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野営

「暗くなってきましたし、そろそろ野営の準備をするべきですよ!」


 ラグニィに言われ空を見上げれば、日かかなり傾いてきている。


 ただでさえ高い木の立ち並ぶ森だ。 暗くなるまではあっという間だろう。


 聞きたいことを飲み込み、取り敢えず魔石をムアに預ける。


 テントは建てたので、やる事と言えば食事くらいか。


 バイコーンの縄張りに居ながら地面で食事をするなど人身御供におかずを添える以外の何でもないので、木の上に簡易キッチンを作事にした。


 木に作った土台の上に砂利を厚く敷き詰め、その上に焚き火と3脚をセットする。


 3脚にぶら下げた鍋に、ムアが出してくれた肉や、俺が生やしたキャベツ似の野菜、芋を放り込んで塩で味付け。


 アクだけ取り除いて保温の魔法をかければ、ゆっくり味わえるごった煮の完成である。


「ラグニィ、出来たぞ」


 雪に沈みながら辺りを彷徨いていたラグニィを呼ぶと、パンッと破裂音をさせながら空中を蹴って飛んできた。


「何それ」


「これは気で足場を作ったんです。

 ところでアギト、この鍋も素敵ですけどちょっと物足りなく無いですか?」


「ケチつけるような子には食べさせません」


 そんな事言う子はボッシュートです。


 皿を戻そうとすると、ラグニィは慌てて何かを差し出してきた。


「違います違います! そうじゃなくて……はいこれ」


 ラグニィが渡してきたのは、何かの葉っぱを乾燥させて砕いた物のようだ。


「お前……薬物……」


「違います! これは立派な香辛料ですよ!

 ちゃんと洗って炙って殺菌してあるので食べてみてくださいよ!」


「む、では失礼して……」


 少し摘んで口に含むと、バジルのような香りとジワジワ来る唐辛子のような辛さを感じる。


「美味いなこれ」


「もし良かったらスープに入れたらいいんじゃないかと思いまして、さっき取ってきたんです!」


「先輩アザース」


「そうでしょうそうでしょう?」


 スープの表面に散らせて香りを楽しむのがラグニィのオススメらしいので、それに従ってスープを食む。


 ムアは香辛料大丈夫かな?と心配したが、おかわりを自分でよそっているのでお気に召したようだ。


 鍋が半分まで減り、腹にスープが溜まってきた頃。


 ラグニィは湯気が昇るスープをつつきながら、静かに話し始めた。


「私の実家は村からギニンに運ばれてきた農産物を買い取って売り、生計を立てています。

 でも冬になると、農産物が殆ど運ばれて来ないので家計が苦しくなってしまうんです。

 スノーゴーレムの魔石の件、ありがとうございました」


「弟がいるんだっけ? ムアを追っかけるような年頃なら、ちょうど食べ盛りでしょ。 大変だねぇ」


「ええ、11歳と8歳の2人です。

 あ、そうそう。 アギトに教えた雪を溶かす結界ありますよね?

 冬は弟達が出かける前にお母さんが結界を2人に張るんです。

 そうすれば、走り回らせとくだけで雪掻きの手間が省けるからって」


 思い出して笑うラグニィは、弟達から慕われる優しいお姉ちゃんなのだろう。


「ラグニィの弟か。 確かに相当活発そうだね。 姉を見れば分かる」


「ちょっと、どう言う意味ですかそれ」


「そりゃ俺とムアの雪合戦に参加するくらいだもん」


「近所の悪餓鬼のイタズラに巻き込まれた気分でしたよ」


 俺達悪餓鬼だってよ。


 チラとムアを見ると、目を合わせずに、すました顔をしているでは無いか。


 話は聞いてるけど我関せずを装うつもりらしい。


「でも弟達は、冬はあまり外で遊ばせられないんですけどね」

 

「そうなの?」


「私がドワーフとのハーフなのは話しましたよね?

 ドワーフは砂漠や火山地帯などが出身なので、暑さに強い代わりに寒さには弱いんです。

 だから弟達は長時間外にいると体調を崩してしまうんですよ」


「ん? ならラグニィはどうして大丈夫なのさ」


 雪に埋もれていても、ずっと元気いっぱいだっただろうに。


「私の固有能力に『気を柔らかくする』効果があります。

 冬の寒い日に産まれた私は、寒さで死なないように気を早く巡らせて体温を上げているんですよ」


「ふー……ん?」


 何か今重要な事が聞けた気がするんだが。


 寒さで死なないように?


 つまり生きるのに必要な能力を補うのが固有能力なのか?


「俺世間知らずでさ、常識的な知識あんまり持ってないんだよね。

 固有能力ってどのタイミングで決まるもんなの?」


「それは人によりますよ。  私みたいに産まれた時に必要にかられて得られる固有能力があれば、修行とかで開花する後天性のもありますから」


 なら俺の再生能力は間違いなく必要にかられて得た能力だろう。


「後、種族によって得やすい固有能力もあるみたいですね。

 例えば、人種系は必ず1つは『人と関わる為の固有能力』を獲得すると言われています。

 私の『嘘を聞き分ける能力』がそうですね」


 俺の場合は『翻訳能力』になるのかな?


「それとドワーフに良く見られる『他の物に影響を与える能力』ですね。

 私のは『衝撃を与える範囲』を広くしたり狭くしたりできます」


「スノーゴーレムの肩と腹を削ったやつか」


「それです! まぁお腹のはどちらかと言うと『気を柔らかくする』固有能力ですけどね」


 それを聞いて、気になっていた質問を思い出す。


「あの固めた気を発射する技、めっちゃかっこよかったわ。 あれも固有能力ありきなの?」


 ずっと気になっていた波○弾についてだ。


 もし可能ならご教授いただきたい。


「気を高速で回転させて留め、放つやつですか?

 あれは『魔導弾』と言います」


「『魔導弾』? 『気道弾』とかでは無く?」


「ええ。 あれは紛うことなき『魔導弾』です」




 名付けの由来はこうだ。


 昔、陽神の加護を直々に受けた高名な気道僧がいたそうな。


 その気道僧は『気』の扱いが非常に優れており、その実力は山の主の竜を拳1つで仕留めてしまう程であった。


 しかしその気道僧は、魔法に強い憧れを持っていた。


 気に比べ、魔力は一般人にも劣るほど少なかったにも関わらずだ。


 そこで気道僧は、修行を重ねて水より柔らかくなった気で作った塊に、泣け無しの魔力を僅かに含ませた『弾』を作ってこう言った。




「これには魔力が含まれている。

 だからこれは紛れも無い『魔導弾』だ……と」


「屁理屈やんけ」


 落語でもしとるんかと突っ込みたくなるほど迫真の語り口調だったが、弟達にはいつもこんな調子で本を読んで聞かせているのだろうか。


「で、私は固有能力でその気道僧と同じくらい気を柔らかく出来るので、再現に至ったという訳です」


「なら1日やそこらで再現するのは無理か」


 結構便利そうだったし、何よりかっこよかったからやってみたかったんだが。


 実はあれから少し試して見たのだが、俺の水飴のように固い気では高速回転させて纏めるなど出来なかった。


 残念である。


「てか聞き忘れてたんだけど、ラグニィの嘘を見抜く能力あるじゃない?」


「はい」


「これってよくある固有能力なの?」


「いえ、結構珍しい能力ですよ。

 ……もしかしてディカさんの事言ってます?」


 あ、ディカの固有能力は有名なんだ。


 一応伏せて聞いたけど意味なかったな。


「ディカさんの嘘を見抜く能力は、言わば私の上位互換です。

 私は言葉での嘘しか聞き分けられませんが、ディカさんは攻撃や物に宿った嘘、更には文面に染み付いた嘘まで分かってしまいますからね。

 嘘やハッタリが通じない商売をさせられるので、商人達は赤脈旅団と取引するのをデスマッチなんて言ってたりするんですよ」


 デスマッチ……


 嘘を付けない、武力も圧倒的、その上でディカが搾り取ろうとして来たら、そりゃ商人達も命懸けだろう。


 めっちゃ怖い話を聞いた気がする。


 今更ながら、俺は今日まで知らず知らずのうちに危ない橋を何度も渡って来たようだ。


「!」


 突然ムアが暗闇へ顔を向ける。


「バイコーンか」


「ですね」


 バスッバスッと雪を踏み抜く音と共に現れたのは、バイコーンの群れであった。


「結構いますね……」


 群れは予想を大きく上回り、40頭は超えているようだ。


「今動く気分じゃ無いし、纏めて倒しちゃうか。 ムア」


「ガウ」


 俺が木の根で大きな輪を作って群れを丸ごと閉じ込め、ムアが中を霧で満たす。


 そのまま1分置いたものがこちらになります。


 霧が晴れると、バイコーンの群れが丸ごと死屍累々となっていた。


「食料大量確保〜」


「うわぁ……」


 ドン引きするラグニィを木の上に残し、バイコーンをさっさと解体してしまう。


 これで今回発見されているバイコーンの群れは処理完了のはずだ。


「あ、待ってください!」


 何時ものように解体を終え、内蔵を埋めようとすると待ったがかかった。


 何でも、バイコーンの腸はソーセージを作るのに使われるのだとか。


「野営の時は捨てるのが正解ですけど、ムアちゃんは霧に物を入れて運べるんですよね? だったら持って帰ったほうがいいですよ!」


「へぇ、いい事教えてもらったな」


「でしょう?」


 ラグニィはそう言ってふんぞり返る。


 木の上の俺のテントの中で。


「おいコラ、わざわざ木の上に土台作ってやったんだから自分の使えよ」


 しかしラグニィは俺のテントで寝っ転がると、のほほんとした顔を出す。


「いや〜、私がいくら気の扱いに長けていても、やっぱり寝床くらいは暖かいほうがいいかな〜なんて。

 あ、アギトさん。 私のテント寝心地いいですよ」


「ならば己のテントで寝たまえよ。 おら、出てけ」


 ムアと2人で寝れるように広めに作りはしたが、こんな小娘との添い寝は聞いとらんぞ。


 襟首を引っ掴んで引きずり出す。


「酷いです! 寒いです!」


 やっとこさ引っこ抜いたかと思ったら、まるでサザエのように具が引っ付いて出て来た。


 何かと思えば、布団まで持ち込んでいるでは無いか。


「底無し袋の中に仕込んでやがったのか。

 それがあるならテントでも寒くないな!」


「寒いです! 壁の分厚さが違います!」


「保温の結界張ればいいでしょうが!」


「私魔法下手なので1晩持ちません!」


 俺のテントの縁に捕まるラグニィは意地でも離れない。


 気を使ってまでしがみついているラグニィを無理に引っ張れば、テントが壊されてしまいそうだ。


「はぁ……分かったよ。 もう一部屋作るから」


「やったー!」


 元あったテントに連結させて、もう1つ同じものを作る。


 移動用の穴を作ってやれば、ラグニィは布団に包まれながら芋虫のように引っ越して行った。


「ものぐさだな。 見張りはいいのか?」


「気で感知しているので大丈夫です」


「気で感知出来るもんなの? 魔力で水面を揺らすみたいな感知なら知ってるけど」


「出来ますよー。 気とは命のエネルギーで、他の命と互いを押し付けあっています。 私は気の扱いに関しては達人なので余裕なのです!」


 ならそれも俺が直ぐに真似できる技術では無さそうだな。


 話している間に、俺のテントに持ち込んだ荷物の引越しは終えたらしい。


「一応、俺とお前とテントは仕切るからな」


「おや、紳士ですね。 ならこれの出番は無さそうで何よりです」


 そう言ってラグニィが布団から覗かせたのは金槌であった。


「怖」


「いえいえ、荒くれ者の冒険者は直ぐに発情しやがりますからね。

 現役の頃は大変だったんですよ?」


「現役って……お前まだ20代前半くらいだろ」


「今ちょうど20歳ですよ小僧」


「小僧」


 うるせぇババア……口には出さないが。


「私は昔から強かったので、冒険者として家計を支えていたんですが、やはりうら若き乙女は野郎共に直ぐに目をつけられてしまいます。

 それで襲ってきた男を私が爆散させてしまった時に、ギルドがスカウトしてくれたんです」


「爆散……」


 ナニをだろうか。


 いや、違うか。


 多分殺してしまったのだろう。


 そして今はギルドの職員として働いていると。


「大変だな」


「ええ、とっても大変です。

 でもギルドで群がってくる野郎共は手を出してこないので、今の方が楽ですよ」


 SNSで群がる野郎共のように、こちらでも女性は苦労が多いな。


「でもアギトやムアとの依頼は楽しかったですよ。

 本当に嫌な思いはしませんでしたから」


 『本当に』、に込められたものは重い。


 期待とも存在の束縛とも取れるこの言葉を裏切りたく無いと思うのは、人の性なのだろうか。


「じゃあ帰り道はムアだな。 気合い入れて走れよ」


「ガウッ!」


「ちがっ、それは別の問題です!」


 どうやら明日は午前中にでも帰れそうだ。

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