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オーナー

 降りしきる雪と共に湯船に溶けていたディカは、周囲を彩る花に目をやって微笑んだ。


 きっとアイツはこの花の意味など知らないのだろう。


 伝説の旅人とやらも、教えるならもっとしっかり教えてやって欲しいものだ。


 湯から上がり、服を着たディカは一度目を閉じた。


 再び開かれたのは赤脈旅団の長たる覇気を纏った、凛とした瞳だ。


 風呂場の完成度は想像以上。


 せっかく期待してくれているのだ。


 ここで応えなければ、冒険者件商人の名折れである。


 頬を軽く張ったディカは、風呂場を後にするのであった。



●●●●



「アギト、待たせたな」


「あ、ディカ。 どうだった?」


「最高の湯だったぜ。

 鉄貨5枚どころか、銅貨を取っても問題ないくらいのな」


「いやー、もう鉄貨5枚の噂でこんだけの人が集まってきてるから無理だわ」


 俺達が共同でやる風呂屋。


 その前には、まだ昼であるにも関わらず長蛇の列が出来上がっていた。


 列の整理をしていたリーチェが、息を切らせながら走ってくる。


「大変、自分が先だって揉め始めてる人がいる。 やっちゃっていい?」


 今更ながら、リーチェも結構血気盛んな性格してるよなぁ。


「俺が行くよ。 言う事聞かなかったらそのまま出禁にしてやる。

 ディカ、風呂上がりで悪いけどそのまま受付とカイル任せていい?」


「ああ。 こっちは元々あたしらの仕事だからな」


 カイルは今日の朝、自ら手伝いを買って出てくれたのでそのまま受付を任せた。


 「敬語なんか使わんでいい、言うこと聞かん客は出禁通告してくれれば俺達が蹴り出す」と伝えてある。


「カイルも頑張ってね」


「うん、頑張る」


 必死こいて小銭を整理しているので、あまり邪魔はしないでおいてやろう。


 あ、後……


「ほい、風呂上がりなんだから体冷やすなよ」


「おっ、気が利くな。 ありがとよ」


 保温の結界を受付に張って完成である。


「取っ組み合い始めた! バチッてやっていい!?」


「まぁ話だけ聞いてやろうぜ。

 おいゴラァ! 何騒いでんだ!」


「めっちゃ喧嘩腰!?」


 揉め事のご挨拶は初っ端の勢いが大切なのだ。


 両方の胸ぐらを掴んで強引にひっぺがすと、気をぶつけて跪かせる。


「営業妨害か?」


「ち、違う! こいつが抜かしてきたんだ!」


「こいつの言いがかりだ! フラフラして並んでなかったのが悪ぃんだ!」


 男2人は俺のマスクを見た途端、命乞いのような勢いで弁解を始めた。


「お前が並んだ時、フラフラしてたこいつの後ろには誰か並んでたか?」


 男2人は顔を見合わせて首を横に振る。


 ならどっちが悪いかは、その時を見てない俺には決められないな。


「ジャンケンしろ。 勝った方が先に並べ」


 幸いこの世界にもジャンケンはある。


 ハサミが剣を表したトゥースのような形ではあるが。


 渋々ジャンケンした男らは、結局フラフラしていた方が先になった。


「列から離れるような事はしないように。 それと次揉めたら出禁だからな」


 それだけ言い残して列をグルっと1周する。


 他に問題を起こす馬鹿はいなさそうだ。


 これは恐らく、一重に赤脈旅団の名前のお陰だろう。


 今回は初日というのもあって、赤脈旅団のメンバーが勢揃いだ。


 家族連れだけでなく、赤脈旅団を一目見ようと訪れた冒険者も見受けられる。


 そんな家族連れの中に、昨日来た兵士が妻子を連れて来ていた。


「今日は非番?」


「幸いにもな。 昨日は息子だけだったんだが、話を聞いた妻が入りたいって言うから家族で来たんだ」


 この調子で噂が広がっていけば、客は今日の比にならないくらい増えそうだ。


「そういや税って、出店と同じ扱いになるんだっけ?」


「ああ。 後で調査に来るだろうから、その時に2割貰うぞ」


 ほーん。


 ざっくりしてるけどかなり良心的なのでは?


 少なくとも我が祖国では国民でさえ、もっと虐げられていたのだから。


「あ、あの! 『金級狩りのスターニー』様ですよね! 握手していただけますか!」


 興奮した声に振り返れば、肉厚な片刃の剣を背負った中年冒険者が、スターニーに握手を求めていたところであった。


「構わないよ。 お、よく鍛えられたいい手をしているね」


「あ、あ……ありがとうございます!」


 中年冒険者はスターニーの手を握ったまま、足が震えるくらい喜んでいた。


「だがいい動きをする為には、体をほぐす事も時には必要だ。 是非うちの温泉で休んでゆくといい」


「はい!」


 あら、上手に案内しますね。


 冒険者の男は再びスターニーに頭を下げると、列の最後尾に走ってゆく。


 しかし中年の冒険者とは珍しい。


 肉体労働故にか、年齢や怪我で前線を引退した冒険者は、現役時代のツテで就職する事が多い。


 ギニンのギルドで受付をしているセプシオも、かつては銀級の冒険者だったらしいし。


 あの中年冒険者の級がどれ程かは知らないが、あの歳まで腐らずにやってきた彼からしてみれば、スターニーの言葉は相当嬉しいものだったのだろう。


「スターニー、風呂を使うルールの説明って今どんな感じ?」


「ラートが看板を立ててくれているよ。 ほら」


 今しがたラートが地面に打ち付けた看板には、


『料金、鉄貨5枚。

 湯船に入る前と後に、必ず掛け湯で全身を綺麗に流す事。

 湯船を汚さない事

 着替えやタオルを持参する事。

 右が女湯、左が男湯である事。』


 と書かれている。


 しかもそれが1つの看板に、同じ内容で4つも書かれているのだ。


 原因は直ぐに思い当たった。


「4ヶ国語か」


「トラモント語、神言語、カムベル語、擬人語の4つだね。

 まぁ、トラモント語と神言語があれば事足りるだろうから、残りの2つは念の為さ」


 へー、俺には全て日本語にしか見えん。


 トラモント語はこの国、神言語は隣の神々の国の言葉、カムベル語は帝国の言葉だろう。


 なら擬人語は?


「擬人語はそもそも知っている人が少ないだろうね。 この辺りでは擬人種は滅多に見ないから」


 擬人種はオークやリザードマン、ケモノ人の事を指す。


 元々人とは別の生き物が人に近い姿になった存在の事を擬人種と呼び、生態も人より元の生物に近い。


 関節や骨格が人種と違っていたり、感覚器や食べられる物も異なるので、知能が高かろうともあまり人の生存圏では見かけない。


 そんな彼らの為の擬人語は、彼らの口に合わせた発音で構成された言語なのだとか。


 スター二ーが『こんにちは』や『ありがとう』を話してくれたが、日本語にしか聞こえなかったので残念だ。


 スター二ーと話していると、男湯と女湯の最終確認をしていた赤脈旅団のメンバーが出てきた。


 ディカは彼らと一言二言話すと、俺達の方を見て頷く。


「お、もういいってさ」


「そのようだね。 受付は団長とカイルに任せて、我々は列の維持に専念させて貰おう」


 遂に入場が始まり、列がゾロ……ゾロ……と動き始める。


 カイルを見れば、ディカとムアに見守られながら必死にお金を受け取っては数えていた。


「頑張れー」


 邪魔しないように遠くからこっそり応援するに留める。


「よっ、アギト。 来たぜ」


 新たに列に並んだのは、ムアのファンである定食屋の1家だ。


「キャンプ地側に来るなんて珍しいね。 お店は夕方から?」


「いや、今日はそもそも休みだ。

 こっち側は何かと物騒だからあまり来る事は無いんだが、アギトとムアが居るなら大丈夫かって来てみたんだ」


「へぇ、そりゃありが…」


「お前の方が物騒だからな!」


「一言余計だ、のぼせてこい!」


 笑う定食屋1家をさっさと並ばせる。


 そのやり取りを見て笑っていたスター二ーが聞いてきた。


「アギトが赤脈旅団に入らないのは、ギニンでの生活があるからなのかい?」


 ん? ああ、俺達がゲルのダンジョンから帰ってきた初日の時、スターニーはもう寝てたのか。


「いんや。 俺とムアで世界中を旅するつもりだから断ったんだよ。 俺がどこかに所属するのが苦手なだけなんだ。

 それに俺とムアは色んな奴に目を付けられやすいみたいだから、迷惑かけたく無くてね」


「迷惑……か。 それなら気にしなくてもいいと思うよ。 私自身、団長や団員には迷惑をかけてばかりだからね。

 私が帝国出身なのは話しただろう?」


 確かラートと一緒に亡命したんだったか。


「帝国の侵略戦争の時に私が殺した者の家族が、今でも時々敵討ちに現れる事があるんだ。

 その度に皆に迷惑をかけ、助けて貰っているよ。

 君達が何か悪さをしたのならばともかく、あちらから降り掛かって来た火の粉を振り払うのを手伝うくらい造作もないさ」


「うーん……」


 嬉しい話ではあるんだけど、性にあわないんだよなぁ。


 さてどう返したものか……。


 返事に悩んでいると、スター二ーは快活に笑った。


「何、アギトやムアがしたいようにすればいい。

 私達は何時でも君達を歓迎するって話さ。

 頭の片隅にでも置いてくれていたらいいよ」


 ……なんか滅茶苦茶嬉しいな。


 不安になった時、赤脈旅団が歓迎してくれるのを思い出すだけでも、きっと大きな心の支えになるだろう。


 でも俺は安心したらきっと弱くなる。


 居場所が出来れば、保身的になってしまう。


 だから、依存するのはムアだけでいい。


「ありがとう、覚えて置くよ。

 そういえばさっき2つ名で呼ばれてたよね。

『金級切りのスター二ー』だっけ?」


 それを言うと、スターニーは恥ずかしそうに丁寧に刈り揃えられた白髪をかいた。


「あれは上陸大戦の時に付いた2つ名なんだ。 まだ知ってる人がいるなんて思わなかったよ」


「上陸大戦?」


「ああ。 ジャバルク上陸大戦の時の話しさ」


 ジャバルクがかつてアネシリーフ大陸の北側を支配下に納めていたのは知ってる。


 それがカムベル帝国に占領されたのも知っている。


 けれどおかしい。


「でもそれって100年前の話でしょ? スター二ーって長命種だったっけ」


「あれ、アギトには話していなかったか。 私は『気仙』なんだよ」

 

「気仙?」


 初めて聞いたな。


 『気』を扱う『仙人』って事だろうか?


「ふむ。 なら神格が何故特別な存在かは知っているかい?」


「命の循環に属さずに、個のまま存在出来るからでしょ?」


「なら何故神格は個のまま存在出来るんだい?」


「それは……エネルギーを捉えて自分の中で永遠に流し続けられるくらい命の力が強いから」


 『生き物』が死ねば、命の引力によって捉えられていた魔力や気、生きているという状態への『概念』が霧散し、それは『物』になる。


 だから死体は魔力による解体が出来るようになるのだ。


「その循環を『気』の操作によって擬似的に起こし、命の循環に飲まれないようにするのが『気仙』なんだ。 同じように『魔仙』もある」


「つまり『気仙』や『魔仙』だと長生き出来るってこと?」


「その通り」


 通りで100年前の戦争で2つ名が付いていた訳だ。


「てか気になったんだけど、2つ名に『金級狩り』って着くって事は、スターニーは金級じゃないの?」


「そうだよ、私は銀級なんだ。

 アギトは冒険者のランクが上がる時の条件は知っているかい?」


 それならアルから聞いた事がある。


「申請を出して、依頼に審査が入って昇格なんだっけ?」


「だが金級に上がる時は、魔力量の検査があるんだ。 何故だと思う?」


「魔力だけ?」


「そう、魔力だけだ」


 気の強さや技量では無く魔力だけ?


 あ、もしかして……


「………魔石の有用性?」


「その通り」


 マジかである。


 魔力を持つ生物全てが持つ魔石。


 火を噴くトカゲからは炎に適した魔石が、雨を降らす鳥からは水に適した魔石が取れるように、それは人間も例外では無い。


「つまり死んだ後も使えるかどうかって事で、金級に相応しいか判断するってこと?」


「ああ。 技量だけで上り詰めた私のような人間は、お呼びでは無いんだよ」


 うわーエグ。


 フォローすべきか迷う俺を置いて、スターニーは授業でもするかのように話し続ける。


「英雄の魔石を使った道具で代表的なものと言えば、やはり星落としの杖だろうね。

 あれはトラモント王国を建国した初代の英雄が『この国が他国に侵される事無く未来永劫平和にあるように』と願いを込めて作られたと言われているんだよ」


「今のトラモントを見たら、初代の英雄は泣くだろうなぁ」


 英雄の魔石は有効活用されるとは。


 存在が財産だから、金級の箔付けして唾でも付けときたいのだろうか。


 少ししたら列が短くなってきたので、赤脈旅団らは頃合いを見て交代で番をするようだ。


 長蛇の列を必死こいて捌いていたカイルも、1度休憩を貰えたらしい。


「お疲れ様、頑張ってたね」


「よくやったな。 夕方になったらまたお前の番になるから、また頼むぞ」


「分かった!」


「あ、それと……」


 ディカは、銅貨1枚と銀貨5枚をカイルに握らせた。


「これがお前の働きへの報酬だ。

 美味いもんを食うでも、貯めるにでも使うといい」


 カイルの初任給である。


 しかし約1時間働いて1500円とは羨ましい限りだ。


 地球にいた頃の最低賃金ギリギリどころか、着水腹滑りをキメていたバイトの時給とは比べ物にならない。


「僕の……」


 手の中の重みを確かめるカイルの頭を撫でる。


「頑張ったな」


「……うん」


 カイルのお小遣いはとりあえずムアに預かってもらう事になった。


「あ、そういやディカってこの後ヒマ?」


「暇っちゃ暇だが、どうしたんだ?」


「夕方になる前に、リザードマンをギルドに降ろしに行きたいなって」


 夕方にはカイルのシフトとお湯の交換があるので、その前に済ませておきたいのだ。


「すっかり忘れてた。 そうだったな」


「俺も今の今まで忘れてたよ。

 あ、地下で見つけた貴重品はどうする? あれもまだムアが持ってるけど」


「あー、あれはまだ預かっておいてくれ。 買い手のツテはいくつかあるから、競り合わせておくよ」


「ありがたやありがたや」


 流石、冒険者件行商である。


 早速俺達はギルドへ出発したのであった。

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