模擬戦
ギルドに入った瞬間、空気が変わるのを肌で感じる。
椅子や机をガタと鳴らせて腰を浮かせ、誰もが浮き足立つ。
「すげー人気だな」
「有名だからな。 普通に話しかけてくるのはお前みたいな無知な奴か、お前みたいなアホだけだ」
「ピンポイントで俺やんけ」
湯屋を後にした俺達はディカと一緒にギルドに来ていた。
カイルはムアに付き添われて買い物だ。
「セプシオ、久しぶりだな」
「お久しぶりです、ディカさん」
以前にも来たと言っていたので、ディカとセプシオは知り合いなのだろう。
親しげに挨拶を交わす仲であるらしい。
「リザードマンの買取を頼みたいんだがいいか?」
ディカがそう言いながら収納袋を叩くと、セプシオは納得する。
「構いませんよ。 では解体庫へ案内しますね」
ギルドに来る前に、ムアの霧から赤脈旅団の大きい収納袋にリザードマンを移しておいたのだ。
査定は直ぐに終了し、後は買い手を待つのみとなる。
売却額の支払いはその後になるそうだ。
「この時期だから、いい額でさっさとはけるだろう。
相変わらず仕事が早いなセプシオ」
「ありがとうございます」
「そう言えば訓練場ってあったよな」
「ええ、ご利用ですか?」
かしこまるセプシオと話していたディカは、突然俺を見た。
「アギト、1戦しようぜ」
「まじ?」
「あ、殺す気でかかってこいよ。 お前じゃあたしに傷一つ付けれないからな」
あ、そう言うこと言っちゃう?
ふーん……
「オーケーやってやんよ」
まんまと乗せられた俺は、早速ディカと一緒に訓練場へ向かう。
道中の廊下で、聞き耳を立てていた冒険者らが見物しようと着いてくる。
訓練場でディカと向かい合った時には、噂を聞きつけたギャラリーがひしめき合っていた。
「あ、ディカ。 俺の頭と胴体以外なら、いくらでも切り刻んでくれて構わないからね」
俺の戦闘スタイルには合わないコートをセプシオに預けると、ディカも背負っていた大剣をグワンと風を鳴らして引き抜いた。
ディカが大剣を構えた瞬間に雰囲気がガラッと変わり、ギャラリーが息を潜める。
こえー、直撃は食らったらいかんな。
「そいつはありがたい。 実戦に近い訓練が出来そうで何よりだ。
……さぁ、何時でもこい」
二ィと笑うディカを見て悟る。
あ、こりゃバレてるな。
実は服の下でこっそり筋肉を外付けしていたのだ。
「では遠慮無く」
棍棒を浅く握り、体を沈める。
緩んだ筋肉に気と身体強化を一瞬で張り、一気に距離を詰めた。
「ふっ!」
ディカも俺の一撃を大剣で迎え撃つ。
まずはご挨拶のつもりで振った化石棍棒が大剣に触れる瞬間、手首に気持ち悪いものを感じた。
棍棒が、滑った?
大剣の刃が翻して衝撃を逃がしつつ、俺の指を切り返しで狙っていたのだ。
「っ!」
慌てて棍棒を逆手に持ち直して押し返し、強引に距離を取る。
「まじか」
この一言に尽きる。
元々ディカが強いのは知っていた。
ダンジョンの地下で見たように、力で敵わないのは分かっていたが、技量でもここまでの格の差を見せつけられるとは。
「手足は、切り刻んでもいいんだろ?」
獰猛に笑うディカに、今度は隠す事無く外付けの筋肉と骨を露出させる。
「……改めて、胸をお借りするよ」
「おう」
返事を合図に、先程の倍以上の速さで踏み込み、骨の棘を無数に生やして突進する。
「ふんっ」
ディカの薙ぎ払いで骨の棘はすべてなぎ払われるが、それでいい。
本命は棘の後ろから勢いを付けて振りかぶった骨の槍だ。
筋張った筋肉を外付けして飛ぶように振り抜かれた槍は
「甘い」
ディカの大剣で真っ二つにされた。
当然まだ終わらない。
爪先から刃を2本伸ばし、鎌のようになった足をディカ目掛けて振り抜く。
ディカは焦ること無く半身で躱しながら、俺の太ももを断ち切った。
切り離された足の断面がディカに向いた瞬間、鋭い骨を突き出して無防備な顔を狙う。
するとディカは何を思ったのか、浅く息を吸って口を少し開いた。
『カッ!!!』
「ぐぁ!?」
弾き飛ばされ、地面に伸ばした爪を突き立ててブレーキをかける。
「今のは中々良かったぞ」
顔を上げると、ディカは上機嫌に笑っていた。
全くの無傷で。
「……滅茶苦茶だな」
ディカは恐らくだが、声から発した衝撃派のようなもので、骨を砕くどころか俺の全身を吹き飛ばしたのだ。
俺の体内の様子から察するに、恐らく濃厚な気を含んだ息吹だったのだろう。
体を内側から作り直して、ズタズタになった全身をすぐにでも動けるようにする。
「これくらい対応出来なきゃ、金級になんてなれねぇよ」
今更だが、ディカは金級の冒険者だ。
納得の強さである。
そして同時に……
「でもこれも本気じゃ無いんでしょ?」
まだまだ底が見えない。
「よく分かってんじゃねぇか」
上機嫌に笑うディカだが、ふと思い出したように俺の顔を見やる。
「さっきの攻撃、着眼点は良かったぞ。 当たりだ」
「お、やっぱしか」
実はさっきの攻撃で、ディカの固有能力を試してみたのだ。
初手の密集トゲトゲを囮にした槍の重い一撃の攻撃と、足での攻撃を切り落とされる前提で新たに生やした骨での突き返しでだ。
1つ目のトゲトゲ攻撃は、槍の一撃を別にしたから嘘と本命が見分けられてしまった。
しかし足での攻撃は、同じ足で追撃を行うような形だったからか、ディカの反応が遅れたのだろう。
これでディカの固有能力『嘘を見抜く能力』が、言葉だけでなく攻撃に含まれた嘘も見抜ける事が分かった。
技量も力も遥かに劣るこの状況で、この程度分かった所でと思うかもしれないが、闇雲に続けるよりは遥かにマシである。
駆け引きでダメなら、戦い方を変えればいい。
幸いにして俺の固有能力の引き出しは多いのだから。
「おっ、また形が変わったな」
今度は手足から骨と肉を無数に組み合わせたムチを伸ばす。
至る所に骨の刃を剥き出しにした特別製である。
「傷一つ付けれないって言われたからには、かすり傷でも付けたくなっちゃってね」
「いい度胸だ」
これなら普通に大剣で受け止めれば、鞭の勢いを殺しきれずに暴れ回るだろう。
全身の筋肉と鞭をしならせて、ディカへ肉薄した……。
●●●●
ディカとアギトの模擬戦はあれから一時間半も続き、ツヤツヤした顔のアギトと興奮冷めやらぬ冒険者達は終わると同時に帰って行った。
残ったのは、セプシオに別室に呼び出されたディカだ。
「さて、どうせアギトの事だろう」
席に着いたディカは単刀直入に切り出した。
まどろっこしい建前を嫌うディカに、無意味な礼儀はむしろ無礼になる。
セプシオはそれを理解しているからこそ、さっさと要件を話した。
「彼が元々おかしな連中に目をつけられやすく、尚且つ喧嘩早いのは知っていましたが、これまでは自分がいれば抑え切れると思っていました。
しかし今日の貴女との戦いぶりで到底私の手には負えないと感じたのです。
これは冒険者ギルドとしてのお願いです。
彼から目を離さないでください」
現時点でアギトの戦闘能力を言えば、銀級上位程度に収まるだろう。
しかしまだ彼は若く、伸び代もある。
そしてこれはセプシオの勘なのだが……とても危険な物を感じたのだ。
例えるのなら、薄い結界のすぐ向こう側で、全てを飲み込む濁流が音も立てず渦巻いているかのような危うさを覚えた。
「あたしも、昨日ギルドであいつが揉めたのは聞いたよ。 何とかしなきゃいかんとは思ってたんだが、『赤脈旅団』へのスカウトも断られちまったしなぁ。
それで今日、わざわざ目立つように模擬戦をやったんだ」
ディカは単なる思い付きで模擬戦をした訳では無い。
アギトの実力を認知させて、チョッカイ出す馬鹿を牽制しようとしていたのだ。
「この時期のギニンには、これまでのアギトの報復を知らない人間が数多くいます。
噂であれ何であれ、事が起きる前に抑制出来るような手がもっとあれば良いのですが……」
「抑制なぁ……」
ディカはギルドの染み付いた天井を見上げて唸るが、「あ」と視線をセプシオに戻した。
「形から入るってのはどうだ?」
「形から?」
「何、別に難しい事じゃない…」
ディカの案を聞いたセプシオは、これだ!と手を叩く。
その後、セプシオの計らいで噂は瞬く間に広がってゆくのであった。
●●●●
おかしい。
「よぅ、『骸』」
「死んでねぇって」
おかしいぞ。
「昨日は凄かったなぁ! またやる時は呼んでくれよ『骸のアギト』!」
「だから死体じゃねぇって」
模擬戦を終えた翌日から、顔見知りが皆俺をおかしな名前で呼ぶのだ。
「おっ、『骸のアギト』じゃねぇか! お前んとこの風呂、また使わせて貰うぜ!」
「誰だよ」
更には知らない人間からもこの有様だ。
いつの間にやら、俺に『二つ名』が着いたらしい。
しかも『骸のアギト』とか言う、まったくかっこよくない奴だ。
死体呼びとか、もはや侮辱ではなかろうか。
心当たりなら無いわけでは無い。
昨日ディカと模擬戦をした時に、自分の体をばら撒きながら戦った自覚はある。
しかしこの二つ名はいくら何でもあんまりだろう。
これでも頑張って生きているんだが?
「ガゥッ、グルゥ」
ムアに励まされながらギルドへ向かう。
中に入ると、周囲からの視線はいつもと少し違ったものになっていた。
恐怖、これはいつも通りだが他に、尊敬や好奇を感じられたのだ。
だが日頃の行いからか、同業者には殆ど話しかけられる事も無くカウンターへ辿り着く。
「よっ、二つ名持ちの冒険者」
セプシオまでこんな事を言ってくる始末だ。
「死体呼びされてるだけなんだが……。
で、なんか良さげな依頼はある?」
「あるぞ」
そう言ってセプシオが見せてきたのは、なんとバイコーンの群れの討伐依頼であった。
「あれ、バイコーンって銅級の依頼じゃなかったっけ?」
「だからこの依頼はお前の昇格試験になる。 そろそろ1ヶ月だろ」
「もうそんなに経つのか」
いつの間にやら脱木級の条件が揃っていたらしい。
しかも銅級の依頼をあてがわれたという事は、飛び級も視野に入れてくれているようだ。
「今回は試験監督としてギルドから職員が付き添う。
足を引っ張ることは無いだろうから、準備は自分の分だけで構わないぞ」
ほーん、ならセプシオが来るのかな? 銀級って言ってたし。
そんな事を思いながら、依頼日である翌日。
「こんにちは!」
「誰ですか」
俺の前には長いハンマーを担いだ小柄な少女が立っていた。
「セプシオが来るんじゃ無かったの?」
「セプシオさんはギルド長の次に偉い人ですから、そんな暇はありません!」
「さいですか」
セプシオって結構偉い人だったんだ。
思い出してみれば、この前豚商人を放り投げた時にも依頼の落とし所を独断で決めていたし、結構やり手なのかもしれない。
「こうしてお話するのは初めてですね!
私はラグニィ、受付嬢件専属冒険者ですよ!」
「俺はアギト、よろしくラグニィさん。 でも面識ってあったっけ?」
「私は受付嬢ですよ!」
え、受付と言えばセプシオしか思い浮かばな……
「あ、いっつも男達が群がってる列か」
「そこです! 誤解を生みそうな言い方はよしてくださいね!
アギトの噂はよく耳にしますが、私のカウンターへ来てくれなかったので話す機会がありませんでした」
だってセプシオのカウンターは何時も空いてますから。
「さて、早速依頼に参りましょう! 場所は確認済みですね?」
「ギニン西から出てすぐの、タイヒの森だったっけ。 俺そっち行くの始めてだから楽しみだわぁ」
「楽観的ですね。 ちゃんと依頼の文面読みましたか?」
「分かってるよ。 群れでしょ? ユフォルムの森に住んでた時は、バイコーンが主食だったんだよ」
「む、ならばよろしい。 お手並み拝見といきましょうか」
そんなゆるい調子で、俺達はギニンを出発したのであった。




