ゲルの町
ギニンを立って5日後の明け方。
「ここがゲルですね」
「みたいだな」
ポルト率いる一行は、ようやくゲルに到着した。
「門は無いんだね。 柵はあるけど城壁とかも無いし」
「ここはダンジョンの利益を求めた人達が集まって出来た『ダンジョン村』です。
他の地域でも、街から離れたところにあるダンジョンの周りでは『ダンジョン村』ができている事がよくありますから」
「へぇ」
「しかし変ですね。 何だか空気がピリピリしているような気がします」
「そうなの? 門番っぽいのも見当たらないから、治安が悪くて当然だと思ってたけど」
日本と違ってこの世界の治安はかなり悪いとライデンに聞いていたので、この誰もが周囲を伺うような雰囲気は当たり前かと思っていたが違うのだろうか。
「いえ、そうでは無く活気が無いと言うか、息を潜めているかのような……」
原因は少し進んだ先にあった。
周囲から距離を置かれながらも、チラチラと様子を伺われている一行が目に入る。
その団体から頭を出している旗を見て、アルは合点がいったように手を叩いた。
「ありゃトラモントの国軍か」
「だとしたら離れた方が良さそうですね」
ポルトとアルは何かを察したようだが、俺にはさっぱりである。
「そうなの? 何で?」
「お前らの為に言ってんだ。 特にムアだな。 いいから離れるぞ」
「はーい」
言われるがままに進み、しばらく離れた場所でようやく一息つけた。
「何、トラモントの国軍ってそんなにやばいの?」
「やばいっつーか、貴族がやべーんだ」
それを聞いて疑問が浮かぶ。
「ギニンも誰かしらの貴族が収めてる領地でしょ?
めっさ平和だったし、警備も横暴な感じじゃ無かったけど」
「ギニンにいらっしゃるグレイ様は『復興派』ですから。
注意すべきなのは、王家の取り巻きとも言える『国王派』の貴族です」
「『復興派』と『国王派』?」
「えぇ。 始まりは今から7年前、前王グレーザ王の崩御でした……」
トラモント王国の前王グレーザは、『種まきの王』と陰口を言われるほど、様々な女性と子供をこさえていた。
その結果後に起こったのが玉座の空席を奪い合う、血で血を洗う後釜争いである。
「しかも何がやべぇかって、争いを先導してんのは殆どが本人じゃなくて取り巻き連中だって事なんだ」
「じゃあ本人が知らないところで、その王族を推してる貴族が殺し合ってたって事?」
「あぁ。 知り合いにその内乱に参加した奴が居たんだが、謁見だって呼ばれて通されてみりゃあ、まだ自分で立つ事も出来ねぇ赤ん坊が祭り上げられてたんだってよ」
ドン引きである。
「その赤ん坊も、早いとこ殺されちまったらしいしな。 反吐が出るぜ」
そんな血みどろの後継者争いは、現在の王である『フリスト王』が2年前に後継者になるまで続いたらしい。
「それからはようやく国も落ち着いたと聞いて、我々も商売の足を伸ばしたのです」
「ま、王都はまだまだ治安が悪いらしいけどな」
「ほぇー。 てかその内乱中によく『帝国』とかが手を出して来なかったよね」
そんなに国がズタボロなら、支配欲の強い国は見逃さないだろうに。
「そりゃ、帝国は過去に『隕石』を一発お見舞いされてるからな。 中々ちょっかいはかけれんだろうさ」
「『隕石』?」
「あぁ。 トラモントの王家には、王の血筋にしか使えない『星落としの杖』があるんだとよ。
帝国は過去にその星落としの杖で唯一の『神格』持ちをやられてるから、なかなか手出し出来ねーんだろうな」
『神格』持ちは通常の生物とは一線を画した力を持つ存在だ。
ライデンから聞いた話だが、生きとし生けるものは地上に存在する限り、『陽神』の司る命の輪廻に依存し帰属し続ける。
『陽神』は食事、呼吸、糞尿や死肉による還元だけでなく、魔力や命のエネルギーなどの地上の生き物、全てのサイクルを廻している。
しかし時折、それらのサイクルから外れて自己の中に完結した流れを生み出し、『個』として存在し続ける存在が生まれる。
それが『神格』なのだ。
通常の生物と違い、帰属することの無い神格は力を蓄え続ける為、時が経てば経つほど力が増すので特別視される訳だ。
ここまでがライデンから聞いた寝物語である。
そんな神格だが、やはりと言うべきか存在が貴重だ。
100年以上も前、帝国が進軍してきた際に隕石を落として潰された神格もまた唯一無二の存在であり、それから現在に至るまで帝国の神格は空席のままなのだとか。
「すっかり話が逸れたが、とりあえずあの軍隊は国軍を語ってはいるがどっかの貴族の息がかかってるから、何しでかすか知れたもんじゃない。
特にムアみたいな魔獣は、権威の証明として欲しがられそうだしな」
「なるほどねぇ。 確かにそんな理由で絡まれたら俺が皆殺しにしちゃうだろうし、関わるべきでは無いね」
「やめてくださいね」
「そん時は国外逃亡してやんよ」
「絶対にやめてくださいね」
ポルトに釘を刺されつつも歩を進める。
「とりあえず宿でもとる?」
「いえ、私達は食料等を見て回ったら今日中に発つつもりです」
突然の別れである。
山が近いバルガルフは秋の中頃である今では何時雪に覆われるか分からず、出来るだけ早く用を済ませたいとの事だ。
「バルガルフでの商売が済んだら、雪に閉じ込められる前にギニンに戻ってくるから、またその時会おうぜ」
「じゃあそれまでまたボッチか」
「人付き合い頑張りましょう」
ここでポルトとアルとはお別れである。
2人の馬車を見送り、俺とムアは太陽を見上げた。
まだ天頂に届くまでしばらくありそうだ。
かと言ってダンジョンに潜るには、些か情報不足が過ぎる。
「宿抑えたら、今日は情報収集でもしようか」
「ガウッ!」
「あ、でもムアは体小さくしといてね。 国軍の奴らに見つかったら面倒くさそうだから」
ゲル付近に着いてからポルトやアルとしばらく闊歩したので今更かもしれないが、ムアには小さくなってもらい腕の中に収める。
「さ、まずは出店だな」
「ワウッ!」
実はゲルに来てからずっと香ばしい匂いが鼻腔をくすぐっていたのだ。
商店街の入口にある店に吸い寄せられた俺とムアは、早速2人分注文する。
「あいよ」
店主はモクモク煙の溢れる箱から骨付きの大きな肉を取り出すと、鉈のような包丁で肉をスライスして、こんもり肉の小さな山を作った。
まるでケバブのようだ。
それを葉野菜と一緒に分厚いナンのような生地で挟んで、さらに食用では無さそうな大きな葉っぱに包んで渡してくれた。
「どうも」
こちらも受け取るのと一緒に金を渡す。
店主は受け取った額に片眉を釣り上げてから、チラリと俺を見た。
「ダンジョンについて詳しく聞きたくてね。 ここに来たのは初めてなもんだからさ」
それを聞いて店主のおっさんは合点がいったように頷いた。
実は、屋台に書いてある額より少し多く手渡したのだ。
つーかさっきのおっさんの様子を見るに、俺が文字も読めない馬鹿だと思ったら黙って受け取るつもりだったんだろーな。
まぁ、日本では無いので騒いだりはしないが。
「で、何が聞きたい」
ぶっきらぼうに問う店主に、準備していた質問を片っ端から投げてゆく。
ダンジョンに入る時のルールや、主な出土品、それから売買の場所や気をつけるべき事などだ。
少しの入場料と身分証明が必要な事。
文化財のようなものは買い叩かれる可能性があるので、知識が無ければギルドの出張所へ持っていく事。
そして、個室の宿が無い事など。
倉庫のような宿はいくつかあるが、ハンモックを張って共同で寝泊まりするらしい。
「盗みやらの話はよく聞くし、血迷った野郎も時々出るらしいから、よく気をつけるんだな。 そのワンコも、お前さんも」
「おぉ、俺もか」
「あぁ。 俺にそっちの気は無いが、そのテの奴が好きそうな綺麗な顔してるからな」
言葉を濁してあるが、夜這いに気をつけろよとの事らしい。
地球の歴史を学ぶと少なからず、女に飢えた男が〜、なんて話は目にしたが、まさか俺がその対象にされる日が来るとは思ってもみなかった。
「外にテントを貼る奴もいるが、どっちが安全かで言えば……命までは取られねぇ共同宿の方がいいんじゃねぇかなぁ」
話しているうちに大分打ち解けてきた店主は、どうやら俺の為に最善の選択を考えてくれたらしい。
「まじか……。 まぁ腕に自信はあるし、ウチの子もいるから俺はテントにするよ。 ありがとさん。
しっかし美味いね、この燻製肉。
良く火が通ってるのに中がホロホロ柔らかくて最高。 正直ダンジョンの近くで治安も良くないって聞いてたから、こんな美味いもんが食えるとは思って無かったわ」
「俺も長くやってるからな。 ところでお前さん、ダンジョンに潜るのは初めてだって言ってたよな」
「うぬ」
「なら、ダンジョンのモンスターの肉をそのまま焼いて食っちゃいけねぇってのは知ってたか?」
「え、初耳。 そうなん?」
素直に聞き返すと、店主は気前良く教えてくれる。
何でも、ダンジョンの中は『瘴気』で満ちており、中に存在するモンスターも例外無く『瘴気』に侵されているのだとか。
そもそも瘴気とは何ぞやとなるのだが、実は瘴気についてはライデンから教わっている。
瘴気は万物に対しての負のエネルギーであり、負の感情がこびり付いた場所に発生すると言われている。
地球でも凄惨な事件が起きた場所は幽霊が出たり空気が淀むなどの話があったが、こちらの世界ではそれが顕著に現れるのだとか。
例えば精神が削られて正気を失ったり、生命力が削られ気が制御出来なくなり免疫力が低下したり、魔力が暴走したり、と良くない事ずくめなのだ。
瘴気は俺が身につけている呪いの品からも発生するので、ライデンに口酸っぱく危険だと言われていた。
「もし瘴気に侵された肉を食いたきゃ、ギルドの出張所でツダのチップが売ってるから、いくらか買っとくといいぞ」
「ツダのチップで燻製すれば食えるようになるの?」
「燻製つーか、そいつを薪の中に混ぜていぶしてやればいいんだよ。
あ、ツダの木はそこら中に生えてるが、あれはこの辺りの奴らが育ててるやつだから、勝手に切ったりするなよ」
店主のおっさんが指さした先を見てみれば、杉のような木が等間隔で生えている。
どうやらこれがツダの木らしい。
「了解した。 だからこの通りには同じような匂いがしてたんだ」
冒険者達から買い取ったダンジョン産の肉をツダのチップで焼いて食べる。
よく出来た地産地消である。
「あ、それとダンジョンにあんまり長い時間潜ると瘴気で気が狂うから、案内人を雇った方がいいぜ。
そこいらの物乞いじゃなくて、ギルドの仲介を挟んだ奴を選べよ」
「分かったよ。
色々教えてくれてありがとね。 また来るわ」
「おうよ! そのワンコもな!」
「ワンッ!」
すっかり仲良くなった店主のおっさんに手を振り店を後にする。
今更ながら、俺は人付き合いが苦手なのでは無い。
容姿や雰囲気から舐めてかかってくる奴が嫌いなのだ。
だが舐められやすい特性は、同時に相手を安心させやすいという効果もある。
その結果が、今のように相手に沢山話させる形になるのだ。
色んな話を聞けるというのはかなりの強みだと自覚しているからこそ、この舐められやすい容姿を全て隠したりはしない。
その結果変なやつに絡まれたとしても、それは自分の選択の結果なので、現状は甘んじて受け入れよう。
「冒険者か? ダンジョンに潜るんだろ。 あたしが居ると心強いぞ!」
このように。
「お前まだ新人だろう? お姉さんが一緒にダンジョンを案内してやるよ」
誰だよこいつ。
どうしたものかと顔を上げる。
それも、首が痛くなるほどだ。
そこには身長が2mは越えている、巨漢の女がいた。
吊り橋を支えるワイヤーでも入ってるのではなかろうかと錯覚するほど練り上げられた筋肉に、浅黒く日焼けした肌。
燃え上がるような赤毛の長髪に、顔立ちは整っているが、美女と言うよりは精悍と表現した方がしっくりくる。
極めつけはその巨体の身の丈に迫る程の大剣を担いでいる事だ。
絶対体重より重いであろう大剣を担いでにこやかに話しかけて来る様子から察するに、気や身体強化に長けているのが見て取れる。
これだけでこの女がどれだけ腕が立つか分かるのに、何故俺に絡んでくるのだろうか。
理由は明白である。
「その魔獣可愛いな! ちょっと撫でさせてくれよ!」
カツアゲだ。
「うちの子なんで」
「別に取って食おうって分けじゃねぇんだしいいだろ? ちょっとだけ抱かせてくれよ」
「ギルドに行く用事があるんで」
「奇遇だな! あたしもなんだ!」
しつこいナンパに合った気分である。
今更ながら地球の女性らは怖い思いをしていたんだなぁ。
だって俺も今怖いから。
この世界に来て久しく強者の気配がビンビン伝わってくる。
戦って勝てるかと言えば……分は悪いだろう。
ムアが参戦すればどうにかしのげそうな気はするが、国軍とやらがいる状況であまりムアに派手な動きはさせたくない。
幸いなのは女が怒って無い点だ。
冷たくあしらっていても、特に気を悪くした様子は無い。
しばらく連れ回して諦めてくれるといいなー。
でもその間に怒ったら面倒だなー……。
「あれがギルドの出張所だ。 お前も用があるんだろ?」
到着してしまった……。
まぁいいや、これでこの女の身分も分かるだろうし、最悪ギルドの人間に追っ払って貰えばいい。
ギルドの出張所は、大きな倉庫の前にバス停のような受付が構えられている簡素な作りであった。
受付にはゴリゴリの男がいたが、ぶっちゃけこの女より弱そうだ。
ゴリ男が10人いっぺんに襲いかかっても、この女には歯も立たないだろう。
……これは詰んだか?
密かに逃走経路を確認していると、意外な事に受付の男は親しげに手を振った。
「ディカさん、お疲れ様です。 今日はダンジョンへは行かれないんですか?」
どうやらこの女はディカと言うらしい。
つーかギルドと親しいって事は真っ当な冒険者なのか。
ギニンに居る時に気付いたのだが、荒くれ者の冒険者はギルドに滅茶苦茶嫌われる。
依頼を受けようとして受付で拒否される奴も時々見かけていたし、職員の態度も全く違っていた。
ちなみに俺は仕事はちゃんとこなしてたし、絡まれた時以外は揉め事も起こしてなかったので、対応はしっかりしていた。
それを思い出すと、ディカはかなり好かれている方なのだろう。
これはこれで逃げ道が無くなったような気がしないでもないが。
「今日は休みにしようと思ってたんだが、新人っぽいのがふらついてたんで声をかけてたんだ」
まじかよ善意っぽいぞ。
ムアは絡む口実だったのか?
「どうも。 ダンジョンの案内人を紹介して貰いに来たんだよ。
明日潜ってみようと思ってるんだけど頼める?」
こうなればさっさと用を済ませる他は無い。
「お、ならあたしが案内してやるよ」
何を言っているのだろうか。
「お前運がいいなぁ。 ディカさんは普通会いたくても滅多に会えない人なんだぞ」
しかも受付の男も笑顔でうんうんってしてるし。
「でもディカさん? って相当腕が立つんでしょう?
そんなにお金持ってないんで、もっと案内だけしてくれるような方で大丈夫ですよ」
「なぁにタダでいいさ。
あたしも明日からダンジョンに潜るつもりだったんだ。
遠慮はいらないぞ、青少年!」
まじかよ。
「ディカさんが見てくれるなら木級でも安心だな」
どうやら俺に選択肢は無いらしい。




