。


 その後?


 発勁で吹き飛ばされてぶった切られましたが何か?


 100を超える数は仕切り直したが、当然の如く全敗だ。


 だがスターニーが上手に加減してくれたおかげで、ある程度自分の戦闘スタイルや強み弱みについて理解出来たように思う。


 それと同時に、戦えば戦うほどスターニーとの実力の差をヒシヒシと感じた。


 ディカが気の化け物、ルマネアが魔法の化け物なら、スターニーは技術の化け物だ。


 体術剣術だけでなく、気による身体強化や武器への付与、更には微弱な魔法を巧みに使い、俺の猛攻をそよ風以下にして受け止めてみせたのだから。


 驚くべきは、気でも魔法でも、一度に使われる量がほんの僅かだと言う点にもある。


 一般人でも練習すれば簡単に使えるような魔法。


 それを適切なタイミングで寸分の狂い無く使い、巨大な歯車を油1滴で動かすような立ち回りをして見せたのだ。


 何しても通用しない気すらしてくるが、その意識の裏をかいてみたいと思うのは俺のひねくれた性なのだろう。


「………何とか全部吸収して、ものにしないと」


「逞しいね。 明日は午後なら空いてるが、またやるかい?」


 どこぞの喧嘩屋の『まだやるかい?』が脳裏によぎり、思わず笑みが漏れる。


「ありがたい。 気仙がばてるくらいには付き合っていただこうか」


「おっと、そう言われたら引けないな」


 楽しそうに笑うスターニーだが、ふと「あ、」と声を漏らした。


「そういえば、アギトは赤脈旅団には入らないんだって?」


「あー、まぁ」


「別に責めるわけじゃ無いさ。 でもアギトはうちの皆と仲良くしているから、てっきり着いてくるものだと感じていたよ」


 ………嬉しい言葉だ。


「もしかしてそれは固有能力が関係しているのかい?」


 踏み込まれた質問だったが、不思議と心は軽く答えられた。


「それもある。

 そういや言おうと思って忘れてたんだっけ」


 話そうと思ったきっかけは、やはりリーチェと話した時だ。


 あれから護衛依頼中しばらく考えたが、やはり赤脈旅団には話しておこうと思ったのだ。


 せっかく強くなれる環境で、出し惜しみして成長の機会を逃したくは無い。


 もしおかしな輩に目をつけられても、いざとなればカイルを抱えてムアに飛び乗り3人で何処までも逃げてしまえばいい。


 カイルの風邪ですっかり忘れていたが、固有能力の件はその内ディカやルマネアにも話すつもりでいた。


 異界の民である事や赤脈旅団に会うまでの経緯、俺の固有能力などを、自分の中でも整理が着くようにゆっくり話し続ける。


 スターニーは俺の出身や固有能力の話を、静かに最後まで聞いてくれた。


「……そうか。 前の世界からも、ここまで来るのは大変だったろう」


「いや………」


 否定しようとして、声が詰まった。


 ありきたりな言葉なのに、素直に胸に落ちてしまったのだ。


「……そうかも。 確かに大変だったわ」


 スターニーの落ち着いた声音か、それとも湯にでもほだされたのだろうか。


 俺の口からは堰を切ったように言葉が出てきた。


「俺が赤脈旅団に着いて行かないのは、別に皆の事が嫌いな訳じゃない。

 ただ、俺は何処かに所属出来るほど意思が強くないんだよ」


 自分の意思の弱さに気が付いたのは、小学校高学年の頃だったか。


 クラスの陽キャと呼ばれる一軍と遊ぶようになってから、その陽キャ達がいじめをし始めた。


 それも殴る蹴るなどでは無く、些細な価値観の違いから「ちょっとあいつと距離置こうぜ」程度のものが、クラス中を巻き込んだ『無視』へと変わっていったのだ。


 俺は初めは、距離を置くのはただの棲み分けのつもりでやっていた。


 それがいじめへと発展した時になって、ようやく状況を理解したのだ。


 いじめの対象になっていた彼には悪いが、状況を見定める為に傍観者に徹していたら、いつの間にかいじめられっ子は転校して居なくなっていた。


 その時になってようやく俺は恐怖を感じた。


 いじめに加担しかけていた恐怖では無い。


 自分で善し悪しの判断が付かない、他人の意見に流されていた状態への恐怖だ。


 それからと言うもの、俺はクラスメイトや家族からも少し距離を開け、観察に徹するようにしていた。


 級長のように時々話す人はいたが、必要以上に深く関わる事はしないように常に意識しながら過ごした結果、今のコミュ障の出来上がりである。


 コミュ障とは言いつつも結構上手くやってる自覚はあるが、距離が近くなるとどうしても恐怖を感じてしまう。


 だから今もムアとカイルだけの側に居ると決めて、他とは必要以上に近付かないように心がけていた。


「前の世界でもそうだったけど、他の人を突き放すような態度をとってるのも、離れないと自分の考えが分からなくなるからなんだ」


 ………だが、今スターニーに話せたのを思えば、少しは克服出来ているのだろうか。


 スターニーは俺の話を味わうように目を閉じていたが、ふぅっと真っ白な息を夜空に吐いた。


「……昔、帝国にもアギトと似たような性格の奴がいたよ。

 2人きりで話せば聡明で素晴らしい視点を持っていて、立派な軍師になれる人材だと思っていた。

 だが彼は、私が目を離した間に知人に誘われて歩兵となり、戦地で名も残さずに散っていった。

………だが、アギトならきっと大丈夫だと、今の話を聞いて思ったよ」


「………どうして?」


 スターニーは冷えた岩にもたれ掛かりながら微笑んだ。


「考え続けているからさ。

 アギトはプライドがある。

 恐怖心もある。

 それでも、それらから目を背けずに考え続けている」


 スターニーは岩から体を離すと、俺の目を正面から見据えた。


「瞳を雲らせずに考え続けていれば、昨日より1つは賢くなれる。

 それはどんなに過酷な修行以上に、とても苦しい事だ。

 でもそれが出来るなら大丈夫」


 時を重ねたゴツゴツした手が、俺の両肩を掴む。


「アギトなら大丈夫。

 気仙の私が言うんだ、間違いない」


 スターニーは真剣な表情から一転してフッと笑うと、俺の肩を軽く叩いて湯に浸かり直す。


「ぁ………」


 何か言おうとして、込み上げてくる何かを漏らさぬように口を閉じる。


 ……全く、異世界に来てからと言うもの、こんな事ばっかりだ。


 あまり感情的なタイプじゃ無いと思っていたんだけどな……。


 整えて吐き出した息が湿っぽいのは、湯のせいでは無いのだろう。


 顔をパシャと洗って立ち上がる。


「そろそろ上がるよ。

 カイル達がルレック飴を待ちくたびれてるだろうからね。

 スターニーも早めに来なよ?

 ディカが酒のつまみにし始めたら、雪を火にかけるより早く無くなるよ」


「それは大変だ。

 もう少し温まったら私も出る事にしよう」


「うい。

  ………ありがとさん」


 微かに笑い声が聞こえた気がしたが、振り返らずに湯船を後にする。


 火照った体を、凍てつくはずの寒さが心地よく撫でる。


 服を着て真っ白な雪の中に踏み込めば、辺りは闇と吹雪に包まれている。


 その中に立っていても、不思議の自らの中に煌々と光を放つ芯が確かに立っているのを感じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ