表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/115

新たな流れ

 ガラガラ音を立てながら、雪を積んだ荷車が運ばれてゆく。


 あの雪は溶かされて、ろ過した後に貯水槽に放り込まれて適温まで煮込まれるのだろう。


 その雪を運ぶのはアガパの民だ。


 カイルの計画は、あれだけ緻密に練ったおかげで殆ど予定通りに進んでいた。


 とは言っても、既に解雇された奴は5人いるのだが。


 要求を増やして来る者、村での立場を使って勝手に徒党を組もうとする者、そして覗き未遂だ。


 そしてもう一つ、俺や赤脈旅団の事を悪様に罵った奴は、カイルが激怒して解雇した。


 あの時のカイルは、温厚な子がこんな顔するんだってくらい怒ってたっけ。


 しかしそんな事があって1週間程もすれば、アガパの民は落ち着いて働くようになっていた。


 そんなこんなありながらも雪を積んだ荷車を押す彼らを見ながら、俺はリザードマンの肉を焼く。


「アギトー、まだー?」


 子供達に囲まれながら。


「まだです。

 ほら、お前らも雪の運搬手伝ってこい。 肉が食いたかったらな」


「はーい!」


 始まりはアガパの民の雪運搬作業に、冒険者が参加させてくれと言い出したきっかけだ。


 無計画な人間はこちらの世界にもいるようで、冬の貯金が無くなって火の車だって時に、アガパの民の雇用を聞きつけてやってきたのだ。


 冒険者らの売り文句は、「俺達の方が力仕事に向いてるぞ」である。


 確かにその通りではあるが、その条件だけを見て雇ってしまえばアガパの民の仕事が無くなり本末転倒になってしまう。


 しかし実際に雪集めを始めると、人手が足りないのも事実で……


 冒険者らはアガパの民と同じ鉄貨3枚の条件で、雪集めに勤しんでいた。


 そんな中、俺は俺でアガパの民らの食事の足しとして肉を焼いていた。


 朝夕で1日2食の彼らの昼時に、同じく鉄貨3枚で串焼きを売ってやっていたのだ。


 ツダのチップで炙り、乾燥させて砕いた香草と塩をふりかけたシンプルな物ではあるが、この時期に食える貴重な肉としてそこそこ売れていた。


 そんな肉の仕込みをしていたある日、ムアと遊んでいた子供達が興味を示したので、手伝わせる代わりに肉をちょっと分けてあげるようにしたらこの慕われようである。


 今では保育所のような扱いをされており、子供達はムアと一緒に雪集めをして小遣いを貰いつつ、仕込みを手伝っては肉を持って帰るようになっていた。


 今日の焼き方は包み焼きだ。


 肉を香辛料と一緒に分厚い葉っぱで何重にも包んで埋め、その上で焚き火をするやつである。


「もういいかな」


 1つを魔法で掘り返し、葉を開いてみる。


 肉が姿を顕にした途端周囲に濃厚な香りが広がり、道行く人々が足を止めた。 


「アギト、もういい?」


「今準備するから待ってな。

 それまでに今運んでる雪届けて、手洗ってきなさい」


『はーい!』


 我先にと駆け出す子供達を見送ると、視界の隅に見慣れた金色の髪が揺れた。


「もういい?」


「カイルもか」


 見れば、いたずらっ子のような顔で笑うカイルがいた。


「赤脈の花畑はいいの?」


「さっきポルトさんに引き継いできたから大丈夫」


「そうかい、おつかれさん。 ほい」


 肉を1口サイズに切って少し冷まし、カイルに食べさせてやる。


「あっ美味しいね。 ちょっと味変えた?」


「正解。 香辛料を少し変えたんだよ。

 偶然種が手に入ってね」


「また食べられる味が増えるんだね。

 僕も手伝うよ」


 生やして炙った串に、切り分けた肉を手早く刺してゆく。


 勿論魔法で指1本触れること無くだ。


「魔法だいぶ上手になったな」


「そうかな」


 慣れた手つきならぬ魔法捌きで肉を串に刺すカイルは、作業から目を逸らさずにはにかむ。


 するとそこへ子供達を引き連れたムアがやって来た。


 中にはアガパの民や、冒険者も混じっている。


 一斉に群がりそうな勢いで来た彼らだが、ここ1週間徹底させてきたお陰で、大人しく列に並んだ。


 1回横入りして来た冒険者を俺が蹴り飛ばした影響はあるだろうが。


「カイル、受付頼むよ。

 俺は肉刺すのに専念するわ」


「任せて!」


「ガウ?」


「ムアは列の整理お願い。

 後……ほいっ」


 肉の塊をモグモグしながら己の仕事に向かったムアを見送り、俺も肉刺しに専念する。


 肉は僅か30分程で売り切れてしまい、後に残ったのは取っておいた俺達の分だ。


「そこにまだ残ってるやつは売り物か?」


「いんや、俺とムアとカイルと……後は赤脈旅団の分だ。

 摘む勇気はあるかい?」


「……やめとくよ」


「懸命な判断だ」


 名残惜しげに見てくる冒険者や商人を追い払い、俺が用意した丸太椅子に腰掛けて食べる子供達を眺める。


 子供達から強奪しようとする馬鹿への牽制と、食べながら走って転ぶのを防止するためである。


「じゃあ僕は赤脈の花畑に肉持っていくね」


「おっけい。 串も持ってきな」


「あっ、ありがと!」


 元気に駆けてゆくカイルは、無邪気で年相応な子供に見える。


 しかし実際は幼いながら才能を輝かせる、立派な経営者なんだよなぁ。


「ガウッ」


「うん、見てあげて」


 ムアが念の為、とカイルの後を追って人混みに消える。


 一時はどうなる事かと思ったが、終わってみれば平和なものである。


 午後にする事と言えば、ギルドに行って依頼を物色するくらいだ。


 だが、それもムアが戻って来てからの事。


 今はガキんちょ共が喉に詰まらせんように見ておきますかね。


「横、座ってもいいかい?」


 降ってきた声に顔を上げれば、オッサンとおじいさんの狭間にいるような老紳士が立っていた。


 白髪混じりの茶髪をオールバックにし、顎髭も綺麗に整えられている。


 上質な衣類を見るに、どこぞの商人だろうか。


「構わんよ」


「では失礼して」


 老紳士は俺の座っていた丸太に腰掛けると、ふぅと一息ついた。


「いやぁ、久々にこんなに歩いたよ。

 普段はキャンプ地まで足は伸ばさないんだが、噂の赤脈の花畑とやらを人目見ようと来てみたんだ」


「それならこの道を人の流れに沿って真っ直ぐ行けばある。 息を整えたら行くといい」


「親切にどうも。

 しかしここには子供が沢山いるな。

 この辺りの治安は良くない筈だが、家族連れも多いように感じる」


 確かに、赤脈の花畑が繁盛してから日に日に客層は増えてきている。


「そりゃ赤脈旅団がこの奥を陣取っているからな。

 彼女らの商売を邪魔して目をつけられるメリットも無いでしょうよ」


「それだけでは無いだろう?」


 うーん、やっぱりか。


 薄々察していたが、この老紳士は俺と話すのが目的なのだろう。


 赤脈旅団とのコネ作りか?


 めんどくせーな


「で、何の用?」


 まどろっこしいのは嫌いなので、空気をぶち壊して切り込む。


「ふむ……。

 君は近頃有名な『骸』で間違い無さそうだな」


 違いますが。


 遂に名前すら呼ばれんくなったのか。


「冬のギニンでこんなに大量の金が動くのが、珍しいから来てみたんだ」


「ふーん、どっかの商会の人間?

 現状、人数も物資も足りてるからお呼びじゃ無いよ」


 警戒を隠さない俺に、老紳士は楽しそうに笑う。


「そんな立場じゃ無いさ。

 ただ私は、噂の骸のアギトがどんな目的でやっているのかが気になっただけさ」


 そんな事聞いてどうすんだとは思わんでも無いが、はっきり言ってやった方が諦めはつくか。


「ウチで匿ってる子供が、アガパの民の救済をしたいって雇ったんだよ。

 今やってる雇用はその救済の為に用意しただけだね」


 つまり、『働き手』が欲しいんじゃなくて『働く場所』が必要だから作っただけだと。


「随分と心優しいのだね」


「優しいのはその子供とムアだよ。

 まぁ目の前で死にそうになってたら助けんでも無いが」


「いや、やはり優しいな。

 ゲルで国軍からその子供を庇ったという噂も、どうやら真実のようだ」


 その一言で、老紳士への警戒が跳ね上がる。


「……耳が早いね。

 俺が止めなかったらムアが皆殺しにしてただろうから仕方なかったんだよ」


 ………こいつどこまで知ってる?


「だからと言って、国軍の前に立つなどそう簡単にできる事じゃない」


 ……どれくらい具体的に聞いた?


「それにアガパの民の雇用も、骸のアギトや赤脈旅団が私費を投じたのだろう?

 とても愛されているようだな」


 …あの時の話の内容まで聞いたのか?


 目的はいったい…


「まるで…」


 これだけ人がいる場で、その先を言わせる訳にはいかなかった。


「二の句を継ぐ前に俺はお前の首をはねられる。

 言葉はよく選ぶといい」


 自分でも驚くほど低い声に、老紳士は喉の奥に物が突っ変えたような顔をした。


「……家族のようだと言おうと思ったんだが……

 すまない、何か気に触ったかな?」


 ちょうどそこへ、ムアが戻ってきた。


「ガウ?」


 殺意剥き出しの俺に気付き、どうしたのと近寄ってくる。


「カイルは?」


「ガウ? ガウーウ」


 どうやら無事に赤脈の花畑まで送り届けたらしい。


 肩の力を抜き、無意識のうちに研ぎ澄ましていた殺意を霧散させる。


「な、なんだったのかね?」


「失礼、人の弱みにつけ込んでくる輩かと勘違いしただけだ。

 気にしないでくれ」


 あー、まじで心臓に悪い。


 気にしすぎちゃいけないのは分かってるが、何か不安要素があると結びつけて考えてしまう。


 カイルの身分を知ってよからぬ事を企む者だと思ったのだが、俺の考えすぎだったらしい。


「非礼を詫びようか。

 改めて、俺はアギトだ。

 噂されてる骸のアギトってのも、公認した覚えは無いが俺の事だろうね」


「ふむ、ではこちらも名乗るのが礼儀か」


 老紳士は姿勢を正すと、厳かに口を開いた。


「私はグレイ・リニーウ。

 骸のアギトとやらがどんな人間か、直接会って見てみたかったのだ。

 私の方こそ、非礼を失礼した」


「いやいやお気になさらず。

 ってか、珍しい冒険者を見に来ただけって事?

 物好きもいたもんだねぇ」


 冒険者なんて、俺が言うのもなんだが荒くれ者ばかりだろうに。


 護衛も雇わずに直接会いに来るとは心臓の強い金持ちである。


「……?」


「ん?」


 おや、何でしょうこの気まずい感じ。


 こんな雰囲気は、以前もあったような………。


 あ、思い出した。


 初めてディカと会った時に、俺が知らなくて気まずくなってしまったんだったか。


「悪いね、俺田舎者だから有名な人とか殆ど知らないんだよ」


「いや……そうでは無くてだな…」


 人混みの中から、鎧の擦れる音がガシャガシャと聞こえてきた。


「あっ、いた!」


「こら! いらっしゃった、だろう!」


 兵士が2人、息を切らせてこちらへ走ってくる。


 彼らは隣の老紳士、グレイの前へ滑るように跪いた。


「御身に何かあっては一大事です。

 我々から離れないでください」


 あれ………お偉いさん……?


「アギト、一緒にいたなら教えてくれよ!」


 若い方の兵士が俺に文句を言ってくるが、さっぱり状況が掴めない。


「この人誰さ」


 周囲の音が消え失せ、遠くの雑踏のざわめきだけが聞こえてくる。


 ……いや、待てよ。


 グレイ?


 何処かで聞いたことがあるような……


 『……ギニンにいらっしゃるグレイ様……』


 ポルトがいつか言ってた名前だ。


 んで、グレイ・リニーウと。


 リニーウ……リニーウ……領?


「あ、跪きますね」


「遅い遅い」


 兵士に突っ込まれるが、今からでも遅くない。


 裾を払い、腰を浮かせる。


「急に訪ねたのは私だ。 そうかしこまる必要は無い」


「じゃあ座ります」


「おいおい」


 そりゃあ本人がいいって言ってんだから良いでしょうよ。


 並んで座りつつも、形だけでもと姿勢を正す。


「えーっと……領主様って認識で間違いは無い?」


「その通りだ」


 へー………殺気向けちゃったけど大丈夫だろうか。


 大丈夫じゃ無いよなぁ……とか思っていると、串焼きを食べ終えた子供が近づいてきた。


「りょうしゅさまー?」


「そ、領主様」


「だれ〜?」


 ふむ、純粋無垢な質問だな。


「ここら辺の土地を管理……持ってる人だね」


「……それだけ?」


 それだけとは。


 これには隣のグレイも苦笑いだ。


「例えば……あそこの壁あるでしょ。

 あれが壊れちゃった時に、皆から貰ったお金を使って直す人だよ」


「だいくさん! すごい!」


 ダメだこりゃ。


「うーむ、力及ばず」


 これは説明の仕方が悪かったのだろうか。


 しかしグレイは何を思ったのか、子供を抱き上げると高い高いをした。


「君は賢いな! 私は大工さんだぞー!」


 それでいいのか領主よ。


 兵士達も止めないし、元からこのようね人柄なのだろう。


 自分も自分もと、幼い子供達がワラワラと集まってくる。


「いい領主だな」


「だろう?」


 俺の独り言を聞いていた兵士は自慢気だ。


 庶民的な感覚でしか無いが、咄嗟にあんな対応が出来る人間は悪い人では無いように感じる。


 コミュ障の乏しい経験からの判断である。


 間違い無い。


 ムアと俺も加わり、子供達を抱き上げては雪集めに送り出していると、兵士が大勢やってきた。


 どうやら若い方の兵士が領主発見の報告に行っていたらしい。

 

「残念、迎えが来てしまったようだ」


「そんな事仰らないでください。

 帰りますよ」


 そのまま兵士に連れられてグレイは去って行く。


 一体何が目的だったのだろうか。


 俺の人となりを見に来たのであれば、あんな危険な方法じゃ無くても良かっただろうに。


「よく分からんなぁ」


「ガウ〜」


 現在進行形でカイルや俺達がお世話になっているのだ。


 兵士に囲まれて姿は見えなくなってしまったが、とりあえず拝んでおくか。

 

 こうして突然の領主襲来イベントは終わったのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ