副業
お久しぶりです。
更新の季節がやって参りました。
今日から数日かけてギニンでの生活をキリの良い所まで投稿していきます。
今回の投稿では地図は広がりませんが、是非楽しんでいってください。
ギルドから出ると、外ではムアがファン達
と降り始めた雪の中で戯れている所であった。
カイルも一緒に駆け回っているあたり、どうやら友達が出来たらしい。
よかったよかった。
保護者らと同じ目線で眺めていると、雪の混じった冷たい風がヒュウと吹いた。
雪は俺とリーチェの保温の結界に触れると、溶けて雫となり落ちてゆく。
「うひゃー積もりそう。 今日ギニンに着いたのギリギリだったかもね」
「だねぇ。 こりゃ明日起きたら一面雪景色だな」
吹き始めた冷たい風に、親が子供の手を引いて、1人また1人と帰ってゆく。
「あ……」
それを見ていたカイルの足が止まりかけた時、ムアが小さな背中をツンと小突いた。
「カイル、俺達も帰るよ」
「また明日も遊べるからね」
「ガウッ」
何時か向き合わなければならない日が来るだろう。
それでも、まだ今はその時じゃ無いはずだ。
「……うん」
強くなってきた雪からカイルを守るように、俺とリーチェの結界を広げて重ねる。
「あー、こんなに寒いならお風呂入りたいなー」
「つってもギニンの外じゃ無いんだし難しいぞ」
「そんな事無いよ? キャンプ地って結構空きがあるから、広めのところバーンって借りて皆で使えばいいでしょ。
それくらいディカ姉が出してくれるよ」
ならいいか…? いいのか?
流石に風呂まで作ったら兵士が何か言ってきそうだけど……まぁいっか。
「どうせ大した額じゃ無いんだし、このまま直接行っちゃおうよ」
リーチェは後で立て替えて貰うつもりらしい。
「ガウー!」
ムアの声に周囲の人がギョッとなる。
「こらこら。 ムアのは雄叫びだから」
「ガウー」
そうそう。
しばらく歩いてギニンの西側に入ると、家族連れの姿はめっきり減った。
どうやら西側は危険という認識があるらしい。
雪もあって辺りが暗くなってきたので少し早足で土地を決め、さっさと手続きをしてしまう。
選んだのは俺や赤脈旅団の寝床から近い空き地であった。
「どんなお風呂にするの?」
「まず、人が多いから覗き対策を万全にして……」
「めっちゃ大事」
それからは何時ものやり方で、上皿と湯船を2つ用意して、それぞれ頑丈な仕切りを付ける。
後は水を貯めるだけだ。
「手伝うよ」
「サンキュー」
魔法で空気から水をかき集めようとすると、控えめに服の裾が引かれた。
「……僕もやっていい?」
「およ」
このような積極的な態度は嬉しい。
せっかく機会を作ってくれたのだから、是非やらせてあげよう。
「水の魔法使える? 水を集める魔法だけど」
「少しだけできるから手伝いたい」
カイルが実践してくれたのは、10秒ほどで1口分程度の量ではあるが、確かに水を集める魔法だった。
「お、やるじゃん。 じゃあ一緒に水集めるか」
「っ、うん!」
ムンと気合いを入れるカイルの健気な事よ。
「って時に、リーチェは何してるのさ」
「何って準備だけど」
リーチェは何故かお香を焚いていたのだ。
リラックス効果でもあるのだろうかと考えたが、ふと思い当たる節があった。
「ひょっとして、ルマネアから教わってるってやつ?」
「うん。魔力媒体って分かる?」
「燃えやすいとか、流れやすいとか種類がある魔力を含んだ物の事だっけ?」
魔力媒体とは、この世界特有の考えだ。
例えば、青々と茂る葉っぱに含まれる魔力は水を気化しやすかったり、逆に根っこの魔力は水を引っ張ったりするのに優れているのだとか。
植物に造詣の深いライデンから聞いた話なので知識の偏りはあるが……。
言ってしまえば、目的が明確に存在している魔力は、その通りに扱った方が反応がいいよって事だ。
「だいたいそんな認識で合ってるよ。
私と先生は、その目的を持った魔力が含まれてる物を触媒にして、魔法を増強させてるの」
「ほー。 なら目的に特化した使い捨ての杖みたいなもんか」
ルマネアが持っていた煙管は、リーチェの使っている香炉の代わりなのだろう。
「見てて」
リーチェは香炉から煙を浮かばせると、それをフィルターのようにして水を集め始める。
効果は激的だった。
風がリーチェの頭上目掛けて集まってきたかと思えば、そこから水が滝のように降ってきたのだ。
俺が全力でやっても蛇口フル解放程度なのに比べると、効率の良さは相当なものだ。
「おぉー」
カイルやムアと一緒に、小規模な豪雨を見上げる。
程なくして湯船は完全に満たされたのだった。
「すげーな触媒」
素材を集めたり専門知識が必要なのだろうが、ここまで変化があるのなら需要があるのも納得である。
「でしょ。 弟弟子にしてやってもいいよ」
「それ許可出すのはルマネアでしょ」
「あら、私は構わないわよ」
振り返れば、赤脈旅団の面々がゾロゾロ集まってきていた所であった。
「お香の匂いがしたから来てみれば、やっぱりリーチェだったのね」
「お風呂を作るアギトを手伝ってたんです」
えらいえらいと耳をモフられるリーチェは、さっきまでのお姉さん面はどこへやら。
親に撫でられる子供のようである。
「なら後は私に任せてちょうだい」
ルマネアは煙管から煙を一筋燻らせる。
その煙が掻き消えたかと思えば、気付けば湯船から湯気が登っていた。
「え」
「後は結界くらいかしら」
すると今度は、瞬きしている間に風呂場に保温の結界が張られていた。
待て待て待て。
触媒関係無しに、魔法の構築も反映も早過ぎやしないか?
恐る恐るルマネアを盗み見ると、色っぽい流し目で微笑まれる。
こわー。
赤脈旅団が有名なのは、ディカがトップだからと言う訳では無いらしい。
ディカが気の化け物であれば、ルマネアは魔法の化け物なのだろう。
初っ端警戒されてた時、迂闊なことしていれば消し炭にされてたかもしれん。
こわー。
「ねぇアギト。 装飾はこれだけなの?」
「ご注文があればお受けいたしますが」
かしこまって返すと、ルマネアは脅かしすぎたかしらと苦笑して、1粒の種を渡して来た。
「なにこれ」
「私が気に入った花の種よ。 今日のお風呂はこれで飾ってくれないかしら。
あ、この花は湯船には浮かばすのは向いていないと思うわ」
湯船に浮かばない?
よく分からんが、取り敢えず生やしてみる。
「あぁー、そゆこと」
生えてきたのは鈴蘭のような花だったのだ。
「これをお風呂の縁に沿って並べてくれるかしら」
「オーケイ」
言われるがままに鈴蘭モドキを内側に向けてずらっと並べてみる。
「うーん……ちょっとアレンジしていい?」
「あら、いいわよ」
鈴蘭モドキだけでは低いせいか、少し単調に見えてしまう。
ならばと観葉植物のような大きな葉を生やし、鈴蘭モドキを寄せてメリハリをつける。
更に明かりの弱い光球をいくつか鈴蘭モドキを照らすように浮かばせたら完成だ。
「あら、なかなかいいじゃない」
「でしょ」
ルマネアも満足する仕事ぶりだったらしい。
日本の夏の夜のホタルをイメージした飾りだったのだが、受け入れて貰えたようで一安心だ。
「ちょ、ちょっといいか?」
「およ」
外に出てみると、案の定兵士が来ていた。
「これは……なんだ?」
「お風呂。 俺と赤脈旅団で使うやつ」
「もし入浴中じゃなければ、中を見せてもらっても?」
「構わんけど靴は脱いでよ」
中に入った兵士達は、勢揃いした赤脈旅団に驚き、湯船を見て更に驚いた。
「こんな贅沢なものを使うのか?」
「何さ『庶民がけしからん』とでも言うつもりかい?」
じろりと睨むと、兵士達は顔を見合わせて笑う。
「まさか、そんなこと言うわけないだろ。
『国王派』じゃあるまいし」
あ、国王派を軽んじる風潮はあるんですね、ふーん。
……人間臭い所を見たものだ。
見方を変えれば、ギニンの兵士である彼らの誇りをきわだてる要素の1つなんだろうな。
「地面は削ってないし、怪しい事もしてないよ。
ほら、散った散った!」
これからの楽しい入浴に水をさされたら堪らんと、さっさと兵士を追い出す。
入口まで出ていった兵士の1人が、足を止めて振り返った。
「なぁ、あんたらはこれから入るんだよな?」
「うぬ。 あ、覗こうとしても無駄だよ。 俺も含めて順番に見張りをするからね」
赤脈旅団は女性が多いが、どれも美しさと強さを兼ね備えた化け物揃い。
不届き者は見張りなんて居なくても、水場に近付く事すら儘ならんぞ。
しかし兵士はちぎれんばかりに首を横に振った。
「違う違う、そんな恐ろしいことする訳ないだろ。 もし良かったら、後で俺にも貸してくれないかなー……なんて」
「鉄貨5枚ならいいぞ」
後ろから降ってきた声に振り返ると、ディカが仁王立ちしながら立っていた。
「ディカがいいってんならいいけど」
「取り分はアギト2、赤脈旅団が管理を受け持って3でどうだ」
突然始まった交渉だが、引っかかった部分がある。
「管理って何さ、受付? この人しか来ないんじゃ無いの?」
その疑問には、兵士が申し訳なさそうに答える。
「多分俺が許可貰ったら、皆来たがると思う……」
「そうなるだろうと思ってな。 小銭稼ぎは大事だぞ。
ちまちま貯めてたへそくりが、生活の繋ぎになる事は多々あるからな」
「む、なるほど……」
とりあえず兵士には許可を出して警備に戻ってもらう。
「そもそも結局何人くらいくるんだろう。 狭く無いかな」
「もしかしたら大所帯で来る可能性はあるな。
……アギト、提案があるんだが」
「なに?」
「お前さえ良ければだが、ギニンで冬を過ごす間、共同で風呂屋をやってみないか?」
「風呂屋? エロい奴?」
ぱぁぁぁぁぁぁぁん………
ギニン西のキャンプ地に、銃声のような爆発音が響く。
「ぐ、はっ」
体が浮くほどの回し蹴りに、俺は尻を抑えて再生を施した。
「失礼な発言と連想して、ダンジョンで回し蹴りし損ねたのを思い出してな」
「今かよ! しかも連想まで1秒も無かったぞ! そもそも誰がとも言ってないし……」
「思い出させたのが悪い」
形こそ崩れなかったが、多分今のでビンタの5倍くらいの細胞が死んだ。
「いたたた……。 で、つまり冬の間の金稼ぎって事?」
「そうだ。 土地は赤脈旅団で借りるから、風呂の方を任せられたらと考えてる。
受付とかの管理はあたしらでやるから、さっきと同じでアギト2、赤脈旅団3でどうだ」
「わかっ…………いや、ちょっと待って。
継続した収入の分配でしょ。 じっくり考えさせて」
「お、慎重なのはいいぞー」
それからは検討に検討を重ね、検討を加速させて異次元に突入したところで、結局俺2、赤脈旅団3の取り分に決定したのだった。
●●●●
「ばいばーい!」
「はい、ばいばーい」
兵士に手を引かれて帰ってゆく子供を見送る。
「いやー、まさか子供まで連れてくるとはね。
こりゃ明日の開店日は爆発的に客増えるんじゃないの?」
ネットが無いこの世界の人の情報共有は、殆どが井戸端会議だ。
子連れが来てくれたのであれば、水にインクを垂らしたように話は広がるだろう。
「だろうな。 楽観視はしない方がいいだろいが、今の風呂の規模じゃ足らなくなりそうだ」
「じゃあ今晩のうちに拡張しとくかぁ。 あれ、土地ってさっきディカが契約更新してくれたんだっけ?」
「ああ。 ここから、あの柵までだ」
ディカが手で示したのは、赤脈旅団の家を建てた土地の5倍程の面積だ。
「結構思い切ったね」
「なぁに、どうせこの程度3日もありゃ取り返せるさ」
さて、そうなれば取り返せる規模の風呂を作らなければならなくなった。
どれくらいの人数が来るかは分からないが、風呂は広くて困る事は無いだろう。
大浴場1つと中くらいの風呂4つ。
男湯も女湯も、同じ数だけ作ってゆく。
「掛け湯は必須だな」
この世界の住人は、日本人に比べたらはっきり言って汚い。
湯船に入る前に必ず掛け湯で全身流すのは徹底させなければならないので、入口付近にでっかく1つ設置する。
「排水は……こっそり穴でも掘るべ」
根っこを張って地面に亀裂を作り、それを地中奥深くの地下水路へ繋げる。
位置的にギニンの外側へ流れてゆく地下水なので、誰かに迷惑をかける事は無さそうだ。
「あ、防水加工もか」
これまで使ってきた即席湯船はその日しか使わない前提だったので素材が剥き出しだったが、今回ばかりはそうもいかない。
だが都合のいい事に、乾いたら水を通さなくなる汁を持つ雑草はライデンから教えて貰っていた。
ので、探しにゆく。
地面に這いつくばって、これじゃない、これも違うとやっていると、ディカが隣にしゃがんできた。
「忙しないな」
「まぁね。 1回手を付けると、色々気になっちゃって」
「任せっきりにして悪いかと思ったら、随分楽しそうじゃないか」
「何かを作るのは好きだからさ」
「そうか」
俺が草むしりをしている横で、ディカは何をするでもなくずっと俺を見ている。
「どうかした?」
「いや、お前を見てると飽きないだけだ」
「俺は小動物か何かかよ。 ……あった!」
見つけたのはタンポポのような葉っぱだった。
それを深い根っこごと引き抜いて回収する。
「これをどうするんだ?」
「こいつの汁を濃くして乾かすと、水を通さなくなるんだよ。
ライデンに教えてもらったんだ」
「へぇ、伝説の旅人の知恵か」
「そうそう。 伝説の知恵だよ」
白いボンドのような液体を大量に溢れさせて、それを湯船に隙間無く塗りたくる。
「明日って何時から営業開始?」
「あー……午後からを考えていた」
「なら乾燥は間に合いそう。
ってかディカは寝なくていいの?」
もう赤脈旅団のメンバーは殆どが寝ており、ムアもカイルに付き添って眠っているはずだ。
今俺がやっている作業は、鉄貨の5分の2を受け取る為の作業なので任せっきりでも構わないのに。
「何だ、いたら邪魔か?」
「そうは言ってないけど」
「なら構わんだろ」
そう言うなら好きにしたらいいけど。
コーティング済みの湯船に雪がかからないように屋根をすれば、残りは……
「後は装飾くらいか。 ディカ、何か好きな植物ある? 種とか持ってたら飾れるけど」
「………なら、ちょっと待ってろよ」
ディカは外へ出ていくと、草を1つ摘んで直ぐに戻ってきた。
「ベルって花が咲くんだが、あたしはこれが好きなんだ。 これでいっぱいの湯船を作ってくれないか?」
「これ? おっけー任せて」
今は季節では無いらしい草に、養分を与え開花させる。
「おぉ、これは綺麗」
咲いたのは小さなピンクの花が、まるでもみの木のような形で密集して咲く花だった。
「だろ?」
「これは確かに、花畑にしたら見栄えが良さそう。 ちょっと待っててよ」
通路を避けて、大浴場の周囲に密集して咲かせる。
「こりゃいい。 ディカも中々センスがあるね」
「まぁな。
なぁ、明日客入れる前に先に入って見てもいいか?」
「構わんよ。 昼までには入れるようにしとくわ」
これで今日できる仕事はおしまいである。
「じゃ、また明日」
「あぁ。 また明日な」
俺とディカは明日からの商売の成功を夢見ながら、寝床へ帰るのであった。
屋根裏部屋でリーチェに香の授業をしていたルマネアは、風呂場の一角を彩る花を見て「あらあら」と微笑むのであった。




