異物うろちょろ
同じローブを着込み、同じ歩調で歩く。
普段から大っ嫌いな団体行動だが、今は更に心地悪く感じていた。
「薄汚れた連中の視線が気持ちわりぃなぁ」
長髪と中性的な顔ってだけで女と見られたのか、周囲から向けられる視線がネバネバしていてとても気持ち悪いのだ。
しかし幸い、まとわりつくような視線は前を歩く俺、ムアに続いてリーチェに移って以降はどこへも向くことは無い。
普段なら追いかけてでも殺しに行くところだが、今日それをしないのは団体行動以外の理由があった。
「……これもうちょっと効果弱くできない?」
リーチェのネックレスである。
雑多野郎共が苦しそうに胸を抑え、そそくさと離れて行くのだ。
だが、記憶にあるより呪いの効果が弱まっているのはなぜだろうか。
「効果強過ぎたから先生に少しだけ封印して貰ったの!」
「弱体化した訳では無いのね。
なら良し」
ゲル浄化作戦中に丹精込めて作った呪物の効果は健在のようでひと安心。
「最高の護身具でしょ。
王都に来てからも役に立ったんじゃない?」
「そうだけど……効果強すぎ!
試しに封印解いてスラム街横切ったら、半分くらいの人が白目剥いて発狂し始めたから恥ずかしかったんだよ!?」
つまり半数近くがリーチェを見て、何かしら良からぬことを企んだのだろう。
「リーチェが無事で良かった」
「そうだけど……」
背伸びして頭を撫でてくるムアに、リーチェがむぅと唸っている。
「ラグニィは王都に来てから大丈夫だったの?」
「ええ。
ギルドの傘下にある宿で寝泊まりしていたので!
もっとも、私より強い無法者はどうしてか軒並み死んでいたのであまり意味は無かったかもしれませんが」
どうしてだろうねぇ
すっとぼけるも、ラグニィが上目遣いに睨んで来る。
「『地獄轢き』の話聞いた時は、遂にやったかと思っちゃいましたよ。
よく指名手配されませんでしたね」
「兵士達より俺らの方が強かったからね。
金級駆り出したら本格的に敵対する事になっちゃうからって、曖昧な結果にしたんだと思うよ。
まぁ指名手配する前にもっと大事件が起きたからかもしれんけど」
「上手いこと逃れますね……」
無駄な大人数に合わせてちんたら歩いていると、以前と変わらない巨大な門構えが見えてくる。
王都のギルドは、国王争奪戦の被害を殆ど受けず、相変わらず健在であった。
大所帯でゾロゾロ入れば、周囲からは興味ありげな視線が向けられる。
中には、冷やかすような声を浴びせる無粋な者もいるようだ。
その中に、顔が歪む程の痣をこさえながらも健気に挑発する男達の姿があった。
顔も覚えてないし、覚えていたとしても原型を留めていないくらい腫れてはいるが、心当たりならある。
アギトとして入って来た時に、周囲の冒険者にボコボコにされていた奴らだろう。
どうも彼らはとことん運が無いらしい。
「うべっ!?」
大きな手から放たれたデコピンで彼らを弾き飛ばしたのは、何時ぞや鼻で笑った根性論老害。
エゼロであった。
「来い」
初対面の時とは違い、低く唸るような声で吐き捨てたエゼロは、背を向けると一室へ入って行ってしまった。
試しにバラニを睨んでみるが、慌てて首を横に振る様子から話を通した覚えは無いようだ。
「俺とムアだけで行ってくるよ。
長くなるかもしれないから先に進めていいよって伝えといて」
「いいですけど……穏便に越したことはないですからね」
「分かってますって」
「行ってくる」
ムアと共に後を追うと、尋問室のような部屋にエゼロが座っていた。
対面の椅子は1つしか無いが、俺達が座るべきなのだろう。
エゼロは俺に続いて入って来たムアに怪訝な視線を向けたが、耳と尻尾を見るなり天井を仰いで立ち上がった。
「要らんよ。
創れるから」
手から生やした樹木で椅子を作り、ムアを座らせる。
黙って席に座り直すエゼロに、先手を打つ事にした。
「ルトレリだね。
気を利かせてくれたと捉えようか」
さも気に食わんと鼻息を1つ吐いたエゼロは、ジロリと睨み付けて来た。
「………ギルドカードの偽造はできねぇ」
「魔力で登録されてるから?」
髭に埋まるように頷くエゼロに、提案してみる。
「なら王都のギルドの連中に教えてやってよ。
『アギト』って書いて『タキ』と読むって」
「………てめぇ、立場分かってんのか」
「分かってるよ。
殺せる側だね」
「………」
エゼロは初対面とは打って変わり、噴火を待つ山のように唸るばかりだ。
「……何が目的だ。 隠してぇんじゃねぇのか」
「隠したいっちゃ隠したいけど、公然の秘密になるならそれでもいいよ」
俺の言葉を嫌そうに聞くエゼロだったが、答えは決まったらしい。
「あの日何があったか教えろ。
それが条件だ」
「お、いいね」
カイルとファルシュの関係はぼかしつつ、2層内で何が起きたのか、どう収束したのかを話すと、エゼロはようやく深い溜め息をついた。
「どう、満足した?」
「ああ。
どうやらこの国の未来は明るいらしいな。
だがお前にはガッカリしたぜ。
情に厚いと聞いてたんだがな」
……こいつの言葉は、つくづく気に食わない。
地球にいた頃、生徒に一方的にプレッシャーを与えては勝手に失望するキモい教師によく似ている。
「お前の期待に価値は無いよ。
図に乗るな」
つまらなそうに鼻を鳴らすエゼロを白い目で見ていると、ムアが袖を引いてきた。
「ん?」
「ムアのギルドカードが欲しい」
「あ、そうだった。
ムアはそのままの名前でギルカ作って貰うから」
「勝手にしろ。
……つーか、この小娘が雲海のムアなのか?
なんの獣人だ?」
「ムアはムア」
深いようでありのままの事実を述べるムアは、まぁ……つまりムアである。
「種族とかは知らんけど、不思議な存在だと思ってくれればそれが正解だよ。
で、手続きは受付ですればいい?」
「もう1つある」
席を立とうとする俺をエゼロが呼び止める。
「なに?」
面倒臭さを隠さず見せてやれば、エゼロは初対面の時のように髭面を大きく広げて笑った。
「提案だ。
お前が欲しい情報をくれてやるよ。
その代わり、俺からの依頼を受けろ」
「断る権利が欲しいから嫌だね」
「なら情報1つにつき依頼1つ。
どうだ?」
「………」
正直、願ってもない提案だ。
だがこいつから回される依頼は前科持ちである。
以前帝国の金級が彷徨く依頼を押し付けられそうになったのだから、どうせろくでもない依頼が回されて来るのだろう。
しかし現時点では白紙同然なのも事実。
………予備の手段としてあるに越したことは無い、か。
「いいよ。
じゃあ必要になったらね」
「なら契約成立だ」
……ゴツイ手を差し出しニタリと笑うこいつを、俺は生理的に受け付けられないらしい。
「……必要になったらね」
手首まで飲み込まれた腕を大きく振られ、良くない縁を作ってしまったのではと、少し後悔するのであった。
●●●●
部屋を後にすると、バラニ率いる生徒達はもう居なくなっていた。
「あっ! 他の学生なら北門に行ったぞ!」
親切なギルド職員から受け取った依頼書には、薬草採取と書かれている。
どうやら王都北門から出てすぐの所でウロウロするつもりのようだ。
「参加の手続きをするからギルドカードを見せてくれ」
「あ、待って。 この依頼ってどのくらいかかりそうか分かる?」
「日暮れまでには帰ると言ってたが……」
どうする? と、ムアに視線で問う。
「久しぶりにカイルに会いに行く」
「お、いいね。
なら悪いけど、今日の依頼の参加は無しで。
代わりにムアのギルカを新しく作って貰える?」
「いいのか? 後で怒られても知らないからな」
「ご心配どーも。
怒られたら甘んじて受け入れるよ」
こうして、ムアはギルドカードを手に入れたのであった。
「……木」
受け取ったギルカの軽さに、ムアが不満気に呟く。
「俺のも最初は木だったでしょ。
直ぐにお揃いになるよ」
俺の言葉にギルド職員が興味を示した。
「あんたは何級なんだ?」
「銅。 そんな目立った級じゃないよ」
それを聞いたギルド職員は苦笑すると、わざとらしく声を潜めて教えてくれる。
「銅級で燻ってる奴は大勢いる。 やめとけ」
「っと、失礼」
おっしゃる通りで、聞き耳を立ててた連中の半数近くが僅かに苛立っているようだ。
「これ以上失言する前に出てくことにするよ。
あ、もし学園の人間が俺達の行先聞いてきたら、身内の権力者に会いに行ったって伝えといて」
それだけ告げてカウンターから離れようとすると、ギルド職員が引き止めてくる。
「もう少し、ゆっくりしていった方がいいんじゃないか?」
「大丈夫、俺らの方が強いから」
「……?」
親切心で教えてくれた彼に感謝しつつギルドから出ると、元気な男の子達が輪になって出迎えてくれた。
「新興勢力?
それとも2週間前には俺に立ち向かう勇気が無かった臆病者かな?」
「どっちでもカイルの邪魔」
俺とムアは最寄りの路地裏を確認しつつ、男達に歩み寄るのであった。
●●●●
「いる?」
「いらないからしまって」
調達してきたお土産をカイルにすげ無く断られ、ムアはむくれながらも生首を霧に飲み込んだ。
「四層の状況はよく分かったよ」
「まだ四層に手出す余裕は無さそ?」
「うん」
カイルは本棚の隙間に潜めていた1枚の紙を取り出すと、俺達の前に浮かべた。
「『ベネワ・アルサン』『クト・エント』?
誰これ」
「国王派で、主に王都に巣食ってるウジ虫。
潰したいけどただ殺すだけだと空いた巣穴に別のが入ってくるだけだから徹底的に殺ろうと思って」
話しながらジワーっと怒りが溢れるカイルに苦笑する。
「何があったのさ」
「……色々調べてみたけど、王都は国として機能してないよ。
国王派の貴族達が支配下を増やそうとして好き勝手縄張りの奪い合いしてる。
ほんとに酷いよ。
見てこれ」
新たに広げられた王都の地図には様々な色が塗られており、塗りつぶされている所が各貴族の縄張りなのだとか。
「まだ全部わかってるわけじゃないけど、4層まで貴族達の支配下になってる。
地獄引きで今まで顔を効かせてたギャング勢力が軒並み無くなって、今はこぞって取り合いって状態なんだよね」
「このままだと同じ状況になっちゃうから、連鎖を断ち切ってしまいたいよと」
「そう。
お願い出来る?」
「任せて!」
金色の髪をわしゃわしゃ〜と撫でるムアからカイルを救出しつつ、確認する。
「さっきの話の感じだと、俺らは証拠を奪い取るような態度がいいね?」
「うん。 乱暴でいいし、むしろ派手に暴れてくれた方がいいかな」
「期限は?」
「1ヶ月くらい」
「おっけいよん」
仕事の話が纏まり、ソファに深く沈み込む。
流石は高級なソファだ。
人をダメにするソファはこちらの世界にも魔の手を伸ばしているらしい。
「そういやこっちはルトレリと停戦出来たけど、そっちは進展あった?」
「進展……なのかな?
ミラスの仕える貴族家の当主と会えたよ」
「あれって貴族に仕えてたんだ」
ルトレリが学園のお偉いさんだったから、金級冒険者は全員ある程度自由な立場かと思っていたが、そうでも無いようだ。
「カイル確保に出て来たって事は国王派の貴族なんだよね?」
「うん。
ヒーディア家当主、『レヴァド・ヒーディア』。
話した感じ、癖は強いけど国王派の数少ない常識人って印象かな」
「良識がある? それとも状況が理解出来てる人間?」
「後者」
「なーる」
良識が無いのは宜しくないが、マルズロのように欲望に囚われない人間がいるのであれば、数少ない救いだろう。
「マルズロの代わりにする?」
「まだやめとくよ。
もうちょっと情報が集まってからかな」
「残念」
心底残念そうに口を尖らせるムアは、隙あらばマルズロの命を狙っているらしい。
だが何時もブレーキ役のカイルが本気で検討している程度に、マルズロの評価は酷いようだ。
「マルズロは最近どうよ」
「前までは怯えて何もしなかったんだけど、最近メイドに手を出そうとしてたから締めたくらいだよ。
政治への関与は何処ぞの悪夢さんが怖くて出来ないみたい。
他の国王派も同じような感じかな」
そうか。
今更ながら、国王は国王派側の立場になっちゃうのか。
……だとすると少し懸念が出てくる。
「復興派からの圧とか干渉はどうよ?」
「今の所は全然。
探りは入れてきてるみたいだけど……壁があるのはギニンでよく知ってたでしょ?」
「あー………まぁ」
軽蔑や拒絶、共通の敵って扱いだったからなぁ。
その親玉にカイルがなってしまった以上、敵対はしなくとも危害を加えられるような事は防がなければならない。
政治なんぞ知るか!と目先の人間と仲良くしていたのがモロに裏目ってしまった。
それは誰よりもギニンの民と接していたムアが1番理解しているようだ。
「何があってもムア達はカイルの味方」
「それは間違いないね」
口酸っぱく言う俺とムアに、カイルは構えるでも無く笑う。
「分かってる。
だからもう謝ったりお礼も言わないよ。
そのうち強引な政策とかやるつもりだから、刺されそうになったら一緒に逃げてよ?」
「任せて」
「俺らがいる限り退路は何時でも確保済みよ」
すっかり冷めたお茶で口を潤していると、カイルが「あ」とこぼした。
「復興派で思い出したけど、前言ってた『雷槍コクノイア』っていたでしょ?」
「確か帝国の金級だったっけ?」
「そうそう。
最近活動範囲広げて平気で領土侵略して来てるからって、復興派が苛立ってるみたい。
今の所国仕えの金級でまともに話が出来たのティラックだけだから、怪我治してあげて一緒に追い払ってくれない?」
「考えと…」
軽口を叩こうとし、ふと思い出す。
「………今、帝国側って危ないね?」
「もちろん。
……どうかしたの?」
俺とムアはソファから跳ねて立ち上がると、窓を叩き開けた。
「ちょい急用」
「結界に穴開けて」
カイルに開けてもらった結界の隙間からすり抜け、悪夢の姿を晒し駆けるのであった。




