第40話 騎士団・魔法師団訪問 6
「───そういえばレオナルドは剣術において素晴らしい才があると至るところで聞いている。是非ともお手合わせ願いたい」
「それはランスロットも同じでは? だがこちらも願ったり叶ったりだ」
バチバチと小さな火花が二人の間に散っている気がする。
そのまま彼らは訓練場に置かれている木剣を持って中心へと立った。
「どちらかが戦闘不能もしくは降参した場合を決着とする。それでいいか?」
「ああ、もちろん」
ランスロットのルールにレオナルドは了承し、ふたりは剣を構えた。そして静かに睨み合う。
この状況になるまで僅か数分だ。これは同族嫌悪というものだろうか。
睨み合い続ける長さに騎士たちは異様な気配を感じたのか、2人の方を向き、言葉を漏らした。
「お、おい! あれ止めた方がいいんじゃないか?」
「だからって誰が止めるんだよ。それに止められる雰囲気じゃあないぞ……」
ざわざわとざわつく騎士たちの声すら、今の彼らには届いていなかった。
そして騎士の誰かが砂を蹴った音がすると、ふたりは同時に剣をからませた。
ギンっ!と鋭い金属音がする。
何度も何度も剣を切り込むふたりは10歳の子供とは思えないほどの剣の腕前だった。
「……さすがは氷の貴公子。剣の才は同年代よりも頭ひとつ抜けている。これに魔法まで加わるとなると……末恐ろしいな」
「そちらも微笑みの貴公子の名を持っているくせに剣の腕前は微笑みなんて言う生ぬるい技量ではないな。パッと見てお前も魔法を使えるようだしな」
「残念ながらレオナルドほどでないがな」
ランスロットが上から叩きつけるような剣にもレオナルドは上手く力を受け流す。けれどランスロットは動じることなく次々と打ち込んでいく。
お互いが優秀な剣士ということもあり、相手の先を読んで打ち込むことは当たり前だった。
どんどん激化していく試合にとうとう騎士たち見守る側へと回ってしまった。
(あれが子供同士の試合だというのか……? 到底信じられないな)
騎士団長も同じく遠巻きに二人の試合を観察していた。
十分な強度のあるはずの木剣は二人の力により欠片が落ち始める。このままではどちらかの剣は強力な力により壊れてしまうだろう。
周りから見てもそう分かるのだ。戦っている本人たちだって理解している。だからこそ、ランスロットとレオナルドは木剣が壊れてしまう前に勝負をつけようと剣に力を込め直した。
((絶対にここで決めるっ!))
勝負をかけるために一度距離を取り、体勢を立て直す。そして強く足を踏み出して一気に距離を詰めようとしたとき……
「止めなさい!」
「「!」」
突如としてふたりが争い始めた要因であるフィオレンサが現れ、少し高いソプラノで声を張り上げた。
あまりの驚きに体がその場に留まる。
「いったい何をしているの?」
そしてフィオレンサはふたりに対して、微笑みながら怒りをぶつけた。
* * *
(まったく。ただでさえ騎士団の予算はかつかつなのに大事な木剣を壊しかけるなんて)
剣を交わして1度距離を離した瞬間に止めに入ったおかげでフィオレンサは巻き込まれることは無かったし、二人も怪我をする前だった。
「ここは騎士たちが訓練をする場。それなのに公子たちはここで私情のために剣を振っていたようだけれど?」
「「…………」」
「理由は分からないけれど騎士たちの邪魔をする行動は皇女として看過できないわ。それに話を聞く限り騎士団長に断りもなく試合を始めたようだし……」
腰に手を当てて言わば仁王立ちしてランスロットとレオナルドに視線を向ける。
「それに───」
フィオレンサの近くに落ちていた木剣の欠片。それをつまみあげて言った。
「これは騎士団の予算で購入している、騎士たちのためのものよ。それをこんなふうにしていい訳が無い」
真っ直ぐに彼らを見つめると罰が悪そうな顔をする。
「……はあ。まあ今回はこれ以上私からはなにも言わないわ。それに騎士団で模擬試合をしてはいけないという訳でも無いようだし」
フィオレンサは二人の前に立ち、木剣を差し出すように手を出した。彼らは大人しく剣をフィオレンサの手に乗せた。
ほどよい重さでフィオレンサでも持てる木剣は次に大きな衝撃があれば壊れてしまいそうだった。
(これからは予算が増えておりるとはいえ……)
受け取った剣を手に持ちながら、後ろで静かに見守っていた騎士団長に剣を見せながら言った。
「今回の件はごめんなさい。一応ふたりは体外的に私の婚約者候補? ということになっているようなので騎士団の皆さんに代わりに謝罪いたします」
「姫さま!」
「殿下!」
頭を下げたフィオレンサにレオナルドとランスロットのみならず騎士団の騎士も驚きに顕にした。
「……殿下が謝られることなどありません。それに我々にも公子さま方を止められなかった非はあります。騎士たちの訓練ができなかったと言うだけでそれ以外はなんら被害はありませんから」
「だとしてもここを使うには事前に申請が必要なはずです。私は先程、ここで模擬試合をしてはいけないという決まりはないと言いましたが、それは申請を通しての話です。今回はそれすらもなかった」
フィオレンサは別にレオナルドとランスロットを責めようとしているわけではない。ただ皇女として何が良くて何がいけないのかを上に立つ者としてはっきりとさせる必要があると感じただけだった。
「試合に至った理由は深掘りしようとは思いませんが……二人とも? 今後は手順を踏んでから騎士団の演習場を使うように。騎士の皆さんから誘わた場合は例外だけれど、今回のようなことは看過できないわ」
「はい……申し訳ございません、姫さま」
「周囲の注意を怠っていました……申し訳ございません殿下」
しょんぼりと謝られるがフィオレンサは謝る相手が違うと言う。
「私に対して謝っても仕方がないわ。公子たちが謝る相手は騎士の皆さん。私もそうだけれど公子たちも公爵家という身分なの。その身分は無意識のうちに相手を威圧させてしまう」
これは先生から教わり始めて気づいたことだった。
(親切にしているようでも私から頼まれればそれは断れない。身分の高さというのは本当にやっかい極まりない)
「公子たちは今一度確認したほうがいいわ。騎士の皆さんには申し訳ないけれど、ここにいる皆さんは私たちよりも身分が低い。それは私たちの不興を買った瞬間に罰が下される」
少し下を向いていた二人はバッと顔を上げた。その瞳には「そんな意図はない」と語っていた。
(それは私もわかっているわ。けれどそれは許されないのよ)
「公子たちの行動を制限したいわけじゃない。ただ何も知らないと貴方たちの大切な人たちを不意に傷つけてしまうかもしれない」
「「…………」」
そこまで言って言葉が強すぎたと反省したが、かつての自分のようなことにはなって欲しくなかった。
(……私の無茶なお願いのせいで彼は二度と道具を持てなくなった)
当時のことを思い出し、フィオレンサは目を強く瞑った。そしてゆっくりと目を開けて彼らふたりを見た。
「今回の件はこれで終わりにしましょう。ほら二人とも」
フィオレンサはレオナルドとランスロットを呼ぶ。彼らはフィオレンサに何か言われる前に呼ばれた理由がわかっていたため、すぐに頭を下げた。
「俺の行動ひとつで騎士団の誰かの人生を変えてしまうかもしれないというのに浅慮だった。姫さまの言葉がなければ気づかなかった。……本当にすまなかった」
「俺も自分のことしか頭になかった。下手をしたら騎士団の皆さんが罰せられてしまうかもしれないというのに。子どもだからと言うつもりは無い。申し訳なかった」
真摯に言ったと伝わる声色だった。フィオレンサは少なくとも二人は自分のような失敗をする確率は下がったと思った。
騎士団の皆は「いいえ、私達もお止めできなかったので……!!」と二人の頭を上げさせた。
(何はともあれ誰も怪我をしていないし、罪も問われていない。───良かった)
フィオレンサは心から安堵した。
「騎士団長、再度この度は迷惑をおかけしてしまい、ごめんなさい。ランスロットは『子どもだからというつもりは無い』と言っていたけれど、どうか今回は子どもということで多目に見てくださいね」
「はい。それに公子さま方にもいい勉強になったでしょう。うちの騎士たちにも」
「そうに違いないですね」
「俺は元から誰かを責めるつもりはありませんでした。ただ殿下のお言葉でここにいる誰もが身分について今一度考える機会を得たでしょう」
騎士団長はフィオレンサに膝を着いて、視線の高さを合わせた。
「ありがとうございます、殿下。我々は成長することができる」
「……こちらこそありがとう。もし公子たちが再びここに来たときには歓迎してあげてください」
「もちろんですとも。公子さま方の試合は騎士たちにいい刺激を与えてくれる。いつでも大歓迎です」
その言葉にレオナルドとランスロットはパッと笑顔になった。
「ふふっ、そう。今日は騎士団長に色々と気を使わせてばかりね。でも私はとても助かったわ」
「そう言っていただけて何よりです」
フィオレンサの視線に合わせて跪いてくれる騎士団長の瞳はやさしい色を宿していた。元平民でありながら現在は名誉貴族の騎士団長。
(彼が慕われているのは剣の腕だけではなさそうね)
きっとこの優しさや包容力が人気なのだろう。
「……では私はもう行くわ。あまり遅くなると陛下に心配をかけてしまうから」
「俺もそろそろ帰らないとな」
「俺も父上が待ってる」
レオナルドとランスロットも帰るということになり、フィオレンサはふたりと一緒に帰ることになった。
「それでは皆さん、ごきげんよう。今日の試合、とても格好良かったです。また見せてください」
「あっ、でしたら俺もっ」
「俺も良いですか?」
前のめりに聞く二人に騎士団長は気圧されるが、嬉しそうに答えた。
「もちろんです。是非ともいらしてください」
そうして騎士団内でのちょっとした事件は幕を閉じた。




