表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/115

勧誘

「嫌われちまったかなぁ……」


 先に見張りを買って出たディカは、ツタの隙間から市街地を伺いながらぼやいた。


 年頃の男の子だし、ある程度実力があるのには気付いていたから言い方を変えれば良かったか。


 見張りを伝えると、通路の奥で何やらツタの目張りを作ってしまったのを見ると、失敗したと思わざるを得ない。


 すると、その目張りの奥からムアを抱えたアギトが顔を出した。


「寝てなくていいのか?」


「俺の固有能力は睡眠や休息を殆ど必要としないからね。

 それより、さっきは突っ張って悪かった。 イケると思ったのは事実だけど、冷静になって見ればよく知らないモンスターに対して慢心してたように思う」


「お、おう」


 突然スラスラと非を認められて、ディカは言葉が詰まってしまう。


「こっち来て」


 アギトに促されてツタの目張りの奥を見ると、そこには1面花が浮かぶ池があった。


 いや、これは……


「湯、か?」


「そ。 詫びって訳じゃ無いけど、休息の足しにしてよ。 俺は見張りしてるからさ」


 あっという間に離れてゆくアギトを、ディカは唖然と眺めるしか出来なかった。



●●●●



 失敗したなーと、しみじみと思う。


 我ながらアホである。


 ベッドでも作って休みやすいようにするかと考えていたら、先程の自分の発言を恥じて後悔し始め、失態を何とか取り返そうと迷走した結果、蓮のような花を浮かせたお風呂が完成していた。


 周囲の殺菌消毒や目隠しをした上で、冷たい石畳の床に触れないように木の土台と湯船まで作ってしまったのだから、我ながら天晴れである。


 ……うん、現実的に考えたら非常識だよなぁ。


 しかし完成したものを撤去するのも勿体ないので、とりあえず見せてみれば否定はされず。


 ならば後は好きにせいと俺は見張りに徹し、ディカにはゆっくり湯に浸かってもらう事になったのだった。


「ふぅ……」


 ディカの吐息と水の音が、静かな地下通路に響く。


 一応換気の魔法と同じ要領で湯気を散らす魔法もかけてあるのだが、これは音を遮断する魔法も使った方が良かったか。


 流石に武器こそ手元に置いてあるだろうが、まさか男のいる場所で服を脱ぐとは。


 いかんいかん


 余計な事を考えないように、ムアをハスハスする。


「ガゥッ」


 前足で顔を抑えられて拒否されながらも、肉球の匂いを嗅いでやったら、ぐったりとしていた。


 ……勝ったな。


「楽しそうじゃねぇか。 見張りは順調か?」


「ああああたぼうよ!」


 カッカッカと笑い声がこだまする。


 びっくりしたぁ。


 真夜中布団の中でゲームやってる時の物音くらいびっくりしたわ。


「湯加減はどうよ」


 もはや意味などない平静を装って問う。


 ディカはもう一度笑ってから、「最高だ」と返した。


「なぁ、お前いっつもこんないい暮らししてんのか?」


「普段は湯を浮かせて体を洗うくらいしかしないよ」


「へぇ。 こんなに魔法が使えるんなら、リザードマンの群れくらい余裕だよな」


 うっ、人が反省している時に痛いところを突いてきやがる……


「あんまりいじめてくれるなよ、悪かったって。 

 でも戦闘では魔法じゃなくて固有能力メインで戦うんだ。

 言い訳がましく聞こえるだろうけど、実際リザードマンの群れには勝てると思ってるんだぜ」


「へぇ」


 そうかそうかとあやすように返してくるディカから見て、俺はさぞ未熟なガキンチョに見えているのだろう。


 事実であるから何も言い返せない。


 いたたまれなくなって静かにしていると、ディカがポツリと呟いた。


「アギト、あたしらと一緒に来ないか?」


「……それは『赤脈旅団』への勧誘ってこと?」


「ああ。 お前さえ良ければ、の話だがな」


 昨日話した時に分かったが、『赤脈旅団』は傭兵と行商を兼業している旅団らしい。


 しかもメンバーの殆どが銀級以上の実力派集団なのだとか。


「俺はまだ木級のヒヨっ子なんだけど」


「少なくとも銅級以上の実力はあるはずだ。 それにムアもいるだろう?」


 確かにムアとセットなら、ライデンみたいな桁外れに強いのが来ない限り、いい勝負が出来るだろう。


「ムアだけじゃ無く、アギト。 お前自身もかなり珍しい固有能力を持ってる。

 変なのに目を付けられた時、あたし達がいれば心強いぞ」


 この世界は、権力や暴力が力の全てと言っても過言では無い。


 しかもルールが力によって簡単に捻じ曲げられるなど当たり前の世界で、日本で生まれ育った俺に後ろ盾が着くのであれば、これ以上心強い事は無いだろう。


 だが……


「ありがたい話だけど、やめとくよ」


「……理由を聞いてもいいか?」


「別にそんな大層な理由じゃ無いよ。 俺がどこかに属するのが苦手なのと、何かあって逃げる時に身軽な方がいいんだ」


「そうか。 ……残念だ」


 パシャと水の跳ねる音が響いて、またしばらく静かになる。


「アギトはゲルの後はどこに行くんだ?」


「俺? 俺はギニンに戻って冬を越すよ。 その後はノープラン」


 山脈がすぐ近くにそびえ立つトラモント王国の冬は厳しい。


 雪がどっさり降り積もり、蓄えが無ければ凍えて死ぬか飢えて死ぬかの2択になる。


 ポルトやアルが向かったバルガルフは山脈沿いにある領地で、冬は物価が高騰するのだとか。


 そんなバルガルフに近いゲルも豪雪の影響をモロに受けるらしく、近々ギニンに戻る予定なのだ。


「ならいいな! あたしらも冬はギニンで過ごすつもりなんだ。 その間にお前の気が変わるかもしれねぇしな」


 ハッハッハと、軽い笑いを返す


 ………結構ちょろい自覚あるし、揺らぎそうだなぁ。


「しっかし風呂に花まで浮べるなんて、貴族のお嬢様でも無けりゃ、花街の高級娼婦にでもなった気分だぜ。

 色仕掛けでもすりゃ勧誘もコロッといくかもな?」


「あんたはそんなに安くないだろ。 俺の泣け無しの財産が消し飛ぶわ」


「っ………」


 ………あれ、無意識に変な事を言っただろうか。


「ディカ?」


「あ、あぁ。 いや、なんでも無い」


「ならいいんだけど、花でも食って詰まらせたのかと思ったよ」


 シバッ、と弾丸のような飛沫が俺の背中を強かに打ち付ける。


「痛っ!? どうやったら水が礫になるんだよ!?」


 目隠しの隙間から伸びた腕が、スルスルと中へ引っ込んでゆく。


「花を慈しむ乙女に失礼な発言をした罰だ」


「容赦無さすぎるだろ」


 ビショビショになった体を魔法で乾かしながら、俺達は地下での夜を過ごしたのだった。



●●●●



 翌朝、俺とディカは来た時の縦穴とは真逆の方向へ歩いていた。


 というのも、朝起きてから縦穴を見に行ったところ巨大なリザードマンが寝そべっていたせいだ。


 縦穴に唯一残っていた梯子も潰されていた。


 俺が植物で階段を作れば登れるだろうが、巨大リザードマンが眠り続けてくれるかどうかの賭けをするくらいならと、別ルートを選んだのだ。


 だが、2階層は未だに未踏の地が数多く残されている場所である。


 移動は用意では無い。


「アギト! 追加が来たぞ!」


「またぁ? お腹いっぱいなんだけ……どっ!」


 倒しても倒しても沸いて出てくるリザードマンとの連戦に、俺もムアもディカも飽き飽きしていた。


 あまりの数にディカも様子見をやめて参戦しており、俺も身体強化や気で躊躇無く体を壊しながら暴れ回る。


 ムアは時々参戦しつつも殆どは俺とディカが仕留めたリザードマンの回収係だ。


「帰ったらリザードマン山分けしようよ! しばらくは贅沢して過ごせそうじゃない?」


「だったらギニンに着いてから売った方がいいだろうな! ダンジョン産だと値が落ちるが、腐らないってんなら冬の値上がりでトントンだろ!

 それより油断すんなよ!」


「分かってますとも!」


 しっかし妙だ。


 先程からリザードマンが向かってくる間が少しづつ短くなっている気がしてならない。


 ただ密集地帯に突っ込んだならまだいいが、これではまるでこちらを伺いながら送り込まれているようだ。


 一度にぶつかるリザードマンの数もどんどん増えており、更には体格も良くなってきている。


「ディカ! 何か守りが固くなって来てない?」


「それはあたしも思った!」


「俺のツタで退路を確保しながら堅実に行く?」


「それをするにはもう入り込みすぎだ! 足を止めるなよ! 囲まれないことを最優先にしろ!」


「了解!」


 通路に列を成して待ち構えるリザードマンの群れを弾き飛ばしながら進んでゆくと、ふと1匹のリザードマンに目が止まった。


 他のリザードマンよりは小さいが、腹に薄らと黄色い線が入ってる。


 そのリザードマンが少し離れていたせいか、ディカは対処を後回しにするつもりらしい。


 黄色いスジのリザードマンは安全地帯で立ち止まると、喉をぷくりと膨らませた。


 あ、まずいな。


「ちょっと前失礼!」


 ディカの前に躍り出た俺は、手から骨と肉の盾を生やすと、黄色いスジのリザードマンが吐き出した液体を受け止める。


「熱っつ」


 ジュワジュワした音ともに漂う鼻を刺すような匂い。


 酸か何かを食らったらしい。


 すぐさま自作の肉壁を切り離し、思いっきり蹴飛ばして黄色いリザードマンにぶち当てる。


「アギト、お前…そんな事も出来たのか!?」


「そうだよん」


 固有能力による再生の変化に気付いてから1週間、とことん研究した成果がこれである。


 自分の体の輪郭を無視した異常な再生を駆使した結果、骨は皮膚を突き破り、筋肉をあるはずの無い部分に付けることが出来たのだ。


 これを戦闘に用いれば、背中から骨の剣を伸ばしたり、足に筋肉を外付けして脚力を異常に発達させたり出来る。


 先程の肉の盾もその一つである。


 ぶっちゃけ見た目がグロいのでアルにはあんまりやるなよと言われたが、ライデンから貰った固有能力より伸びがいいのも事実。


 これがあったから、リザードマンの群れにも強気で出れたのだ。


 ギニンで冒険者の男にやった体の破壊や治療はこれの応用である。


「こんな状況だし、出し惜しみ無しで行くぜい」


 足腰に筋肉を纏わりつかせ、更に身体強化と気をみなぎらせて踏み込む。


 腕に肉の盾を構えて群れに突っ込んで行くと、リザードマンの巨体が面白いように吹き飛んだ。


 もちろんこの程度では終わらない。


 今度は根を張って体を固定すると、両腕から骨の槍を無数に生やしてリザードマンを串刺しにしてゆく。


 まだまだリザードマンは押し寄せて来ているが、ようやく一息付けるスペースが出来た。


「どうよ、昨日のリザードマンの群れにも勝てそうでしょ?」


 振り返るとディカは固まっていたが、やがて腹を抱えて笑いだした。


「元々おかしな奴だとは思ってたけど、こんなにいかれてるとは想像もしてなかったぜ!!」


 ディカはひとしきり笑い終えると、押し寄せてくるリザードマンに獰猛に笑った。


「せっかく面白いものを見せてもらったんだ。 あたしも赤脈旅団の頭の力を見せてやろう」


 大剣を低く構えたディカから、カゲロウのような揺らめきが立ち上る。


「ダンジョンじゃ本気は出せないが……」


 シッと鋭い息と同時に巨大な、そして強大な気が閃いた。


 驚いてディカを見れば、大剣はいつの間にか振り切られている。


「何を…っ!?」


 その瞬間、廃屋の壁や屋根、リザードマンの全てが揺れたかと思うと、瞬きの間に消え去っていた。


遅れて、一日分の台風を凝縮したような轟音が俺の腹の奥まで叩く。


「……は?」


 消え去ったのでは無い、ディカが吹き飛ばしたのだ。


 それも、俺とムアだけを避けて全てを。


「……まじかよ、すげーな」


「ガ、ガウ……」


 顔を見合わせる俺とムアを見て、ディカは豪快に笑った。


「コレ見ても口聞けるとは大した度胸だ! さ、行くぞ!」


 呆ける俺とムアの尻をバシッと叩き、ディカは上機嫌で歩いて行ってしまう。


 今更ながら俺は自惚れていたらしい。


 攻撃を凌ぐどころか、ムアと一緒でも逃げ切れるか怪しい。


 ライデンの言っていた『強い奴』の実力を目の当たりにした俺とムアは、急いで後を追うのであった。



●●●●



 もう1つの一階層に戻る道はなだらかな登り坂になっており、俺達は時々現れるリザードマンやスケルトンをしばきながら着々と帰路を進む。


 それからは休み無く一階層を歩き続け、ダンジョンを出た頃にはすっかり日が暮れていた。


 冷たい夜風を浴びて一息つく。


「あ゛ー疲れた」


「ワウ……」


 精神的な疲労感にグッタリしている俺とムアを他所に、ディカは上機嫌だ。


「おいおい、ダンジョンでの奮闘はどうした! 帰るまでがダンジョン攻略だぞ!」


 からかっているのかふざけているのか分からない上機嫌なディカは、ノロノロ歩いている俺とムアがまどろっこしくなったらしい。


 むんずと鷲掴みにすると、左右の肩に俺とムアを担いで、意気揚々と歩いてゆく。


 逞しい肩だなぁ。


 しばらく揺られていると、覚えのある声が聞こえてくる。


「ディカ? 早かったわね。 アギトとムアに何かあったの?」


「なぁに、ちょっとした大冒険でへばってるだけさ」


 手を振って無事を伝えると、今度は軽い足音が聞こえてくる。


「ムアちゃんお帰りー!」


 あっ、いかん。


 このままではリーチェにムアがさらわれてしまう。


「こら、ムアは誰にも渡さん…」


 くっ、ディカに洗濯物のように担がれているせいで、思うように体が動かせない。


 これがお米様だっこと言うやつか……。


「うわっ、アンデッドにでもなった?」


「まだ生ですが」


「おっ、復活したか」


 ディカは俺を突然ポイッと離した。


「ちょ」


 為す術なく2mの身長から落とされ、受け身も取れず叩きつけられる。


「グハッ………ひでぇや」


 ムアが心配して来てくれたので、少しは救われたか。


 皆は食事を既に終えていたので俺とムアとディカの分だけ簡単に作る。


 他の赤脈旅団のメンバーは寝てしまったが、ルマネアとリーチェは起きてディカの話を楽しそうに聞いていた。


「あらあら、ディカは振られちゃったのね」


「そうなんだよ。 『俺達は世界を見てくる!』なんて臭いこと言ってさぁ」


「言ってない言ってない、捏造だから信じるなよ」


 酒が入ってきたディカは饒舌に語る。


 ルマネアはその様子を、まるで妹をあやすかのように聞いていた。


 やがて話題が風呂に入った時、ムアを撫でていたリーチェが食いつく。


「お風呂作れるの!? 今から作ってよ!」


「あら、覗いたりしないかしら?」


 リーチェをなだめながら、ルマネアが鋭い視線を向けてくる。


「しないよ。 足を1歩でも踏み出そうものなら、ディカに木っ端微塵にされるわ」


 ダンジョンで見たあれを食らったらひとたまりも無い。


 再生の余地など無くお陀仏確定だ。


 しかしそんな俺を見て、ルマネアは少し驚いた顔をする。


「ディカの力を見てもそんな事が言えるなんて、よっぽど肝が座っているのね」


「そうなんだよ!

 しかもこいつ、あたしが弾き飛ばしたリザードマンも「勿体ないから」とか言って、全部持って帰って来たんだぜ!」


 俺より先に嬉しそうに返事をするディカを見てルマネアは更に驚いた後、フッと柔らかい笑顔で頷く。


 そこでふと思い出す。


「そういやリザードマンって結局何匹持って帰って来れた?」


 ムアは霧を広げると、しまっていたリザードマンを積み上げた。


 辺りに生臭さと血の匂いが充満し始めたので、慌てて空気を閉じ込めて応急処置をする。


 落ち着いてから改めて見てみれば、リザードマンの死体の数は50は超えていそうだ。


「これは凄いわね」


 ルマネアが残っていた匂いを消し、光球を浮かべて見上げている。


「……78頭、こんなに狩れたの?」


「ああ。 もっとも、これだけの数のリザードマンを持って帰れたのは、ムアのお陰だけどな」


 それは間違いない。


 俺もディカも改めてムアに感謝を込めて撫でる。


「山分けは小出しにした方が良さそうだね。 腐るし運べ無いでしょこんな数」


「あぁ。 幸いにもギニンで一緒に冬を越すから、その時に消化すればいいさ」


 ムアにリザードマンを一匹残らず回収してもらい、血や匂いはルマネアが全て消し去る。


 それからは、風呂とそれを囲うテントを提供した後、リーチェが風呂に気を取られている間に、俺はムアを抱えて自分のテントに閉じこもるのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ