昇級
「つ……ついた……」
ムアから力無く落ちたラグニィは、降り積もった雪の中に姿を消した。
日の照り返しが眩しい昼頃、俺達は予定より遅れてギニンの北門の方へ着いた。
勿論、無意味に遠回りした訳ではない。
「でも収入倍になったんだしいいじゃん。 これも4分の1で分けるから元気出しなって」
なんと帰路で、再びスノーゴーレムに出くわしたのだ。
狩り方はもう知っているので、流れ作業で魔石を回収してホクホクで帰ってきた。
「ここからはあるきましょ〜」
雪の中からの提案に、俺もムアから降りる。
「ほれ、しゃんとしなさい」
「アギトは私のママですか〜」
引っこ抜いて立たせて雪を払う。
今更ながらラグニィ軽いな。
身長は140くらいか?
ムアを追いかけてる子供に紛れていても気が付かなさそうだ。
「……何か失礼な事考えてません?」
「全然?」
「嘘です」
しまった、固有能力忘れてた。
「魔石の山分け分で勘弁してあげましょう」
「ありがたき幸せ」
雪を溶かして進む俺の後ろを、シレッと楽して着いてくるラグニィ。
結界を張れ結界を。
「……ん? 何か揉めてますね」
「およ、ほんとだ」
遠目に見た感じだと、検問で集団が止められているらしい。
こっちはやっとこさ依頼を終えて帰ってきたのだから、こんな所で立ち往生など勘弁して欲しいものだ。
苛立つ人混みの隙間から覗いて見れば、ボロボロの服を着た集団が門番に縋り付いていた。
「なぁ頼むよ、あんたらも人だろう?
お願いだ。
このままじゃ俺達は凍え死んじまうよ」
「ならん! リニーウ領民でも無いうえに、税も払えん者を通せる訳が無いだろう!」
どっかで見た奴らだな。
どこだったっけなぁ……。
「あ、思い出した。 アガバ山脈の民だ」
「言われてみれば、あの服は確かにそうですね。
でも何でこんな時期にここにいるんでしょう」
「俺も又聞きだけど、ジャバルクの軍に追い出されたらしいよ。 バルガルフでは定員オーバーで保護を拒否られてるってさ」
「シンズだけでなく、バルガルフ領内すべて出禁ですか?」
「ん?」
「え?」
変な事言ったかなと俺の顔を見てくるラグニィだが、それは俺も同じである。
「シンズって?」
「シンズはバルガルフ領の領都ですよ」
……ふむ。
もしかしたら俺はずっと勘違いをしていたのでは?
念の為聞いてみる。
「ギニンがあるのは何領?」
「リニーウ領の領都ギニンです」
なるほど。
………やっべー、ずっと無知晒してたかもしれん。
ずっとギニン領だと思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。
リニーウ領の領都ギニンが現在地で、ポルトとアルが行ったのはバルガルフ領の何処かだと。
バルガルフって名前の都市があるものだとずっと思っていたが、全然そんな都市は無かったと。
「ほ、ほーん」
「……アギト、もしかして今までずっとここが何領だったか知らずにいたんですか?」
やめろ覗き込んで来るんじゃねぇ。
言われてみれば確かにそうだ。
北海道、札幌市みたいなものなのだろう。
「いやー、いやはや……
………帰るわ」
「アギト、リニーウ領のギニンはこっちです」
うるせぇ。
今の俺の顔面なら結界無しでも雪を秒殺できそうだ。
ギニンに来てから1ヶ月以上は経過してるはずである。
それまでにどれだけ無知を晒してきたのか、考えただけで頭が痛くなってくるなぁ……
「しかし長引きそうですね。 いっその事ギニンの西門から入りますか?
私もムアちゃんの駆け足程度なら慣れましたし」
「じゃあダッシュで行くか」
「誰がそんな事言ったんですか!」
俺達が騒いでいると、乞食集団の1人が俺の元へヨタヨタと駆け寄って来た。
「なぁ、あんた。 アガバの子を庇ってたろう?
優しいお人だ、俺にも恵んでくださらんか」
「俺もそんなに裕福じゃ無いんでね。
ムア」
「ガウッ!」
アガバの民を押し退けたムアに、ラグニィと跨って駆け出す。
人混みから離れ森に入ると、ムアは歩調を緩めた。
「冷たくはありますが、1度甘い顔を見せるとキリ無く群がってきます。 あの対応は正解だと思いますよ」
「だろうね。
それにあいつらは縋る事しか考えて無かった。 貧困しているのは分かるけど、冬の間に金食い虫をぶら下げるのは御免だね。
雇おうにもあんなに痩せぎすじゃ頼りにはならないし、極論肉壁として使うにしても俺の方が優秀な肉壁だし」
「肉壁で競ってどうするんですか……。
ところで、子供を庇ったって話は本当ですか?」
む、これは迂闊な事は話せんな。
「あー、あれね。 国軍の兵士に保護してくれって頼んだ子供が殺されそうになったから止めに入ったんだよ。
そのまま放置して見殺しにするのも可哀想だったから、今は俺と赤脈旅団で匿ってる」
よし、とりあえず嘘は話してないな。
「意外と優しいところあるんですね」
「まぁ助けようとしたのはムアだけど」
「でしょうね」
うーん、この。
「ガウッ」
ムアに呼ばれて顔を上げれば、ガラガラの西門が見えてきたのであった。
●●●●
ギニンに帰ってきて直接ギルドに来た俺とムアは、受付前でソワソワしながら待っていた。
少しすると、別室に行っていたセプシオとラグニィが戻ってくる。
セプシオは何時もの厳しい顔で俺を見据えると、口を開いた。
「……合格だ」
「よっしゃ」
「ワウッ!!」
これで晴れて銅級である。
何が嬉しいかって、受けれる依頼の範囲がグッと増えるのが嬉しい。
強めのモンスターの討伐依頼は殆どが銅級以上なのだ。
勿論その分リスクはあるが、リターンはでかい。
早速掲示板を見に行こうとすると、セプシオから待ったがかかった。
「採血がまだだ」
「あ、ギルドカードの更新?」
「そう、再発行だ」
何時ぞやと同じように血を取られ、その後セプシオから鈍い銅の色をしたカードが渡される。
「おお、これが銅級のカード」
木級のカードと比べ、確かな重さを感じる。
「で、これが銀級のカードです!」
俺のカードに被せるように、ラグニィがズイと自分のカードを見せつけてくる。
感動に水をさしやがって。
気を取り直して掲示板に行こうとすると、ラグニィが道を塞いできた。
「跨ぐぞ」
「そんなに小さく無いです!
そうじゃなくて……もし宜しければ1戦しませんか?」
ラグニィの言葉にギルド内が騒めく。
「まじか?」
「……死人が出るぞ」
「いや、でもアギトなら……」
皆のアイドル受付嬢が戦うと言うのに、冒険者達が口々に唱える不穏な言葉はいったい…
「さ、早く行きましょう!」
腰を押されて急かされ、再び訓練所にやってくる。
ここに来るのはディカとの模擬戦以来だ。
あの時はボコボコにされたが、かなり有意義な時間になった。
その訓練場で、今度はラグニィと向かい合って立つ。
「アギトとディカさんの模擬戦を見た時からずっと、あなたと戦いたかったんです」
「そ、それはどうも……」
どうやら思わぬ形で評価されていたらしい。
「アギトって死なないんですよね?」
「普通に死にますが」
前言撤回。
不穏な気配がしますねぇ。
この誤解は一刻も早く解かねば命に関わりそうだ。
「頭と胴体を壊されれば死ぬよ」
「なるほど……。 分かりました」
ほんとに分かったのかな〜?
かなり怪しいが、ハンマーを抜いたラグニィに俺も棍棒に手をかける。
「では、行きますよっ!」
ハンマーを低く構えて突っ込んでくるラグニィを、俺も棍棒を抜いて迎え撃った。
「フッ!」
「おぅらッ!」
先程の話はどこへやら、俺の胸目掛けて振られたハンマーの中央へ、棍棒を叩きつけて受け止める。
しかしそれはあまりにも悪手だった。
「おっとぉ!?」
ぶつかった瞬間に、棍棒を持つ腕全体に激痛が走ったのだ。
大きな木の棒で岩を思い切り叩いた記憶が思い起こされる。
ぶつかった衝撃がモロに腕に伝わってくるアレの、更に強いバージョンだ。
急いで再生を施そうとするも、どうやら骨までイカれてるらしい。
「チッ!」
逆の手で棍棒を持ち直しながらラグニィの脇をすり抜け、手を自切して生やし直す。
再び迫ってくる追撃を、今度は躱して肉壁を作り強引に距離を開けた。
「むぅ!」
肉壁で目隠しした後ろから骨槍で牽制すると、ようやくラグニィも追撃の手を止める。
さて、攻守交代と行こうか。
骨槍で牽制しつつ、ムチのように伸ばした筋肉による時間差攻撃で避けた先を潰してゆく。
まずはラグニィの固有能力の分析が最優先だ。
先程の一撃では、骨も筋肉も破壊された。
迂闊に詰めて反撃を喰らえば、使い物にならなくなった四肢が足を引っ張りかねない。
恐らく『衝撃を伝える固有能力』の影響だと想像は付くが、ここまで威力があるとは思わなかった。
これが銀級冒険者の実力の1片だ。
これだけでも十分に厄介である。
厄介ではあるが……
「対策出来ない程じゃ無いな!」
手の平に無数の歯を生やして浅く握り、腕が異形になるほど筋肉を付けて歯を投擲する。
目指すはパーフェクトゲームだ。
「うわわっ!」
宙を気で蹴ってすばしっこく逃げ回るラグニィに、腕を追加して連続投擲。
「いてぇ!?」
巻き添えになったギャラリーから悲鳴が上がる。
後でタダで治療してやるから痛くても文句は言うなよ。
ムアが急いで霧を広げて守ってくれたので、これ以上の被害は無さそうだが。
「フッ!」
「やべ」
あんまりすばしっこいので、先読みして歯を投げたらフェイントをかけられていたらしい。
急に向きを変えたかと思うと、一瞬で距離を詰めてきた。
先程の反省を活かし、ゴリゴリに巨大化させた腕でハンマーの一撃を受け止める。
「っ……!」
初っ端の一撃と同じように痛みが襲うが、腕の全ては壊されずに済んだ。
ラグニィの一撃は、ぶつかった周辺の肉や骨を破壊してくる。
通りで冒険者達が、「おいおいアイツ死んだわ」って反応になる訳だ。
「アギト! 楽しいですね!」
わぁ、笑ってる。
こえーよ、バーサーカーかよ。
「そいつは良かった」
「まだまだ余裕がありそうですね! ならもっと凄いのを見せてあげますよ!」
これ以上何が出てくるんだろう……。
再び振りかぶったラグニィのハンマーを、俺も腕を再生させて受け止める。
パァァァァン!!
「うおっ!?」
大きく弾き飛ばされ、足から骨を突き立てて踏ん張る。
何を喰らった?
全身の筋肉にダルい疲労を感じる。
あ、この感覚は知ってるな。
かつてライデンに『気』の扱い方を教えて貰った際、気を込めた攻撃を受けたのだ。
あの時はライデンが加減を間違えたせいで、丸1日全身が痺れて歩く事もままならなかった。
「まるでヨボヨボのジジイじゃのう」とジジイに言われた事は今でも忘れない。
思い出に浸り過ぎたが、どうやら衝撃を伝える固有能力に気を込めた一撃を食らったようだ。
ムキムキのバキバキに魔改造した剛腕の肉が、骨すら見えるまで吹き飛ばされた事からも、威力はお察しの通りだ。
「えぐ」
全身を内側から再構築している間にも、ラグニィはハンマーを振りかぶっている。
2度もバカ真面目に食らってやる理由も無いので、今度は薄く広げた肉壁で受け止める。
シパァン!
クラッカーのような軽い音と共に、肉壁が弾け飛ぶ。
一瞬でも視界が奪えればそれでいい。
地面に薄く張った根から、骨槍を先端に付けた腕を無数に生やして全方位から襲う。
「考えましたね!」
「そりゃあ2度は喰らわんよ!」
万が一に備えて骨槍の先端は丸くしているが、これでは対応も難しいだろう。
そう思っていた時期が私にもありました。
ラグニィはハンマーの持つ位置をズラすと、自らの重心を変えて木の葉のようにヒラヒラと骨槍を躱したのだ。
「すげーな」
しかしこれでラグニィの攻撃が止まったのも事実。
肉と骨で作った巨大な柱を、安全圏からぶん投げる。
だがラグニィは更に想定を超えてきた。
何とその肉柱を破竹のように割って距離を詰めて来たのだ。
仰け反る俺の真上で、ラグニィがハンマーを振りかぶった。
「いらっしゃい」
ならばと、鳥籠のように肋を巨大化させて筋肉を外付けし、牙に見立てて挟み込む。
「甘いですよ!」
そんな付け焼き刃は効かないと言わんばかりに、ハンマーの一振で肋は粉々に粉砕されてしまった。
ここまで詰められてしまえば、後は俺の再生能力とラグニィの粉砕の根比べになる。
血肉飛び散る泥沼の戦いは、血の匂いを嗅ぎつけたセプシオに止められるまで続いたのだった。




