表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/115

帰路

「さて、こうなったらさっさとゲルを離れた方が良さそうだね」


 カイルが仲間に加わった今、一緒にいれば兵士が殺しに来るかもしれない。


「ディカ、俺とムアは今日中にゲルを出てギニンに帰るつもりだけど、リザードマンの受け渡しとかはギニンで合流してからでいい?」


「いや、赤脈旅団も一緒に行こう。 今日中には荷物を纏めさせるから、少し待っててくれないか?」


「いいけど……。 それだと赤脈旅団に迷惑がかからない?

 俺とムア、今国軍と揉めたら殴り合う気満々だよ?」


 しかし俺の心配を他所に、ディカはニカッと笑った。


「だからこそ、後ろ盾が居た方が心強いだろ?」


 頼もしいが人様に迷惑をかけ慣れて無い俺としては心苦しいなぁ。


「もし相手が大所帯率いて来たら、適当に暴れて逃げるからその時は知らぬ存ぜぬ通してよ? そっちの方が動きやすいから」


「そうならねぇように睨みつけるって言ってんだよ。 要らん気なんて使うんじゃねぇぞ小童が」


 でっかい手で頭をポンと撫でられる。


 そんなに小童じゃねぇし……とか思ってる内は小童なんだろうなぁ。



●●●●



 心配に反し問題無く荷造りを終わらせた赤脈旅団と俺達は、ゲルを後にして最初の夜に差し掛かっていた。


 俺の用意した風呂の話はすっかり広まっていたようで、晩メシを一緒に食べさせてもらう礼にと大風呂敷を2つ用意する。


 言わずもがな、男湯と女湯だ。


 慣れたやり取りで見張り番を決めて交代で風呂に入る様子から、当然ながら彼らがこの生活に慣れているのが伺える。


 俺と風呂に入るタイミングが重なったとのは、スターニーと赤脈旅団の夫婦の片割れであった。


 熱気が逃げないように風を留める魔法を使っているからか、風呂場からは湯気がスモークのように溢れている。


 ムワッとした熱気の中にカイルとムアを連れて入ると、中ではスターニーと夫婦の片割れが1杯やっている所だった。


「アギト、君も呑むかい?」


「飲まんよ、まだ美味しいと感じられん。

 それより悪酔いしないようにね。

 風呂は酒が回りやすいらしいから」


「大丈夫さ、スターニーは帝国から来たんだ。 もっとキツイ酒を飲んでもケロッとしてるんだぜ」


 答えたのはスターニーと一緒に酒を飲んでいた、髪を短く刈り上げた男だ。


 彼は確か夫婦で赤脈旅団にいるんだったか。


「カイル、風呂入る前に体流すよ。 今のお前はお世辞にも綺麗とは言えないからね」


「はい」


 返事と同時にカイルのお腹が鳴った。


 ゲルを出る直前におやつ程度に芋を食べたが、育ち盛りの体にはまだまだ足りないらしい。


「風呂から出ればきっと晩御飯の時間だろう。体を綺麗にすれば憂い無く食べられる。

 カイル、少しだけ我慢しなさい」


「はい」


 まるで借りて来た猫のようだ。


 風呂は風呂桶と上皿で分けており、そこから湯をすくって浴びるのだ。


「カイル、目ぇ瞑ってな」


 バシャと湯を掛け、また湯をかけたが中々綺麗にならない。


「ワウッ」


 ムアに呼ばれて見てみれば、何時ぞやライデンと一緒に作った石鹸が浮いていた。


 灰と油とで作る昔ながらのやつである。


「ありがと」


 少し削ってカイルの頭で泡立てると、ふんわりした甘い香りが漂い始めた。


 ライデンが好みで入れた、金木犀を思い出す香りだ。


「おっ、いいもん使ってるな」


「手作りの石鹸だよ」


「器用だな」


 話しながらカイルを泡まみれにして流し、これまたお手製の液体リンスを髪に付けて流してやる。


「ほれ、スッキリしたでしょ」


「ありがとうございます」


 カイルの髪をオールバックにしてやると、痩せてはいるが整った顔が顕になる。


 うーん、王子様だなぁ。


 金色の髪の毛もフワフワしてるし、人目に触れるだけでも有名になってしまいそうだ。


「……?」


 不安そうに見上げる深い青色の瞳と目が合う。


 まじまじと見すぎたか。


「お前綺麗な髪の毛してんな。 男の子の天パは有利だぞ。

 もうちょっと大きくなったらセットの仕方を教えてあげよう」


「……?」


 あら、髪の毛をセットするって概念がまだ無いのかな?


「ま、そのうちでいいさ。 ほら、体冷やす前に湯に浸かりな」


 そう言って小さな背中を押しつつ、俺も一緒に入る。


「アギト、お前いっつもこんな良い暮らししてるのか?

 昨日あの草の布団で寝たけど、実家より寝心地良かったぞ」


 赤脈旅団の夫婦の片割れで、名前は確かフェルタンと言っていたか。


「固有能力頼りだけどね。 旅が快適になるなら努力は惜しまないよ」


 日本暮しの俺からしてみれば、魔法で生活を豊かに出来るのであれば何処までも快適にしたい。


 何時でも自分の周りには温度調節用の簡易結界を張っているし、ウォッシュレットが無いからと魔法で代用するくらいだ。


「アギトは魔力が多いみたいだね。 この水は全て実物の水だろう?」


 スターニーが湯をすくって確かめる。


 この世界の水の魔法は、大きく分けて2種類ある。


 一つは空気中の水分を掻き集めて実体化させた水で、もう1つは魔力を水に変化させた水だ。


 魔力で変化させた水は時間の経過で魔力に変わってしまうので、飲めば体内で消えてゆき脱水症状を起こす可能性もある。


 同じように皮膚から水分が失われれば当然肌が荒れてしまうので、この湯船の水は全て空気中の水をかき集めて使ったのだ。


 しかし魔力量か。


 言われてみれば自分がどれくらいあるのかって、深く調べた事は無かったな。


 平均を知ろうにも人と比べて回ればやらしいと思われそうだし、そもそも聞けるほど親しくなった人がメチャ強ライデンしかいなかったからなぁ。


「ごぽぽぽ……」


「ん?」


 聞こえた音に隣を見れば、カイルがウトウトしながら湯船に沈みかけているでは無いか。


「おいおい、死ぬには早いぞ」


 フェルタンがカイルをヒョイと引き上げてくれたので助かった。


「うちの息子も急に電池が切れたみたいに寝始めるんだよ。 この子の場合は精神的な疲労もあるだろうけどな」


 なおもウトウトするカイルを、フェルタンは抱き直して顔を拭ってやっている。


「だろうねぇ。

 寝るにしても飯食ってからじゃないと元気は出ないだろうし、もうちょい頑張んな」


 湯船で船を漕ぐカイルを3人と1匹で見守りながら、俺達は心と体を休めるのであった。



●●●●



 ゲルから王都への帰路の途中、立ち寄った宿にて、羽鳥は金城先生から詰め寄られていた。


「何で急にどこかへ行ったんだ? 国軍を警戒させないようにと話していたじゃないか」


「すみません。 死んだと思っていた友人が生きていたので、つい飛び出してしまいました」


 羽鳥の言葉に、金城はすぐに生徒の事だと思い当たる。


「……まさか」


「そのまさかです。 最初は俺も見間違いかと思いましたよ」


「もしかして、子供を庇ったあのキテレツな格好をした男が?」


 面識が殆ど無いとは言え、担任からのあまりの評価に羽鳥は吹き出す。


「おかしな格好はしてましたけど、同じ地球出身ですよ」


「そうか。 でも子供を庇っていた辺り、悪い子では無いんだろう?

 どんな子だったんだ?」


「……どうでしょう。 あいつは……」


 羽鳥は少し言い淀んだが、まぁいいかと話し始めた。





 それは中学2年生の事。


 多岐希と羽鳥春馬は、クラスこそ同じであったものの、接点は殆ど無かった。


 教室の真ん中で大勢と話す羽鳥と、教室の隅で本を読む多岐は面識こそあったものの、関わることはまず無く、存在も互いに意識の外にあったのだ。


 しかしそんな時ある事件が起きる。


 クラスで少し浮いていたいじめっ子3人組が、多岐に目を付け始めたのだ。


 始めは悪口でからかう程度のものだったのだが、多岐が無視し続けた結果いじめはエスカレートし始める。


 落書きや筆箱の破壊などを初めとした、陰湿なものに変わっていった。


 誰もが見て見ぬふりをする中で、授業参観の日に状況は一変する。


 保護者達が見守る授業の最中、突然教室に警察が入って来たのだ。


「君が多岐希君だね?」


「はい。 それと電話でお伝えしたいじめてきた奴が、彼と彼と彼です」


 多岐は保護者らの前で何の躊躇いも無く、いじめっ子3人を指さした。


 青ざめる主婦3人はいじめっ子らの親なのだろう。


 それから授業は自習となり、いじめっ子3人は立場を無くして引越し。


 担任も相談を受けていたにも関わらず問題を解決しなかったとして、年の暮れに転勤となった。


 羽鳥が後から聞いた話では、多岐は警察が来るタイミングを強引に合わせる為に110番通報で呼んだらしい。





「……やばい奴じゃないか」


 話を聞き終えた金城は思わず呟いてしまう。


 中学と高校で立場は違えど、教師として身震いするような話に、当時の担任を哀れにすら思ってしまう。


「やばい奴ですよ。 その時の学年主任に多岐の事を見ていてくれって言われて、それがアイツと話すようになったきっかけです」


「彼の両親は……なんと?」


「下の子の習い事の大会で県外にいたそうです」


「……」


 家庭環境に問題があったのかと金城は考えたが、羽鳥は無情にもそれを否定する。


「後から多岐に聞いたんです。 なんであんなやり方したんだって」


「……なんて言ってたんだ?」


「『担任もいじめっ子も、大事になるのは頑なに避け続けたから、出来るだけ大事になるようにした。 相手が傷付いてこその復讐だ。

 泣き寝入りするくらいなら道連れにしてやる』って」


 事実、多岐はその一件からしばらくはいじめっ子や担任と同じようにクラスでの立場を失った。


 それだけ見ればトントンかもしれないが、人数も規模も違うのだから、とんでもない道連れである。


「……やばい奴じゃないか」


 これはどうやら本人の性格や考え方に問題がありそうである。


「普通に話せば面白い奴なんで、俺は仲良くしてましたけどね。 それに…」


「羽鳥くん、先生も。 そろそろ晩御飯だよ」


 いつまでも外で話し込んでいた2人を呼びに来たのは、同じく地球人の女子高生だ。


「あ、浜崎さんいい所に来たね。

 浜崎さんが言ってた多岐生存説、あれ合ってたよ」


「え!?」


 彼女は浜崎渚。


 多岐希へ想いを寄せる、物好きな乙女である。



●●●●



「バクシッ」


「うるさ」


 盛大にクシャミをした俺にリーチェが文句を言う。


 懐かしいなぁ、小さい頃おっさんのクシャミをうるさいと思ってたっけ。


 俺も大人近づいてきたのだろうか。


「あらあら。 急に冷えてきたから風邪引かないようになさい」


「はーい」


 ルマネアの言う通り、ゲルからギニンへの3日の間に急激に冷え始めた。


 遂に冬将軍の到来である。


「カイルもしっかり着込んでおきなさい」


「そうだぞ。 おめぇはまだ酒飲めねぇんだからあったかくしてろ」


 スター二ーとラートにサイズの合っていない服を着せられてモソモソ歩くカイルは、歩く雪だるまのようだ。


「酒でトラモントの冬を乗り切るのは限界があるだろ」


 呆れた顔をしているのはディカだ。


「なーに言ってんだ! 暑くても寒くても風邪でも酒が全ての薬に勝るんだぜ!

 ルマネアの薬学なんか目じゃねぇや」


「あら、ならラートのお酒に混ぜ物でもすれば認めてもらえるかしら」


「い、いやぁ、遠慮するぜ。 酒にも限界はあるってもんだ」


 手の平くるっくるじゃないか。


 冷たい風を受けながらも、寒さを吹き飛ばすようなやり取りをしながらギニンへの道を進んでゆく。


「ガウッ」


 顔を覗き込んできたムアはご機嫌らしい。


「うん、楽しいな」


 団体行動は苦手意識があったのだが、赤脈旅団との時間は苦になる事は無かった。


「ガウ、グルゥ?」


 赤脈旅団に居る?と聞いて来るムアの横顔を撫でる。


「しばらく一緒に行動するのはありかも。 でも所属はしないかな」


 そう返すとムアは、少し落ち込んだような顔をした。


 ムアはここ数日ずっと気にしている事があった。


 それはカイルの件だ。


 カイルが国軍に斬り殺されそうになったあの時、危険を犯してまで助けようとしたのはムアだった。


 そのせいで俺の選択の範囲を減らしてしまっているのでは無いかと気に病んでいるようなのだ。


 だが俺からすればあれくらい大したことでは無い。


「そんな気にする事じゃ無いよ。 

 ムアだって顔も知らない俺の知り合いを助けるのに着いてきてくれたじゃん。

 ムアが着いて来てくれたのと同じように、ムアがそうしたいと思ったなら俺もそうするよ。

 最初に言ったでしょ? 離れないように居ようって」


「……ガゥ」


 ムアは控えめに返事をすると、グリグリ頭を押し付けてきた。


 3mを超える巨体の体重を、気と身体強化を使って受け止める。


 目を合わせずに頭を擦り付けてくる辺り、照れ隠しなのかもしれないな。


 マジでウチの子可愛い。


「あーいちゃいちゃしてるー!」


 前の方で騒いでいたリーチェが目ざとく見つけて下がってくる。


「残念〜、ムアは俺の相棒です〜」


「んぎぎぎぃ………あっ!」


 リーチェは何かを思い出したのか、カバンの中をゴソゴソ漁ると干し肉を一切れ取り出した。


「お、くれるの? ありがとう」


「違う! ムアちゃんにあげるの!

 果汁に漬けた高級品なんだから!」


 ペシと俺の手を叩いて、リーチェはムアに干し肉を食べさせる。


「どう、美味しい?」


「ガウッ!」


 楽しそうな1人と一匹を横目に見ていると、頬に冷たい物が当たり顔を上げる。


「お、雪だ」


 灰色の空に今か今かと待ち構えてはいたが、遂に降り始めたか。


 しかもサラサラした粉のような雪だ。


「うひゃーこりゃ積もりそー。

 雪が積もったらムアちゃん見えなくなっちゃいそうだね」


 そんな訳……と言いかけて思いとどまる。


 確かにやばいかもしれん。


「ギリギリだったが、何とか間に合ったぞ!」


 旅団の先頭を歩いていたディカが声を張り上げる。


 降り始めた雪に霞む景色の中、ギニンの城壁が見えたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ