無知の罪
楽しそうな師弟を馬車に残し、俺とムアは再び護衛に戻る。
空を覆う灰色の分厚い雲の向こうに見える太陽は、昼が過ぎた事を示していた。
「昼食は移動しながら済ませる感じ?」
「ああ。 空がご機嫌斜めだからな」
吹雪く前に出来るだけ距離を稼ぐつもりなのだろう。
心做しか馬車のペースを上げているようだ。
しばらく急ぎ足で進んでいると、ムアが時折背後を気にし始めた。
「どうした?」
「ガウ……ガウーウ」
「まじか」
どうやら付けられている気がするとの事。
ルマネアとリーチェに護衛を任せるべく、馬車まで戻る。
「付けられてる? 本当か?」
「ムアがそう言ってるから間違い無いと思うよ」
襲撃の気配が全くない今、こんな事を言われてもヴァートスの疑問はもっともだろう。
しかし兵士達は慣れたものだ。
「モンスターか人かは分かるか?」
「だってさ、ムア」
「ガウ」
「人だって」
「今ので分かるのか……」
問題はどう対処するかである。
「俺とムアが突っ込んでってとっ捕まえるなり、殺すなりしてこようか?」
ムアの機動力なら、後から馬車を追いかけても十分追いつけるだろう。
だか俺の案は、先程まで馬車の作ってきたトンネルを見ていたルマネアに否定される。
「それだと全員は捕まえられないわ。
相手は20人で、3つに別れて追いかけて来ているもの。
私とアギトとムアで捕らえて来るのが1番早いわ」
「先生、私は?」
「リーチェは馬車の護衛に残ってちょうだい。
ここにいる兵士方は銅級以上の実力者ばかり、そこに魔法に長けたリーチェが加われば守りは十分よ」
「分かりました!」
仕事を任され嬉しそうに返事をするリーチェに微笑むと、ルマネアは腰を上げた。
「では、行きましょうか」
「うい」
ムアに2人で乗り、雪のトンネルの中を高速で進む。
俺の後ろで横座りするルマネアは、煙管を取り出すと一息吸って、糸のように長い煙を風に散らした。
「左右上6人づつ。 中央に8人」
今の一服でどうやって位置を測ったのだろうか。
以前リーチェの言っていた魔力媒体を使ったのだろうが、それ以外にもある気がする。
気になる事が出てきたが、それは後だ。
「りょーかいっ。 俺中央、ムアは左上、ルマネア右上で」
「ガウッ」
「分かったわ。
それと生け捕りになさい。 兵士達は色々聞きたいだろうから」
「あいよ」
雪のトンネルの向こうに、姿は見えないが魔力による探知で反応があった。
角を曲がったすぐそこにいる。
「お先」
それだけ言ってムアから飛び降りると、馬車の結界に溶かされて表面の凍った壁面を走る。
角から飛び出すと、そこには槍や剣で武装した貧相な身なりの者達が居た。
ふむ、悪意有りと判断して良さそうだ。
「な…」
「いよっと」
手前の盗賊から順に、肩や腰を狙って骨の槍で貫いて縫い止めてゆく。
装備はボロボロ、動きもトロく、魔法もろくに使えなさそうだ。
この程度の相手には棍棒を使うまでも無い。
あっという間に制圧完了である。
骨槍には返しとツタを繋げておいたので、束ねて引っ張るとまるで漁でもしたかのように纏めてくっついてきた。
「ぐぁぁぁぁぁ!!?」
「いでぇぇぇぇ!!」
やかましいが無視し、ぶら下げたまま雪の上に飛ぶ。
前ラグニィに教えてもらった、気で空中を蹴る技を使って飛び上がると、ムアとルマネアも無事制圧を終えている所であった。
「こっちは終わったよん。 ムアー」
「ガウッ!」
霧に俺の捕まえた盗賊らを預け、ムアに跨り一息着く。
気で空中を蹴るのは予想以上に疲れた。
ラグニィはスーパーボールのように跳ね回っていたが、今思えばよくあんなに使いこなせるもんだ。
数回宙を蹴っただけだが、直ぐにバランスを崩しかけて危なかったくらいだ。
要練習せねばならない。
「いてぇ……いてぇよぉ……」
呻き声に思い出したが、盗賊らに骨槍を刺したままだったな。
このままだと血の匂いでモンスターが寄ってきそうなので、骨槍を突き刺したまま傷口を埋める。
これで身動きも取れなかろう。
一緒に霧に浮かんでいるムアが捕まえた盗賊は、泡を吹いて気絶していた。
いつもの呼吸困難にして意識を落としたらしい。
問題なのはルマネアだ。
「なぁ、こいつら大丈夫なん?」
ルマネアに捉えられた盗賊らは、白目を向いて呆然と立ち尽くしていたのだ。
雪駄のような靴を履いた盗賊らは、呆然と動きを止めている。
口をポカーンと開けヨダレを垂らすその姿は、まるでゾンビだ。
「平気よ、幸せな夢に包まれているだけだから」
だめだろそれ。
しかし何時でも正気に戻せると言われたので、信じてムアの霧に合流させる。
目の前に正気を失った仲間が浮かぶと、意識のある盗賊達が怯え始めたが気にしない。
それより、先程から気になっていた事があるのだが……。
「ルマネア浮いてない?」
「浮いてるわよ?」
まるで透明な空飛ぶ絨毯に腰掛けるような体制のルマネアは、ホバークラフトのようにスィーと俺の前まで滑ってやってきた。
ここまで近付いて、ようやく薄ら魔力を感じる。
「って事は魔法か」
「後で教えてあげましょうか? ルレックと交換で」
「それは全然構わないけど」
作ろうと思えばいくらでも作れるし、ただ同然で教えて貰えるのであればそれに越した事は無い。
「ムアちゃん、乗せてちょうだい」
フワリと浮かび上がって、再びムアに腰掛けるルマネア。
魔力での浮遊は、速度が出ないか負担が大きいかのどちらかのようだ。
でも使ってた魔力は少なかったから速さの問題かな?
「察しがいい子は好きよ」
考えていた事が顔に出ていたらしい。
「そりゃどーも」
「可愛げが無いわねぇ」
「スレてるもんで。 ムア、お願い」
「ガウッ!」
霧に盗賊を捕まえたまま、ムアは雪のトンネルを再び走り出す。
制圧が早かったからか、馬車とは直ぐに合流出来た。
「ただいま」
「早かった、な……」
兵士はムアの霧に浮かぶ盗賊らを見て、息を詰まらせた。
「3人がかりだからね。 ってどうしたのさそんな顔して」
兵士達は揃いも揃って渋い顔をしていたのだ。
「そいつらは……村人だ」
「ま?」
え、じゃあ冤罪?
俺の真っ白な経歴に黒が付いてしまうと案じたが、どうやら事情が違うらしい。
「でも武器持ってたけど?」
「だろうな。 まぁ、見てれば分かる」
そう言うと、起きている盗賊から尋問を始めるようとする兵士達。
だが盗賊達は兵士を見るなり叫んだ。
「俺達にも寄越せ卑怯者!!」
「差別するなクズ共が!!」
差別?
ギニンにしばらく滞在し、獣人やドワーフなど様々な種族が居たが、まだ差別らしい出来事は見た事が無い。
強いて言うなら帝国とかジャバルク、国軍の動きが怖いよねってくらいだ。
それに、彼らはどう見てもただの一般人である。
部落差別とか?
罵声を浴びる兵士達は、はぁ、とため息をついた。
「お前達の村は税を払ってないだろう。 この物資は税を納めた者が正当に受け取る食べ物だ」
なるほどねぇ。
そりゃ確かにこいつらに受け取る権利は無いな。
だが彼らの耳に都合の悪いことは届かない。
「このまま餓死しろってのか!?」
「この人でなし!!」
「どうせ搾り取るだけ搾り取って返さないつもりだろう!?」
出るわ出るわ罵詈雑言の嵐。
馬鹿だなーこいつら。
目の前に税が正しく使われてる1例があるってのに。
「クソ領主もその犬共もくたばっちまえ!」
「侮辱罪……っと」
矢面に立つ兵士の半歩後ろで、別の兵士がサラサラと罪を紙に書き込んでいる。
「どうせ悪どい事しかしてねぇんだろ!?」
「名誉毀損……」
あ、また罪が追加されてる。
てか次期領主がすぐ近くにいるんだがー?
俺とムアが馬車の中を伺うと、幸いにもヴァートスにショックを受けた様子は無い。
「彼らの村に納税の説明はされていないのか?」
ヴァートスの質問に兵士は苦笑いする。
「何度かされているはずですよ。 自分も行ったことがあります。 しかし…」
「馬の耳に念仏、と」
「ねんぶつ? 何だそれは」
「ありがたい話って事だよ。
聞く耳を持たない奴に言っても、別の言語にでも聞こえるんだろうな」
俺の言葉に、兵士は深く何度も頷く。
お勤めご苦労様です。
気絶していた盗賊達も目を覚ましたが、得られた情報は同じようなものであった。
さて、残るは彼ら盗賊への処罰についてだ。
兵士は盗賊ら罪人を並べると、その前で先程書き込んでいた書類を読み上げ始める。
つらつらと挙げられてゆく罪の最後に下った判決は、極刑であった。
つまり、この場での死刑だ。
冷たくはあるが、兵士らの仕事上これが妥当な判決だろう。
まだ始まったばかりの物資運搬の最中に、律儀にギニンの牢まで送ってやる義理は無い。
ギャーギャー喚く盗賊らを蹴り倒し、兵士達が剣を抜く。
「こればっかりは、どれだけやっても慣れないな」
兵士らは盗賊の首に剣の先端を当てると、気を込めて一息に脊髄まで貫いた。
「はぁ……。 アギト、ルマネアさんも二人づつ頼む」
「分かったわ」
「はーい」
勢いで返事をしてしまったが……そうか、俺は今から人を殺すのか。
散々揉め事は起こしてきたが、手にかけるのはこれが初だ。
ムアが大丈夫かと目で問うて来るが頷いて返し、近くの盗賊を2人捕らえる。
怯える2人の視線を、正面から見返す。
俺は物や人の重ねてきた時間に敬意を払うように心掛けている。
大地が川に削られて谷になるように、自分の目の前に来るまでに重ねてきた時間に意味があると思っている。
しかしそれと同時に、全ての物事は自らを押し付けあって存在しているのも、紛れも無い事実なのだ。
俺は俺の都合を、俺の重ねる時間を押し付ける為に、こいつを殺す。
「ガウッ」
「うお」
ムアが盗賊の1人をかっさらって踏み付けた。
……優しいな、ムアは。
「やめ、助けてくれぇ!!」
「あ、すまん」
感傷に浸ってる場合じゃ無かったわ。
怯える時間を増やすのも可哀想なので、盗賊の首筋からツタを骨まで深く伸ばし、一息に締め上げる。
盗賊は1度ビクンと跳ね、物言わぬ屍となった。
これぞ神経締めである。
ムアの方は、霧で肺の中を完全に埋めつくす即効性の呼吸困難で締めていた。
「ふぅ……」
短い時間だが、どっと疲れたな。
「ガウ?」
ムアの気遣いが染みるが、この程度で挫けていてはきっとこの世界では生きていけないだろう。
つい先程、自分で考えを纏めたばかりじゃないか。
「大丈夫。 俺の負担は半分だったからね」
心做しか冷たくなった指先を、ムアの毛に埋める。
「ありがとね」
「ガウ」
当然だと鳴くムアを、強く抱きしめる。
いずれ人殺すんだろうなーとは考えていたが、まさか刑を執行する事になるとは思わなんだ。
てっきり激しい戦闘の最中で殺るもんだと勝手に想像していたのは、俺の中の甘さだろうか。
……俺の中?
そう言えば固有能力の1つに、マイナス感情に関わるものがあったな。
瘴気を吸った時と同じ感覚で、自分の胸の内にある不安をつついてみる。
すると突然気持ちが軽くなり、先程までの不整脈が完全に消え去ったでは無いか。
「すげぇ」
どうやら普段無意識のうちに溜め込んでいたストレスも吸収してしまったようで、驚く程気持ちが軽くなった。
これはこれで死が軽くなりそうで怖いが、今この場で木偶の坊になる事は避けられそうだ。
「ガウ?」
「ありがと、もう大丈夫だわ」
ふむ、どうやら俺の固有能力は、まだまだ出来ることが他にもありそうだ。
帰ったら要研究せねば。
「うぷ、ゲホッ」
音の発生源を見れば、ルマネアに介抱されたリーチェが、馬車から降りて吐いていた。
木でコップを作り、水を注いで渡す。
「ケホッ………ありがと」
「ゆっくり飲みな」
少しづつ、すするように飲むリーチェの背中を撫でる。
……もしかしたら
リーチェの背中を撫でながら、自分にやったのと同じように固有能力を使う。
効果は直ぐに現れた。
チビチビ水を飲んでいたリーチェだが、少しづつコップを傾け始め、最後はグイッと一気に飲み干したのだ。
「プハッ! ふぅ………生き返った〜!」
人殺した直後にそんな事言うと、アンデッドになりかねんぞ。
当然口には出さないが。
「リーチェ、大丈夫なの?」
「はい、おかげさまで!
アギト、この水甘いね!」
急に元気になったリーチェに、ルマネアはかえって心配そうな顔をする。
「ルレックの果汁をちょっと混ぜたんだよ。 これなら飲みやすいでしょ」
「見せてちょうだい」
ルマネアはコップを受け取ると、しげしげと中身を観察する。
しかしお目当てのものは見つからなかったようだ。
『アギト、何をしたの?』
突然頭の中に響く声に、リーチェの背をさすっていた手が止まる。
この声は多分ルマネアだ。
しかしテレパシーが使えるとは聞いてないぞ。
一瞬だが、チラリと向けられた視線に有無を言わせぬ迫力を感じる。
でも今まで教えてくれなかったテレパシーを使ったって事は、リーチェに刺激を与えずに、尚且つすぐに俺に聞きたかったのだろう。
「ムア」
「ガウ」
もはや阿吽の呼吸で理解してくれるムアは、保管していたルレックを取り出してくれた。
それを1口サイズに切って皿に盛り、リーチェに渡す。
「大丈夫、悪いもんは入ってないよ。 少し中で休んでな」
これで通じただろうか。
「もう平気だけど、くれるってんなら貰っちゃうね!」
リーチェが軽い足取りで馬車に入って行くのを見届けて、ルマネアは何か言いかける。
しかし、
「待たせたな。 余計な時間を食ったし、さっさと出発しよう」
死体の処理を終えた兵士達に促され、それは叶わずに終わった。
『後で詳しく聞かせてちょうだい』
再び脳内に声が響く。
冷たい声音に、軽くなったはずの心がまた重くなるのを感じた。




