知らない世界
翌日
俺達は再び冒険者部に来ていた。
今日から部活内容に取り組むとの事で、昨日よりも大勢集まっているようだ。
「近距離は『リレイエ』、遠距離は俺の所に来てくれ」
カルノの号令でゾロゾロ移動する上級生に習い、新入生達も後を追う。
「……」
俺と離れると知り、不穏な空気を滲ませるムアの耳を撫でる。
「変なのに絡まれたら直ぐに助けに行くよ」
「ノゾムも弓を持つべき」
「私も一緒に行くから」
ごねるムアに見かねて、リーチェが手を引いてくれる。
「リーチェが居るなら……」
「でしょ。
一緒に頑張ろ!」
重い足取りのムアを引っ張るリーチェに、念の為声を掛ける。
「もしヤバくなったら、揉め事が起こる前でも呼んでね。
……腕力とかそのままだから」
リーチェは引き攣った笑みで頷くと、ムアの手を浅く握り直していた。
「そのままなんですか」
一方、近距離仲間として同行するのはラグニィだ。
「そのままなんだわ。
シンズで絡んで来た傭兵を、素手で挽き肉にしちゃう前科持ち」
「うわぁ……」
想像し身震いするラグニィだが、その抱えているハンマーにふと思い出す。
「そう言えばハンマー新調するの?
そんなに傷んでないように見えるけど」
「中の魔鉱がかなり劣化していて、魔力の通りが良くないんです。
だから魔力媒体として使うには勝手が悪くなってしまってるんですよねぇ」
前にも魔力媒体がどうとかって言ってたな。
「そういや魔鉱ってどんな物なん?」
「魔鉱とは、魔力を通す鉱石の事です。
種類によって効果は色々変わってくるんですが、基本的には魔力を通さない鉱石に混ぜて使うんですよ」
「なら魔剣とかにしたければ魔鉱を混ぜよと」
「そうです。
普通に使っていればそうそう劣化しないものですが、父が休みの日に鍛治で使ってしまうのでこの有様ですよ!
分かります!?」
ズンと突き出されたハンマーを見てみるが、ズブの素人には分からんです。
てかドワーフは日曜大工で鍛治するんだなぁ。
「あれ、タキ?」
新入生の群れの中から現れたのは、見覚えのある好青年であった。
彼は確か………誰だっけ?
「やっほー、久しぶり〜……」
名前を呼ばずに乗り切ろうとする俺の太腿に、肘鉄が刺さる。
「…ガトアですよっ。 あなたが放置して送り出した男の子ですっ」
「んな人聞きの悪い。
夢を追って突き進む彼を止めるなんて、この汚れた俺には出来ないさ」
「真っ黒でしょう……お互いに」
そう言ってラグニィは自嘲気味な笑みを浮かべた。
ダメージ受ける自虐はやめい。
「なら道連れだね。 フォローよろ」
「全く……」
人の波の掻き分けてやって来たガトアは、俺達の前まで来ると安堵したように笑った。
「タキも冒険者部だったんだな!
良かったよ、『ラフェレ』が遠距離の方に行っちゃったから、一緒に模擬戦する相手がいなくてさ」
「模擬戦なんてするんだ?」
「2人1組でな!
先輩達が回って教えてくれるらしいんだ!
模擬戦一緒にやろうぜ!」
あ、これはいけませんよォ……
無言で隣下方に顔を向ける俺を、視線で追うガトア。
「………」
そこには当然、冷ややかな微笑を浮かべるラグニィさんがいる訳で……
ガトアはサーッと顔を青くすると、素早く頭を下げた。
「ご、ごめん!!
気づかなかった!
他を当たってみるよ」
「まぁ待ちなさいな」
慌てて立ち去ろうとするガトアを引き止める。
「すぐ謝ったしいいんじゃない?」
ラグニィはそれでもムッとはしていたが、腕組みを解くと溜息をついた。
「3人で交代しながらしましょうか。
私なら多少指導出来ますし」
「え、いいのか!?」
途端にパアッと明るくなるガトアを、調子に乗るなとラグニィが睨む。
「これでも銀級ですし、あなたより年上なので」
俺とガトアは顔を見合わせて笑うと、ツカツカ歩くラグニィの後を追うのであった。
●●●●
ムアの手を引きつつ、リーチェは悶々としていた。
聞きたいことはただ1つ。
タキこと、アギトとの関係である。
「……」
「?」
チラと振り返れば、そこに居るのは天使のような美しい姿が目に入る。
雲のようにふわふわした白い髪に、眠たげながらパッチリした大きな瞳。
流し目で周囲を虜にする長いまつ毛に、キメ細やかな肌。
そして、豊満な体。
躊躇いなく触れ合う姿は、最後に会った時と変わらないように見える一方で、人の姿では解釈が変わってしまい、また胸を掻き乱す。
「リーチェ、空いてる的ある」
「えっ? ほんとだ」
立ち位置に用意されていた矢を掴んだムアが、早速弓につがえる。
「先いい?」
「どうぞ。
ってムアちゃん様になってるね」
「アルがやってるのを見てた」
凛々しく弓を引くムアは、僅かな溜めの後一息に矢を放った。
ドッと鈍い音が響く。
目を凝らして見れば、矢は的を支えていた木に突き立っていた。
「おしい」
「いやいや、初めてにしては上出来だろう」
ノシノシと近付いてくるのは、昨日のロン毛筋肉ことカルノである。
見上げるような巨躯のカルノだが、リーチェは彼を警戒していなかった。
カルノの視線からは、下心を感じ無かったのだ。
あるのはむしろ、同情に近い。
そして、リーチェの感覚は合っていた。
「ムア、君は固有能力で矢の角度を見ているんだろう?」
コクリと頷くムアに、カルノは「やっぱりか」と微笑む。
「俺も同じでな。
ただし、その固有能力を活かすにはまず基本の姿勢を身につけなければいけない。
真似するんだ」
カルノは背に担いでいた巨大な剛弓を持つと、ムアが追いつけるようにゆっくりと構える。
ギシ………
巨大な弓が家鳴りのような軋み音を鳴らし、弦がピンと張られる。
嵐の前の静けさに息を潜めているリーチェの背に、不躾な視線が刺さった。
「違う違う。 もっとグッと胸を張るんだよ」
突然話しかけて来たのは、アギトと同年代頃も思われる若い男子達であった。
だがその印象は軽薄で、舐めるような視線を向けて来るあたり、ロクな連中では無さそうだ。
カルノは彼らを見てあからさまに顔を顰める。
「弓を引いている人間に話しかけるなと、何度言ったら分かるんだ?」
先程とは打って代わり、ビリビリ響くドスの効いた声で咎めるカルノ。
だが男子達はお構い無しどころか、視線はリーチェとムアから外さず近付いて来る。
「指導してあげるんですよ、指導。
弓はもっと、身体を反らせて…」
男子の1人がムアの背後に立ち、手に触れようとした瞬間であった。
「うぇ」
奇妙な声を残し、男子生徒が消える。
少し遅れて届いた轟音の先を見れば、的が支えからへし折れ、その向こうに男子生徒の足が見えていた。
「良い狙い」
思わずガッツポーズするリーチェだが、周囲の唖然とした様子に慌てて澄まし顔を取り繕う。
「……」
呆然と立ち尽くす残党に、ムアの鋭い視線が向けられる。
次は誰だ、と。
だが残党らの背後に現れた姿に、一転してムアの気配が緩んだ。
「ノゾム」
「ごめん、もうちょい早く来れば良かったね。
………で、こいつら何?」
意図的か無意識か、声に込められた呪詛に誰もがビクリと肩を震わせる。
「こんなセクハラして来るクズがいるとはねぇ。
あんたらも同類か」
狙いを定めたタキの進む先を、慌ててカルノが阻む。
庇われてなお身をすくませたままの残党を、アギトは鼻で笑った。
「か弱く見える女の子には手を出せて、格上が出て来たら尻尾巻いて鳴き声も上げられないと来たよ。
これが先輩?
重ねた時間、無駄だったんじゃない?」
「それくらいにしておけ」
巨躯を活かして威圧的に見下ろすカルノに目もくれず、タキは冷たい瞳で残党を見据える。
「こらっ何してるんですか」
止めに入るラグニィを、タキはやんわりと抑え囁いた。
「大丈夫、乗って来るから」
「誰が格上だって!? ああ!?」
カルノを押し退け詰め寄る残党達に、タキがほくそ笑む。
だが傍から見ていたリーチェは、突然威勢を取り戻した残党らに違和感を覚えた。
「……ねぇ、ムアちゃん。
もしかして今、『怒り』を煽ったの?」
手を魔法で洗っていたムアは、目を逸らさずに頷く。
「そう。 ノゾムはその場で解決したがるから、旅の間に結構やってた」
「……確かに、その傾向あったかも」
思い出せば、アギトの仕返しはその場で直ぐさま行われていた印象が強い。
持続的な呪いを仕込む時も、一発で確実に行っていたように思える。
「結局こうなりましたねぇ」
打つ手が無くなったラグニィが、ムアとリーチェの元へやって来て溜め息をついた。
「あなた達、身を隠す気あるんですか?」
ラグニィに疑われ、ムアの視線が泳ぐ。
「これは……なんとか……そう、正当防衛!」
「それアギトから学んだ言葉でしょう。
ダメですよ、悪い事覚えちゃ」
「ちょっと」
「あ」
リーチェにつつかれ、ラグニィは自らの額を小突く。
「……慣れませんね。
そう言えばムアはノゾムって呼んでますよね?」
「前の世界の名前」
「そうなんですね……」
ラグニィは少し考え込んだが、ふと何かを思い付いたらしく手を叩く。
「私もノゾムって呼んでもいいですか?」
「好きに呼んだらいい」
あっさりしたやり取りに、リーチェが動揺する。
「良かったです。
以前を知っている身としては、タキって何だか不思議な感じがしてたんですよねぇ。
文字数が合ってる方が呼びやすいですね!」
『な……なんてふてぶてしい……』
グルグル考え込んでいた自分を思わず恥じるリーチェの前で、ラグニィはまだまだ止まらない。
「そう言えば昨日話していた武器の件で、今夜部屋に行ってもいいですか?」
「いいよ」
無警戒なムア相手に、着々と準備を進めるラグニィに戦慄していたリーチェだが、ハッと我に返る。
「私も! 私も行っていい!?」
「いいよ。
2人なら何時でも来てくれればいい」
「やったー!
じゃあ甘えちゃいますね!」
ムアと抱き合う腕の中で、意外そうな顔をするラグニィと目が合う。
「っ……!!」
静かにゴングが鳴った頃、タキことノゾムの膝蹴りが最後の残党の鼻を潰し、勝利を収めていたのであった。
●●●●
「結構痛い目見せたけど、これで懲りたかなぁ」
「諦めてくれるといいですね!」
「……まだ狙ってるかもしれないから、気を付けた方が良いよ」
にこやかに相槌を打つラグニィとは逆に、リーチェが心配してくれる。
で、肝心の話題の中心はと言うと、壁際のハンモックに座り、感慨深げに俺達を眺めていた。
「みんなが揃うの、ゲル浄化作戦の時みたい」
満足気に頷くムアだが、それは少し違う。
「ムアだって何時も一緒にいたでしょ。
こっちこっち」
「コロッケ届けた時以外は居た」
2日間離れ離れになったのを思い出したのか、ムスッとした顔で飛び付いてくるムアを抱き締める。
「コロッケって一緒に作ったやつだっけ」
「そうだったんですか? 凄く美味しかったですよ!」
「……良かったね」
「……?」
視線で問うてくるムアに、どうも違和感を覚えていたのは俺だけじゃ無いと確信する。
「リーチェ、今日何かあった?」
「……え、私? 何にも無いよ!」
……これは怪しい。
思い出したように心を閉ざすリーチェだが、つい先程までジワジワ漏れていた負の感情はごまかせない。
「昼の奴らに何か言われた?」
「あの人達とは全然話して無いよ。
慣れない環境で色々あって、疲れちゃったのかも」
「ふーん?」
嘘を見分ける固有能力は無いが、はぐらかされているのは流石に分かる。
ムアも同じく気付いたようで、獣の姿に変わると、リーチェをグルリと包んで捕獲する。
リーチェはしばらくムアの毛並みを触って確かめていたが、やがて安心したのか何時ぞやのように全身でムアに沈み大きく息を吐いた。
「今日はムアと寝るかい?」
「もういっそのこと、この部屋で寝ちゃおうかな」
「ガウッ!」
モコモコの毛皮でリーチェが見えなくなるほど包み込むムアは、今夜は帰さないつもりらしい。
「……でも一緒に出てくる所を見られると、先生に何か言われるかもしれないですね」
「確かに、そのリスクがあるか………」
ただでさえ他の生徒の目がある手前、男の部屋に入り浸っていれば、リーチェやラグニィが軽く見られかねない。
「そう言う訳だ。
武器は注文通り作っとくから、2人とも今日は早いとこ帰んなさいな」
「えー」
わざわざ人の姿に戻ってぶー垂れるムアが足にしがみついてくる。
「見てる人が居なくなればいい」
「犯罪者の発想だぜムアちゃんよ。
俺も人の事言えんけれども」
ムアを足に引っ付けたままよっこいせと歩き、2人を玄関まで見送る。
「明日使えるようにしとくから、調整とかは部活中にしようぜい」
「ありがとうございます! でもちゃんと休んでくださいね!」
「また魔力使い過ぎて倒れないでよ?」
メッ、と2人に言われてしまい、説教されちゃ堪らんと早々に扉を閉める。
「さて、お仕事しますか」
「倒れたら齧る」
「ムアまでそんな事言うんか」
「ムアは色んな人に『アギトをよろしく』って言われてるから」
ありがたい反面、ギニンの連中の顔が浮かび頭痛がする思いだ。
俺はそんなに一人じゃ何も出来なさそうだろうか。
「?」
ぼんやり見つめていたムアが首を傾げる愛らしい姿に、張っていた意地が馬鹿らしくなってしまった。
「ま、限界までやってみますか。
ピンチになったらムアが齧って教えてくれるらしいし」
「それはいけない」
「判断が早いっ!」
すぐさま変身して丸かじりしてくるムアから身を守りつつ、早速魔石を作り始めるのであった。
●●●●
扉が閉まると同時に、ラグニィとリーチェの笑顔は嘘のように消えた。
「……何のつもり?」
「何のつもりとは?」
リーチェの僅かに震える声に、ラグニィは単調な声で返す。
「さっきの…っ!!」
言いかけ、声が喉の奥で詰まる。
ラグニィの瞳は挑発も驕りも無い、澄んだものであった。
言葉が続かず黙り込んでしまったリーチェに、ラグニィが口を開いた。
「本気ですよ。
1番じゃ無くてもいいんです。
私はノゾムとこの先ずっと一緒に居たいんです」
ガツンと殴られたような衝撃を覚えるも、リーチェは言葉を探そうとする。
「……この先って…」
「当然、これからの人生ずっとです。
2人が学園を卒業したら、旅に着いて行くんです。
ムアは断りません。
ノゾムもきっと、断らないでしょう」
「でも、それは……私が……」
吐いた息は、死人から零れたのかと感じる程に熱を持たない。
「……リーチェはまだ若いんです。
もし理想があるのなら、まだまだチャンスはあると思います。
私は彼を2度も諦めました。
……今度こそ手に入れます」
瞳を介して共有される感情は、熱く胸の内側が焼けつくような苦しさだ。
だが同時に存在する冷徹な理性が、臓物を締め付けてでも目標を見失わぬよう暴れ馬を御している。
身を焦がす、そんな比喩すら生易しいほど燃え盛る覚悟を決めたラグニィに、リーチェは目眩を覚える。
嫉妬と、焦りと、恥ずかしさと、苦しさが入り交じり、口の中に冷たい嫌な味が染み出す。
「うぅっ……ゲホッ……」
屈んで吐き出した自分の惨めさを自覚し、もどしてしまう。
涙に滲んだ視界に、ラグニィはもう居ない。
暗い廊下に、足がどこに着いているかも分からなくなり、ぐらりと視界が傾く。
……打ち所が悪ければ楽になれるのかな……
「………ぃおい、どうしたよ」
「………?」
だが望んでいた衝撃は無く、代わりに今は聞きたくない声が聞こえてきた。
「……なんでいるの……?」
「リーチェが悲しんでるのを感じてね。
喧嘩でもした?」
滲んだ視界に、夢にも現れる灰色が見える。
だが今は見せられない。
こんな姿も、こんな感情も全て知らないで欲しい。
「……大丈夫。 今日は少し疲れただけだから……っ」
手摺を掴もうとした手が空を切り、暖かい手に握られる。
「今1人になるの禁止ね。
俺がいるから楽にしてな」
包むように抱き上げられた安心感にすら苦しさを覚え、リーチェは身を縮こまらせた。




