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第43話 贖罪と過去 3



その日はダンスレッスンやら授業やらで数日ほどフェルさんの元へと訪れられなかった。


(ようやくフェルさんのところに行ける!)


フィオレンサは小走りでフェルさんの元へと向かった。


「フェルさんー! あれ……?」


角を曲がると普段ならいるフェルさんがいなかった。いつもなら鋏を持って伸びてきた茎を切ったり、雑草を抜いたりしてフィオレンサを待ってくれていたのに。


「もしかして家の方にいるのかしら?」


フェルさんがここにいない時は家にいると言われて、少し前に家の場所を教えてもらっていた。フェルさんは皇宮に勤める庭師なのに使用人用の宮に住んでいない。


なぜなのかを聞くと使用人用の宮からここまでは距離があり、行ったり来たりが面倒なのだそう。


(今日はなにをするのかしら)


フィオレンサは軽い足取りでフェルさんの家へと向かった。家には鍵はかかっておらず、いつでも入ってきていいと言われていた。


「フェルさーん、私よ。フィオレンサよ」


玄関口で声をかけても返事はなかった。


「?」


疑問に思ったフィオレンサは中に入り、フェルさんを探した。


一人分の食器に椅子。至るところにある植物。フィオレンサはリビングから順番に見て周った。


けれどフェルさんは見つからなかった。そして最後の扉の前に立ったフィオレンサは扉を開けるか否か、迷っていた。


(ここって……たぶん寝室よね? どこを探してもいなかったってことはおやすみ中なのでは?)


フィオレンサはそう思い至り、おやすみ中に起こすのは悪いと思って引き返そうとしたとき、中からうめき声が聞こえてきた。


「!」


低くて苦しそうな声だったが、間違いなくそれはフェルさんのものだった。


フィオレンサはフェルさんの身に何かあったのではないかと、不躾を承知で扉を開けた。


「フェルさん!…………え……」


けれどそこで見たのは苦しそうにベッドで横にフェルさんだった。頭には雑に巻かれたタオルがあり、そこには血が滲んでいた。


それによく見ると至る所に傷がある。


(な、んで……何があったの……)


とりあえずフィオレンサはフェルさんに呼びかけた。


「フェルさん! フェルさん! 一体何があったの!?」

「うっ、…………殿下……?」


うっすらと目を開けたフェルさんにひとまず安堵した。彼はフィオレンサのために起き上がろうとしていたため、フィオレンサは肩を押して無理やりでも横にさせた。


「だめよ! 今起きちゃ!」

「しかし、殿下の前で……」

「そんなのは今はいいの! それよりも何があったの?」


フィオレンサがいなかったこの数日の間に一体何がフェルさんの身に起きていたというのか。


フィオレンサは状況説明を求めていると、フェルさんは口で説明するよりも早いと思ったのかベッドの近くに置かれている小さな引き出しに手をかけた。


「?」


フェルさんの行動を注意深く観察していると、引き出しの中からハンカチに包まれた何かがあった。それはフィオレンサの手のひらよりも少しだけ大きなもので、とても大切に仕舞われていたのがわかる。


フェルさんはそれを取り出すと、フィオレンサに見えるようにハンカチをめくった。


「っ!? これは……」


ひらりと現れたのは氷のように透明に澄んでいる花弁を持った一輪の花だった。


「どうぞ受け取ってください」

「っ、どうしてこれがここに……!」


フェルさんはアイスフィリンドを手に持つと、フィオレンサの手に触れて優しくそれを乗せた。怪我のせいなのかフェルさんの手はふるふると震えていた。


「殿下が見てみたいと仰られていたので。殿下をお喜びさせてあげたくて……しかし老いぼれの身体にはちと厳しかったのかもしれませんね」

「…………っ」


優しく微笑みながらフェルさんは言った。


(違う違う! 私は、フェルさんにこんな傷を負わせたかったわけじゃない!)


感情の思うままにそう言いたかった。けれどそれじゃあこんなことにまでなってアイスフィリンドを取ってきてくれたフェルさんに対して失礼だ。


「……っありがとう、フェルさん。とっても嬉しいわ」

「それは良かったです。この老いぼれが殿下のお望みを叶えて差し上げることができて」


そしてその言葉でフィオレンサは理解した。


(私が、言ってしまったんだ……『見てみたい』って。だから……危険に思うようになって梯子を使わなくなったというのにそれを使わせてまで私はフェルさんに取りに行かせた……)


フィオレンサは失念していた。皇族のお願いが下のものには叶えなくてはならない命令となることを。


「っ、ごめんなさい……」

「この老いぼれが勝手にやったことでございますよ」


その優しさが今のフィオレンサを追い詰めた。


「今すぐ、侍女たちを呼んでくるわ。フェルさんには申し訳ないけど治療が済むで皇宮に来てもらう」

「……分かりました。大丈夫です、とここで言っても殿下を心配させてしまうだけですから」

「ごめんなさい」

「謝る必要なんでございません。ただ……その花を大切にしてくだされば、私はそれだけで十分です」


手に大切に包んでいたアイスフィリンド。手を開いてそれを見ると、フィオレンサは泣きそうになりながら頷いた。


「もちろんよ。……この花だけはいつまでも大切にし続ける」

「ありがとうございます」




その後、フィオレンサは急いで皇宮へと戻り、フェルさんを皇宮へと移した。どうやら怪我をしたのは一昨日らしく傷は塞がりかけていたが、医者の話によると……


「こ、これでは右腕に後遺症が、残るとおもいます」

「っ、後遺症……!?」

「は、はい。右腕の神経に傷がつき、何かを持つのにも震え、う、上手く力が伝わらないかと」


(そ、そんな……っ)


右腕に後遺症が残り、それ以外でも以前のように体を動かすことは難しいという。


それではフェルさんはもう……庭師として働けないのではないか。


それがフィオレンサの頭に過ぎった。


「……そう。もういいわ、ありがとう。また何かあったら呼ぶわ」

「わ、わかりました」


医師を退出させるとフィオレンサはフェルさんが横になっているベッドに近づいた。


「ごめんなさい……フェルさん」


丁寧に包帯をまかれ、処置を施されたフェルさんはゆっくりと息をしながら眠っていた。


(たぶん、フェルさんも気づいてる。自分の体のことだから、誰よりも……)


傷が癒えるまではここを使えるだろうが、それ以降は使えるかどうか分からない。皇女としての力がほとんどないフィオレンサはこうしてフェルさんを皇宮に呼ぶだけでも精一杯だった。


(それにフェルさんもここに長居することを望んでいないわ。……フェルさんは優しくて欲がないから)


今後をどうするか、フィオレンサはフェルさんが目覚めるまで考え続けた。けれど最終的にはフェルさんの意思を優先させたい。


(そのためだったら……)


フェルさんの手を握りながらフィオレンサは誓った。


「イツワリ皇女だとしても叶えてみせる。……あなたがそうしてくれたように───」




* * *




(あのあと目覚めたフェルさんは自分でもどうするべきか迷っていた。だから私はここを提供した)


使用人用の宮の一角を手配するのがギリギリだったわけだが。



「今回もお話をしてくださり、ありがとうございます。とても面白かったです」

「それは良かったわ。また面白いことを探してくるわね」


フェルさんとの時間はあっという間だ。今までもこれからも。


「そろそろお戻りになられる時間ですね」

「そうね……」


フィオレンサが成長してくるにつれて学ぶこと、成すべきことが増えてきてなかなかフェルさんの所へと来ることができなくなっていた。


それでも今回のように時間を見つけて会いに行くことはしてきた。


(夕暮れ色の空……。フェルさんと見るこの空はとても悲しい色に見える)


フェルさんの瞳が夕暮れのように赤みがかったオレンジ色だからだろうか。フェルさんとの時間のタイムリミットが近づいてきていると、空はフィオレンサたちに見せつけていた。


「……名残惜しいけれどそろそろ帰らないといけないわ。あまりゆっくりできなくてごめんなさい」

「来ていただけただけで十分、嬉しいです」


フィオレンサは席をたち、フェルさんの暖かいしわくちゃな手を握った。その手を握ると、心が落ち着き、安心できる。


「近いうちにまた来るわ」


静かに手を離して扉へと歩いていく。古びたドアノブを回そうとした時、ふいに後ろから優しい声色で呟かれた。



「───もう過去の出来事に囚われ、殿下の時間を奪ってまでここに来る必要なんてありません。……初めから」

「え……?」




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