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ギニンの景色

 日が登り、街が目を覚まして賑やかになり始めた頃。


 俺とムアは冒険者協会の掲示板の前で、アルから勉教を受けていた。


「まず、低ランクだと受けられる依頼が限られてくる。 アギトは『木級』だから、木級と鉄級の依頼しか受けられないんだ」


「自分のランクより一つ上の依頼は受けられるんだ?」


「そうだ。 木級はもっぱら採取や作物の害獣討伐依頼で、鉄級からゴブリンやらの中型モンスターの討伐になる」


「へぇ」


 確かに、言われて見てみれば貼り付けられた依頼の右上に黒か灰色で印がつけてある。


 殆どの依頼が木級か鉄級で、チラホラ銅級が見られる程度。


 それより上は見当たらない。


「この薬草とゴブリン討伐は常設の依頼で、素材か魔石を納品したら報酬が貰えるから、片手間にやっておくといいぞ」


「うい」


「それから……」


 色々と説明を聞いて最終的に選んだのは、昨日と同じくゴブリン討伐の依頼だった。


 木級の俺に受けられる討伐依頼がこれくらいしか無いのと、道中に薬草などについて教えてもらう予定なので十分だろう。


 詰め込みすぎは良くないからな。


 依頼を選んでいる時、遠巻きにヒソヒソする声が聞こえてきた。


 どうやら昨日の件は広まっているらしい。


 これで絡んでくる馬鹿が減ると助かるのだが。


「ムア、行くよ」


「ガウッ」


 混雑するギルド内に連れ込むのもどうかと、外で待たせていたムアを連れて街に出る。


「今日行くのは北門なんだよね? 昨日ギニンに入ったのが南門なんだっけ」


「そうだ。 北門は王都や他領に続いているから栄えてるぞ」


「なら南側のこっちは住宅街なんだ」


「そうだな」


 言われてみれば南側であるこちらは飲食店は殆どなく、パンや野菜、肉屋などが多く見られる。


「何で住宅街の近くに荒くれ者が集まるギルドがあるのさ」


「知らね、土地の競売に負けたんじゃないか?」


「もしくは肉とかの素材を卸しやすいとか」


「それもあるな」


 グダグダ話しながら歩いていると、6歳くらいだろうか、男の子が目を輝かせて駆けてきた。


「すごーい! でっかいまじゅう!」


「こら、待ちなさい!」


 背後から必死に追いかける父親の声に、横着にも走りながら振り向いた男の子の足がもつれてしまう。


「ムア」


「ガウ」


 霧が男の子の元へ滑ると、そのままクッションのように優しく支えた。


「大丈夫かい?」


 脇を支えて立たせると男の子はキョトンとしていたが、何か言う前に父親がダッシュでやって来た。


「失礼しました! すみません子供のする事なので……」


 大名行列を横切ったのか?と思わずにはいられないくらい謝り倒す父親を見るに、冒険者の認識は危険な荒くれ者なのだろう。


 しかし男の子は父親の腕の中から「まじゅうー」と手を伸ばしていた。


「撫でてみる?」


「やったぁ!」


 男の子は父親の手からスルリと抜けると、ムアにそっと触れた。


「わ、ふわふわ。 雲みたい…」


 ムアと触れ合う男の子を戦々恐々しながら見ていた父親が、恐る恐る尋ねてきた。


「その……食べられやしないでしょうか」


「大丈夫だよ。 ウチの子は下手な人間より賢いから」


「はぁ……」


 それでもまだ安心できないのか心配そうに見守る父親の気など知らず、男の子はムアの鼻先でチョンとつつかれてくすぐったそうに笑っている。


「案外面倒見がいいんだな?」


 意外そうなアルに肩を竦めて返す。


「敵意には敵意を、敬意には敬意を返すよ。 ありがた迷惑からは逃げるけどね」


 しばらくムアと男の子の戯れを見ていたが、依頼にも向かわねばなるまい。


「ムア、そろそろ行くよ」


 それを聞いて露骨にガッカリする男の子を、父親が引き離す。


「邪魔したらだめだろ。 ほらバイバイしな」


「……バイバイ、またね」


 ムアは尻尾で男の子を撫でると、こちらへ駆け寄ってきた。


「友達出来たね」


「ガウッ」


 返事をしながら、ムアは霧を体から浮かせて街の空気に溶かした。


 今霧を浮かせた場所は、確か男の子が撫でていた場所だ。


 そう言えば、ムアの毛並みはサラサラなのにあの男の子はフワフワとか言っていたし……もしや潔癖症なのだろうか。


「ひょっとして嫌だった? それはごめんだ」


「ガウーウ」


 気にしないでと頭を押し付けてくるムアを撫でると、サラサラの毛並みが指先を通り抜けて行く。


 ストレスでハゲたりしたら可哀想だし、注意せねばなるまい。


 歩いているといつの間にやら、街並みがガラリと変わっていた。


 住宅街の賑やかさとは違う、それぞれが己の存在を押し付け合うような喧騒。


 そこはギニンの一般的な入口、北側であった。


「おぉー、人が多い」


「アギトは森で暮らしてたから、こんなに沢山の人は見た事が無いのか」


 アルの言葉に自分の立場を思い出す。


「うん。 師匠から話は聞いてたけど、こんなに多いと邪魔だね」


 それを聞いてアルはギョッとする。


「おま……、おかしな事はするなよ?」


「しないよ。 何だと思ってるのさ」


「ギルドで初対面の人と喧嘩するヤバい奴」


「あれはあいつが悪い」


 しかしそうは言っても、俺やムアの見た目のせいで道が開けるので、歩くのに支障は無いのだが。


 しばらく歩いていると、大通りに人だかりが見えた。


「何か祭りでもやってんのかな?」


「あー、多分お偉いさんが帰ってきたんだろうな。 領主とかのお迎えだ」


 確かに無闇に人が集まっていると言うより、ズラっと並ぶようにして集まっている。


「こりゃ北門は通れないかもしれないな」


「通れるぞ」


 突然かけられた声に振り返ると、そこには兵士が3人併走して歩いて来ていた。


「大きな門は利用出来んが、隣の小さい門なら通れるぞ」


 巡回中だろうか。軽装のままにこやかに話しかけてくる彼らから敵意は感じない。


 親切な人もいたものでたる。


「ご親切にどうも。 この街に来たばかりでそこら辺知らなかったから助かったよ」


「そいつは良かった。 所でこれから何か用事かい? その魔獣はあんたの使い魔か?」


 ちげぇわ、これ職質だ。


 後ろめたい事は無いので、聞かれるがままに答えてゆく。


 だるい時間かと思われたが、思わぬ収穫もあった。


「『ユフォルムの森』に住んでたのか?」


「そうだけど、あの森『ユフォルムの森』って言うのか。 ずっと住んでたのに知らんかったわ」


 どうやらライデンの眠る森は、『ユフォルムの森』と言うらしい。


 今後出身はどこだと聞かれたら、ユフォルムの森と答えればいいだろう。


「あれ、知らなかったのか?」


 と言ってくるアルの様子から、どうやら彼らは常識として知っていると思っていたらしい。


 世間知らずなもんで。


「この魔獣は安全なのか?」


「うぬ。 攻撃されない限り反撃はしないよ。

 ま、ちょっかいかけに来た時点で俺が先にボコすけど」


「その時は先に我々を頼ってくれ」


「はーい」


 無事疑いを晴らした俺たちは、彼らと別れて北門の脇にある小さな扉から「ギニン」を後にするのだった。



●●●●



 街を出た俺達は道を外れ、獣道に踏み込んでいた。


 草を掻き分けて進み、時々立ち止まっては様々な植物について教えて貰う。


 ライデンはもっと詳しいのだろうが、何時も息をするように草木を生やしていたので、いちいちどんな植物かなど聞いた事が無かった。


 後悔しても遅いので、今出来ることをやるまでである。


「あ、そのフサフサしてる葉は触るとかぶれるから気をつけろよ」


 アルの指さした先には、丸っこい葉っぱが群生していた。


 1つ摘んでよく見てみる。


「あ、おい! 触るなって!」


「大丈夫大丈夫」


 なるほど、ヨモギのように毛が生えているが、触ると少しチクチクした痛みを感じる。


 肌が荒れると言うよりは、キントキ等に刺された痛みに近いだろう。


 早速皮膚が赤くなって来たので、皮ごと引きちぎって再生させる。


「はい、完治」


「なんつー荒療治……」


 血の匂いで動物を引き付けないように、切り離した皮膚は魔法で焼いて灰にし、空気へ散らしておいた。


「そういえば、アルってギニンに来る前はクーフバハルって街にいたんだよね? どんな所だったの?」


「居たってより、そこを通過したのが正しいな。クーフバハルは国境の町だからな。

 元々俺達は『ジャバルク』って言う山を超えた先の国で行商をやってたんだ。

 ところが近頃ジャバルクでは『帝国』との戦争ムードが高まってきてて、それに伴って治安も悪くなってきたんで、『神々の国』に寄ってから『トラモント』の『ギニン』まで逃げてきたんだ」


 色んな国の名前が出てきたなぁ。


 まず俺達がいるのが『トラモント』国の『ギニン』。


 そんで、アル達が来たのは『ジャバルク』で、『神々の国』と『トラモント』の間に『クーフバハル』と言う町があると。


「そういや、帝国ってどんな国なの?」


「あそこは軍事大国だ。 正式名称は『カムベル帝国』だが、皆『帝国』って呼んでるな」


 かつてのソ連のようなものだろうか。


「勝手な想像だけど、軍事大国って聞くと物騒なイメージがあるよね」


 俺の言葉にアルは神妙な面持ちで頷く。


「実際そうだぞ。 元は北の大陸から渡ってきたらしいが、今こっちで持ってる広い領土は全部戦争で勝ち取ったもんだ。

 おまけに1部の亜人種を差別しやがるから気に食わねぇんだよなぁー」


 1度ポルトと一緒に帝国に入った事があるらしいが、他国では当たり前に扱われている商品が買い叩かれたりしたそうだ。


 あまり良い思い出は無いらしい。


「あっちこっちに関所があってガンガン税が取られてくから、下手に長居してたら俺とポルトは今頃鉱山労働だっただろうな」


「こっわ。 俺とムアは各地を旅する予定だけど、帝国は当分パスだね」


「ガウ」


 それからは何度か他の冒険者と遭遇しつつも、無事依頼を達成するのであった。

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