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雪を溶かして

 俺とムアが護衛依頼から帰ってきた翌日。


「ケホッ、ゴホッ」


「大丈夫、ゆっくり飲みな」


 カイルが熱を出した。


 ルマネアが渡してくれたゲロ苦漢方を水で飲ませる。


 何度か咳き込みながらも何とか漢方を飲み干したカイルは、チビチビと水を口に含んでいる。


 よっぽど漢方が不味かったらしい。


 しばらく水を飲んでいたカイルだが、ふと何かを思い出したらしく、布団から這い出ようとする。


「皆に指示出さなきゃ……」


「それはディカ達に引き継いだから大丈夫。

 それより今は休め」


「ガウゥ」


 ベッドに座って赤い顔をフラフラさせているカイルは、とても立って歩ける様子には見えない。


 ルマネア曰く、緊張が途切れて体調を崩したのだろうとの事だ。


 緊張が途切れるような事と言えば、やはり俺とムアの帰還だろう。


 思っていた以上に心配や負担をかけてしまっていたらしく、申し訳なさでいっぱいである。


「あんまり飲めないかもしれないけど、少しは腹に入れときな」


 カイルに渡したのは、護衛依頼中に作った具無しの野菜スープだ。


 ルマネアや兵士達に振舞った後、彼らから意見を貰い更に美味しくなっていた。


 これなら栄養豊富だろう。


 カイルは一口づつ香りを楽しむように飲む。


 風邪を引いているにも関わらず、優雅なものである。


 カイルはスープを飲み干すと、布団に沈み込んだ。


「何か食べたい物ある?」


「……ううん、大丈夫……」


 スープを飲んで体が温まってきたのだろうか。


 ウトウトし始めたカイルに布団をかけ、冷やした濡れタオルを額にのせてやる。


 カイルは何かを言おうとしたようだが、ムアが守るように添い寝すると、撫でながら眠ってしまった。


「…ガゥ」


 どうやらムアは、しばらくカイルを見ていてくれるらしい。


「ありがと。 んじゃ俺は外の事済ましてくるよ。 昼前には帰るね」


 尻尾を揺らして見送ってくれたムアにカイルを任せ、俺は赤脈の花畑周辺の仕事の見回りに向かう。


 あの子、体調が悪くても真っ先にアガパの民を心配していたからな。


 安心して休めるように見て回らにゃならん。


 昨晩から振り続ける雪の中を、赤脈の花畑に向けて進んでゆく。


 まだ早朝にも関わらず、出店を構える商人達は忙しそうに下ごしらえしていた。


 時折かけられる声に手を挙げて応えつつ赤脈の花畑に到着すると、ラートがアガパの民に指示を出している。


「お、アギト来たな。 カイルはどうだ」


「熱はまだ引きそうに無いかな。 スープだけ飲ませて今は寝てるよ。 ムアが見ててくれるから大丈夫」


「そうか……。 カイルの奴、最近ようやく肩の力が抜けてきたから、これまでの無理がようやく出てきたんだろうよ。

 これを機にしっかり休ませてやらねぇと」


「うぬ。 フラフラしながら仕事に行こうとしたから、布団に放り込んどいたわ」


 身を削る勤労勤勉は悪である。


「そりゃあいい。 元々交代制でやってたから、いつも通りに進めるだけさ。 カイルには心配ねぇって伝えといてくれ」


「おーけい。 ところで昨日から気になってたんだけど……」


「どうした?」


「アガパの民が、妙に俺の事を怖がってるような気がして。

 目が絶対に合わないんだよね」


 昨日の雪運びで横切って行ったアガパの民もそうだが、俺に悟られぬように息を潜めているのだ。


 俺の進化した固有能力でも、時折向けられる恐怖の視線をヒシヒシと感じる。


 おかしいな、2週間前までは普通に挨拶とかされてたはずなんだけど。


「あーそれか……」


 ラートはしばらく迷っていたが、「ここだけの話な」と教えてくれた。



 それは俺とムアがギニンを離れて3日後の事。


 アガパの民の一部が、俺の悪口を言い始めたらしいのだ。


 「人の心が無い」や「見下している」など言っていたらしく、恐らく俺が北門で見捨てた時の事を根に持っていた奴らが発生源なのだろう。


 それを耳にしたカイルは激怒した。


 悪口を主に言っていた4人をその場で解雇、兵士に引渡してギニンの外送りにし、他の者への減給までしようとした所で、ディカ達が止めたのだとか。



「まじですか……」


 挨拶されたら返してはいたが、誰が欠けたとか全く気付かなかったぞ。


「俺からしてみれば妥当な対応だと思うけどな。

 むしろ、ちゃんと怒ったカイルは偉いぜ。

 俺も帝国で工房を持ってた時に弟子はいたが、怒るってのは疲れるからな」


 無いアゴヒゲを擦りながら、ラートはしみじみと呟く。


 こりゃ後で労ってやらんといかんな。


 それと、アガパの民の様子もしっかり見ておかにゃならん。


 俺がどうこう言われるのは構わないし、固有能力の強化を考えれば存分に恨んでもらって構わないのだが、次の標的がカイルになるのは絶対に避けなければならない。


 これまでは護衛や見守り、雇用システムの相談くらいしかしなかったが、自分の目で確かめるべきだろう。


「ありがと。 今日はしばらくウロウロしとくよ」


「おう。 ま、お前も気負いすぎるなよ」


「はーい」


 ラートと別れた俺は、アガパの民から話を聞いてみる事にした。


 最初のターゲットは、荷車と雪掻きスコップを持って赤脈の花畑から出発した青年だ。


 2週間前まで、この時間のアガパの民は雪の受け入れ準備をしていたはず。


 違う動きをしていたので、作業の邪魔をしないように併走しながら声を掛ける。


「や」


「うぉわ!? ア、アギトさん?」


 おもくそビビるやんけ。


 そんなに怖いか俺は。


「俺が居ない間にルール変わった? これからどこ行くのさ」


「は、はい、変わりました。 僕はギルドの雪掻き依頼をしてから、その雪を運び込むんです」


「ほー」


 聞けば彼は冒険者志望らしく、借金返済後は冒険者として活動していくつもりなのだとか。


 アガパの民にそれぞれ与えられている自由時間をカイルに調整してもらい、朝はギルドの雪掻き依頼。


 その雪を持って帰り、赤脈の花畑での仕事に繋げているらしい。


 つまり彼は現在、雪掻き依頼の報酬と赤脈の花畑の給料を合わせた収入なのだ。


 柔軟に働けていて良いのではなかろうか。


「母と嫁は夕方に休みを貰って出店の受け付けをしてますし、そんなに苦労は無いですよ」


 ほーん。


 爽やかに笑う彼からは、固有能力に反応するような悪意は感じない。


 恐怖はまだあるようだが、それは少しづつ話して解消していくしか無いだろう。


 話を聞いた限りではカイルと休み時間を相談出来ているみたいだし、関係も悪くは無さそうだ。


「頑張れよ」


「はい、ありがとうございます!」


 雪道に荷車の跡を付けて去ってゆくアガパの青年を見送る。


 とりあえず午前中は聞き込みメイン、気になった所があれば、介入できそうなら踏み込んでいくとしよう。



●●●●



「ただいま」


「ガゥー」


「あら、おかえりなさい」


 昼前に戻ってくると、眠るカイルの側にルマネアがいた。


「カイルはどう?」


「1度起きて水を飲んだくらいかしら。 熱は今晩に上がるでしょうけど、それさえ越えればすぐに良くなるはずよ」


「そうか……。 ありがとう、助かるよ」


「これくらい気にしないでちょうだい」


 ルマネアはカイルの額に手をかざすと、ひんやり涼しい風を緩やかに吹かせ続け、カイルの頭を冷やした。


「留めた魔力が減らないね。 それも精霊の力なわけ?」


「ええ」


 ルマネアの魔法は、今もカイルの頭上で風を吹かせ続けている。


 魔法の効果は様々で、火種のように一度に消費して使うやり方があれば、一方で魔力をその場に留まらせ、少しづつ消費して効果を長引かせるやり方もある。


 設置型の結界なんかが最たる例だろう。


「それなら結界とかも長く貼り続けられそうだな」


「触媒を使えばもっと長引かせる事も出来るわ。

 もし興味があれば、王都のムナルイン学園に通ってみるものいいわよ」


「ムナルイン学園?」


「ええ。 ムナルイン学園はトラモント王国建国時から続いている、歴史ある学園なのよ。

 あ、学園の意味は…」


「分かるよ、俺の世界にもあったから」


 お気遣いどーも。


「でも王都の学園って事は、内乱の影響があったんじゃないの?」


 教育を利用して、勢力的な思想を植え付ける格好の場に思えるのだが。


「安心なさい。

 ムナルイン学園は政治の影響下にならないように、元々独立しているから。

 王都にあると言ったけれど、正確には王都の城壁にくっ付くようにして立っているわ。

 リーチェもその内通わせるつもりよ」


 へぇ、ルマネアが大事な弟子を預けるってんなら大丈夫そうだな。


 しかし学園か。


 聞けば、10代の若者から老人まで通える学園なのだとか。


 入学金は銀貨10枚と100万円相当だが、1回支払えばその後に必要な金は生活費程度と言う、お財布に優しい学園である。


 貴族は金貨10枚などとふざけた入学金を支払って、上流コースに入るそうだ。


「アギトがリーチェと一緒に入学してくれれば、安心して送り出せるのだけれどね?

 あの子可愛いから、おかしな貴族に目を付けられないか心配だわ」


「学園の警備はそんなにザルなの?」


「まさか。 でも大金を貰っている手前、いざこざ一つ一つに口酸っぱく言ったりはしないはずよ」


「それはどこも同じか」


「あら、それはアギトがいた世界の話? 是非聞かせて欲しいわ」


「色々あるよ〜。 文明が進んだ反面、濃くなった闇の一部を語ろうではないか」


 とは言っても、そんなに詳しくは知らんのだけれど。


 しばらく話していると、ムアが屋根裏から呼びに来た。


 カイルが目を覚ましたらしい。


 屋根裏に行くと、カイルはフラフラしながら立ち上がろうとしていた。


「こらこら。 どこへ行こうというのかね」


「……汗かいちゃったからお風呂入りたくて……」


 どうやら寝汗が気持ち悪かったらしい。


「ちょっと待ってな」


 人肌温度の大きな水球を作り、カイルの全身をくぐらせる。


 服や肌の湿気もしっかり吸収したので、これでサッパリしただろう。


 俺がカイルを丸洗いする間に、ルマネアは布団を綺麗にしてくれていた。


「サンキュー」


「…ありがとう」


「どういたしまして。

 寝汗をかくのは体が治している証拠よ。

 その分体力を使うから、少しでもお腹に入れておくといいわ」


 とのアドバイスを受けたので朝と同じくスープと、ルレックを1口サイズに切ってやる。


 梨のようにサッパリした味のルレックなら、風邪気味でも少しは食べられるだろう。


 カイルはゆっくりだが用意した分を全て平らげると、そのまま眠ってしまった。


「カイルは私が見ているわ。 ムアもアギトと外に顔を出してらっしゃい。

 子供達が寂しがっていたわよ」


「ガウ?」


「ムアも心配なのは分かるけれど、少しは顔を出しておかないと、後でカイルが質問攻めに合ってしまうかもしれないわ」


「ガウ、ガウーウ」


 それはいかんと、ムアは俺を急かし始める。


「じゃ、俺も行ってくるよ。 カイルを頼むね」


「ええ、安心なさい」


 ルマネアにカイルを預けて外に出ると、ちょうどリーチェが扉の前にいた。


「うお、どうした」


「カイルのお見舞い。 大丈夫そう?」


「すやすや寝てるよ。 ルマネアが見ててくれてる」


「そっか、じゃあ今は起こさない方が良さそうだね。 アギトとムアは……あ、お肉の時間か」


「お肉の時間です」


 2週間ぶりにお肉販売の時間である。


 本日のお肉は、バイコーン肉のツダの樹液漬けだ。


 地球で肉を蜂蜜漬けにしていたのを思い出し、下準備してみたのである。


 試食の結果は上々。


 合うタレも作れたので、2度漬けして焼き上げるのだ。


 今日はリーチェも参加し、ムアも含め3人で焼き上げてゆく。


 立ち上る香ばしい香りに、辺りには人集りができ始める。


「2週間ぶりなのに、皆集まってくるね」


「熟成期間が長かったせいかもしれん」


「肉だけに?」


「そう」


 実際は、串焼きを任せていたアルが大雑把な性格のせいで、味付けを殆ど変えずにいたのが原因だと後から知ったのだが。


 表面が焼けたのを確認して肉をタレに浸し、再び焼く。


 濃厚な香りに、人集りから歓声ともつかぬ声が湧き上がった。


 それは、至近距離で嗅いでいる俺達も同じ気持ちだ。


「うわぁー、すっごいいい匂いする! 何このタレ!」


「具なしスープあるでしょ。 あれの沈んだ具を細切れにして香辛料と混ぜて煮込んだんだよ」


 具なしスープは表面の透き通った部分を回収しただけで、元あった鍋の底にはまだまだ具が残っている。


 それを再利用した結果がこのタレなのだ。


 旨み濃縮である。


「アギトー! まだー?」


「もーちょい」


 まだかまだかとソワソワする者、ヨダレを垂らしそうなくらい食い入るように見つめる者など、客の反応は様々だ。


 そんな彼らを待たせて、ようやく串焼きが完成し始めた。


「お待たせ! 2週間も空いちゃったから、今日は鉄貨2枚でいいよ!」


『うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』


 飛ぶように売れる串焼きに、リーチェとムアは必死こいて串を焼いてゆく。


 3倍の量を用意したにも関わらず、2週間前と殆ど変わらない時間で売り切れてしまった。


「つ、疲れた……」


「ガウ……」


 地面にぺったり座るムアとそれに寄りかかるリーチェに、確保しておいた串焼きを渡す。


「あり……がと……うま」


 ぐったりしながらモグモグするリーチェ。


 一方でムアはものぐさ極まれり、霧で受け取らずに俺の手から直接食べていた。


 それを見て何を思ったのか、リーチェも2本目以降は俺に食べさせられている。


 両手が塞がって食えない俺に、ムアとリーチェはまるで餌付けでもするかのように肉を食わせてくる。


 だったらそれぞれ自分で食えよと思うのだが、こうやって食わされるのも悪い気分では無い。


「……お前ら何やってんだ?」


 降ってきた声に串を加えたまま顔を上げると、ディカが見下ろしていた。


「美味い」


「そうか……いや、そうかじゃねぇ。 いい匂いがするってんで何本かたかろうと思って来たんだが……」


「安心なされよ。 とーぜんみんなの分は取ってあるさ」


 皿にこんもり盛られた串は、防塵と保温、保存の結界が張ってある。


 皿の結界の外に出さない限り、何時でも焼きたてアツアツだ。


 食いっぱぐれた連中が穴が空くほど見つめているが、赤脈旅団の為に取ってあるのは周知の事実なので、誰も寄越せとは言えない。


「ほぉ、美味そうじゃねぇか」


「でしょ。 後、これも」


 ムアが霧から出したのは、例の具無しスープで満たされた鍋だ。


「ルマネアが散々美味かったって言ってたやつか。 ありがてぇ」


 ディカは鍋を両手で持ち上げると、突然奇妙な事を言った。


「あ、あぁいかん、手が塞がっちまった。 アギト、串を1本摘み食いさせてくれねぇか?」


 下ろせばええやん……と言いそうになってやめる。


 もしやディカも、甘えたいのではなかろうか。


 俺だってつい先週、無理しなくていいと止めてくれたリーチェに自分の固有能力を話し、赤裸々に不安を語って何時か助けてくれなんて言った。


 ディカももしや、同じような気持ちではなかろうか。


 名が売れ、立場や自分のキャラが確立してしまった現在でも、きっとディカも1人の人間なのだ。


「あいよ。 ほら、口開けて」


「お、おう」


 ディカは1口で串の半分をごっそり食べた。


 でっけぇ1口である。


 残り半分も秒殺したディカは、輝くような笑顔を見せてくれた。


「ありがとな、めちゃくちゃ美味かったぜ」


「そいつは良かった。

 あ、ちょっと待って」


「ん?」


 あんなに大きな串を二口で食べたせいで、口の端にタレが着いてしまっている。


 赤脈旅団団長に恥をかかせる訳にもいかないので、手にコットンのような植物を生やした。


「よっ、と」


 背伸びし、顎を抑え、口の端を拭ってやる。


 踵を下ろしたところで、ようやく息を吐いた。


 届かなかったから背伸びをしたが、身長的にちょうど目の前に胸があり、バランスを崩さないように必死だったのだ。


「ほい、綺麗になったよ」


「え、あ……」


「ディカ?」


「お、おぉ、ありがとな! 串焼きは鍋の蓋に載せといてくれ! んじゃまた後でな!」


 そそくさと立ち去ってしまうディカだが、そんなに急いでいたのだろうか。


 振り返ると、リーチェが口をあんぐり開けていた。


「あ、すまん。 まだ食べたかった?」


「いや……え? いや……」








 その時の俺は気付かなかった。


 ディカが雪を溶かすほど耳を真っ赤にしていたのを。


 それを見てリーチェが唖然とした意味を。


 全てを理解しツケが回ってくるのは、かなり先の話になる。

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