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無垢の奥底

 轟々音を立てる吹雪の中、俺とムアは雪の上に出て見張りをしていた。


 魔力による感知が出来る俺や、それ以上に危機察知能力の高いムアがいるので、ぶっちゃけ見張りは中でしてもいいのだが、わざわざ外に出たのは理由がある。


「そろそろかな……」


 雪の穴から浮かんで来たのはルマネアとリーチェだった。


 昼にルマネアから『てめー後でツラ貸せや』とテレパシーを送られてから、ずっと話す機会が無かったのだ。


「初めて会った時から、アギトとムアには気になる事が山ほどあったの」


 字面を頭お花畑にして読めば、口説き文句に見えない事も無いが、残念ながらこれは尋問に近い。


「大層な事は隠してないから別にいいけど、リーチェはいいの?」


 あえて具体的に聞かなかったのは、ルマネアもテレパシーの事をリーチェに秘密にしている可能性を考慮してだ。


 だが返事をしたのは、ルマネアでは無くリーチェであった。


「あの時アギト、私に何かしたでしょ。

 楽になってすぐは気付かなかったけど、良く考えたら色々おかしかったもん。

 ちゃんと聞かせて」


 オーケー、話すべき内容は決まったな。


「この際、洗いざらい吐いて貰いましょうか。

 私もせっかく親しくなったのに、要らぬ警戒なんてしたくないもの。

 まず、あの時リーチェには何をしたの?」


「俺の固有能力は、瘴気とか負の感情を吸収出来るんだよ。 それでリーチェのストレスを軽減させたの」


「でもそれって……アギトが負担を引き受けたって事?」


 心配してもらえるとはありがたい。


 だがこの固有能力に関しては、全てを話すのは少々気が引ける。


 何せ、自分に向けられる敵意や悪意を増やせば増やすほど力が増してしまう危険な面もあるのだから。


 やろうと思えば魔王予備軍みたいな立ち回りが出来てしまう。


 それを聞いて周りがどんな反応をするかは想像が付かないが、まあ………親しくなったのに怖がられたくは無いし。


「いんや、全然?

 情けない話、俺自身のストレスもこの固有能力で軽減してるくらいだから問題無いよ」


 むしろ養分を得たようなものである。


「それはディカにも話したのね?」


 共有するつもりか。


「まぁ、成り行きでダンジョンで話したけど」


「そうだったのね」


 ならば作戦を変えるべきだな。


 そもそもこの固有能力に深く突っ込まれ無いようにするべきだろう。


「ディカには話したけど、無闇に広めたらどうなるのか俺にも想像が付かない内容だから、それを重々承知で頼むよ」


 しっかり勿体ぶった後で、ようやく話始める。


 俺とムアが異界から落ちてきて、ライデンと言うエルフに拾われた事。


 ギニンからゲルへ渡り、そこでディカ達赤脈旅団に出会った事。


 そして同じ異界の民である友人を救い、その時にディカに事情を話したと。




「……そう言う事だったのね」


 ここまで聞いて、ルマネアはようやく納得してくれた。


「だから俺自身、異界の民にどれだけの価値があるのか分からないんだよ。

 ところでルマネアは結構初っ端から俺の事怪しいと思ってたみたいだけど、参考までにどこら辺が怪しかったのか聞いてもいい?

 昼に言ってた、雪の上を浮く魔法も教えて貰って無いし」


 これで疑いは晴れただろうと、露骨に別の話題を出してみる。


 ルマネアだって、もし本当に親しみを感じていたのであれば、こんなギスギスした空気はごめんのはずだ。


「それもそうね。

 でもまだ聞いておきたいことがあるの。

 ………カイルの事よ」


 あー、そこまで興味持っちゃったか。


「それは正直言いたくないなぁ。

 ディカからは何か聞いてる?」


 良くないと分かりながらも、俺から発せられる空気が張り詰めてゆくのを感じる。


 顔を見て話していたはずが意識は分散し、ルマネアの一挙一動や魔力ばかりに注意が向く。


 自然と戦闘を視野に入れてしまっている。


「いいえ、何も。

 ただ、あの子は時々負い目があるような顔をするの。 だから力になれたらと思ったのだけれど……」


 きっと本音だ。


 本音だとこれまでの時間が言っている。


 だが………嘘を見抜ける固有能力が欲しいと、心の底から思ってしまうのも事実。


 我ながら臆病で醜い性格をしているものだ。


「ガウッ」


「うお」


 ムアが寄り添うように体を擦り付けて来る。


 俺を見上げる水色の瞳は、まるで諭すように静かだ。


「……はぁ」


 ムアに言われちゃ仕方がない。


 張り詰めていた意識を霧散させ、肩の力を抜く。


「……大前提で、他言無用。

 もしカイルに危険が迫る事があれば、どんな手段を使ってでも元凶を排除する気でいるってのは頭に入れておいて欲しい」


「分かったわ」


「わ、私も分かった!」


 さて、どこから話したものか……


「結論から言うと、カイルはトラモント王家の血を引いてる」


 リーチェは息を飲むが、ルマネアは静かに続きを促すだけだ。


「ぶっちゃけ、それだけなら黙ってれば済む話なんだけど……国軍の騎士に、身分と顔を見られてるんだよね。

 カイルがアガパ山脈の難民だってのは知ってるだろうけど、ゲルで王家の血を引いてるから保護してくれって国軍に助けを求めたんだよ。

 そうしたら国軍の兵士に斬り殺されそうになったんだ」


「どうして……?」


「新しい勢力がカイルを祭り上げて内戦が再び起きるのを避けたかったのでしょう。

 続けてちょうだい」


 ルマネアは微動だにせず、顎に手を当てたまま続きを促してくる。


「その騎士を俺が止めて、後から来た事情を知らないアホ貴族をおだてて追い払ってその場は逃走。

 でも騎士から事情を聞いた貴族が…」


「追いかけて来る前に、ゲルから離れたと。

 ディカは雲行きが怪しくなってきたとしか言わなかったけれど、そんな事になっていたのね」


 自分の知っている状況と一致したルマネアは、ようやく納得したように態度を崩した。


「俺達としては、今国軍が迫ってきたら殺し合いも辞さないつもり。

 その時にそもそも事情を知らない方が巻き込まなくて済むかと思ってたんだけど……」


 そう言うと、ルマネアは心底呆れたように腰に手をやった。


「そんなこと抱え込んでたのね。

 通りでディカが事情も話さずに気にかけてやってくれとか言う訳だわ。

 少しは頼りなさい、私達はそんなに信用出来なかったかしら?」


「別にそんなつもりは無いけど……」


 先程と一転し、叱るように言うルマネアに、言葉が尻すぼみになってしまう。


 命や今後を左右する事に他の人を絡めたく無いのだ。


 大きな群れに属した時に、自分の意見を言えるほど強くは無いから。


 他人を信じ、自ら居場所を作る勇気と行動力ではとてもカイルに敵わない。


「ガウーゥ」


 まるで「うちのアギトがごめん」とでも言うようなムアに、ルマネアは組んでいた腕を解いた。


「ま、これくらいにしてあげましょうか。

 こんな吹雪の中で屋根も作らずに待ってた理由も、聞かないでおいてあげるわ」


「あー……すまん」


 実を言うと、初っ端から最悪戦闘になる事を想定していた。


 もっとも、勝てるなどと考える程慢心してはいない。


 むしろ逃げやすいように何も立てずにいたのだが、どうやらそれもバレバレらしい。


「ガウッ」


「はい、おっしゃる通り考えすぎでした」


 戦闘に備えて待ち構えていた俺に、ムアは宿を作れと促していたのだ。


 戦闘に備えるのでは無く、こちらから敵意が無いと示せと。


 全くもってその通りだったので、大人しくツリーハウスを作り、その中で一息つく事にした。


「うぅー、寒かったー!」


「ごめんて。 はい、これでもどうぞ」


 ムアが霧から取り出したのは、湯気が登るスープだ。


 俺が夜食として作っておいた、具が殆どないカップで飲めるタイプのスープである。


 ルマネアとリーチェはスープを1口飲むと、ホッと一息ついた。


「美味しいわね。 何のスープかしら?」


「水分が多い野菜を鍋に思いつく限り突っ込んで、その野菜から出てきた水分だけで作ったスープだよ。

 こっちの世界にあるか知らないけど、俺の居た世界ではこんな作り方があったから作ってみた」


「異界のスープ……」


 しげしげとスープを見るリーチェは、まるでこのスープが未知の物質であるかのようだ。


「原材料はこっちで調達したから、怪しいものは入ってないよ」


「あ、そうなんだ……」


 味で言えば、コンソメベースのオニオンスープに、色んな野菜の甘さを足した感じだ。


 料理なんて面倒な事、魔法が無ければ一生知識だけで終わっていただろう。


「……美味しいわね。

 見張りの時に結界をいくつも張っていたから何をしてるのかと思ったら、こんな物を作ってたなんて」


「でしょ、我ながら力作。

 てか雪の中にいても俺の結界とか分かるんだねぇ」


 昨晩、酔いつぶれたヴァートスを寝かせた後に、腹休めと暇潰しにスープを作っていたのだ。


 野菜の品種改良も同時進行でおこなって出来たスープは自分でも驚くほど美味く、ムアも気に入ったので大量に作って保管してある。


「ええ。

 アギトにばかり喋らせてはフェアじゃ無いし、私も質問には答えるわ。

 ……おかわり貰えるかしら?」


 お気に召してもらえたようで何よりである。


「そうだねぇ……。 じゃあ、昼に話しかけてきたのはテレパシーって認識でいい?」


「似たようなものだけれど、残念ながら一方通行よ」


 あくまで一方的に言いたいことを相手の脳内に届けられるって感じか。


「ならお風呂の湯を沸かす時に魔力を発したようには見えなかったんだけど、あれはどうやったの?」


 俺の知っているやり方では、自分の魔力を1度水に馴染ませてから反映するか、手元で熱源を作りそれで水を温める方法しか知らない。


 どちらにせよ、魔力が1度は外に出るはずなのだ。


 しかしルマネアの魔法は、まるで魔法など使っていないかのように突然水が湯に変わった。


 魔力触媒の効果かとも考えたが、リーチェが使っている時は魔力を確かに感じられたのでそれも無さそうだし……。


「あれは精霊の力を借りたのよ。 私の祖母はエルフだったのだけれど、その血を濃く受け継いでいるから」


「精霊?」


 精霊とは空中に漂う魔力に宿った生命体の事らしい。


 魔力的な微生物や菌という認識が分かりやすいだろう。


 精霊に意思などは無いが、生き物の感情や魔力に染まりやすい性質を持っている。


 エルフはその精霊を感知する力を持っており、その力を借りる事が出来るのだとか。


 思い出してみれば、ライデンは植物に触れること無く固有能力を使っていたが、あれはエルフ特有のものだったのか。


「私は更にテレパシーの固有能力で、こうして欲しいって考えを精霊に反映させて、魔法を離れた場所に一瞬で発現できるの」


 何その理不尽。


 つまり魔力の揺らぎとかの感知が一切出来ずに、急に目の前に魔法が発現させられたりすると。


 それも触媒によるドーピング付きで。


 流石に化け物が過ぎると思うのだが、これが金級の力の一端なのだろう。


 戦わなくて良かったー……と安心していたら、ルマネアがにっこりと微笑んでいた。


「私の能力分析ばかりじゃない。 そんなに戦いたかったの?」


 すみませんて。


 でも……戦ってみたいとも思う。


「敵対するつもりはもう無いけど……ギニンに帰ったら模擬戦お願いしてもいい?

 魔法使い想定で戦ってみたくて」


「いいわよ。 確か手足だったらどれだけ壊してもいいのよね?」


 間違いでは無いが恐怖でしかねぇなぁ……。


「ところで、私に対しての質問は無いのかしら?」


「あ」


 これは完全に失念していた。


 せっかく信頼してくれたのに、俺がこんな質問ばかりしていては元も子もない。


「え、あー……好きな食べ物とか」


 ルマネアは呆れたように笑うが、直ぐに答えてくれた。


「このスープみたいに野菜を活かしてる料理が好きよ」


「へー、そういやライデンも野菜好きって言ってたっけ。

 エルフって森に引きこもるって聞いたけど、やっぱりそれ繋がりで野菜が好きなん?」


「さぁ? 私が生まれた頃には曾祖母はもう死んでしまっていたから他のエルフは知らないわ。

 むしろ伝説の旅人、ライデンに会いたいくらいよ」


 う、それは……


 でも今になってはぐらかすのもなぁ……正直に理由を話した方が納得してくれるか。


「ライデンは俺とムアに固有能力を渡した時に、一緒に魂を削っちゃって今は休んでるんだ。

 だからその、信用してないって訳では無いんだけど……」


 どう伝えたものかと口篭る俺を、ルマネア笑って制してくれた。


「分かった、場所は聞かないわ」


「う……すまん。 でもそのうち魂を定着させて話せるようにするって言ってたから、その時にちゃんと紹介するよ」


「楽しみにしてるわ」


 大人の余裕ですなぁ。


 いつか全てを明かして、何にも考えずに話せる日が来るのだろうか。


 それから少し雑談をしてから、ルマネアはご機嫌で帰って行った。


 スープをしっかり6杯は飲んでいたから、余程お気に召したらしい。


 少なくなった鍋をムアがソワソワしながら覗いているので、後でまた補充しておいてやろう。


「ふぅ……。 おかわり」


「あんたも帰んなさい」


 そして、リーチェは何故か残っていた。


「明け方に見張りがあるでしょうが」


 リーチェはルマネアと一緒に、明け方から出発までの見張り番があるはずなのだ。


 今は地球で言う所の19時頃。


 明日の早起きを考えたら、それに合わせた早寝をするべきなのだが………昼の死刑のせいで寝れないのだろうか。


「寝れないんだったらムアと一緒に寝る? 今日くらい別にいいよ」


「ガゥウ?」


 寄り添うムアにもたれ掛かりながらも、リーチェはスープを見つめたまま黙っていた。


 ………無理に急かし過ぎるのも良くないか。


 かと言って黙ってれば考えちゃうだろうし何か話題をと口を開いた時、リーチェはポツリと呟いた。


「アギトさ、まだ何か言ってない事あるでしょ」


「多すぎて分からんなぁ」


 小粋なジョークのつもりだったのだが、リーチェはスルーして俺に向き直った。


「瘴気とか負の感情を吸い取れる固有能力の話をしてた時、どうして私と先生に嫌われると思ってたの?」


「え」


「んー、じゃあ……どうして怖がってたの?」


 リーチェは言葉を変えて言い直してくれるが、それでも俺の疑問は変わらない。


 確かにあの時、俺は固有能力の危険な面を知られて嫌われるのを恐れ、全てを言わなかった。


 だが何故それをリーチェが知ってる?


「……どうしてそう思った?」


 警戒しそうになる気持ちを抑えて聞き返す。


「私の固有能力は、他の人から向けられた意識を、その部分で感じる事が出来るの。

 例えば……私の耳を誰かが見てびっくりしたらそれを耳で感じるし、私が振り上げた拳を見て怖いって思ったら人がいたら、それを手に感じるの。

 まぁ、後は……体とか」


 うわー。


「それ結構しんどくない?」


「しんどいよ。 でももう慣れた。 自衛にも使えるしね」


 リーチェの年齢は聞いた事無いが、多分俺より2つ3つ下くらいだろう。


 この年頃の女の子には酷な能力だろうに、逞しいものだ。


「でもアギトはそんな風に見てこないから好きだよ」


 お友達宣言ですね。


 その気は無いからノーダメだけれども。


 つい最近、ラグニィにも似たような褒められ方したっけ。


 童帝剥き出しの変態にならずに済んで良かったと思う反面、年頃の男子なのだからもう少し盛るべきではなかろうか。


「でも私の耳見て、触ってみたいって思ってるのは気付いてるよ」


「それはすまん。 俺の世界には亜人種がいなかったからつい気になってしまって。

 気を付けるようにするよ」


「いいよ耳くらい。 触ってみな?」


 お許しを貰ったので、ズイと突き出された焦げ茶の丸い耳に手を伸ばす。


「うおっ!」


 しかし触れる瞬間に、突然水でも払うように耳が動いて、慌てて指を引っ込める。


「くすぐったい! 触るならさっさと触る!」


「す、すません」


 確かに、まつ毛の先に何か触れてたら何となくわかるもんなぁ。


 今度は躊躇わずに触れてみる。


 リーチェのクマっぽいケモ耳は、思いのほか柔らかかった。


「結構フニフニしてるね。 もっと軟骨みたいなのがあるかと思ってた」


「人間の耳は複雑な形してるもんね。

 よく考えたら私も人間の耳触った事ないや。 触らして」


 そう言って、のしかかるように足を重ねて手を伸ばしてくるリーチェ。


 甘い香りと耳を触られるこそばゆさに、奥歯の方に甘酸っぱさを覚える。


 俺の顔の横を見るクリっとした目や長いまつ毛、キメ細やかな肌に、僅かに開かれた唇。


 リーチェの情報が頭に届く度に、意識がごっそり持っていかれる。


「…アギト?」


 呼ばれてハッとなる。


 耳を触っていたつもりの手は、気付けばリーチェの頬に添えられていた。


「ご、ごめ」


 慌てて身を引くが、のしかかっていたリーチェもバランスを倒して倒れ込んでくるでは無いか。


「わっ」


 咄嗟に手を付くリーチェ。


 だが……そこは不味い。


「ごめん、痛くなか……え?」


 謝りかけたリーチェだが、着いた手の下にあるモノの感触に言葉を止める。


 やめ、形を確かめるんじゃねぇ。


「リーチェ、離れていただけると……」


「わ、わ、ごめん!!」


 ようやく理解したのだろう。


 真っ赤になったリーチェはコメツキムシのように、全身で跳ねて飛び退いた。


「すまん、俺も男だったみたいだわ。

 もぎ取るね」


「ももももももぎ取らんでいいよ!? やりすぎ!!」


「大丈夫また生えてくるから」


 いかん、何を言ってるんだ俺は。


「あ! 先生が、男のナニは冷せば萎むって言ってた!」


「名案だな!? 雪に突き刺してくる!!」


「ガウッ」


 腰紐を緩めながら外に出ようとすれば、ムアに霧で引きずり戻される。


「凍らした方がいい!?」


「ガウー」


 ワタワタしながら触媒の粉をひっくり返すリーチェは、ムアが前足で踏み付けて大人しくさせた。

 

「はぁ……はぁ……」


「……ふぅ……」


 取り押さえられてようやく頭が冷えた。


 下も冷えてしぼんだ。


「ガウ」


「お手数をお掛けしました」


「ムアちゃんありがと…」


「ガウーウ」


 床にぶち撒けられた触媒を、リーチェと目を合わせずに黙々と拾う。


 氷の破片のように煌めく触媒は、一体どんな生き物の1部なのだろうか。


 俺のアレを凍らせようとしたのだから、おそらく冷やすことに関連した触媒なのだろうが……。


「あっ」


「おっと、すまん」


「ぜ、全然大丈夫…」


 手がぶつかっただけでこれだ。


 細かい触媒は魔法で……いや、そもそも初めから魔法を使って拾えばいい話じゃないか。


 しかし俺が魔力を床に散らすのと同時にリーチェも同じ考えに至ってしまったらしく、魔法がぶつかり合い爆散する。


 突風が吹き荒れ、巻き上げられた触媒が魔力に反応して雪を振らせた。


 部屋の中に、だ。


「………」


「………」


 俺もリーチェも、もはや言葉も無く顔を見合わせる。


 しばらくどっさり振り積もった雪を見ていたが、やがて堪えきれなくなってどちらからともなく笑いだした。


 ひとしきり笑い転げて雪まみれになった頃に、ようやく話せるようになった。


「2人して何やってんだか」


「ほんとだよもー。 ムアちゃんの冷たい目を見てよ」


 雪がしっとり積もったムアは、はた迷惑そうな顔をして俺達を見ているではないか。


 その表情は『何やってんだこの人間共』と言わんばかりの迷惑顔だ。


「ごめんごめん」


 ムアの雪を払い落とし、今度こそ部屋の中を綺麗に掃除する。


 今度は魔法の暴発も無く、スムーズに掃除を終えて座り込んだ。


 注ぎ直したスープを1口飲み、2人の溜息が重なる。


「……なんの話してたっけ」


「えーっと……あ、リーチェが固有能力で視線に気付いてるよーってとこまで聞いた」


「あ、そうだった。 それで、アギトは隠し事してるでしょ」


 同じ質問だが、先程のてんやわんやもあってか気負わずに答える。


「まぁねぇ。 でも、実は凶悪殺人鬼だった!なんて事は無いよ。 ちょっと他の人に言うのは怖いなーってだけで」


「そっか」


 リーチェはしばらく、うんうん唸りながら迷っていたが、やがて意を決して向き直った。


「嫌な気持ちにならずに聞いて欲しいんだけど、……あんまり嘘とか付かない方がいいよ」


 真剣に俺の目を見て言ってくるリーチェからは、悪意などは感じない。


 むしろ……その瞳の奥にあるのは、先程までの俺と同じような、嫌われるかもしれないという不安のように感じられる。


「どうして?」


 そんな不安すら抱えて言ってくれたのだ。


 反論しようと思えばいくらでも出てくる言葉を飲み込み、静かに問う。


「……私がまだ赤脈旅団に入る前の頃なんだけど、住んでた村に同い年の女の子がいたの」






 女の子は明るく活発で優しい子であったが、簡単に嘘をつく悪癖があったそうだ。


 だが村に他の歳の近い子供がいなかったリーチェは、その女の子と一緒に遊び続けた。


 しかし、ある日気付いてしまう。


 人は嘘を付いたり隠し事をする時に、殆ど無意識ながら、相手を少し侮るのだ。


 それは、その女の子も例外では無かった。


 女の子は嘘を付く度に人を侮り続け、明るく活発だった性格は、傲慢で周りを見下すひねくれた子になってしまっていた。


 その女の子だけなら偶然かもしれないが、ルマネアに拾われ、赤脈旅団の一員になって各地を巡るようになってから、リーチェの懸念が確信に変わるまでにそれ程時間はかからなかった。




「……人は嘘を付く度に、少しづつ歪んでく」


 リーチェは噛み締めるように呟く。


「アギトは沢山隠して、これから先も嘘を付き続けるんでしょ?

 異界の民だしカイルの事もあるから、それは仕方ない事だって分かってる。

 ………でもね」


 重ねられただけの手は、まるで重石のように動かせない。


 琥珀の瞳から目が離せなくなる。


「嘘はだめだよ」


 純粋無垢で透き通った瞳に、心地よかったはずの濁りが照らされている。


 俺の目の奥から腹の底まで、同じものを見せろと覗き込んでくる。


「人を蝕むから」


 これは……脅迫に等しい。


 一方的にルールを作り、そこに未熟者を引きずり込む横暴なものだ。


 鼓動が煩い。


 吐く息が浅く感じる。


 しかし……心は驚く程に静かだった。


 何も言えずにいる俺に、リーチェは態度を崩して笑う。


「そんな顔しないでよ。 ただ私は、せっかくこうやって仲良くなったのに、歪んで欲しくないなぁって思っただけ。

 だってアギトは純粋だから」


 付け足された言葉に耳を疑う。


「俺が、純粋?」


 聞き返した俺は、さぞ間抜け面だったのだろう。


 リーチェはまた笑って言った。


「アギトはすっごく純粋だよ。

 だってあんな話をしてたのに、聞いてからは私の事を少し尊敬してるんだから」


 照れくさそうに笑うリーチェを、まじまじと見てしまう。


 尊敬……しているのだろうか。


 自分の気持ちが自分でも分からない。


 無意識に尊敬した?


 やばい、混乱してきたぞ。


「私が言いたかったのはそれだけ。

 秘密は話さなくてもいいよ。

 お節介かも知れないけど、これだけはどうしても言っておきたかったの」


 リーチェは魔法でコップを洗うと、腰を浮かせた。


「待って」


「え?」


 帰ろうとするリーチェの手を掴む。


「……あのさ、他言無用で……聞いてもらってもいい?」


 この固有能力が、この先どんな形で転ぶかは分からない。


 しかしそれでも、勇気を出してくれたリーチェには話したくなったのだ。


「明日の朝の見張り番、俺がやるからもう少し付き合ってよ」


 リーチェは目を丸くしたが、クスッと笑うと座り直してくれた。


「でもいいの? 秘密にしておきたかったんでしょ?」


「まあね。 でも話を聞いたら納得出来ると思う」


 リーチェのコップに延長料金を注ぎながら、じっくり言葉を選ぶ。


「……俺の固有能力の話あるでしょ?」


「負の感情とか、瘴気を吸い取れるって能力?」


「そう、それ。

 正確には違うんだよね」


 緊張で冷えてきた指先を、ムアの毛に埋めて温める。


「人の負の感情や瘴気を吸い取って、それを自分の力に変える能力なんだよ」


 盗み見たリーチェの表情は……変わらない。


「つまり悲しんでる人とか、俺に向けた悪意が増えれば増える程強くなれる能力って事」


 じっと黙って、反応を待つ。


 不安が胸の内に広がり始めた頃、リーチェはようやく口を開いた。


「この話って、ディカ姉には言ってないの?」


「言ってないよ。 気付いたのはダンジョンだけど、その時は瘴気に耐性があるかも、としか言ってない」


「そっか……」


 リーチェはまた少し考えた後、俺に向いて姿勢を正した。


「まず、固有能力の話をしてくれてありがとう。

 私なりに考えてみたんだけど、きっと赤脈旅団の皆なら受け入れてくれると思う。

 でもアギトの言う通り、言いふらしてまわるのは危ないような気がする」


 そこまで真剣に考えてくれたのか。


「ありがとう。 皆に話すかどうかは、またそのうち考えるよ」


「うん、アギトの言いたいタイミングで伝えればいいと思うよ。

 それと、私はアギトの事が嫌いになったり、怖くなったりってのは無いから安心して」


 その言葉に、漏れた安堵の息が熱くなっている事に気付く。


 ああ、俺はこんなに怖がっていたのか。


 このまま話せば、情けない姿を見せてしまいそうだ。


「ガウーゥ」


 寄り添って座り直してくれたムアに、全体重を預ける。


 胸に籠った熱を吐き出すと、ようやく口が聞けるようになった。


「リーチェに頼みがあるんだよ」


「頼み?」


「さっきリーチェの言ってた通り、俺はこれから先も嘘を付き続ける。

 それプラスこんな固有能力を持ってたら、俺が何かあって吹っ切れちゃった時が怖いでしょ?」


「た、確かに……」


 俺の立場や日頃の行いを思い出したのだろう。


 起こりかねない大惨事を想像して、リーチェは頬を引き攣らせる。


 それはそれで異議ありなのだが、取り敢えずスルーだ。


「だから俺を見て、極端に歪んできてるなーって思ったら教えて欲しいんだよ」


 言ってしまえば、闇堕ち防止である。


 日頃から滅茶苦茶な振る舞いをしている俺だが、自分自身の良識が著しく欠如してる自覚はある。


 自覚はあるのだ。


 ブレーキは踏まないけど。


 そんな性格だから、もし俺が明らかにやばい方向に突き進み始めたら、誰かに気付かせて欲しいと思ったのだ。


「いいけど……私はアギトより弱いよ」


「そこまで暴走はしないよ。

 一言言われれば気付いて直すから」


 こんなに他人任せな事、正直したくない。


 したくは無いが……誰かを頼ってみたいと思ってしまうのは、人の性なのだろうか。


 ちなみにムアは、恐らくだが俺がどんな道を歩もうとも着いてきてくれる気がする。


 だからリーチェに頼ったのだ。


「そこまで言うなら……分かった。

 ビンタしてでも気付かせるからね」


「是非お願いします」


 固有能力の危険性は、この能力に頼らざるを得ない状況になるまで、ムアにしか話さないと思っていた。


 しかしそれがどうだ、まさか話したくなったという理由だけで人に打ち明ける事になるとは。


 それもリーチェに、だ。


 武力で優劣を決めるつもりは無いが、もし今後頼るとしたら俺より圧倒的に強いディカか、いつか目覚めたライデンくらいだと勝手に思い込んでいたのだ。


「アギト、もしまだ他に話したい事があったら聞こうか?」


「他は特に無いかな。

 さっきは多すぎて分からんなんて言ったけど、よく考えてみたら他に隠し事思いつかんわ」


「ほんとに?」


 俺の目を覗き込んでくるリーチェは、本気で俺の事を心配してくれているらしい。


 年下の女の子に心配されているのに、情けない反面、安心してしまっているのも事実。


「ほんとに。

 ……でももし今後何かあったら、また聞いてもらうかも知れない」


 リーチェはそれでもまだ心配そうにしていたが、ようやく引き下がってくれた。


「絶対だよ?」


「分かった。 約束する」


「ムアちゃん。アギトが何か抱え込んでたら、引きずってきてでも教えてね」


「ガウッ」


 知らない間に、ムアは俺の保護者にでもなったらしい。


「信用無いなぁ」


「だってほら」


 リーチェは俺の手をとると、指を絡めて握った。


「指先まで真っ白。 凄く冷たくなってる」


 言われて自分がそこまで緊張していたのだと気付かされる。


「生やし直そうかな」


「それはやりすぎ」


 ようやく笑ってくれたリーチェを見て、俺も安堵する。


 自分で自分の感情が分からなくなってしまっている現状、リーチェを鏡にするしか無い。


「よし!なら私はそろそろ寝ようかな。

 アギトが明日の見張りやってくれるって言ってたし、朝まで寝るぞー!

 あ、ムアちゃんと一緒に寝てもいいんだっけ?」


 扉の枠に足をかけながら振り向いたリーチェは、悪戯っぽく笑う。


「それとこれとは別問題です。

 ほら、さっさと寝なさい。

 ………ありがとね」


 聞こえてないといいなーと思いつつ付け足したのだが、獣人であるリーチェの耳には届いたらしい。


 すると何を思ったのか、俺の頭を抱え込むように抱きしてめてポンポンと叩くと、吹雪の中へ消えてしまった。


 これは……俺とムアが、依頼に行く前にカイルにしたやつではなかろうか。


「……別に寂しくは無いんだけどな」


 そう言いつつも、僅かに残った熱を探さないよう、ムアに埋もれるのであった。

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