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幻煙の魔女

「ここからは俺達だけで大丈夫だ。

 証明書をギルドに持って行けば、依頼完了となる」


 2週間という長期間の依頼を終えた俺達は、ギニンの大通りで兵士と最終確認をしていた。


 兵士から受け取った上質な厚紙には、何やら厳かな能書きとサインが書かれている。


 そこに記された額は、なんと銀貨80枚。


 日本円にして800万の大金だ。


 もっとも、依頼を受けたのは俺とルマネアなので、それぞれムアやリーチェと分割するのだが。


 俺とムアは銀貨40枚づつ山分けである。


「アギト」


 馬車から颯爽と降りてきたヴァートスは、兵士の制止を無視して俺の元へ駆け寄ってきた。


「ルレックを10個くれ」


「お前なぁ……」


 ムアがストックしていたルレックを兵士に渡すのを横目に、本題は何だと目で問うてみる。


「別に大した事じゃ無い。 3ヶ月後の配給でもまた頼むぞ」


 そういやもう1回配給があるのか。


「りょーかい。 お前も風邪ひくなよ」


「暇な時には遊びに来てくれ。 冬場は人の流れが無くて暇なんだ」


「おっけい。 ルレックでも持ってくよ」


「是非そうしてくれ」


 「絶対だぞ」と付け足したヴァートスは、馬車に押し込まれて領主の館へ帰って行った。


「さて、模擬戦しましょうか?」


 はえーよ。


「先に報告でしょうが。 どんだけ楽しみなのさ」


「ディカが『人の肉を切ったのは久しぶりだ』って言ってたから、楽しみになってきちゃったのよね」


 こえーよ。


「脳みそとろけちゃうようなのはやめてよ?

 あの盗賊達みたいになりたくないし」


「あら、実際の戦いではそんな甘ったれた事言ってられないわよ?」


「……結界はしっかり張っとくよ」


「そうなさい」


 果たして俺は無事にカイルに会うことが出来るのだろうか。


「でも、先生が戦うのって初めて見るかも。

 いっつも、戦う前に相手がどうかしちゃってるから」


 ……今のうちに結界張っとくか。


 張るのは空気の割合を常に一定にする結界だ。


 魔力的な感知は付けるが、防御機能はあえて付けずに、魔法への対策は生身の抵抗力のみに絞る。


 少しでも魔力的な干渉があれば、その部分の肉を切除して作り直すような立ち回りが望ましい。


 血みどろにはなるが、俺の固有能力で考えればそれが1番安全な戦い方になりそうだ。


「やる気満々ね。 楽しみだわ」


 ルマネアの深い笑みに、張った結界に心許なさを覚えるのであった。



●●●●



 訓練場に誰かと向かい合って立つのは、これで3回目だ。


 1回目はディカで、2回目はラグニィ、そして今回はルマネアである。


「何か準備が必要かしら? 私は何時でも構わないけれど」


 依頼の報告を終えた俺とルマネアは、着の身着のままで訓練場に来ていた。


 ルマネアは何時もと変わらず、煙管片手に立つだけだ。


 ファッション誌から切り抜いてきたような優雅な立ち姿は、とても戦いに身を置く人間には見えないだろう。


 しかし、それはあくまで五感から得られる情報に過ぎない。


 魔力と、気の生命力と、この世界に来てから磨かれ始めた直感が、命の危機だと叫んでいる。


「俺も何時でも構わんよ」


「あらそう? 聞いた話だと、とても人間とは思えないような姿に変わるそうじゃない。

 やる気を出してあげるには、やはり言っておくべきかしら」


 ルマネアは煙をくゆらせながら、妖艶に微笑んだ。


「貴方では私に傷1つ付けられないわ」


 ディカかよ。


 どうせ酒が入った時に、さぞ決めゼリフのように言ったのだろう。


「余計な事言いやがって……。

 んじゃ、遠慮無く」


 開始の合図は無い。


 ディカで痛い目をみたので、慢心も探りも無く、筋肉外付けプラス気と魔力強化増し増しで全力で踏み込む。


 歪むように加速した世界で、ルマネアの姿が掻き消えた。


 と同時に足がガクンと捕まり、咄嗟に自切する。


「っぶな!?」


 足を生やしながら見たのは、切り離した足が血を吹き出しながら拳大の塊に変わる瞬間であった。


 だがゆっくり観察している時間を与えてくれる程ルマネアは優しくない。


 右頬にチリッと炙るような気配を感じ、肉壁を広げて突進しつつ、筋肉と骨で広げた鞭で気配がした方を薙ぎ払う。


「チッ」


 俺の意図は、半分成功し半分は失敗した。


 筋肉の鞭には尖った骨を露出させていたものの、攻撃力に期待はしていない。


 ただ、ルマネアがどこにいるかを探ろうとしたのだ。


 しかし鞭は、振るった瞬間に根元から消し飛ばされてしまった。


 これでは大体の方向しか分からない。


「おぅらっ!!」


 広範囲に這わせた肉を根のようにして、骨槍を無数に生やした竹藪で前方を埋め尽くす。


「あれ」


 だが、感触は無反応。


「楽しそうじゃない」


「っ!」


 背後から聞こえた声に、振り向きながら肘から骨を伸ばして貫くが、またしても空振り。


 勢い余って、訓練場の壁に突き刺さっていた。


 おかしいな、一瞬姿が見えたし確かに魔力も気配も感じたのだが。


「残念」


「おっと!」


 今度は確実に目で捉えて肉薄する。


 棍棒が当たると思った瞬間に、ルマネアの姿は一瞬で消えた。


 だが、今確かに人が発する熱を感じた。


 俺が薬の幻覚に惑わされている訳では無さそうだ。


 考えうる可能性は……テレポートか。


 ならば移動先を潰すまで。


「セプシオ、恨むなよ」


 固有能力を全力で行使する。



 メキョッ!!



 鈍い音と同時に、訓練場を肉と骨の柱が埋め尽くす。


 俺が展開したのは、言ってしまえばグロいジャングルジムだ。


「ひぃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


「うわぁぁぁぁぁ!!?」


 ギャラリーから絶叫が上がる。


 それもそのはず、ジャングルジムの至る所に、目や耳が付いているのだから。


 これも全てルマネアの位置を探る為である。


 して幸いにも、ルマネアは直ぐに見つかった。


 ルマネアは俺の真上にある骨に座り、涙を流す程笑っていたのだ。


「ちょっとからかっただけなのに、ここまでするなんて。 アギト、貴方頭おかしいわ」


「これが1番確実だと思ったんだよ。 現にこうして姿を見せてくれたでしょ?」


「あら、私を見つけた次はどうするのかしら?」


 さぞ楽しそうに覗き込んでくるルマネアは、俺が作った骨肉ジャングルジムの女王のようだ。


 そして同時に、気付いてしまった。


 ルマネアが腰掛けているはずの部分に、重さが無いのだ。


 魔力も熱も気も、僅かには感じられる。


 感じはするのだが、これは……


「精霊か」


「あたり」


 恐らくルマネアは精霊に命じたのだ。


 自分の姿と魔力や気、更には発する僅かな熱や声に至るまで再現しろと。


 幻影に骨槍を尽き刺せば、まるで初めからいなかったかのように消え、今度は目の前に現れた。 


 つまりテレポートでは無いと。


 ……む?


 待てよ。


 初撃で頬に感じたあれは何だ?


 魔力の揺らぎでは無く、命のエネルギーである気に触れるような殺気でも無い。


 あの撫でられるような感覚。


 それこそ、からかうような悪意…


「あ」


 右後ろから向けられる感覚に、攻撃的な意識を向ける。


 すると右後ろの感覚はすぐに消えて、今度は真横から同じものを感じた。


 視線を向けきる前にその気配は消え、最後は目の前のルマネアから気配を感じた。


 いつの間にか幻影と入れ替わったらしい。


「……驚いたわね。 それも固有能力かしら?」


 笑みを絶やさずに言うルマネアから、警戒の色は感じない。


 むしろ微笑みの通り、楽しんでいるようだ。


「たぶん。 前までは出来なかったけど」


「ならきっと、アギトの固有能力が進化したのね」


「固有能力が進化?」


 それは初耳だ。


「ええ。 わかりやすい例で言えばディカの嘘を見抜く能力なんかがそうね。

 昔は嘘を聞き分ける事しか出来なかったらしいわ」


 ならラグニィもそのうちディカの境地に辿り着ける可能性があるのか。


 固有能力が成長するきっかけは様々で、窮地に追い込まれた時に急成長する場合があれば、本人の心境の変化で才能が開花する事もあるのだとか。


 俺のは恐らく、リーチェと話したのがきっかけだろう。


 リーチェのように様々な感情や思いを感じる事は出来ないが、敵意や悪意などに限って感知出来るようになったらしい。


「やるじゃない」


「えへ」


 まさかルマネアから褒められるとは。


『あっ』


「ん?」


「あら」


 野次馬が漏らした声に振り向けば、セプシオが鬼の形相で立っていた。


 そりゃそうよな。


 確かにやりすぎたなーとは薄々思っていた。


 肉のジャングルジムは、俺のセンスを持ってしても流石にグロいし。


 セプシオは血管が浮くほど怒っているが、ルマネアがいるから強気に出れない感じかな?


「あいつ実はオーガだったりしない?」


「ディカと同郷かもしれないわね」


 俺とルマネアの会話を聞いて、怒りが一周まわってしまったのだろう。


 セプシオは力無く壁にもたれ掛かると、ジャングルジムを指さした。


 どうにかしろとの事らしい。


 以前ラグニィと骨肉スプラッシュの片付けをした時と同じように、肉や骨から水分や養分を全て吸い取って俺の魔力に還元する。


 バキバキと崩壊してゆくジャングルジムの欠片は、ルマネアが片っ端から燃やして塵へ変えてくれた。


 後片付け完璧である。


「これで文句はなかろう」


 塵も魔法で吹き飛ばし、これで完全に使う前の状態に戻ったはずだ。


「ったく……




 …………おい」


 訓練場内を見回していたセプシオだが、壁を見て足を止めた。


「うん? ……あ」


「あらあら」


 セプシオの視線の先には、へし折られ貫かれた壁板があった。


 あれだ。


 ルマネアの気配を感じた時に、伸ばした骨槍が幻影を貫通して刺さったやつだ。


「……器物破損、銅貨30枚」


「くっ!」


 俺は唇を噛み締めながら、得たばかりの大金を僅かに削ったのであった。



●●●●



 ギルドを後にし帰ってきた赤脈の花畑では、ちょうどカイルがアガパの民らの指揮を取っていた。


 仕事の進捗を確認したり指示を出すその姿は、とても10歳前後の子供とは思えないほど様になっている。


 もっとも、まだ1人で歩かせるには世間が物騒なので、今はディカが護衛に付いているが。


 タイミングを見計らい声を掛ける。


「ただーいまー」


「ガウッ!」


「アギト、ムア! おかえり!」


 ムアと駆け寄り、サンドイッチにして抱き締める。


「わっ、今は……」


 小さな手から抵抗を感じる。


 理由は直ぐに分かった。


 少し離れた場所で女の子が見ていたのだ。


 つーかあの子、冒険者に蹴られてムアが守った女の子だな。


 保護者はどこだ保護者は。


「おいで」


「え、ちょっと」


 カイルが露骨に焦るが、残念俺とムアで捕獲済みだ。


「えと……あの時はありがとうございました」


「どういたしまして。 あれからお腹は痛くない?」


「痛くないです」


 見たところ顔色も悪く無いし、走って来てくれたがお腹を庇う様子も無かった。


 診察の真似事をしたとはいえ、俺に専門知識は無いから少々不安だったのだが、元気そうで良かった。


「カイルと仲良くしてやってくれよ」


「あ、はい!」


 顔を赤くするカイルを、女の子と鉢合わせにして解放する。


 さぁ、後は各々頑張ってくれたまえ。


「おつかれさん。 どうだった?」


「ボチボチ楽しかったよ。 あ、お土産あるんだった」


 ムアが出してくれた小樽にスプーンを突っ込み、1さじ手渡す。


「おっ、ツダの樹液か」


 一目見て気付いたディカは、1口頬張って目を見開いた。


「っ! 何だこれ、こんなに上質なのは初めて食ったぞ」


 そう言いながら小樽を奪ってゆくディカ。


「そんなに喜んで貰えたら作りがいがあるね」


「どう言う事だ?」


 もう一口食べたディカは、今度は噛み締めるように味わっている。


「俺の固有能力で美味いツダの蜜を作ったんだよ。 これならいくらでも作れるぜい」


「……本当か?」


 ルマネアと言いディカと言い、どこの世界でも女性は甘い物に目が無いのだろうか。


「個人的には、お茶とかに入れたら美味いかなーと思ったけど」


「あら、いいセンスしてるじゃない」


 噂をすればである。


「おつかれさん。 アギトと模擬戦して来たんだろ。 どうだった?」


「とっても楽しかったわ。

 何をしても怖気付かなかったから、今度はもっと本気でやりたいわね」


 花の咲くような笑顔を見せるルマネアだが、それと同時に次回はもっとエグイ事をされるのが確定した。


 今のうちに墓でも立てておこう。


「あ、カイルと君も。 2人で食べな」


 ツダの樹液が入った小皿と、スプーンを2つ渡す。


「ありがとう」


「ありがとうございます!」


 しっかし、未だに女の子の親が現れない。


 あの母親は何考えてんだ……。


 辺りを見回すと、人混みの向こうで赤ん坊を抱えながらキョロキョロしている母親を発見する。


 ……これでは怒れないか。


 母親は俺……正確にはムアに気付くと、小走りで駆け寄ってきた。


「アギトさん、うちの娘を見てませんか!?」


 カイルと一緒に樹液を味わっている女の子に視線を向けると、母親は空気が抜けて崩れ落ちるのでは無いかと言うほどに、深い安堵の息を吐いた。


「事情があるのは分かるが、あんな事があったんだからあんまり目を離さない方がいいんじゃないか?」


 いかん、つい言ってしまった。


 母親は目に見えて落ち込んでいるし、流石に可哀想か。


「赤脈の花畑で小遣い稼ぎに来てる子供達がいるから、手が埋まってるんなら預けに来ればいいんじゃない?

 揉め事が起きたり、変な奴が来れば近くの奴が止めるくらいはするだろうし」


 この辺りに出店を構えている子連れなんかは、ムアと俺を保育園か何かと勘違いしてるみたいだしな。


 その都度そこそこの量の食べ物やらを納められており、何よりムアが楽しそうだったので好きにさせてはいるが。


「すみません、ありがとうございます」


 母親は頭を下げると、女の子に声をかけに行った。


「面倒見良いね」


「赤ん坊連れてる母親に強くは言えんさ」


 さっきまで姿が見えなかったリーチェは、両手にケバブモドキを持って帰ってきた。


 どうやら出店を回っていたらしい。


「はい」


「お、センキュー」


 1つくれたので齧ってみると、茹でた葉野菜とピクルス風味の漬物に、細かく切られた燻製肉が入っていた。


「美味いな。 どこの店?」


「真っ直ぐ行って右曲がってすぐの出店。 ギニン出る前は見なかったから、気になって買っちゃったんだよね。

 アギトの1口ちょうだい。 違う味のやつ買ったから」


「うい」


 口だけ開けて待つリーチェは、食わせろとの事らしい。


 ものぐさリーチェに食べさせながらふと思う。


 これってアーンではなかろうかと。


 地球にいた頃は異性とこんなふうに関わる機会は無かったから、中々新鮮な気持ちだ。


 そこそこの量を食われたが、そもそもリーチェが買ってきた物なので文句は言えん。


 とか考えていたら、リーチェはもぐもぐしながら自分のケバブモドキを差し出してくる。


 食えとの事らしい。


「いただきます」


 リーチェのケバブモドキは、燻製肉と一緒に根菜の炒め物が一緒に入っていた。


「ありがと。 これも美味いな」


「でしょー!」


 出店は日に日に増えており、料理のジャンルも様々だ。


 中には立ち飲み屋なども出来ており、喧嘩騒ぎへの対策に、交番が1つ近くに増えたのだとか。


 今更ながら、ここが冬のギニンの経済の一角になっている事を自覚する。


 そりゃ領主が見に来る訳だ。


 今も見ない顔の商人が、ディカに挨拶をしている。


 ギニンの冬は、まだ始まったばかりである。

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