表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/115

臭いものには蓋を

 国軍と異界の民による調査は、当初の予想以上の成果を上げていた。


 羽鳥春馬の『場所や物に染み付いた記憶を見る』能力によって、踏み荒らされたはずの遺跡から数々の新発見が掘り出されたのだ。


 中にはロストテクノロジーとなった魔法さえ発見され、羽鳥以外の生徒や担任は、国軍と一緒になって採掘に勤しんでいた。


 しかし調査もこれからという時、兵士の一人が厳重に封のされた扉を発見してしまう。


 羽鳥の確認無しに、欲に駆られて封印を解いたが最後。


 封印された扉の向こうには底無しの暗闇が広がっており、その向こうからベテラン兵士でさえ見たことの無いリザードマンが出てきたのだ。


 その尋常ならざる気配に急いで撤退しようとしたが、そんな国軍の退路を塞いだのは下層から今しがた這い出してきた巨大なリザードマンであった。


 兵士の一部が巨体を掻い潜って逃げようとしたがパックリ食われ、やむおえず宮殿の大広間に閉じこもったのが事の経緯である。


「ええい何とかせい! 食料も残り2日分しか無いと言うのに……。

 救援はまだ来んのか!?」


 ストレスで叫び散らかす、ハゲ頭ちょび髭デブに向けられる視線は冷たい。


 そもそも封印を解くよう命じたのが彼なのだ。


 貴族のボンボンらしいが、それを差し引いても異界の民だけでなく国軍の兵士の態度も冷たいのは日頃の行いのせいである。


 剣も魔法も使えず、兵とは何たるかも知らない権力だけ持った馬鹿が危機的状況に居合わせても、二次災害の火種にしかならないのは火を見るより明らかだ。


「……あいつを生贄にすれば、この状況も何とかならないかな」


 羽鳥の呟きに、隣に腰掛けていた中年の騎士がふふっと笑う。


「それが上手くいくなら、この文明も滅亡していなかっただろう?」


「確かにそうですね」


 羽鳥と中年騎士は、顔を見合わせて力無く笑った。


 密室に日頃よそよそしい国軍と異界の民が閉じ込められた状況で、争いにならなかったのは幸いだった。


 あの喚き散らす馬鹿貴族にヘイトが集中したからこそ、国軍の騎士と異界の民の距離が縮まったのだ。


 幸運の馬鹿から視線を逸らすと、扉にもたれかかって座っている兵士と目が合う。


 彼は見張りをしていたはずだが、何時までも居なくならないリザードマンに諦めてしまったらしい。


 封印されていた扉の中から溢れ出てきたリザードマンは、国軍らが閉じこもっている大広間を囲むように彷徨いているのだ。


 そのせいで救助が来る以外、脱出の目処が到底立たかった。


「……まいったな」


 羽鳥は口ではこう言ったが、不思議とこの状況を楽観視していた。


 それは自分の平和ボケした日本人としての感覚なのか、それとも……何か予感があったのか。


 ガコッ


「っ!?」


 右手を置いていた床板が動いた。


 自分の体重で動いたのかと思ったが、大人2人が寝転んでもはみ出なさそうな大きさの岩のプレートだ。


 それは無いと頭を振る目の前でプレートはズズズズと沈み、中にポッカリ穴が空いた。


 目を凝らせば暗闇の中に薄ら床が見えるから、それ程深くは無さそうだ。


「ハルマ、何か仕掛けでもあったのか?」


「いや、俺にもさっぱりだ」


 兵士が聞いてくるが、羽鳥自身全く状況が掴めない。


「様子を見てくる」


 そう言って穴の中に飛び込んだ兵士が戻ってくるまでに、それ程時間はかからなかった。


「外に繋がってるぞ。 隠し通路みたいだ」



●●●●



 宮殿に近付くにつれ、これまで全く見てこなったリザードマンが突然徘徊するようになった。


 それも、群れで行動しているのだ。


 昨日まで1階層に全くいなかったのは、ここに集中していたのが原因なのかもしれない。


 もはやこの程度は相手にならないので、俺とディカで蹴り飛ばしながら進んでゆく。


 ムアが腕の中で戦いたそうにウズウズしているが我慢してもらおう。


 宮殿の入口まで来た時、中を徘徊するリザードマンがちらりと見え、ディカと顔を見合わせる。


「今中に居たやつ、杖持って無かった?」


「あたしも見た」


「一昨日いたやつと同個体かな? 上位種って珍しいんでしょ?」


 ディカは直ぐには返事をせず、宮殿を睨むように見ると、


「嫌な予感がする」


 と呟いた。


 ディカの案で宮殿の屋上から忍び込み、天井の亀裂から通路を覗き込む。


 するとそこには、槍や剣、メイスなどで武装したリザードマンが跋扈しているでは無いか。


 先程見た杖持ちのリザードマンも何体もいる。


「こっちに出てくるモンスターって、これが通常…」


「なわけ無いだろ」


「ですよねー」


「どうなってんだこいつは……」


  しかもどうやら組織的に動いているらしく、ある一室を頻繁に出入りしているようだ。


 部屋の中は上からは見えないが、かなり生臭い匂いが溢れてきている。


「ディカ、ちょっと俺の体落ちないように抑えてて」


「いいけど何するつもりだ?」


「まぁ見てなって」


 今の角度から見えなければ、見える角度に目を置けば良いだけである。


 肩から腕をもう一本生やし、それに関節や筋肉をいくつも付けてぶら下げ、その先に目玉を1つ付ける。


 それをウネウネ伸ばしながら天井を這わせてゆくのだ。


「うわ、うわぁ……」


 俺の腰を支えていたディカが、あまりのおぞましさに手を離そうか迷い始めた。


「落とさないでよ」


「わ、分かってる」


 俺の肩から離れようとしてか、ディカは手を腰から足の付け根へずらす。


「ちょ、変なとこ触るな」


「は、はぁ!? 馬鹿かお前!」


 一体ナニを想像したのか、素っ頓狂な声を上げながら、ディカはぺチーンと俺のケツを叩きやがった。


「おい馬鹿、リザードマンが警戒し始めただろうがっ」


「アギトが変な事言ったからだろっ」


 そりゃあ誰だって指がアナルに近付いてきたらビビるだろうが。


 ヒソヒソ文句を言い合いながらも、眼球のついた腕は遂に目的の部屋に到達する。


「おいディカ」


「……今度は何だよ」


 不貞腐れたように答えるディカだが、それどころでは無い。


「部屋の床に穴が空いてる。 それも多分……下層に繋がってるやつ」


「なに?」


 中へスルスルと目を下ろしていくと、穴の壁面は剥き出しの岩になっており、洞窟の壁と同じようにうっすら発光している。


 この穴は宮殿とは別に繋げられたものなのだろうか。


 リザードマンの掘ってきた穴が宮殿の一室にぶち当たった、みたいな。


「あ」


「どうした、何か見つけたのか?」


「いや、お目目が食われたわ」


 視界が消える寸前、大きな口が迫ってくるのが一瞬見えたので間違いないだろう。


 残りの腕を辿って来ないように、肉やら骨やらの養分を空っぽになるまで吸い取って風化させる。


「バレたか?」


「確認する」


 天井の亀裂から部屋の入口を覗くと、俺の目を食べたであろうリザードマンは平然として出てきた。


「バレてないみたい。 でかい虫でも食べたつもりなんじゃない? ……ディカ?」


 返事が無いので振り返ると、ディカは少し離れた所で床に耳を貼り付けていた。


「話し声が聞こえる。 多分、この下だ」


 こんな場所で話し声が聞こえるとしたら、国軍で間違いないだろう。


 俺も真似して耳を当てるが、ヒソヒソした声しか聞こえない。


 耳だけを通そうにも、覗き見れるような穴すら無いのだから、ディカはいったいどれだけ耳がいいのだろうか。


「降りるしか無いな」


「だね。 ムア、霧で通路塞げる?」


「ワウッ」


 ムアの霧が通路を埋め尽くすと、俺とディカは1寸先も見えない霧の中に飛び降りる。


「足元だけ霧薄くして」


 指示を出しながら、俺とディカも姿勢を低くする。


 これで俺達はリザードマンの足から位置を知りつつ、リザードマンは霧に視界を覆われて見えないのだ。


 我ながら天才だと思う。


 でも第二次世界大戦までやってた地球では、当たり前に使われてそうな戦法だし大したことないか。


 ドサッ


「あ」


「アギト、声出すなっ」


「……いんや、声出して大丈夫だわ」


 今しがた音を立てて立てて倒れた物を、蹴って確認する。


 それは既に事切れたリザードマンであった。


「ムアが霧を吸い込ませて殺したんだよ。 そういえばすっかり忘れてたわ」


「ワンッ」


 思い出せと言わんばかりに飛びかかってくるムアを抱きしめて撫で回す。


 霧が晴れると、通路の至る所にリザードマンが転がっている。


 言わずもがな、ムアがやったのだ。


「……恐ろしい能力だな」


 ディカが戦慄するのも無理は無い。


 ただの霧だと思って吸い込んだら呼吸困難になるのだから。


「ディカ。 さっき声が聞こえたのって、こっちの壁だよね?」


「ああ」


 閉じられた岩の扉の隙間から覗き込むと、座り込んでいる兵士や生徒らしき若い顔が見える。


「……先生、もう3日もこのままですよ。 兵士でも太刀打ち出来ないのに、誰が助けに来るんですか」


「落ち着くんだ。 きっと直ぐに軍の増援が来てくれる。

 それにたまたま居合わせた有力な冒険者が助けてくれるかもしないだろう?」


 おぉ、先生まで来てたのか。


 確かウトウトしてた時に声だけ聞いたから、まだ顔見てないんだよなぁ。


 ……あ。


「いた。 まだ生きてる」


 壁際に見知った顔を見つけた。


 ぼっちの俺に話しかけてくれてた貴重な陽キャの『級長』くんである。


「そいつは良かったな。 で、どう助けるんだ?」


 そこが問題なんだよなぁ。


 宮殿内のリザードマン皆殺しにしたところで、あの巨大リザードマンに彼らが勝てるようには思えないし……。


「ワウ」


「ん? どうしたの」


 控えめに呼ぶムアの視線の先を見れば、通路の先から新たなリザードマンがノソノソやって来ていた。


「助ける前に下層に繋がってる部屋だけどうにかしちゃおうぜい」


「そうした方がいいだろうな」


 新手のリザードマンはムアが音もなく始末しつつ、目的の部屋にたどり着く。


 部屋に入った途端、ムワッとした湿気にむせ返るような生臭さが濃く乗って口に入ってくる。


 ディカが口をあまり開かないのは、この気持ち悪い空気をあまり吸い込みたくないからなのだろう。 俺もだ。


 味まで錯覚する濃さに吐き気を催しつつ、再び眼球腕を生やして垂らしてゆく。


 すぐに塞いでしまっても構わないが、念の為中に何があるのかは確かめておきたい。


「そういや、さっき聞こえたのが異界の民の言葉なのか? ふにゃふにゃした喋り方だな」


 それを聞いて、何を言われているのか一瞬分からず眼球腕を降ろす手が止まる。


 ふにゃふにゃした言葉?


 この世界に落ちてきてから、俺には全ての言葉が日本語に聞こえていたし、書いてある文字も日本語として読めていた。


 ひょっとして、これは俺だけではなかろうか。


「ディカってさ、色んな国を渡り歩いてるんでしょ? 試しに他の国の言葉も聞かせてよ」


「急にどうした?」


「いいからいいから」


 ディカはいかぶしむような顔をしたが、直ぐに口を開く。


「アギトのマスク、歯を剥き出しにして笑ってるみたいでムカつく」


「何でさ。 かっこいいでしょうが」


 日本語で聞こえたマスクへの酷評に文句を言うと、ディカは驚愕する。


「どうしてオーガの言葉が使える!?」


 どうやら今ディカが話したのは、オーガの言葉だったらしい。


 そして俺の言葉もオーガのものになった、と。


 これで俺の予測はかなり絞られた。


 ならば……


「口の動きを見て」


「口の動きだと?」


 まじまじと見つめてくるディカの前で、ゆっくりと口を動かす。


「お は よ う」


「……もう1回」


「お は よ う」


 ディカは目を見開いた。


 その反応で確信する。


 俺の固有能力の1つが分かった。


 『言語を翻訳する力』だ。


 これで俺自身が持つ固有能力の3つがはっきりした。


 1つ目は『再生能力』。


 2つ目は『翻訳能力』。


 そして3つ目だが、これはダンジョンに潜るにつれて確信になった。


 『瘴気、もしくは穢れ等を吸収する能力』だ。


 この暗いダンジョンに潜ってからと言うもの、すこぶる体調が良いのだ。


 呪いの装備を身に付けて体に不調が無かったのも、恐らくこの固有能力によるものなのだろう。


 人の悪意や負の感情を吸収して力に変える能力。


 言い方を変えればこうなるこの能力、かなり危険かもしれない。


 悪意や恐怖、恨み悲しみなどを吸って力に変えてしまえるのであれば、とことん強くなろうとすれば魔王のように振る舞うのが最も効率が良さそうだからだ。


 この能力はまだ分かってない事が多いし、ディカには言わない方がいいだろう。


 固有能力が翻訳機能かもしれないと話すと、ディカはそんな能力は聞いた事が無いと言っていた。


 眼球腕を降ろしてしばらく、幸運にもリザードマンとすれ違うことは無かったが、なかなか地面につかない。


「かなり深そうだな。 どれくらいだ?」


「うーん……ディカ10人分くらい?」


 鋭い回し蹴りが俺のケツに刺さる。


「今精密作業中なんですが」


「だから手加減したんだ。 後で本気のをも食らわせるから覚悟しとけよ」


「俺のケツ爆散しそうなんだが」


 いくら再生能力があるとは言え、勘弁していただきたい。


 ……あ。


「見えたよ。 そんでおめめ切り落とされた」


「何が見えたんだ?」


「一瞬だけだったけど、大量のリザードマンが見えた。 しかも街がまだあって、めっちゃ広かったわ」


 地下奥底には大量のリザードマンが蔓延っており、その空間はチラッと見ただけだがこの1階層くらいはあったように思う。


「これってもしかしたら前人未踏の3階層への近道なのでは?」


「帰路の保証は無いぞ。

 それにあたしが聞いた話だと、3階層は城の内装みたいに狭い通路になってたらしいから、少なくとも3階層では無いな」


 ならもっと深い4階層以降の可能性もある訳で……


「塞いどこうか」


「そうするべきだろうな」


 開けっ放しにするのも面白そうだが、もし道具を持つような上位個体のリザードマンが溢れれば、初心者どころか中級者までも寄りつけない危険なダンジョンになってしまうだろう。


 この近隣の住民はリザードマンの肉などのダンジョン資源で生活を営んでいる。


 そんな彼らの恨みをわざわざ買う必要もあるまい。


 穴の中にギチギチに根を張り、それを1度土のようにボロボロにしてから押し固めるように次の根で埋める。


 これで恐らく大丈夫だろう。


 もしそれすら堀り抜いてきたら、そのガッツを評価して穴はそのままにしてやろう。


 さて、こうなれば残りはあの巨大なリザードマンである。


「あのでかいリザードマン、俺とムアで殺っていい?」


「あたしは何もしなくていいのかよ」


 膨れっ面になるディカをまぁまぁと宥める。


 会ってすぐの姉御肌から一転、かなり感情を出してくるようになったな。


 俺のコミュ力も少しは上がったのだろうか。


「俺とムアでどこまでやれるか試してみたいんだよ。

 もし勝てなさそうだったら、ディカに助けてもらおうかなー……なんて」


「都合のいいやつめ。 ま、あたしが居ない時に無茶されるよりはマシか。

 好きなように当たって砕けてこい」


「砕けないように頑張りますよ」


「ワウッ!」


 こうして俺とムアの、巨大リザードマンへの挑戦が決まったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ