カイルの挑戦
あれから2日
俺とムアは日帰りの依頼をこなしつつ、2人で過ごす時間が過ぎていった。
その間、カイルはずっと赤脈旅団の方で寝泊まりしていた。
このままだと赤脈旅団の子になってしまうのでは?とジワジワ不安を感じつつも過ごしていた夜。
カイルが俺達のテントへやって来た。
ディカ、ルマネア、ラート、ポルト、そして風呂に入らせてくれと頼んできた兵士と、何故かセプシオを連れて。
何事だ? と身構えつつも、平静を装って椅子を人数分創る。
「アギト、一昨日はごめん」
「え、あぁ、俺も言い方がキツかった。ごめん」
突然カイルに謝られ、俺も慌てて謝る。
しっかし仲直りにしては随分物々しい面子だなぁ。
カイルは俺が生やした机にどさりと紙の束を置いた。
「アガパの民について、僕なりに考えてみたんだ。
僕はどうしてもアガパの民を助けたいと思ってる。 その為に雇いたいとも」
「それは分かってるよ。
で、この紙を見る限りじゃ案を練ってきたんだろ?」
カイルは藁半紙よりも更に荒い紙を、1枚俺に滑らせて来た。
ギニンで買える1番安い紙だ。
俺の紙は読みやすく箇条書きされている一方で、カイルが手に取った紙には隙間が無いほど書き込まれている。
軽く目を通すと、上から下にアガパの民を雇ってからどうするかが箇条書きで簡単に書かれていた。
「まず、アガパの民を雇う上で『通行料』『食費』『住居代』は全て借金として背負ってもらう。
その借金はギニンの法律に則って厳しく徹底する」
カイルの言葉に、場違いに思えた兵士が「うむ」と頷く。
どうやら兵士の彼は法律的なアシストの為に連れてこられたようだ。
「雇ってからの仕事は……まずは雪集めから初めて貰うつもり」
「雪集め?」
おや、ここで予想外の単語が出てきたな。
「アギトはギルドの依頼で、雪掻きがあるのは覚えてる?」
「分かるよ。 掲示板に貼りっぱなしの、冬の間だけの依頼でしょ。
それをやらせるの?」
「ううん、雪を買い取るんだ」
「ほう?」
詳しく話を聞くと、ギルドに貼られている雪掻きの依頼はどうやら雪を屋根や庭から降ろしたらお終いらしい。
それを台車に山盛り4つ分の雪を赤脈の花畑まで持って来てくれたら鉄貨3枚で買い取るよ、という新しいシステムのようだ。
「これにはセプシオさんから承諾を貰ってるから、依頼書に何時でも書き足して貰うつもり」
セプシオはカイルの言ったことに間違いが無いか確認しながら頷く。
雇われたアガパの民には、雪を受け取ったり、雪を貰いに尋ねて回ったりさせる予定のようだ。
「で、受け取った雪はどうするつもり?
湯船にそのまま溶かしたら冷めちゃうし濁るけど」
現在はルマネアやリーチェ、他の赤脈旅団のメンバーや俺が魔法を使って貯水槽に貯めた湯を、一定の時間で放水して入れ替えているが……。
俺の疑問にはラートが答えた。
「それには『ろ過』と、『湯沸かし』を付与した管を作るって話で落ち着いてるぜ」
『ろ過の魔法』と『湯沸かしの魔法』は、一般家庭でよく使われる生活魔法……らしい。
大量の雪に対応する為に、魔法を『付与』した道具を作るのだろう。
魔法を付与した道具なら、少量の魔力を流せば勝手に発動するからな。
「その管の作成には、アギトに協力して貰おうと思っているけれどね」
付与魔法系統は、得意分野であるルマネアとラートが一肌脱ぐようだ。
「それは構わんよ」
管自体は俺が作ればいいのか。
無機物よりも生物の素材を使った物の方が、付与魔法は持続しやすいからなぁ。
魔剣だって魔石が無ければ到底成しえない技術らしいし。
「肉体労働から始めて、そこから信頼と能力を見て受付とかを任せようと思ってる」
っと、話が逸れた。
「勤務形態は分かったよ。
住居も俺が簡素なのを建てよう。
給料はどうする?
衣食住まで面倒を見てやるからには、ある程度絞らんと態度の増長を産むよ」
「うん。 だから給料は1日銅貨1枚で様子を見る。
仕事を誰に任せるかとか、給料の管理はポルトさんと一緒にやるんだ」
軽く会釈するポルトは少し微笑んでいるように見える。
赤脈旅団と一緒に仕事出来るのがそんなに嬉しいのだろうか。
「金の出処は?」
「それに着いての心配は要らない。
私らの自由な時間と引き換えに、取り分の5分の3貰ってる内の1を好きに使わせるつもりだ」
まぁ悪くないのでは無かろうか。
カイル曰く、この銅貨1枚は借金や食費など諸々引いてからの額ではあるらしいし。
それにさっき言っていた、信頼や能力等で抜擢するのであれば昇給も考えているのだろう。
「ちなみに借金完済は何時を予定してる?」
「冬が開ける1ヶ月前だよ。 雪解けと同時に契約を終了して、それまでに今後の働き口を見つけさせる」
「……なるほど」
大まかな流れは分かった。
ではここからは突き詰めて行くべきだろう。
カイルがここまで真剣に考えた計画に、人付き合い苦手なんて言ってられん。
「じゃ、何箇所か気になった部分を確認して行こうか。
質問の準備はしてるみたいだし」
「うん」
カイルの隙間無く書かれた紙は、よく見れば俺に渡された箇条書きに沢山書き足されて、ぎゅうぎゅう詰めになっているようなのだ。
「今ギニンの外に居るアガパの民、全員を雇うつもり?」
「可能であればそうしようと思ってる」
「人数は把握してる?」
「今朝の報告だと20人くらいって言ってた」
把握した上で計画を練れているならよし。
「なら次は……、これはただ気になっただけなんだけど、『村での身分を振りかざす事は禁止する』ってのは、村長とかの事なの?」
「うん。 村長の家の雪掻きは他の家の人がやらされてたりしたから、その時の感覚で他の人の給料を奪ったりされるのを予防しようと思って」
「へぇ、そんなのもあるのか」
ヒトコワでも狭いコミュニティの中の王様がとんでもない暴論を振りかざす話とかあったし、確かにこのルールはかなり大事かもしれない。
「ありがとう、カイルのお陰で1つ賢くなれたよ」
「うぇ!? いや、全然そんな……」
さっきまでの真剣な表情から一転、年相応に照れるカイル。
「……何さ」
「いや?」
ディカ達の暖かい視線を振り払って、仕事の話に戻る。
「ゴホンッ……さて、『違反した者はその時点で直ぐに解雇し、借金の即時返済をしなければならない』ってのは、文字通りの意味?」
「え? そうだけど……」
今更何故そんな事を? と小首を傾げるカイルだが、あと少し足りない気がする。
「その解雇された奴は時期にもよるが借金返済が出来ないかもしれない。
借金持ちとして野に放つだけならまだしも、そいつはどんな行動をしてくると思う?」
「……復讐、とか?」
「それも有りうるだろうけど、1番やりそうなのは店前で号泣謝罪乞食だ」
それを聞いてピンと来た顔をしたのは兵士だ。
「確かにそれは有りうるな。 ギニン北門でも、アガパの民はずっと乞食ばかりしていた。
それが悪い事だとは言わないが、1度縋る事を覚えた人間の視野は狭い。
声が枯れるまで叫び続けるかもしれないぞ」
その光景を想像して固まってしまったカイルの代わりに、ポルトが口を開く。
「そんな事をされてしまったら営業妨害として兵士に通報すれば良いでしょう」
「でもそれが同じ村の出身で、今のカイルみたいに驚いて口が聞けなくなってしまったら?
もし迫られて迂闊な事を口走ってしまったら?」
「えっと……それは……」
ま、ここまで頑張ったんだし答えはこちらから提案してあげましょうか。
「トラブルが起きた時の解答を作ってあげるといいと思うよ。
『こんな奴が来たら、迂闊な事は言わずにアギトかムアか赤脈旅団に頼ること』みたいなね」
早い話がマニュアルである。
対策があるのと無いのとでは、事の進め易さが段違いなのだ。
俺も地球では大変お世話になった。
もっとも、小銭を投げてくるようなイレギュラークソ客にお釣りを投げ返したら烈火のごとく怒られたのだが。
カイルは今話した事から更に思い付いた事を必死に書き留めている。
凄いなカイルは。
改めてそう思う。
まだ小中学生くらいの歳だろうに、人を助けたいが為に経営に自力で漕ぎ着けるとは。
俺がカイルくらいの時は何してたっけ?
勉強ほっぽり出して、本の虫になっていた気がする。
後はボッチで廃墟探索とか。
これが王族の血……?
いや、紛れも無いカイル自身が、自分で選んで努力したのだ。
「お待たせ」
黒鉛を置いたカイルに思考を戻す。
「んじゃ、次は………」
●●●●
計画を更に詳しく練り直したカイルは、明日の朝にアガパの民の受け入れを約束すると、糸が切れたように眠ってしまった。
ムアに背を預けて眠るカイルの手には、先程握っていた黒鉛だけで無く、インクの汚れまでついている。
2日間、この小さな手で様々な契約書にサインをしてきたのだろう。
「……よく頑張ったな」
まだまだ実際にやってみなければ分からない事も出てくるだろが、その時は全力で支えるまでだ。
ただでさえ2日間も突き放してしまったのだから。
「……おいアギト、ムア。 あたし達は帰るぞ」
ディカが声を潜めて呼んでくる。
「分かった。 ムア、カイル頼んでいい?」
「ガウ」
起こさないようにそーっと立ち上がると、お見送りに向かう。
「悪いね、こんな時間まで」
「構わないさ。 カイルの顔見てたら、あたしもちょっとワクワクしてきたよ」
「えぇ。 私も初心の頃を思い出せました」
商人2人はホクホクした顔をしており、今からでも楽しそうだ。
「ま、俺も冬のかったるい仕事に新しい流れが出来て楽しみではあるな。
お前が支えてやれよ」
「分かってますとも」
セプシオは相変わらずだ。
「しっかりした子だな。 ウチの息子に見習わせたいよ」
「あんたの子供はまだ小さいでしょ。 これからだよ」
「そうだといいが。
ま、ギニンの兵士としては、冬に人の動きが出るのはありがたい事だ。
揉め事さえ起こさなければ、いつでも力になるからな」
仕事の顔に戻った兵士に、ディカが茶々を入れる。
「それアギトに言うか?」
「明日ムアにでも言っておきます」
お前までそんな事言うのかよ。
口を尖らせているとラートに肩を叩かれる。
「おい、他にも何かあったら何時でも言えよ。
俺があのくらいの歳には、家の事なんかせずに親と喧嘩して、火山で遊び回ってたんだからな」
反抗期だったのかもしれないが、それで火山で遊ばれたら親も気が気で無いだろうに。
「アギト」
響くような優しい声音にハッとなる。
「カイルばかりに目が行きがちだけれど、あなたも不安だったでしょう。
あの子が自分を責めないようにわざわざ強く言って悪役を買って出るなんて、そうそう出来ることじゃ無いわ」
何時もの妖艶さとは打って変わって、聖女のような微笑みに自然と肩の力が抜ける。
「でもそんなやり方をする前に、私達を頼ってちょうだい。
あなたはいつも人が助けてくれない前提で物事を考えているみたいだけれど、そこはカイルから見習わなきゃダメよ?」
「……はい」
……だって手振り払われるかもしれないじゃん。
そんな内心はルマネアにはお見通しだったのだろう。
「っ!」
不意に距離を詰められ、指でクシを通すように髪を撫でられる。
「大丈夫、怖くないわよ」
香の心地よい香りと、子守唄のような囁き声に飲まれかけた意識に、頭を振って1歩後退る。
「そこまで子供じゃないから」
「あら、もっと甘えてくれてもいいのよ?」
「や、やめときます……」
情けない話ではあるが、俺にはまだまだ人の見分け方も、何処まで気を許していいのかも分からんのだ。
だが、
「まぁ、また何かあったらこうなる前に相談はするよ」
カイルが勇気を見せてくれた手前、俺が逃げる訳にも行かないからな。
ルマネアは俺の目を覗き込むと、小さく微笑んで離れた。
「ならいいわ」
離れてゆく熱に寂しさを覚えかけるが、これは到底言葉に出せるものじゃないな。
「今日……と昨日もか。 ありがとう。
それじゃ、明日からもよろしく頼む」
「おう。 さっさと寝ろよ、明日は朝一で行くんだからな。
……おい、ルマネア」
「あら〜何かしら〜?」
ディカを先頭に背を向ける彼女らを、追ってテントから出る。
着いていくには暖か過ぎる。
それでもその熱を近くで感じるくらいなら、許されるだろうか。
結界から出るとあっという間に息は白くなり、明かりに照らされた雪に混じって消えた。




