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第6話 進歩




フィオレンサは自分が前のフィオレンサと違う行動を取っているということは分かっていた。なぜなら前世の記憶が戻ったから。だけどそれを周りは知らない。だから真面目な様子で授業を受け、そして優秀だという噂は皇宮の人間を驚かせた。


何をしてもソツなくこなし、努力家。今までのフィオレンサでは考えられない行動だった。別に前のフィオレンサが優秀じゃなかった訳では無い。ただ、今のフィオレンサはわがままも言わなくなり、ただ淡々と物事をこなしていた。



「私の努力が身を結んだんですよ。侍女長であるこの私のね! 最近の殿下は人が変わったように改心なされましたから」

「さすが侍女長です! 皇女殿下のお変わりもひとえに侍女長の努力のおかげですね」

「ヘイリー侯爵夫人の話では今回のテストでも満点を取られたそうです。皇女殿下の侍女付きで初めて誇らしく思いましたよ」

「あら、初めてだなんて失礼でしょ〜?」


あはははっ!と笑い声が聞こえてくるのをフィオレンサは2階の影からこっそりと見ていた。自分たちの会話を誰も聞いていない、聞かれていても問題ない相手の話をしている、それがあの侍女たちの愚かさだ。


(なにが努力が身を結んだ、よ。何もしてないくせに。食事だって準備を忘れて面倒くさそうにしているくせに。私の侍女になって誇らしく感じたことなんてないくせに)


フィオレンサは心のなかで毒づき、部屋へと戻って行った。鳴らしても誰も来ない意味の無いベルを一瞥し、フィオレンサは持ってきたお湯をティーポットに注ぐ。


初めは上手く茶葉を抽出できずに、苦味渋みの強い紅茶が出来上がっていたが、最近ではその辺の侍女よりも上手く紅茶を淹れる自信があるほど腕は上達した。


(今日はミルクティーにしようかしら。ここ数日はストレートだったし)


フィオレンサはティーカップに紅茶を注ぐと、ミルクを優しく流し入れる。ミルクが混ざった直後の紅茶の色がフィオレンサは好きだった。


だけどそれをティースプーンでしっかりとかき混ぜ、白茶色にする。フィオレンサは音を立てずに優雅にお茶を飲んだ。


(今日のお茶もおいしい。しばらくはミルクティーにしようかしら?)


フィオレンサはティーカップを置き、同時に用意していたお茶菓子をつまむ。今日の授業は既に終わったので、残りの時間はフリータイムだ。


授業の復習でもして時間を潰そうかと考えていると、珍しく扉がノックされる音がする。フィオレンサは口に含んでいたお茶菓子を飲み込むと、無機質な声で入室を許可する。入ってきたのはフィオレンサも予想していなかった人物だった。


「! あなた……」

「初めてまして、皇女殿下。私は陛下の側近であるオーウェンと申します。本日は陛下から殿下への言伝を預かって参りました」

「言伝……?」


フィオレンサは訝しげな瞳をオーウェンに向ける。しかしオーウェンの表情は変わらず、人の良さそうな笑顔をするだけだった。


「陛下は明日の夕食に皇女殿下をお誘いしたいと仰っておりました」

「……二人だけで?」

「現在皇室には陛下と皇女殿下しかおられません。私的な夕食となるためそうなるでしょう」


(今更なんの用?仲良く夕食を共にする仲じゃないくせに……)


フィオレンサは思案した。しかし先延ばしにできるような案件ではない。フィオレンサは一つオーウェンに尋ねた。


「これは、命令? それともただの招待?」

「命令ではございません。ただ、陛下はなるべく参加することを希望しておられました」

「ふーん。まあいいわ。その希望通りに行動してあげましょう」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」


オーウェンは仕事が終わったと言わんばかりに足早で部屋を出た。オーウェンは終始表情を変えなかった。


むしろそれがフィオレンサにとっては自分のことを好いていないということを教えられているようで少し居心地が悪かった。


(笑顔じゃなくて嫌だという気持ちを全面的に出してくれた方がいい。その点、侍女たちはオーウェンより、ましかもね)


フィオレンサは温くなったお茶を飲みながら苦笑いした。自分が動く音しか聞こえないこの空間ほど孤独なものは無いと、フィオレンサは無意識に感じていた。



* * *



皇帝との夕食がある日、珍しく侍女たちは部屋に入ってきてフィオレンサの支度を手伝い始めた。一人で準備を進めようと思っていたフィオレンサからすると少し気味が悪い。


(さすがに陛下に会うからって、こうして手伝われるのは嫌。触れられたくない)


フィオレンサは顔に出さないように気をつけながら淡々と準備を進めていく。今日のドレスはフィオレンサが持っている中でも最も皇女らしい品位のある美しいドレスだった。しかし、長年ドレスを買っていないからかデザインは流行が過ぎたものだ。


ドレスに合わせてコーラルピンクの髪を上下半分に分け、上半分をふたつのお団子にして髪飾りでまとめる。コーラルピンクの髪は何度もブラシで梳かれ、普段とは違う、美しいツヤを生み出している。


まだ子供のフィオレンサには濃い化粧ではなく、程よく赤みが増す程度の薄めの化粧が施された。


支度が終わって鏡を見ると、そこには同じ顔のはずなのに全くの別人に見えるフィオレンサがいた。普段のみすぼらしいドレスや髪型ではなく、ちゃんと支度されたフィオレンサはまさに皇女と言える品位がある。


(この瞳……。陛下に似てるけど色合いが異なる瞳。もちろん亡き皇后には全く似てない色。陛下の胡桃色と違い、私のは金色が混じっている金茶……。だから陛下は余計に私が娘と思えないのかも。自分とも亡き妻とも瞳の色が違うから)


───まあ、実際娘じゃないみたいだけど


フィオレンサは鏡に映る自分に対して皮肉げに笑いながら侍女たちを下がらせた。その際、侍女たちは何か見返りを求める視線をフィオレンサに送っていた。勿論フィオレンサはその視線の意味を理解していたが、何も見ていないかのように無視した。


(今までろくに仕事をしてこなかった人間に、なぜ私が何かをしてあげないといけないの? 私に力があるなら貴方たちなんて真っ先に追い出してあげる)


フィオレンサは迎えが来るまで静かに部屋で待っていた。普段よりも重いドレスに装飾品。今すぐにでも投げ捨てたい衝動に駆られながらフィオレンサは深呼吸をして意識を整える。


しばらくすると、昨日と同じように陛下の側近であるオーウェンがフィオレンサを迎えに来た。フィオレンサは扉の前まで歩いていき、自ら扉を開ける。するとオーウェンは一瞬驚いたものの、すぐにフィオレンサに言った。


「これはこれは皇女殿下。殿下自ら扉を開けてくださるとは。殿下は皇族なのですからそのような事は侍女や私めにお任せ下さい」

「……そうね、次からはそうするわ。でもね、オーウェン。あなたの言うとおり、私は皇族なの。私に命令しないでちょうだい」

「───! そう聞こえてしまったのでしたら謝ります」

「次からは言葉に気をつけなさい」


(品位がないって遠回しに伝えてるの? 侍女がいないことも知ってくるくせに。どうせ私がソファーで待っていたとしても、『さすが殿下、皇族らしく上手く使用人をお使いになられるのですね』みたいな感じで馬鹿にするつもりだったでしょうに)


フィオレンサは前を歩くオーウェンに冷めた視線を向けながら先程の会話を思い出していた。そしてオーウェンはわざとなのか気づかないのか、フィオレンサの歩幅に全く合わせない。


ただでさえ、普段よりも重いドレスに履きなれない靴。いくら速歩で歩いてもオーウェンとの距離は開くばかりだ。


(ああ、やはり誰もフィオレンサのことに興味が無いのね。……それもそうか、この国の皇帝がフィオレンサに興味が無いんだもの。トップがそれなら家臣だってそうなるはずだわ)


フィオレンサはオーウェンを見失わない程度にスピードを落とした。そのせいでオーウェンとの距離は離れていくばかりだが、フィオレンサは『無事場所にたどり着ければいい』と考え、個人のペースで歩くことにした。



* * *



オーウェンは廊下に響く足音が、いつからか自分一人分しかないことに気づき、後ろを振り向いた。そしたら案の定、フィオレンサはいなかった。


(はぁー、いつからいなかったんだ?陛下との夕食まではあと少し時間はあるが、万が一でも陛下を待たせる訳にはいかない)


オーウェンはため息をつきながら来た道をもどる。コツコツと歩いていると、視界の先から深い青色のドレスを着た少女が歩いてきているのが見えた。コーラルピンクの髪がさらさらと後ろになびかれながら歩くその様は、まさに皇族らしい風格があった。


「……あら、貴方が戻ってくるのは驚きだわ。てっきり着いた頃に私がいないことに気づくと思っていたのに」

「申し訳ございません、殿下私の不注意のせいで殿下にご心配を───」

「別に心配なんてしないわ。だから謝る必要なんてないの。分かったら早く前を歩いて。私は場所がどこだか分からないのだから」


オーウェンはフィオレンサに否定され、言葉につまる。そして大人しく前を歩き始めた。


(別にわざと置いていこうとしたわけじゃない。ただ、殿下が予想よりも歩くのが遅かっただけ───)


オーウェンは心の中で言い訳をしていると、後ろから静かにフィオレンサは言った。


「貴方がどう自分を正当化しようと構わないけど、一つだけ言えることがあるわ。もしこのまま陛下に仕える気でいるなら、もう少し周りをよく見る事ね。今回は私だったからよかったものの、他国の大使や貴族だったら危うく国同士の亀裂に繋がるわ」

「───!!」

「ああ、でも私だったから貴方も油断しただけなのかもしれないわね。今の話はなかったことにしましょう。これ以上、あなたと話すことなんてないし」


フィオレンサはそれだけを言うとまた静かに歩き始めた。オーウェンは先程のフィオレンサの言葉で己の行為が如何に陛下の名誉を傷つけてしまうものなのかと大いに反省した。


それと同時にフィオレンサに対する意識も。


(もしかしたら皇女殿下のことを誤解していたのかもしれない……。けれど殿下は私に関心はないだろう。それもそうだ。周りのものと同じような対応をしてしまったのだから。けれど、それがなぜか、とても……)


───悲しい


オーウェンは言葉に出すことなく、己の仕出かしたことを反省した。





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