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固有能力の成長と

 ギニンを出発して2日目の朝。


 俺達はようやく1つ目の村に到着した。


 積荷を下ろして村人に配るのだ。


 村は30人程度の規模だったが、物見櫓や柵が雪から突き出ており、更には魔力での探知番がいる程の厳重さであった。


 理由は単純。


「今年も出たか」


「はい。

 昨日追い返しましたが、この雪ですから。 まだ近くに居座ってると思います」


 盗賊だ。


 冬に備えていなかった者の大半は雪に飲まれてくたばるが、中には固有能力や徒党を組んでしぶとく行き残る者もいる。


 そいつらが族へと身を堕とすのだ。


「了解した。 道中で発見したら始末しておこう」


「よろしくおねがいします」


 領内の治安の維持も兵士の仕事である。


 この世界に来て半年以上が経過しているが、野生動物に襲われる事はあれど、盗賊などと遭遇する事は今まで一度も無かった。


 モンスター達が強すぎるのはあるだろうが、リニーウ領の統治が優れているのが大きいのだろうな。


 迷走した政治家と、悪化してゆく治安に対応できない日本からの脱出が出来たと考えれば、そう悪くは無い異世界転移だったのではなかろうか。


 何回か命の危機はあったが現在五体満足だし、それに……


「ガウ?」


「ううん」


 ムアがいるからな。


 どうしたの?と近付いてくるムアをわしゃわしゃ撫でる。


 家が雪で殆ど埋まった中生きているこの村人達のように、過酷な環境でもムアと一緒なら何処までも行けると、自分でも驚くくらい本気で信じている。


 昔、『1人なら早く行ける、チームなら遠くまで行ける』と聞いた時は「邪魔やろチームメイト」と本気で思っていたが、今ではムア無しの方が想像がつかないくらいだ。


 もっとも、その他有象無象のチームメイトは今でも要らないが。


「今回の配給はこれで以上だ。

 また3ヶ月後に追加を持っては来るが、念には念を重ねて節約して消費するようにしろよ」


 室内で話していたヴァートスと兵士達が、村長と一緒に戻って来た。


 顔見せの方も無事に終了したようだ、


「分かりました。 寒い中お勤めご苦労様です。

 もしよろしければこちらをどうぞ」


 そう言って村人らが差し出してきたのは、大きな樽と、いくつかの壺であった。


「厳しい冬だってのに何時もありがとう」


「いえいえ、冬の間に出来ることは極わずかですゆえ 、こればかりは腐るほどあるのです」


「何それ?」


 俺が聞くと、兵士は樽の中身をコップに注いで俺に手渡してきた。


 仕草を見る限り、一気に飲み干せとの事らしい。


 液体は琥珀色だが、肝心の匂いは空気が冷えているせいか全くわからん。


 マスクをずらし、一息に煽る。


「ぐっ!? カハッ!」


「アハハハハッ!!」


 口に含んだ途端鼻の奥まで熱い何かが昇って来るのを感じ、思いっきりむせた。


 口の中に広がる紅茶と蜂蜜のような甘ったるさと、ムワッと喉の奥から溢れてくる独特の香り。


「酒か!」


「はい。 まさかそのまま飲まれるとは……」


 村長が目の前で作ってくれた水で喉を洗い流し一息付く。


「それはツダルパって酒でな。 熱い湯で割って寒い夜に飲むんだよ」


「んなもんショットで飲ませんなや」


 はー、酷い目に合った。


 でも口の中に残る甘さと、香ばしい香りは悪くないな。


 興味を示したムアが俺の空っぽのジョッキをクンクンしたかと思うと、「ア゛ー」聞いたことの無い声をあげながら離れて行った。


「ムアは何て言ってたんだ?」


「アルコールの匂いがお気に召さなかったらしいよ。

 でも悪くない味だった。 今日の夜にでも、正しい飲み方を試してみるよ」


「是非どうぞ。 きっと美味しいですから」


 そう、正しい飲み方でだ。


 間違っても「チェイサーだぞ」と差し出されたもっと度数の高い酒を飲まされないように気を付けなければならない。


 まだ思い出して笑っている兵士をジト目で睨む。


 おめーの事だぞ。


 彼からはちょいワルオヤジの気配がするので、要注意しなければならない。


 一方のムアはというと、ここでも子供達と打ち解けたようで、何かを食べさせられていた。


「はい、あーん」


「それは何?」


「っ!!」


 俺を見た途端、警戒態勢に入る子供達。


 原因は……牙のマスクかな?


 外してみると目に見えて反応が変わり、ワラワラ群がってくる子供達。


 俺の舐められやすい容姿だが、相手に安心感を与えやすいってのも事実なんだよなぁ。


「これあげるー!」


 子供達が差し出してきたのは、先程村長から渡された壺の小さいバージョンだ。


「ありがとう」


 匙を腕から生やして作り、早速すくって食べてみる。


「お、甘い」


 中身は蜂蜜?のようなねっとりした液体だった。


 む、この風味はさっき飲んだ酒と似てるな。


 これが原材料なのだろうか。


「これはねー、あの木のじゅえきだよー!」


「あの木?」


 子供達が指さす先を見れば、トゲトゲした葉を付けたツダの木が見える。


 なるほど、ツダの樹液だったのか。


「ツダの木ってそんな使い方もあるのか」


 穢れを払い、燻製に使え、樹液が甘くて酒の材料になり、冷害にも強い。


 ツダの木有能過ぎないか?


 そりゃゲルで栽培される訳である。


「アギト、ムア。 そろそろ行くぞ!」


「りょーかい。 ツダの樹液ありがとね!」


「ガウーッ!!」


 子供達に手を振り、村を後にする。


 馬車が少し進めば、雪のトンネルに阻まれて村はあっという間に見えなくなった。


 また彼らと会う機会はあるだろうか。


 旅をするぞと意気込んではいるが、それはきっと出会いと別れの繰り返しになるだろう。


 もし旅のどこかでこの村の近くを通る事があれば、寄ってみるのも面白そうだ。


「ガウ」


「はいよ」


 蜜が入った壺をムアにあげると、食べる事はせずに霧の中へしまってしまった。


「いいの?」


「ガウ、ガウーウ」


「カイルのお土産か。 いいね」


 てか今更ながら、俺ならツダの樹液を量産出来るのでは?


 ものは試しだ。


 近くのツダの枝をむしり取って手のひらと繋げ、折りたて新鮮な断面から樹液を溢れさせる。


 雫になった樹液を1口食べてみると、微かな甘みと同時に、口の中の水分を全て奪い去ってゆくえげつない渋みが広がった。


 うーん、食えたもんじゃねぇ。


 でもコツなら掴めた。


 馬車と並走しつつ、垂れ流しにしながら樹液の密度や甘み、木の質を調節してゆく。


 しばらく試行錯誤して完成したのは、村の子供達から貰ったツダの樹液より、遥かに甘くて香り高い上品な蜜であった。


「ムア、どうよ」


 枝の断面に噛み付いたムアは、少しハグハグしていたかと思うと、カッと目を見開いてガジガジし始める。


「はっはっは、美味いだろう」


 子供達には申し訳ないが、俺が作った樹液の方が美味いのは事実なので保存しておこう。


 知識をくれた村人に感謝である。


 早速ムアが持っていた子樽に注いでいると、兵士が目ざとく見つけてくる。


「何してるんだ?」


「ツダの樹液があまりにも美味かったんで、改良していいものを作ってみた」


 ひとさじすくって食べさせれば、兵士は目の色を変えた。


「買わせてくれ。 いくらだ?」


 早いな、そんなにか。


「そうだねぇ……。 ちなみに相場だと値段はどんなもんになる?」


 兵士は真剣な顔をしてしばらく悩むと、渋々口を開いた。


「……安くても銀貨は付くだろうな」


 つまりその上も有りうると。


 爽やかな紅茶のような風味と、癖の無い甘さのツダの蜜は、高給取りの兵士から見ても良いものだったらしい。


「その正直な言葉に免じて、特別に銅貨5枚で譲ろう」


「本当か!? ちょっと待ってろよ………」


 いそいそと懐を漁り出した兵士を手で制す。


「ギニンに着いてからでいいよ。 それまではムアが保管しておくから」


「了解だ、忘れないようにしよう。

 これで妻と娘に良い土産が出来そうだ」


 やはり長期の出張は家族にかなりの負担がかかるのだろう。


 ホッと胸を撫で下ろす彼から察するに、純粋なお土産というだけで無く、機嫌取りにも使われるのかもしれない。


「これ使って料理でも作るの?」


「そうだな……妻は料理が上手いから、パイにしてもらうのはありかもしれない」


「絶対美味いやつじゃん」


 この甘い蜜を香ばしく焼いたら……。


 想像するだけで腹が減ってきてしまう。


「楽しそうな話してるじゃない? なぁにそれ」


 馬車から顔を覗かせたのは、今は休憩中のルマネアとリーチェだ。


 2人の視線の先は……言うまでも無いか。


 隠す理由も無いので、ツダの樹液が詰まったコップとスプーンをいくつか纏めて渡す。


「ルマネア、中で休憩してる人達にも食べさせてあげて」


「分かったわ」


 ルマネアの魔法で受け取られたツダの樹液は休憩している兵士達に行き渡ったようで、中からは驚きの声が聞こえてくる。


 どうだ美味かろう。


 品種改良と養分の調整みたいな事をして作った特別製だからな。


「アギト」


「はい」


 馬車から再び顔を出したルマネアの目から放たれる圧に、ムアに乗りながら思わず姿勢を正す。


「銅貨5枚だったかしら」


 しっかり話聞いてたんですね。


 相場の最安値を正直者割引した激甘価格なのだが、前例が目の前にあるから値上げ交渉が出来ねぇ……。


 それから最低でも1人1つは欲しいと言われ、俺はしばらくの間、護衛の片手間に樹液を垂れ流し続ける事になるのであった。



●●●●



 翌日の馬車の中。


 俺は小さくなったムアを抱えながら、ヴァートスの介抱をしていた。


「うう……頭がガンガンする……」


「飲みすぎるからでしょ。 吐くなら外に吐きなよ」


 昨晩、村で貰ったツダルパの酒を考え無しにガブガブ飲んでいたヴァートスは、案の定二日酔いに苦しんでいた。


 何が『全然酔ってる気がしない』だ。


 甘い酒で感覚が麻痺したのか知らないが、ウンウン呻いているヴァートスからは初対面の余裕溢れる頼もしい姿など微塵も感じない。


「何でアギトはケロッとしてるんだよ……僕と同じくらい飲んでただろ……」


「俺だって無傷じゃないよ? こっそり内蔵と血を入れ替えてたんだから」


 肝臓を作り直してはこっそり取り出し、栄養を全て吸い取って粉にして外へ捨てていたのだ。


 お陰で殆ど酔う事無く楽しめたのだが、昨日の感覚だと俺はそこそこ酒には弱いらしい。


「……それ僕にもやってくれないか?」


「まだそこまで上達してないから無理。

 拒絶反応……俺が作り直した臓器を体が異物とみなして最悪死ぬけどよろし?」


「よろしくない……くそう……」


 残念ながら俺にはまだそんな事は出来んのだ。


 だが一方で、これまでの訓練のお陰で出来るようになった事もある。


「ムア」


「ガウッ!」


 待ってました! とムアが渡してくれたのは、懐かしのルレックの種だ。


 昨晩酔い醒ましに外で試してみたところ、何と作れるようになっていたのだ。


 ルレックの種から若葉が伸び、それが太くなって枝にまで育ち黄色い花を咲かせる。


「……すごいな」


 早送りのようなルレックの成長に、ヴァートスは寝っ転がりながらも目を離さない。


 更に花を散らせ、緑の果実を丸々と太らせて赤く熟したら完成だ。


 纏めて5つも作ったせいで、枝がたわんで折れそうだ。


 1つをもぎ取って魔法でカットし、皿に盛り付けてやる。


「ほい」


 梨のようにさっぱりした味わいのルレックは、体調が悪い時でもきっと抵抗無く食べられるであろう。


 ヴァートスは一切れ齧って飲み込むと、俺の顔をまじまじと見てきた。


「何さ」


「アギトお前………専属の護衛にならないか?」


「なりません」


「は、早いな………」


 何処かに所属するつもりは無い。


 例え貴族の専属としてどれだけ高待遇だったとしても、だ。


 ただ、俺の即答に呆然とするヴァートスが哀れなので理由は話すか。


「俺はムアと世界を見て回りたいんだよ。

 今はギニンで赤脈の花畑とか、肉焼いたりしてはいるけど、春になったらギニンを立つ。

 だから専属とかにはならないし、何処かに所属するつもりも無い。

 別にお前のことが嫌いって訳じゃないぞ」


「そうなのか……」


 ヴァートスはルレックをまた一切れ食べると、ふっと笑った。


「こんな立場の私に、飾らず話しかけてくれる友人が側にいてくれれば心強いと思ったんだが」


 貴族の跡継ぎが故の孤独か。


「ま、旅の途中に近くを通る事があれば、立ち寄るようにするよ」


「是非そうしてくれ。

 もっとも、その頃には僕は領主になっているだろうから、謁見は難しいかもしれないけどな?」


「わからんよー? 俺とムアも赤脈旅団みたいに有名な冒険者になってるかもしれん」


 2人して格好を付けて、堪えきれずに吹き出して笑う。


 ヴァートスがギザったらしい話し方をするもんだから、こっちまでつられてしまうではないか。


 ガタッ


「おっと?」


 馬車の扉を開けると、ルマネアとリーチェが扉スレスレの所に立っていた。


「そろそろ交代か」


「いやいやいや全然! 続けてくれて大丈夫ー!」


 何故か回れ右しようとするリーチェを、ルマネアがチョップして止める。


「えぇ、交代よ。 それとルレックは置いていって頂戴」


 追い剥ぎか何かだろうか。


 大人しくルレックを残して護衛に向かう。


 馬車を出る直前、ルマネアがリーチェの耳元で何かを囁いて、更にリーチェが赤くなっていたが気にしない事にする。


 あの魔女は教え子に何を吹き込んどるんやろか。


 突っついてもとんでもないモノしか出てきそうに無かったので、あの薮は放置する事にした。

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