第41話 贖罪と過去 1
レオナルドとランスロットを連れて騎士団を去ろうとしたとき、フィオレンサは言い忘れていたことがあったのを思い出した。
「騎士団長!」
フィオレンサは二人をその場を置いて小走りで呼びかけた。
「? どうされましたか、皇女殿下」
「お伝えし忘れていたことがあって……!」
少し乱れた呼吸を整えてから、騎士団長を見上げた。そしてしゃがんでもらうように伝える。
騎士団長はフィオレンサのお願い通りに膝を曲げ、フィオレンサの身長よりも少し高い程度へとしゃがんだ。
それを見たフィオレンサは騎士団長の耳へ手を当てて、小さく言った。
「これからは騎士団の予算は増えると思うので、安心して育成に力を入れてください」
「!」
「それと壊れた木剣は私が支払うので皇女宮に出して下さいね」
フィオレンサはそれだけを言うと、騎士団長から体を離してレオナルドたちの元へと戻った。
ちらりと後ろを向くと未だその場に留まっている騎士団長の姿が映り、フィオレンサはドッキリが成功した時のような気分になった。
そしてそれはふたりにも伝わっていたのだろう。レオナルドから興味深そうに尋ねられた。
「なんの話しをしていたんだ?」
「秘密よ。でもそのうちレオナルドにもランスロットにも分かること」
フィオレンサはそれだけ言って二人よりも早く歩き、振り返った。
「今回のことで公子たちは身分とはなにか、それを考えされられる機会を得たわ。この世界では高位の身分の人のお願いはほぼ命令となってしまう」
真剣な表情で聞いているレオナルドたちは以前のような軽い雰囲気ではなく、少し大人へと成長した子どものものであった。
「だから是非とも気をつけてね」
「はい、姫さま」
「二度とご期待を裏切るようなことはしません」
(なんのご期待かしら……?)
ランスロットからちょっと訳の分からないことを言われたが、それでもふたりは大丈夫だと、そう感じた。
「じゃあこの話は本当にここまでよ。あんなに殺伐とした模擬試合に至った理由は聞かないでおくけれど、騎士たちと同じように私もとっても驚いたんだから」
ぷんすかと怒るフィオレンサを見て、レオナルドとランスロットはチラリとお互いを見ると静かに頷きあった。
((やっぱり、姫さま(殿下)を巡って起きたということは黙っておこう))
見事な以心伝心であった。
「なあーに、二人で見つめあってるのよ? ちゃんと反省してちょうだいね」
それだけ言うとフィオレンサはまた前を向いて歩き出した。そして後ろからレオナルドとランスロットが早歩きで追いかけてきた。
皇宮のエントランスホールまで戻るとフィオレンサは二人に言った。
「私はこのあと行くところができたからここで失礼するわ。……公子たちはどうする?」
「俺は帰ろうかと思う。恐らく父さんは今回のことをどこかしらで情報を入手しているだろうしな。早めに帰って反省の意でも示しているよ」
「そう、オズヴェスタン公子は帰るのね。アイメルト公子もそう?」
フィオレンサに問われたランスロットは頷きながら答えた。
「はい。父上の仕事はもうそろそろ終わると思うので。父上の仕事場まで行ってともに帰ります」
どうやらレオナルドもランスロットも帰るということらしく、フィオレンサは近くにいた侍女を引き止めた。
「ちょっといいかしら?」
「はい。どうされましたか?」
「彼らが帰宅するようだから二台分、馬車を用意しておいてちょうだい。ひとつは正面に、もうひとつは東側に」
「かしこまりました」
侍女を見送るとフィオレンサは自分よりも少しだけ背の高い二人を見上げた。
「ふたりの馬車は用意したから帰るのが楽なはずよ。道中気をつけて」
「お気遣いありがとうございます」
「ありがとうございます、殿下」
レオナルドとランスロットはそれぞれの方向へと歩き出した。フィオレンサはそれ見えなくなるまで見送ると普段は行かない場所へと続く道へと足を進めた。
「───さて、それじゃあ私も夕食まで時間があることだし……」
途中にある庭園から花を選び取り、花束にする。今日は明るいオレンジ系の花を中心としたものにした。
(今日は何をしているのかしら)
これはフィオレンサの贖罪だった。
着いた場所は皇宮の端にある使用人用の宮だった。そこの一角、光が差し込みずらい部屋にフィオレンサの求める人物はいた。
「こんにちは。いえこの時間だとこんばんは、かしら」
「皇女殿下。来てくださったのですね」
「ええ、今日はこんな感じの花束にしてみたの。どう?」
「とてもお綺麗ですよ。はじめの頃よりもとても成長されましたね」
「……ありがとう、フェルさん」
目の端に皺を寄せて優しく微笑むおじいさん。彼はフェルという皇宮に勤めていた元庭師だった。
けれど数年前のフィオレンサが今よりも幼かったころに起きた出来事により、彼は庭師を続けられなくなった。
(私が……浅はかだったから)
ここ皇宮にてフィオレンサが心の底から安心できる数少ない人物のひとり。それなのにフィオレンサは彼の大切な仕事を、奪ってしまった。
「今度はどこに飾る? タンスの上? 窓のそば?」
「でしたらこちらに飾っていただけますか?」
「ええ、もちろん」
部屋のなかにある花瓶を洗って持ってきた花束を飾る。小さな花が大きな花に阻まれて見えなくならないように気をつけながら。
「……! これはこれは……もしかしてプロテアですか?」
「さすがフェルさんね。ようやく入手できて花が咲いばかりだったの」
「そのような花を持ってこられて良かったのですか? 殿下が見たいと思って育てられていたのでは……?」
「いいえ、これらはフェルさん、貴方に見せたいものだったのよ。……貴方の人生を壊してしまったから」
彼は今もベッドの上で寝たままだ。別に寝たきりというわけではないが、後遺症により上手く身体を動かせなくなってしまった。そのうえ年ということもあり、彼のここ数年の生活の場はベッドの上のみ。
フィオレンサは誰よりもその生活が苦しいということを知っていた。
(自分ではなにもできない。やりたいこともできない。……ただ外を眺めてあったかもしれない人生を想像するだけ)
手をぎゅっと握って、過去の後悔にとらわれた。
* * *
とある日のこと、フィオレンサはいつか出ていくことになる皇宮にいることが、当時とても辛かった。
7歳のころよりも優しくなったと感じる皇帝に無条件でフィオレンサを大切にしてくれるローレンス伯爵夫人やマリーたち。
それはフィオレンサの心に毒だった。
(いつか……いつか原作の通りになってしまう。いくら勉強を頑張ってもいい子にしていても、何も変わらないのよ……)
手のひらを返したように遠く去ってしまうとフィオレンサはわかっていた。なぜならここは『ヴェードナ帝国物語』の世界であり、主人公はフィオレンサではなく、シエナだから。
彼女が現れれば時間をかけずにフィオレンサを大切にしてくれている人たちはシエナのもとへと行ってしまう。それが分かっているからフィオレンサは必要以上に心を開かないようにしていた。
表では心を開いているように接しながらも裏では鉄壁の防御により心をとざす。それは氷の華のように溶けることは無いと感じていた。
けれどそれが溶け始めようとしているとフィオレンサは感じてしまった。
(だめ! また……また裏切られるわ!)
幼いフィオレンサにとってどうしたらいいか分からず、いっそのことここから離れてしまった方が楽なのではないかと考えるほどだった。けれど心がそれを否定した。
どろどろとした心の狭間に取り残されていたフィオレンサは気分転換のために庭園の奥へと入っていった。
いつもは手前で止まるところを奥まで進むのは冒険のようで、フィオレンサは先程までの心の沈みが取れ始めていた。
「まるで迷路みたい! 見た事のない花だわ!」
入り組んでいる道を進み続ける。
葉っぱなくて花しかない植物や棘だらけの植物、薬草まであった。
そして花の香りを楽しみながら進むと、パチパチと鋏が何かを斬る音がした。
「? 人がいるの?」
花に触れていた手を離して音の方へと走っていくと、そこには高い梯子に座りながら大きな木の枝を切る、ひとりのおじいさんがいた。




