級長
『多岐希』が『アギト』を名乗ってギニンの街で活動している頃。
『トラモント』の王都では、『級長』こと『羽鳥春馬』がキレていた。
「遺跡の調査?
これまで調査に行った人が何人も行方不明になっているのは、言葉が理解出来なかった時でも分かっていました。
ただでさえ軟禁状態なうえに、今度は危険な場所へ迎えって?」
食ってかかる羽鳥に、厳しい顔をした軍人が至極当然の事のように言う。
「異界の民である君らに言葉を教え、食事と生活を与えた我々の言うことが聞けないとでも?」
「拉致して教育したの間違いでしょう?」
軍人はフンと鼻を鳴らすと背を向けた。
「好きに言うといい。 君達に選択肢など無いのだから」
去ってゆく軍人の背中に唾でも吐きかけてやろうかと考えたが、日本での常識を思い出して踏みとどまる。
半年前、これからの新学期に浮かれていた羽鳥達は空間の裂け目に吸い込まれ、『異世界』に落ちて来た。
森に落ちてからは、泣き叫ぶ者、痛みを訴える者、呆然とする者が後を絶たず、場は混乱に溢れ返っていた。
巨大な恐ろしい生き物との遭遇もあったが何故か襲われず、そんな時に『トラモント』王国の国軍に拾われたのだ。
その時は分からなかったが、今思い返せばタイミング良く居合わせた国軍らは、自分達を見て何か話していたような気がする。
しかし当時はそんな事を考える余裕も無く、連れてこられたのは王都であった。
空間の裂け目に巻き込まれて手足を切断されてしまった生徒達も魔法で治療され、羽鳥ら生徒と先生1人は、そこで魔法とこの世界の言葉について学ぶ事となる。
そして半年が経ち、1番覚えが早かった羽鳥が率先してコミュニケーションを計り、自分達『異界の民』の地位を獲得しようとしているのだ。
しかしそんな矢先に指示されたのは、危険な遺跡への派遣であった。
ようやく自分達の『力』も認識して来た時に、この扱いである。
「羽鳥君、ありがとう」
日本語で話しかけて来たのは、担任の金城だ。
「金城先生」
「先生なのに頼りっきりになってしまって情けなく思う。 何か力になれる事があったら何でも言ってくれ」
心の底から申し訳なさそうに言う金城に、級長は笑顔で手を振った。
「大丈夫ですよこれくらい。 先生は先生で頑張っていますから」
金城が率先して兵士らに話を聞いているのを、そして生徒全員と一日一度は必ず話すようにしていることを、羽鳥はよく知っている。
「俺に出来ることなんてこれくらいだからな。 ……今残ってる生徒だけでも守らなければならない」
空間の裂け目に吸い込まれてこの世界に降り立った時、生徒の数は半分程に減ってしまっていた。
そもそも巻き込まれなかった生徒も居ただろうが、それ以上に思い起こされるのは、空間の裂け目から飛び散ったガラス片のようなものに体を切られた生徒達だ。
ガラス片に巻き込まれたのか、胴体で切断されてしまった者や、頭の半分がどこかへ行ってしまった生徒もいたのだ。
手足を失った生徒も居たが、その生徒達は後ほど王都で再生して貰っていた。
「これ以上生徒を失いたく無いんだ。 それは羽鳥君、君も同じだよ」
「分かっています。 でも、今回の原因は僕にある」
真剣に見つめてくる金城を、羽鳥はグッと見返す。
生徒ら『異界の民』が遺跡の調査を何の脈絡もなく命じられたかと言えば、そんな訳は無い。
原因は羽鳥の『固有能力』の1つ、『過去を読み解く力』にあった。
遺跡には遥か昔のロストテクノロジーが埋まっているらしく、それを掘り起こす事を期待されているのだ。
「そんな危険な場所に行くのは僕だけでいいはずです。 なのになんで他の生徒まで巻き込まれなくちゃいけないんですか?」
怒りが再燃し始めた羽鳥を、金城はドウドウと宥める。
「考え方を変えてみれば、初めて城から出る事になるんだ。 外の様子から脱出の手立てを得られるかもしれないだろう?」
それを聞いて羽鳥は少し考える。
確かに半年間ずっと城の中に閉じ込められており、外の様子など知る術が無かった。
毎日剣や杖を持たされて訓練をさせられてはいるが、それも全て城の中庭で行われている。
外がもし危険ならば城に閉じこもり今の環境に甘んずる他無いだろうが、それもいつまで続くか分からない。
ならば今は……
「脱出の機会を伺うのは賛成です。 でも、その事は他の生徒には話さずにおきましょう。 下手に希望を与えて先走る生徒が出たら、警備を厳重にされかねませんから」
「……確かにそうだな」
生徒の精神状態については、金城『先生』が1番よく理解している。
家に帰りたいと思い続け、それを諦めかけている生徒がいる中にそんな話を漏らしたら、どんな行動をするかは想像に難くない。
「そもそも遺跡自体が危険な場所のようですし、まずは安全第一」
「その次に外の情報収集だな」
「ええ」
金城と羽鳥は静かに頷きあったのだった。
●●●●
ギニンで過ごしてから、いつの間にやら1週間が過ぎていた。
「よっ、アギト。 今日はウチで食ってけよ。 娘がムアに会いたがってるからさ」
「あ、おはよー。 今日はちょい遠出する予定だから、早く帰れたら行くわ」
「ムアおはよ!」
「ガウッ!」
店開けをしながら声を掛けてきたのは、近所の定食屋の親子だ。
彼らだけでは無い。
「ムアにアギトじゃないか。 今日も仕事かい?」
「ムアちゃんおはよー!」
「朝飯食ったかい? まだならウチで買ってきなよ!」
ギルドへ向かう道中に、何度も声を掛けられる。
ここ1週間で俺とムアはギニンの住民に随分受け入れられた。
鍵となったのはムアと子供達だ。
ムアが優しい魔獣だと認知されてから、日に日にムアに群がる子供達は増えており、今では……
「ムア! ふわふわさせてー!」
「ムアちゃん乗せて!」
「パン持ってきたよ! あーん」
『ムアちゃん!』
……と、まあ大人気だ。
保護者達も安心しきって少し離れて並走しながら井戸端会議していたり、一緒に撫でていたりと警戒の色はまるで無い。
「おい、ガキンチョ共。 そろそろギルドに着くぞ」
それを聞いて渋々離れてゆく子供達。
ギルドや冒険者への警戒心は未だ変わる事は無く、ギルドに着くと殆どの子供は離れてゆく。
それでも中には保護者同伴だったりする子供達が、外で待つムアを独占しようとくっついて回っているのだが。
「じゃ、ちょっと待っててね」
「ガウッ」
ムアと別れてギルドの中に入ると、他の冒険者の反応は相変わらずだ。
それとなく距離を置いて来たり、目を合わせないようにしていたりと、何なら1週間の間に悪化してさえいるように感じる。
原因は……まぁ、俺にある。
ムアと一緒に子供に構っていたら、それを見て舐めてかかってきた奴らがいたのだ。
そいつらをギルドの中で俺の新能力の実験台にしたら周囲がドン引きして、距離が更に広がってしまった。
後悔はしてない。
幸いにも冒険者以外の住民達には知れ渡っていない様で、ムアの人気に陰りが見える事は無くて一安心だ。
「よっ、アギト。 またやらかしたらしいな」
こんな嫌われ者の俺に声を掛けてくる人間はそうそういない。
振り返ればやはりアルだ。
何時もは朝1番に張り出される依頼の争奪戦に参加しているはずだが、こんな昼近くにいるとは珍しい。
「アル、今日は遅いね。
って、あれ? ポルトもいるじゃん」
「今日は依頼の手続きをしに来たんです」
「依頼?」
「そろそろギニンを離れようかと思いまして」
自分である程度稼げるようになってからは部屋を別で借りていたのだが、アルとポルトは既にギニンでの用事を終えていたらしい。
「出立はいつ?」
「明後日ですよ」
「んで、その護衛の指名依頼を手配しに来たってワケだ」
護衛を指名する依頼は前にも聞いた。
たしか国境の山岳にある街、クーフバハルからギニン来る際にも、ポルトからアルに指名依頼を出して、2人でやって来たのだったか。
「今度はどこに行くの?」
「バルガルフを目指そうかと考えております」
「バルガルフ?」
まーた知らん地名が出てきた。
「ここから山脈沿いに帝国方目に向かった先です。
山が近いあの辺りは、これから訪れる冬に備えて食料を溜め込むので……」
それで、乾燥させたルレックの実を売り込みに行くとの事。
初知りなのだが、今は秋の初めだったのか。
日本に比べて肌寒いなーとは思っていたが、俺が過ごしていた半年間は、どうやら春夏だったらしい。
「アギトはしばらくギニンを中心に活動するつもりなんだろ?
ならしばらくはお別れだな」
「まじかよ。 2人が居なくなったら俺は誰と喋ればいいんだ……」
「商人だけでなく冒険者にとっても、人脈は宝ですよ。 人付き合い頑張りましょう」
迫り来るボッチに頭を悩ませていると、アルがポンと手を叩いた。
「そういや話は変わるが、ギニンとバルガルフの間にダンジョンがあるって聞いたな」
「ほう、ダンジョン」
ライデンから話を聞いてはいたが、この世界にはダンジョンがある。
不規則に地表に入口をポッカリ開け、中には財宝が眠っている事もあるらしいのだ。
「あぁ、ゲルのダンジョンの事ですね。
何でも、古に滅んだ文明の遺跡が眠っているらしいですよ。
3000年前に滅んだアトランティスとは別の時代の物なので技術的な面ではあまり期待は出来ませんが、そこでしか見られないモンスターから取れる素材は、高値で取引されるのだとか。
アギトさんとムアの実力なら、挑戦してみるのもありかも知れませんね」
「へぇ、それは面白そうだね……ん?」
何か覚えのある言葉が聞こえた気がするのだが。
「アトランティスって……あの?」
「えぇ、あのアトランティスですよ。 もっとも、ゲレのダンジョンは違いますけどね。
あそこで発見されたのは龍を信仰していた文明だそうですので、それに関連した魔法を狙うのであればおすすめです」
ポルトは補足の説明をするが、俺とポルトでは『あの』の意味が違ってくる。
アトランティスとは、地球に遙か昔存在したと言われている幻の都市だ。
現在では遺跡どころか、アトランティスがあったと言われている大陸ごと存在していないが、まさか異世界で名前聞く事になるとは。
ネットで都市伝説や怖い話を読むのが好きだったので知ってはいたが、ぶっちゃけあんまり信じていなかった。
地球では1万年以上前に滅んだとされていたので、もし時間の流れが同じならば地球で消えた後にこちらに来たのではなかろうか。
今回の遺跡は違うようだが、もし今後アトランティスの遺跡が眠るダンジョンに行くことがあれば、地球との繋がりを探してみるのも面白いかもしれない。
「ポルトとアルは、バルガルフに行く途中にゲルにも寄るんだよね? もし良かったらゲルまでついて行っていい?」
「構いませんが……ギニンからゲルまでは5日はかかるそうですよ。 よろしいんですか?」
「構わないよ。 帰る時にはムアに乗って帰るし…」
『ガォッンッ!!!!』
突然、落雷のようにけたたましい怒号が響き渡り、ギルドをグラグラと揺らした。
「なっ、なんだぁ!?」
「多分ムア。 ちょっと失礼」
アルを押しのけてギルドから飛び出すと、外は一触即発の状況であった。
いや、性格には全身から霧を立ち昇らせて怒り心頭のムアと、そのムアの前足に庇われるながら咳き込む女の子。
そして、
「ひっ、ひぃぃぃ…」
腰を抜かして後ずさる、冒険者の男がいた。
「何があった?」
真っ先に答えたのは、ひっくり返っていた冒険者の男だ。
「そこの魔獣が急に襲いかかってきて…」
「ムアが理由も無く怒るわけ無いでしょ。 それに襲われては無いし」
すると今度は、近所のパン屋のおっちゃんが教えてくれた。
「その冒険者が女の子を蹴っ飛ばしたから、ムアが怒ったんだ」
「ほーん、なるほどねぇ」
まぁ、ぶっちゃけ想像はついていたが。
とりあえず真っ先に対処すべきは……ムアだな。
今にも襲いかかりかねん。
「ムーアっ」
「グルルルルル……」
チラリとこちらを見るだけで、すぐに冒険者の男に視線を戻す。
絶対許サンバらしい。
「気持ちは分かるけど、ムアが手を出したらこの街に居られなくなっちゃうよ」
「……グルゥ」
使い魔の社会的地位は、残念ながら人間よりも低い。
「俺があいつをしばくから、ムアは子供達守ってて。
元々その子を守る為に怒ったんでしょ? 本来の目的を見失っちゃダメだよ」
「……フンッ」
ムアは最後にもう一度睨むと、蹴られた女の子を他の子供達と一緒に霧で包んで自分の元に寄せた。
「さて、こう言ったからにはムアに納得して貰えるくらいには、苦しんで貰おうかね」
冒険者の男は、相手がムアから俺に変わった事で幾分か余裕が見て取れる。
悪いね。
ムアに踏み潰された方が幸せだったと思える程の苦しみを味わって貰おうか。




