認知
部屋の外から2人の強烈な負の感情を感じ、恐る恐る覗いてみればリーチェが真っ白な顔でもどしていた。
どうやらラグニィは部屋に戻ったようだ。
一旦リーチェを部屋に入れて落ち着かせるべきだろう。
話を聞くのはその後だ。
「ノゾムはリーチェと居てあげて。
ムアはラグニィの部屋に行く」
「任せた」
あっさり部屋に入って行くムアを見るに、ラグニィも鍵を忘れるほどの事があったらしい。
「おいおいどうしたよ。 喧嘩でもした?」
「ぅっ……」
顔を隠しながら1人で歩こうとするリーチェの気持ちは分からんでも無いが、今の負の感情を見るに、このまま一人にするべきでは無いのは明白だ。
口元や手を湯で洗いつつ、抱き上げ部屋に連れ戻す。
腕の中で更に縮こまるリーチェをソファに放り投げる訳にもいかず、抱えたまま座り込む。
底無しに湧き出てくる負の感情を吸い取りつつ落ち着くのを待っていると、ようやく腕の隙間からこちらを覗く琥珀の瞳が見えた。
「……どこ?」
「俺の部屋」
俺の言葉を疑うように、泣き腫らした顔で周囲を見渡したリーチェは、フラフラと立ち上がった。
「……帰る…っ!」
「おっと」
もつれた足で受身も取らずに倒れようとするリーチェを、滑り込んで受け止める。
「こんな状態じゃ帰せんって」
「……帰してよ」
顔を伏せて突っぱねるリーチェだが、反動でまたふらついてるようでは、とてもじゃないが帰せない。
「……何で」
「何でってそりゃ、心配だからに決まってるでしょうが」
「っ!……」
リーチェはグシャグシャの顔で何かを言いかけ、またボロボロと泣き出してしまう。
「……駄目だよ……私なんかに優しくしたら……」
ポカポカと俺の胸を力無く叩く手を捕まえる。
「私なんかって……何があったの?」
今度こそ捕獲し、ソファに深く座らせる。
「…っ…!…」
しかしイヤイヤと首を振るリーチェは、固く口を閉ざすばかりだ。
このまま真っ直ぐに詰めれば、苦しめるだけだろう。
逃げられないようにソファの前に膝立ちし、目線を合わす。
「……俺はリーチェが私なんか、なんて言わなきゃいけない人間だと思った事は一度も無いけどね」
「……アギトには分かんなくていいよ」
「っ……」
グサッと来るがここは耐え、口を開いてくれた状況を1歩前進と見る。
だが先程までの攻め方では、再び籠城されるだけだ。
ならば……
「リーチェは俺に素直って言ってくれたけど、リーチェは俺以上に素直だし……それが凄く鋭利な刃物みたいだと思ってる」
「……どういう事?」
よし、興味を引いた。
「リーチェの素直は透き通ってて、透き通り過ぎてて、俺みたいに悪いことばっかりしてる奴は、眩し過ぎて目が焼かれちゃうからさ」
「……何それ」
詰まった息を吐き出すように笑うリーチェに余計な事を考えさせぬよう、同じように笑ってみせる。
「だから俺にとってリーチェは……強いって言うのが合ってるのかな?
赤脈旅団の3人と同じくらい尊敬してて……目が焼かれないかビクビクするような凄い存在なんだよ」
「訳わかんないよ」
そう言ってようやく笑ってくれたリーチェだが、次第に尻すぼみになってしまう。
離れようとした手を握り直し、再び問う。
「悪名高い骸のアギトを怖がらせるようなリーチェが、どうして卑屈になってるのさ」
「………」
もう抵抗の無い手を握り待っていると、意を決したリーチェの掠れた声が聞こえきた。
「………私は、何にも考えてなかったから」
黙って続きを促す。
「……私はラグニィみたいに、自分がどうしたいのかも、何が出来るのかも、将来の事も……覚悟も、何にも決まってない」
静かに頬を濡らす涙は、数日間の堰を切って溢れ続ける。
「ムアちゃんとアギトが一緒にいて苦しくなってる間に、ラグニィは全部受け入れて前に進もうとしてた。
アギトが行動に移したらどうなるか分かってるのに、ラグニィが先にみんなの前に立って守ってくれた。
私は何にも出来てなくて、ラグニィみたいに、何があってもアギトに着いていくなんて、まだ考えて無くて……」
「うんう…………ん?
着いてくる?」
モグモグしていた話に小骨を発見し咀嚼が止まる。
着いてくる?
………待て待て待て待て待て。
ラグニィの着いてくるって意味で考えると、ここまで聞いていた話の内容がガラッと変わってしまう。
「り、リーチェちゃん? ちょっといいかしら」
グルグルする頭の中で答えを出そうとするも、目の奥を覗き込んだリーチェが遥かに早く答えを導き出した。
「うっそでしょ!? 気付いてなかったの!?」
「いや分からんよ!!
生まれてこの方、ムアまでずっと恋愛とは無縁だったんだが!?」
「そんな事無いでしょ!!
じゃあネックレスは何でくれたの!!」
「純粋に心配だったからに決まってるでしょうが!!」
「………」
「な、何さ………」
突然黙り込んだリーチェにジト目を向けられ、たじろぐ。
「嘘。 独占欲があったよ」
「………」
そうだったのだろうか……
……いや、リーチェの前で、建前や誤魔化しが全て無意味なのはよく分かっている。
「ぐ……そうかもしれない」
「配給依頼の夜から、意識してなくても気付いてたよ」
「……そうだったっけか」
覗き込んでくるリーチェから逃れようと顔を背けるも、握っていたはずの手を逆に引っ張られてしまう。
「冒険者達に襲われた時も、身内を守るって気持ちだけじゃ無かったの知ってるよ」
「………」
もはやぐうの音も出ず、恐る恐る顔を上げる。
「あ……」
リーチェは泣き腫らした顔で、安堵の笑顔を浮かべていた。
「……1人にして、ごめん」
思わず口をついて出た言葉は、震えていたかもしれない。
俺は……親しい人の人生を、ここまで左右していたのか。
目が合ったリーチェの顔が背けられる。
「待って、今そんな事思わないでよ……」
肩を震わせるリーチェの手を、握ることしか出来ない。
2人して冷え切った手を握り、脈を重ねるように気持ちを落ち着ける。
「……ねぇ、ノゾム?
学校卒業したら、私も旅に着いて行っていい?」
「……勿論。 嫌だって言ったら、ムアと一緒に拉致りに行ってただろうし」
「2人がかりだったら逃げられないなぁ」
「俺1人だったら逃げられるとでも?」
俺の挑発に、リーチェは煽るように微笑んでみせた。
「だってノゾムは情に絆されやすいでしょ?」
「こんな風にほだしてくるのはリーチェくらいだよ」
「っ……」
八つ当たりの手のひらが、俺の二の腕を強かに打つ。
「痛っ」
「……最近苦しかった分」
「ごめんて」
「………?」
リーチェに服をめくられ、真っ赤な手形が着いた肌が顕になる。
指先までクッキリ浮き出た真っ赤なもみじに、顔を見合わせて吹き出した。
学園に入ってようやく、心の底から笑えた気がした。
………なんて考えていた俺は、相当なアホなのだろう。
「ただいま。
ラグニィがノゾムの事好きだから旅に着いて来るって」
「ちょっとぉ!?」
引き留めようとして力負けしたのだろう。
腰に鯉のぼりのようにラグニィをくっ付けて、ムアが入って来たのであった。
●●●●
「………」
「………」
「………ゴクッ」
カップを握りしめて言葉を待つリーチェとラグニィに挟まれ、ムアのみが呑気にスープをすすっている。
色々あったが、率直に言ってしまえばリーチェとラグニィは俺の事を好いてくれているようだ。
ありがたい。
ありがたくはあるが……今更になって罪悪感が凄まじい。
「……まず、ムアはいいの?
2人が旅に着いて来たいって言ってるの」
先程調子の良い事を言ってしまったが、日本人の常識で考えれば宜しくないように感じてしまう。
だがムアはあっさりと首を縦に振った。
「いい。 一緒にいた方が楽しい」
「楽しいって、その………………嫌では無い?」
かなり言いにくくはあるが、こればかりは俺が切り出さねばならない。
有耶無耶にして毎日負の感情がザブザブ溢れるようでは、固有能力の有無に関わらずバッドエンドしか訪れないだろう。
生首になってヨットで連れ去られる未来が見える見える。
「なんで?」
「なんでって……。
そりゃあ、好きな人に他の異性が近付いてたら嫌でしょうに」
ムアは理解しようと考え込んでいたが、自分なりの答えを纏めてくれたようだ。
「……ノゾムは何があっても一緒にいてくれるって言ってたから、異性が居てもムアの事は忘れない。
それに、リーチェとラグニィは好きだから、ムアも一緒に居たい。
あ、でも異界の民の女が来たらムアも嫌だ」
「「………」」
リーチェとラグニィが、物言いたげにムアを見ている。
うん、言いたいことは分かるよ。
この子純粋過ぎるんだわ。
誓った愛があっさり裏切られる話は、地球でも異世界でもありふれている。
だが、その期待に応えたいと思ってしまうのも事実。
………でもなぁ。
なら「ムアの為に2人とも一緒になる!」とか言い切れるほどのアホにも、クズにもなりきれんのよなぁ。
だって俺の醜い感情が、リーチェとラグニィとも一緒に居られるって喜んでるんだもの。
嫌になるくらい『男』である。
この場だけの利害の一致で言ってしまえば、ムアハッピー、俺ハッピー、リーチェとラグニィも口に出した望みが叶ってハッピーとも取れる。
だがその後はどうだ?
ムア1人でも身に余る存在なのに、負けず劣らず魅力的な2人を抱えて幸せに出来るだろうか。
グルグルグルグル考え込んでいると、頬に手を添えられ顔を上げる。
「ノゾム、何が嫌か見せて」
「え、ちょ……」
抵抗の余地無くリーチェに目の奥を覗き込まれ、考えを見透かされてしまう。
いったいどんな冷や水を浴びせられるのだろうと身構えた。
「……ノゾムの中で、私とラグニィが着いて来て不安な理由は何?
漠然としてて分からなかったから、言葉にしてみて」
これはこれで酷な事を仰る……。
「……しあわせに……」
あっぶね。
言いかけて思いとどまる。
こんな情けない泣き言を言えるほど悩んでいい立場じゃないぞ。
もう一度考え無し、自分の根底にある確信に触れる。
「……俺の居た国では複数の女性との結婚とかが無かったから、幸せに出来るイメージが浮かばないんだよね」
それを聞いてリーチェは驚いた。
「え、お金持ちも?」
「そーよ。 2人目は浮気、不倫、愛人って良くないイメージばっかりだったから」
「私が昔居た村だと村長とか有力者は妻が2、3人は居たよ。
血を絶やさないようにって」
「ドワーフは重婚がある土地もあるそうですし、私も抵抗はありませんよ」
………死にやすい世界だからかな?
もうここまで説得されると、俺が意地になっているようにすら思えてくるが……
ああ、そうか。
「もう1つあったわ。
好きな人が、他の人とヤッてたりすると苦しいでしょ?」
「「……」」
ですよね。
核心はこれだ。
2人から僅かにこぼれる負の感情を、確かに感じる。
「はっきり言ってしまうけど、俺はムアとしてるよ。
これからもする。
それで苦しい思いをさせたくは無い」
「ムアちゃんはいいよ」
「私も、ムアなら良いですよ」
ムアへの信頼厚いな。
……うん、そこでは無いね。
「……2人とも、何があったのさ」
「「………」」
またこれだ。
俺とムアへのヘイトは無いのに、リーチェとラグニィの間でバチバチしているのだ。
2人の問題……なんて無責任な事は言えんよなぁ。
心当たりを辿れば、確かに思い当たる節がある。
ゲル浄化作戦の最後に対抗していたのは見ていたが、あれは俺をダシにしている訳では無かったのだ。
新たに発見してしまった問題に神経をすり減らしつつ、今日のところは解散させるのであった。




