もたれかかるもの
「たでーま」
「あら、外はもう大丈夫なの?」
俺とムア、リーチェが屋根裏部屋に戻ると、寝息を立てるカイルの側でルマネアが静かに本を読んでいた。
知的な美女が本を持っていると、それだけで絵になるものだ。
葉っぱで隠された照明の雰囲気も合わさって、魔女の隠れ家に迷い込んだ気分である。
「うぬ。 串焼きは1階のテーブルの上に置いてあるから食べていいよ」
「ありがとう。
カイルはずっと寝てるわ。 少し熱が出てきたから、様子を見て頭を冷やしてあげてちょうだい」
「おけい。 ありがとね」
「気にしないで」
ルマネアはリーチェの顔を見て片眉を上げたが、特に何も言わず下に降りて行った。
ムアは音もなくベッドに飛び乗るとカイルに寄り添う。
朝からの定位置だ。
じゃあ俺は水と……あ、調理実験でもしてみるか。
これがうまく作れれば、カイルも喜ぶだろうし。
「リーチェ、ちょっと手伝って欲しいんだけど……リーチェ?」
返事が無いなと振り返れば、リーチェは上の空といった様子で虚空を見つめていた。
「あ、ごめん。 何?」
「大丈夫?ちょっと休む?」
「部屋暖かかったからちょっと頭ぼんやりしちゃったかも。 大丈夫だよ」
「外寒いし、風邪のひき始めかもしれないんだから無理しないでよ?」
「……うん」
極端な感染症とかは滅多に無いだろうが、胃腸風邪みたいに流行る可能性は十分ある。
「あ、それより何か言いかけてなかった?」
「そうだった。 ちょっと調理実験をするから、匂いが漏れないように結界を張って欲しいんだよ」
屋根裏部屋の一角に結界を張ってもらうと、俺はその中で鍋とツダの樹液を用意する。
「何するの?」
「そんな大層な物じゃ無いんだけど、作れたらカイルも食べれるかなって物をね」
やる事は至って単純だ。
水飴のように滑らかなツダの蜜を鉄鍋に入れてリーチェに差し出す。
「リーチェ。 樹液が常温で固まるくらいまで水分を飛ばしたいんだけど、触媒使って上手いこと出来ない?」
「そんな事ならすぐに出来るよ」
リーチェは触媒となる乾燥させた葉っぱの根元を、鍋を満たす樹液に突き刺した。
何をするのかと息を飲んで見守っていると、リーチェは葉に魔力を染み込ませて、その魔力をまるで蒸発させるかのように葉の表面から霧散させる。
「はい」
「え、完成?」
鍋を押し返され、思わず聞き返す。
すると鍋から、パキッと音が聞こえてきた。
何事かと思って見てみれば、少しづつだが樹液の塊が……鍋から剥がれてる?
ベリベリパキッと音がするたびに樹液が小さくなり、遂には鍋の中で遊ぶようにゴトゴト鳴り始める。
「これくらいかな」
リーチェはすっかり個体となった樹液から葉っぱを引き抜いて見せてきた。
鍋の中には、もはや琥珀にすら見える程凝縮されたツダの樹液の塊が完成している。
「はい完成。 これでいい?」
「すげー」
まさかこんなふうに触媒が使われるとは、驚きである。
「これはそこら辺の葉っぱで十分できるよ。 後は術者の腕次第かな。
私はほら、力任せに水分を引き抜いたからヒビが入っちゃってるけど、先生ならもっと早く綺麗に出来るはず」
リーチェは謙遜してそう言うが、俺は葉っぱに魔力を浸透させる所から挫折する。
自分の体から生やした葉っぱなら出来ないことも無いが、そこから魔力を操るなど至難の業だ。
「めちゃくちゃ凄いと思う。 ランクは銅級って言ってたけど、試験受けてないだけで実は銀級くらいあるんじゃないの?」
こんな実力者が銅級に収まっているのは、些か不思議に思えるが。
俺の素直な賞賛に、リーチェは顔を赤くしながら答えた。
「私はほら、血とかダメだから。 それさえ克服すれば銀級になれるって先生にも言われたんだけどね」
だがその理由には疑問が浮かぶ。
「でもリーチェは、俺とルマネアのグロい模擬戦見たでしょ? あの時はケロッとしてたけど」
「あれはほら、アギトの怪我は幾らでも治せるでしょ? だから大丈夫だったんだよ」
ふむ?
つまりは、グロいのが苦手と言うよりは……
「取り返しのつかない怪我とか、人が傷つくのが駄目ってこ…っと、ごめん」
僅かに震えるリーチェの手を握る。
迂闊な発言で何か思い出させてしまったらしい。
リーチェの中に広がる不安や恐怖を吸い取り、冷えた手が暖かくなるまで握り続ける。
しばらくそうしていると、リーチェは深いため息を付いた。
「……ごめん、ありがとう」
「いや、ごめん。 無神経だったわ」
トラウマを掘り起こしてしまったようだ。
しかし護衛任務の夜に話した時には、こうはならなかった。
前回との違いを上げれば、部屋の暗さだろうか。
「下行こうか」
「……ありがっ」
手を引いて踏み出した途端、リーチェは腰が抜けて崩れ落ち掛けてしまう。
「おっと」
咄嗟に受け止めると同時に、ムアも尻尾を伸ばして支えてくれた。
ムアに目で礼を言いつつ考える。
心の負担になるような負の感情は先程俺が取り除いたはず。
だが現にリーチェは今も歩く事すらままならない状態だ。
……もしや、心を満たしていた負の感情を取り除いただけで、取り除かれて空いた隙間を埋めなければ完治しないのでは?
感で出した推測だが、間違いでは無い気がする。
床から植物のソファを生やし、リーチェを座らせる。
ならば、空いた心の隙間を埋めれば……
「……っ」
獣耳の生えた頭を、抱え込むように抱きしめる。
リーチェは少し驚いたようだったが、恐る恐る腕を俺の腰にまわして抱き返してきた。
「……グスッ」
「大丈夫大丈夫。 気付いてやれんくてごめんな」
驚いたな、リーチェの肩や頭はこんなにも小さかったか。
何時も元気いっぱいで逞しく、冒険者のナンパにも億さずに電撃をぶちかます姿からは想像がつかなかった。
しばらく頭を撫でていると落ち着いたようで、リーチェは目元を拭うと体を離した。
「……ありがと。 もう大丈夫」
「ほんとに?」
「ほんとに」
正面からリーチェの目を見るが、少しうるんでいるくらいで負の感情は感じられない。
目元についた涙の後を水で拭えば、少し赤らんだだけの何時ものリーチェだ。
「ガウ」
スルスルと伸びてきたムアの尻尾が、リーチェに巻きついて引き寄せ、ベッドに座らせた。
「わっ」
ムアは捕獲したリーチェに巻き付いて羽交い締めにすると、頭をグリグリ押し付けた。
「心配してくれてるの? ありがと」
リーチェはムアに任せれば良いだろう。
ムアの温かさは最高のリラクゼーションだからな。
さて、すっかり後回しになってしまったが、ツダの樹液で作りたいものがあったのだ。
固まったツダの樹液を温めて溶かす片手間で、ルレックを1口サイズの四角形に切り分ける。
そして切り分けたルレックの1欠片に魔法をかけるのだ。
「『冷やして』『隔離』」
よし、上手くいった。
キューブ状に切られたルレックの表面には、0.0何mmにも満たない、薄い結界の膜が張られている。
そのルレックキューブに、熱で溶かされたツダの樹液を薄くコーティングして冷せば完成だ。
いちご飴をイメージして作った、ルレック飴である。
早速食べてみると、ガリガリと甘いコーティングの中から、爽やかなルレックの果汁が溢れ出てきて甘いのにくどくない。
つーかマジで美味いな。
これ日本のコンビニで売ったら300円行くんじゃないの?ってくらい美味い。
「ガウッ」
小声ながらも確かな厚をかけてくるムアに急かされ、追加を流れ作業で作る。
コーティングされたルレックのキューブが、皿にコロコロ音を立てて積み上げられてゆく。
ルレック1つを丸々使ったら、そこそこの量になってしまった。
デザートとして食べるには多すぎるが、分けるなら丁度いい量だろう。
「ほい、食べていいよ」
「「………」」
おや? 返事が返ってこないな……
と思って見てみれば、2人して口を開けて構えている。
「食わせろと。 ……太るぞ」
俺の言葉に、ビクッと反応したのはリーチェだ。
「……いや、大丈夫。 触媒使って汗かけば太らないから」
触媒でサウナでも作るのだろうか。
本人は納得出来る言い分があるようなので、ムアに5つ、リーチェには1つを食べさせる。
「ガウッ!?」
「ん〜!!」
シャクシャクガリゴリと食べる2人は、顔を見合わせながらも頷きあっている。
そうだろう、うまかろう。
これは飯無双ルート入ったか?
だめだ、そもそもまともなレシピ知らねぇや。
ルレックの樹液飴だって思い付きで出来ただけだし。
俺がくだらない事を考えている間にも、ルレックの樹液飴は少しづつ量を減らしてゆく。
「ガゥ、ガウゥ」
「うん、美味しいね」
「これもお茶に合いそうね」
「でしょー。 それにカイルも食べれるかなって……ん?」
何だか大人びた声がするなと思ったら、いつの間にかルマネアが一緒になって食べているでは無いか。
「先生!?」
「こら、カイルが寝て……」
言いかけて、防音の結界がカイルと俺達を隔てているのに気付く。
誰が張ったかなど問うまでも無い。
「流石っす」
「感謝ならこのルレックで示してちょうだい。
席を外してどうなるかと思えば、まさかお菓子を作るなんてね」
「ははは………あ」
待て待て。
今の言い方から察するに、もしや上での出来事を把握していたのでは……?
やべぇ、弟子泣かせたから怒られる……と思っていたら、リーチェは顔を真っ赤にしていた。
肝心のルマネアはと言うと、いつの間にやら出した紅茶を渋い顔をして飲んでいる。
余程苦いお茶なのだろうか。
「アギ…」
「ケホッ、ケホッ」
「っと」
どうやらカイルは、今の咳で起きてしまったようだ。
「……んう」
ムクリと起き上がったカイルは、赤らんだ顔を見るに熱が上がってきているらしい。
「ちょっと待ってな」
浮かばせた水球で布団ごとカイルを丸洗いし、頭に冷えた風を当てる。
瞬きしたカイルの目から涙が伝う。
体温計が無いから分からないが、38度以上は出ているのではなかろうか。
「苦しいでしょ。 布団入ってな」
「………うん」
カイルのベッドに腰掛けつつ、ルレック飴を幾つか確保しておくのも忘れない。
熱が下がった時にご褒美があった方が良かろうて。
赤く茹だる額に、体温を下げた手を当てる。
つくづく思うが、俺の固有能力に出来ることは少ないな。
ストレスを吸収する事は出来ても他人の臓器や血液などを治療する事は出来ないし、点滴のように養分を与える事は出来ても、病の元は断てない。
ならせめて、俺が苦しかった時にして欲しかった事をしてあげよう。
「よっこいしょ」
添い寝し、カイルの小さな体を包み込むように抱きしめる。
「大丈夫、ここにいるよ」
「ガアゥ」
ムアも反対側に寝そべり、挟んでやる。
「……お母さん……」
……ごめん、お前の両親はいないんだよ。
けれどせめて、少しでもその不安を埋められるようにと、汗ばんだ金色の髪を撫で続ける。
「……私達はお暇しましょうか」
「はい。
また明日ね、お大事に」
静かになった部屋にカイルの嗚咽が響く度、俺とムアは返事をする。
大丈夫、1人じゃないよと伝える為に。
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心地良い温かさに目を開いたカイルに、アギトが気付いた。
「おはよ。 熱は引いたみたいだけど何か食べれそう?」
「……まだちょっとダルいかも」
「ん。 じゃあもう少し休みな」
カイルは再びアギトとムアの間に身を埋める。
『寂しくなったら、また風邪を引いてしまおうか』
そんな事を考えながら。




