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越冬の準備

 ギニンの北門を潜ると、中は大勢で賑わっていた。


 宿が取れた、商品は売り切れだ、などの声があちこちから聞こえてくる。


「うわーやばいな。 これ宿埋まってるかもしれん」


 前泊まった『渡り鳥の羽休め』に空き部屋がある望みは薄いだろう。


 ムアも一緒に泊まれる所があればいいんだけど……。


「うん? 宿が無いんなら、あたしらと一緒にキャンプ地を借りればいいじゃないか」


「キャンプ地なんてあるの?」


「あるぞ。 昔ギニンのスラム街を潰した時の土地が、格安のキャンプ地になってるんだ。

 あたしらはギニンで冬を越す時はそこを使ってるんだぜ」


 キャンプ地はギニンの西側にあるらしいので、赤脈旅団と一緒に手続きに向かう。


 元スラム街と聞いておどろおどろしい場所を想像したが、柵で簡単に仕切られた土地が広がる、見晴らしの良い場所だった。


 道の途中に警備も巡回しており安全そうだ。


「元々あったスラム街は、王都の後継者争いから逃げてきた住民達が集まって出来たものだったんだ。

 それが犯罪の温床になる事を嫌った領主様が直ぐに対応して、キャンプ地のシステムが出来たんだよ」


 事実、利用手続き所ではキャンプ道具や毛布の貸出も行っているようだ。


「ところでアギト、相談なんだが……」


「テントを建ててくれって話でしょ? いいよ」


「分かってんな!」


 ゲルからギニンへの道中、野営の際は旅団全員が俺の建てた植物テントに泊まっており、評判もかなり良かったのだ。


「でも去年まではどうしてたのさ」


「馬車を解体してテントと繋いででかくしてたんだ。 ウチは魔法に長けた奴が多いから凍える事は無かったけど、寝心地はそんなに良くねぇからさ」


 その後、家一件に庭まで付きそうな広い土地を借りたディカ達に銀貨5枚の大金を渡され、依頼を引き受ける。


 さて、日本円にして約50万円相当を貰ったからには、1冬どころか生涯住めそうな豪勢なのを建ててやりますか。


 ムアから生の枝を1本受け取り、それを地面に突き立てる。


 根を生やして固定させ、幹を4つ生やして形を歪め、柱と壁に。


 屋根は積雪に耐えられるように表面に葉を茂らせて傾斜を急に。


 最後に不安な箇所を継ぎ足して補強すれば二階建て、屋根裏を入れれば3階建ての家の完成である。


『おぉー!?』


 後ろのギャラリーから、歓声と驚きが聞こえてくる。


「どうだ、結構な自信作だぞ」


「すげーなお前!」


 ディカに賞賛のもみじ張り手

をくらいながら内装を説明する。


「中は1階と2階が各4部屋と大部屋1つあって、三階に屋根裏が1部屋あるよ。

 ドアと窓はパーツを渡すので後で付けてください」


「お易い御用だ!」


 ラートがハンマーと釘を持ち出して答える。


 どうやらドワーフは日曜大工程度なら余裕でいけるらしい。


「その代わり部屋は一番に選ばせてくれや」


「ラートずるい! なら私は防寒の結界張るから2番目ね!」


 部屋の争奪戦が始まりそうな空気に、ディカが待ったをかける。


「待てお前ら、まず内装を見てからだろう。

 それと、あたしは団長権限で3番目に選ぶ」


「お前も混じるんかい」


 肝心の団長がこれでは収集がつかなくなったかと諦めていると、そこへ兵士が2人走ってやってきた。


「どうした」


 ディカが威厳のある声で問う。


 これがディカの外向きの態度なのだろう。


「赤脈旅団のディカさんでしたか。

 もし住まわれるのでしたらもっと良い土地をご案内致しますが……」


 控えめに尋ねる兵士の真意は何だと様子を見ていると、ディカは「あぁ」と納得の声を漏らした。


「この土地を使うのは冬が開けるまでだから安心しろ。 それに地面も元に戻るんだよな?」


 ディカに聞かれてようやく理解する。


 ここは金が無い人の為の救済措置のような土地だ。


 そこに居座られたら、本来の目的が失われてしまうのを危惧したのだろう。


「大丈夫、ちゃんと更地に戻すよ」


 兵士が上の目的を理解し、ディカのような強い冒険者に対しても声を掛けられるとは。


 改めてこの領地はとても優れていると感じざるを得ない。


 文明レベルこそ日本には劣っているものの、それを補う統治システムや上との繋がりがしっかりしている。


「いい領地だな」


 独り言のつもりであったが、兵士は聞き逃さずにニッコリ笑った。


「だろ。 ムアを連れてるって事は、お前アギトだよな?

 子供達が会いたがってたから、暇な時に顔出してやれよ」


「ガウッ」


 俺の代わりにムアが返事をする。


「じゃあ俺達の家を建てたら会いに行こうか」


「ガウッ!」


「そうしてやれ。 じゃ、俺達は仕事に戻るよ」


「りょーかい。 お勤めご苦労様」


 兵士に手を振って別れると、ディカ達と一緒に内装の確認に移る。


 ここに窓が欲しい、ここに竈門を置くからくり抜いてくれ、などなど。


 やがて各々馬車の荷物を運び込み始めた頃に、ようやく自分達の家の建設に取りかかれるようになった。


 俺とムアとカイルの家はシンプルな1階建てだ。


 外観はモンゴルの遊牧民のテントに似た形になったが、天井だけは鋭く伸ばして積雪対策を施す。


 内装は一面緩衝材張りにして、ムアの巨体で何時でも何処でも寝っ転がれるようにしてやる。


 壁や天井からは鬼灯のような植物を生やし、中に光球を浮かばせて照明に。


 壁際には花を沢山咲かせれば完成である。


 完成したばかりのフカフカの草の上に、ムアと一緒に倒れ込む。


「カイルもおいで」


「分かりまし、分かった」


 うぬ。


 カイルはここに来るまでの間に、敬語をやめてもらった。


 無理に打ち解けようとした訳では無い。


 カイル自身、敬語が下手だったからだ。


 俺の自動翻訳の固有能力抜きにしても、ディカ達が笑ってしまうような言い間違いをしていたので、無理して丁寧に話さなくてもいいぞと言っておいたのだ。


 それに言霊では無いかもしれないが、お世話になっているからと言って敬語ばかり使っていては、引っ込み思案な性格になってしまうかもしれない。


 我が強い者の方が圧倒的に有利なこの世界で、もしそんな性格になってしまえばカイルは将来苦労する事になるだろう。


 ならば多少強引であろうとも変えさせた方がいいはずである。


「ガウッ、ガウウッ」


「分かった分かった。 ちょっと待ってな」


 ムアに催促されて、壁から壁を渡す大きなハンモックをかける。


 ゲルでハンモックについて話題に触れた時、ムアが興味を示していたのだ。


 早速飛び乗り、揺られているムアは満足気だ。


 なら次はカイルの番である。


「カイルはどんなのがいい? 自分の部屋とかだったら、大きさとかベッドとか何でも言ってよ」


「なら……屋根裏部屋が欲しい」


「屋根裏部屋? 赤脈旅団の3階みたいなやつ?」


「うん。……だめ?」


「いいよ。 ちょっと待ってな」


 壁に階段を生やして手すりを付けて登った先。 テント?のとんがり帽子の部分を床板で妨げ、斜めの屋根に開け閉できる窓を作る。


 下と同じように鬼灯ランプをいくつか作って、緩衝材を敷いたら完成だ。


「どう?」


「ありがとう! 外見てもいい?」


「いいよ。 落ちないようにな」


「うん!」


 自分の部屋が完成するにつれて元気になったカイルは、年相応の子供のようだ。


 ギニンまでの道中に聞いたが、父親は家族を逃がす為にジャバルクの軍に殺され、母親は雪崩からカイルを庇って飲み込まれたと言っていた。


 涙を流す事さえせずに淡々と語るその横顔から察するに、まだ実感が沸いていないのだろう。


 両親が死に、故郷を追われた実感が。


 今は喜んでいるが、これでこの子の気持ちが解決したとは思わない方がいい。


 多分かなりギリギリのバランスで今平静を保てているのだ。


 1階から顔を覗かせたムアと目を合わせた俺は、静かに頷き合うのであった。



●●●●



 住処を整えた俺達は、ギニンの南側にある住宅街に向かっていた。


 ギルドに顔を出すのと、ムアが子供達に会いたがったからだ。


 それを話したら何故かリーチェが着いてきたので、3人と1匹で買い食いしながらフラフラ歩く。


 支払いは何故か俺持ちだ。


 解せぬ。


 ……ってあれ?


「あんたゲルの燻製焼いてた人じゃん。 ギニンで冬越すの?」


「おっ、あん時のあんちゃん……なのか?」


 あぁ、見た目が変わったからか。


 それに視線も巨大化したムアに釘付けだ。


「あの時は国軍がいたから大人しくしてたんだよ」


 これだけで店主のおっさんは納得してくれたらしい。


「そう言うことか。 んじゃいくつ買ってく?」


「4つ…」


「ガウッ」


「わかったよ。 なら6つで」


「まいど!」


 ムアは3つで、俺とカイル、リーチェは1つだ。


 1口食べるとやはり美味い。


 キャンプ地にはゲルの住民も大勢来ているようで、ちょっとしたお祭り状態だ。


 荷物を運んだりする人混みを避けて進んでゆくと、ようやくギニンの南側に出る事が出来た。


 大通りに出ると、あちこちから声が聞こえてくる。


「あっ、ムアだ!」


「ムアちゃんがいる!」


 ゾロゾロ集まってくる子供や親達に、リーチェは困惑気味だ。


「おっと」


 カイルが子供の並に流されそうになっていたので抱き上げる。


「ムアちゃん凄い人気だね!?」


「ちょっと前に子供を蹴った冒険者にムアがブチ切れた事があったんだけど、それ以来人気爆発状態なんだよね」


「怒ったムアちゃん……見てみたい」


「迫力すごいから腰抜かすなよ。 まぁ滅多に見られんだろうけど」


 全身から霧が立ち上り殺気をバチバチに放つムアは、長く一緒にいる俺からしても驚くものであった。


 わざわざ怒らせるのは良くないが、もし強い魔獣と戦う時があればまた見れるだろうか。


 どんどん集まってくるファンを引き連れて歩き、ギルドに到着した時には最早長蛇の列になっていた。


「ムアは……ファンサか。 カイルはどうする?」


「アギトと一緒がいい」


「おっけい」


 どうやらカイルも人混みが苦手らしい。


 この子とは通ずるものがありそうだ。


「そういやリーチェも冒険者なんだっけ」


「うん。 銅級だよ」


「すげーな。 俺なんてまだ木級なのに」


「木級は様子見期間だから1ヶ月昇格は無理だけど、鉄級からは実力を見て飛び級もあるらしいからすぐだよ。

 って、冒険者カード登録する時に説明されなかった?」


 え、知らない。


 知らないけど、説明されなかった理由なら心当たりがある。


「多分俺、冒険者カード登録する時に他の冒険者と揉めたから、そのせいで説明忘れられたのかもしれん」


「何で揉めたの?」


「ムアを毛皮にするぞって脅されたから、俺が絡んだ」


「それは許せん。 ちゃんと成敗した?」


「もちろん」


 当然である。


 つーかそれ以来彼も取り巻きも見ていないので、ギニンから出て行ったのだろうか。


「お嬢ちゃん達新人だろ? 冒険者のイロハ教えてやるからこっちこいよ」


 声の主の方を見れば、30に足掛けてそうな男達4人がこっちに手招きしていた。


 良心では無く下心剥き出しで絡んでいるらしい。


「お嬢ちゃん達って……プククッ」


「何わろてんねん」


 リーチェは俺の方を見てくすくす笑う。


 確かに髪が長くて顔隠してて、コート着てて体格分からんかったら性別は分からんでも無いかもしれないが……。


 リーチェは笑ってこそいるものの、男達は無視する方針らしい。


 ならば俺にそれに習うまでである。


 さっさとカウンターへ向かおうとすると、男達はわざわざやって来て進行方向を塞いできた。


「おいおい、先輩の言うことは聞いておくべきだぞ?」


 カウンターの奥で俺と目が合ったセプシオがギョッとなる。


 絡んじゃおーっと。


 我、よからぬ事を企む者なり。


 誰から根っこを生やしてやろうかと吟味していると、リーチェの魔力が揺らめいた。


 バチンッ


 強烈な静電気のような音と同時に、男達が崩れ落ちる。


 セプシオがカウンターの向こうから俺を見てくるが、首を横に振って無実を主張する。


 知りません、やってません。


 男達は意識はあるようだが全身に力が入らないらしい。


「不潔で不躾で失礼で。 何よりその年まで売れ残るような価値の無い男は好みじゃないの」


 リーチェは男達に目も合わせず、それどころか踏みつけてカウンターまで行くと冒険者カードを置いた。


 呆気に取られていたセプシオは慌てて受け取るが、冒険者カードを見て目を見開く。


「赤の大剣の押印……赤脈旅団だと?」


 それを聞いて、ギルドの息を潜めていた連中がざわめく。


「冒険者カードって所属を書く欄あったっけ?」


「無いよ。 うちはディカ姉が印を付けてくれるの」


「へぇー。 偽造されそう」


「偽造した奴は殺されてるか、もう仕事できないくらい悪名が広まってるから大丈夫!」


 うーん過激。


 でもそれぐらいしないとだめなんだろうなぁ。


「アギトなら本物押して貰えるよ?」


「根無し草のままで大丈夫です」


 それを聞いてセプシオが顔に驚愕を浮かべる。


「おいそれまじか? お前入っといた方がいいぞ」


「いいよ別に。 俺もムアもどっかしらで揉め事起こして迷惑かけるだろうし」


「でも赤脈旅団に所属してるってだけで絡んでくる奴らが減るんだぞ?」


「それでも慣れないことをするつもりは無いよ。 それに…」


 突然ギルド内を圧迫感が襲う。


 心臓をギュッと絞るような、重厚な威圧感。


 こんなのが出来るのはディカか、そうでなければムアくらいだ。


「イベントはある方が楽しいでしょ?」


 さーて、揉め事揉め事。



●●●●



 ギルドの外では、ムアが霧で子供達を捕らえて逃がしていた。


 元凶は突然現れた商人だ。


 冒険者を5人も引き連れて闊歩する様は、まるで王様にでもなったようである。


「そこの魔獣はいいな。

 飼い主はいるかね? 私が買い取ろう」


 この商人はギニンに来たばかりにも関わらず、成金野郎で有名だった。


 突然得た大金と、それで雇った護衛の威圧感に勘違いをしてしまったイタい奴だ。


 万能感に包まれていた彼だが、それは間もなく終わりを迎える事となる。


「何事〜?」


 ギルドの中からひょっこり顔を出したのは、おどろおどろしい牙のマスクに黒いコート。


 灰色の長髪を1つ結びにした、風変わりで不気味な存在だった。


 その異様な姿に成金野郎は一瞬たじろぐも、傲慢に声を掛ける。


「お前がその魔獣の飼い主か」


「飼い主? うーん、まぁ登録上はそうなるのか」


「その魔獣を私に売りたまえ」


 アギトはため息を1つ着くと一息に言い放つ。


「お前みたいな肉だるまがどれだけ金を積もうがムアの毛1本の価値もない。 図に乗るな」


 成金野郎は何を言われたのか足りない頭でじっくり考え、やがて湯気を立ち登らせる。


「ぶ、無礼者め! こいつを取り抑えろ!」


 しかし雇われている冒険者も馬鹿では無い。


 商談の最中にじっと睨み付けて圧をかける程度はするが、何の攻撃もしてこない相手を取り抑えればどのような処分が下るか分からないからだ。


 更に護衛の1人に至っては、アギトに気が付いて青ざめていた。


 彼はムアが激怒したあの日、アギトが冒険者にどのような報復をしたのか目にしていたのだ。


「おい、何を突っ立っている! 私の命令が聞けないのか!?」


「豚がどれだけ鳴いても、そもそも言語が違うから通じないってさ」


「何だと!?」


 成金野郎は遂に我慢の限界が来たようで、手に持っていた杖で強かにアギトの肩を叩く。


 牙のマスクに隠された顔が、目元だけでも分かるほどの笑みを浮かべた。


「よし、手ぇ出したな」


 あっという間に手首を捻られ、激痛に叫ぼうとした喉を後ろから鷲掴みされる。


「捕まえた〜。 煮るのもいいけど焼くのもいいなぁ」


 痛みと後ろから聞こえてくる不穏な言葉に、脂汗が溢れ出る。


「うわ、気持ち悪」


「た、助けろ! 金なら出すから助けろぉ!!」


 こうなると護衛も知らぬ存ぜぬは通せない。


 得物こそ抜かないものの、アギトの拘束から成金野郎を解放しようと近付いた時、目が合った。


 アギトの黒目から向けられる哀れみの目だ。


「お前らもついてないな。 今度から雇い主は選べよ」


「っ!?」


 その瞬間、護衛の冒険者達は5人同時に吹き飛ばされる。


 耳鳴りと全身の鈍い痛みを堪えて起き上がった冒険者が見たのは、アギトのコートの下から何本もの腕が生えている異形の姿だった。


「ば、化け物……」


「今更です」


 ギャラリーの感想にあっさり返したアギトは、体から生えた腕を崩壊させながら成金野郎を引きずってゆく。


 人混みを割って着いた先はギニンの南門だ。


「おわ、アギト!? お前何してんだよ!」


 窓際部署でボーッとしていた門番は、突然現れたアギトと引きずられる肉塊に素っ頓狂な声を上げた。


「強引な商売で脅してきた悪徳商人を追い出すんだよ。 あれ、通行税って銅貨3枚だったっけ?」


「そ、そうだけど……」


「なら……、はい。 迷惑料込みで5枚渡しとくよ。 開けて」


「え、あ、おう」


 銅貨を押し付けられた門番は、言われるがままに扉を開ける。


 アギトはそこへ身を乗り出すと、肉だるまに両手を添えてポーイと投げ出してしまったのだった。



●●●●



 処理完了である。


 あの豚がどうなるかは知らないが、あれだけ肉があるのだから越冬も楽勝だろう。


 アザラシがこの世界にいるかは知らないが、彼らから学ぶといい。


 脂ギッシュな首を触ったせいで手がネチョネチョしやがる。


「ムア、石鹸ちょうだい」


「ガウ」


 石鹸と水球で念入りに手を洗い顔を上げると、兵士2人と目が合った。


 門番とは別に騒ぎを聞いて見に来たらしい。


「あー……」


 どうしたものかと懐を探り、銅貨を何枚か取り出して彼らに握らせる。


「お勤めご苦労様。 はい、チップ」


「チップじゃねぇ。 賄賂だ」


 ごもっとも。


 さてどうしたものか……。


 と考えていたら、先に態度を崩したのは兵士であった。


「はぁ、まぁいい。 アイツはこっちでも目を付けてた奴だったんだ。 今度からは俺らに報告しろよ」


「あざーす」


 やったー無罪である。


 用は済んだとギルドに戻ると、先程吹き飛ばした冒険者達がセプシオと話していた所であった。


「ただいまー」


「お、元凶が帰ってきたぞ」


「元凶はあのデブでしょ」


 振り向いた冒険者達からの視線は予想通りのものだ。


 紛うことなき恐怖である。


「あんたら悪かったね。 怪我してたら治してあげよっか?」


 それを聞いてたじろいだのは、比較的若い冒険者だ。


 後でセプシオに聞いた話だが、彼はどうやら俺が冒険者に根を這わせた事件を知っているらしい。


「え、遠慮しておくよ」


 でも見るからに手首青紫色になってるんだよなぁ。


「ちょっと失礼」


 不意打ちで彼の腕を掴み、治療を施す。


 当然痛みは最小限になるようにだ。


「う、うぉぉぉぉ!?」


 男が変な雄叫びを上げて振りほどこうと暴れるものだから、俺が手を離すと尻もちをついてしまった。


「ほい、治ったよ」


 男は自分の手をまじまじと見つめると、何度も握っては開いてを繰り返して確かめる。


「そんなに痛くなかったでしょ」


「あ、ああ。 でもめちゃくちゃ痒かったぞ……」


「そればっかりはしょうがない。

 で、俺が人をグロいやり方で痛め付けるだけ存在だと思ってた?」


「うっ……」


 どう答えたものかと視線を逸らす男を楽しんで見ていると、セプシオが割って入ってきた。


「こら、あまり虐めるな」


「すまんすまん。 で、この対応だと彼らの処罰が軽く済むかと思ったんだけど、どう?」


 彼らに依頼放棄をさせず、雇い主を助けようとして無力化された。


 冒険者として仕事への意思は表せた訳だし、十分な落ちどころに思えるが。


 しかしセプシオの眉間のシワは深くなる一方だ。


「1番は問題を起こさない事だ」


「あっちから来たらどうしようも無いでしょ」


「嬉々として出ていったように見えたけどな」


 それを言われてしまうとどうしようも無いが。


「ちょっといいか」


 冒険者の1人が挙手する。


「どうぞ」


「今回の件、依頼主が不当な理由で一方的に彼に暴力を振るい今回の結果になった。

 そもそも依頼主の契約違反だ」


 護衛として雇われた彼らの仕事は、あくまで理不尽な暴力から成金野郎を守るところまで。


 成金野郎から問題を起こしてその後始末までするのは、そもそも契約に無いらしいのだ。


「まじ? ラッキー」


「アギト」


「はい」


 喜んだのも束の間、セプシオに諌められてしゅんとなる。


「そう言えばその雇い主はどうしたんだ」


「ん? あいつなら南門からぶん投げたよ。

 大丈夫、通行料はちゃんと門番に渡したから」


「……」


 セプシオは頭を抱えると、カウンターに向き直って書類を作り始める。


 お前ら余計な事するなよオーラに、俺と冒険者らは直立不動で待つことしか出来ない。


 気まずい空気が流れる中で、セプシオは冒険者らに書類を手渡した。


「『依頼主の違反による放棄』。 それがお前らの控えだ。 今回はこれで済ませてやるが、依頼主を止めるのも仕事の内と心得ておけよ」


 あ、そんな感じで終わるんだ。


 ほーん、と見ていたらセプシオにジロっと睨まれる。


「お前もだ。 お前は絡まれてばかりだが、その都度問題を起こしてたら面倒見きれん。

 もしやるってんなら兵士の目の届かない所でやれ」


「は、はい」


 つーことはギニンの外に連れ出してしまえば何も言わんよと。


 話は終わりだと言わんばかりに手をヒラヒラ振るセプシオに、礼を言って離れる。


「わっ」


「うおっ」


 驚いて振り返れば、ニヤーと笑うリーチェがいた。


「怒られてやんの」


「これは致し方なし」


「赤脈旅団に入れば絡まれなくて済むのに」


「名乗らなきゃ意味無いでしょ。 それに虎の威を借るのはしょうに合わんよ」


「あそ」


 自分から話を振ったくせに興味が失せたのか、リーチェはカウンターへ向かう。


「そういやカイルは?」


「ムアちゃんが見てくれてるよ」


 流石ムアである。


 カウンターの前に立つと、セプシオがまだ何か用かと気だるい視線を隠しもせずに向けてきた。


「何かオススメの依頼は無いかなって」


 リーチェがギルドに着いてきたのはそれが理由だったのだろう。


「今あるのは殆どが荷運びばかりだぞ」


「モンスター討伐系の依頼は?」


「無い。 ゴブリンもこの時期になるとどっか行っちまってるし……」


 リーチェも書類の束を受け取って目を通すが、めぼしい物は無かったらしい。


 俺?


 俺はそもそも銅級の依頼はソロで受けられないので口は挟みません。


「出直そ。 朝にでも来ればいいのあるかもだから」


「はーい。 んじゃまたねい」


 セプシオに手を振り、俺達はギルドを後にするのだった。











 帰ってゆく嵐の元凶に、セプシオはため息をついた。


「まったく。 厄介な揉め事ばっかり起こしやがって」


 しかし、アギトと話していると何故か毒毛が抜かれ、まぁ許してやるかと言う気持ちになってしまうのだ。


「冬くらいゆっくりさせてくれ……」


 セプシオは呟くと、天井を仰ぐのであった。

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