第4話 侍女長
皇帝と一悶着があったわけではないが、事件と言えるものが起きた次の日、侍女長は突然として現れた。
「!」
部屋の扉を突然開け、ズカズカと入ってくる。そしてフィオレンサの頬を叩いた。
「……は?」
突然のことに頬を叩かれたと気づいたのは数秒後の事だった。じわじわとくるヒリヒリとした痛さ。それが頬を叩かれたと決定づけるものだった。
「昨日、陛下にお会いしたそうですね。あれほど私の仕事を増やすなと言ったはずですが?」
「でもあったのは偶然───きゃっ」
侍女長は小さなフィオレンサを突き飛ばした。背中に衝撃がはしる。
(こんな小さな体に暴力を振るうなんてどうかしてるわよ!)
しかしその反抗的な瞳がいけなかった。侍女長はどこからか鞭を取りだし、フィオレンサの柔肌を叩いた。それも服の上からだと気づかれない場所に。あまりにその無駄の無い動作にフィオレンサは体が動かず何度も鞭で叩かれる。
「───っ!い、いたいっ」
「次からは私に迷惑をかけないようにしてください。それと午後から先生がいらっしゃいます。余計なことはせず、静かに授業を受けていなさい。それを陛下は望んでおられます」
5回程度叩くと侍女長は満足したのか、血のついた鞭を軽く拭いてポケットにしまった。フィオレンサは傷だらけの腕を見て、顔を歪める。
(ただでさえろくに世話のしない侍女しかいないのに傷の手当とか難しすぎるでしょ!前世ではされることはあってもしたことなんてないのに……)
せいぜい聖羅時代に応急処置の仕方を動画で見たくらいで実践なんてしたことが無い。フィオレンサはため息をついて、痛む腕を抑えながら傷口を洗うために浴室へと行く。台を置けばギリギリフィオレンサの身長でも水が出せる高さのため、フィオレンサはつま先出しをしながら腕を洗う。
(し、しみるぅー!洗っても血が出てくる!)
フィオレンサはつま先立ちのせいでぷるぷると震える足で何度も腕を洗う。そして叩かれた頬も冷やすために手で水を貯め、頬につける。頬は熱を持っていたのか水で冷やすと気持ちが良かった。
だいたいが洗い終わるとフィオレンサは包帯を探す。しかしイツワリ皇女であるフィオレンサの部屋にそんなものがあるはずがない。フィオレンサは仕方がなく諦め、前世で見た動画を実践してみようとした。
(確か、きれいな布をハサミで切って伸ばして、包帯のかわりにすることが出来たはず……。幸いタオルは沢山あるみたいだし、一つ二つ減っても気づかないわよね?)
フィオレンサは引き出しの中にあるハサミを取りだし、タオルを一定間隔をかけながら切っていく。そうすると長細い1本の布ができた。フィオレンサはそれをふたつ作り、両腕に巻けるように長さを調節する。
(これくらいあれば足りるはず……)
作った包帯もどきをフィオレンサは右腕から巻く。しかしなにぶん初めてのことだし、手足が短い幼いフィオレンサには重労働だ。片腕をまくのに悪戦苦闘で15分以上かかっていた気がする。そして同じように左腕にも同じ時間かけて巻いた。歪な巻き方だが初めてにしては上出来だと思いたい。
フィオレンサは捲っていたドレスを元に戻し、包帯が巻かれた傷を隠した。本来ならそれをこれから来る先生に見せてもいいが、皇帝が雇った先生だ。どうせフィオレンサのことなんか興味が無い。皇帝とフィオレンサの関係は仲の良い家族ではなく、ただの皇帝と皇女。そこに何かの感情がある訳でもない。
(むしろあの程度の性格で止まって原作のフィオレンサはすごいわ。記憶が戻る前の私だったら絶対に反抗しまくってる)
しかし前世の記憶が戻った今、フィオレンサは本物の皇女であるシエナが来るまでの代用品でしかないということが分かっている。
(原作では17歳で処刑される。そしてシエナが見つかるのもフィオレンサが17歳の時。つまり17歳になる前までに私は皇宮を出なくちゃいけない)
原作ではフィオレンサがシエナを殺そうとしたために処刑されたが、もしフィオレンサがそんなことをしなくても皇帝や未来のフィオレンサの婚約者は冤罪を作り、フィオレンサを殺すだろう。ものすごくその未来が想像できる。
「あの2人はイツワリ皇女であるフィオレンサがいた事で余計にシエナに愛情を向けていたから。───だいたいフィオレンサがイツワリなら亡き皇后が死んだのはフィオレンサのせいじゃないって言うのに……!」
皇帝の態度に腹が立ってくる。だいたい皇帝が子供を望んだからこうなったことだって言うのに、こっちに怒りが向くのってお門違いじゃない!? とフィオレンサはぷんぷんと怒る。そして侍女長に叩かれたせいで傷が熱を持っているのか体が暑くなってきた。
「うぅぅ、頭も少し痛くなってきたわ……」
午後までは時間があるため、フィオレンサはしばらくの間体を休めるために眠ることにした。
* * *
「───ん……」
フィオレンサが次に起きた時には体の熱っぽさはなくなっており、ズキズキと傷んでいた腕も痛みを感じ無くなっていた。
「ふわぁ〜、よく寝た。いま何時……?」
上体を起こし、軽く伸びる。そして壁に掛けられている時計を見た。時計の針はちょうどお昼の時間を指していた。
「お昼ご飯をあの侍女たちは持ってくるのしら。……いや、自分で行ったほうが早いかもしれないわね」
そう考えている間にフィオレンサのお腹はぐぅーとなる。結局、お腹を抑えてフィオレンサは自分で厨房まで行くことにした。
侍女たちに見つかれば何を言われるか分からないが、それは見つかればの話だ。見つからなければ問題ない。フィオレンサはベッドから降りて扉へと向かう。すると、またしてもノックなしに扉が開く。
「!?」
「一体どこに行こうとしているんですか?お昼がすぎたら先生が来ると言うのに。もう一度叩かれたいのですか?」
なんと昼食を持って侍女長が来たのだ。侍女長は乱暴に昼食をテーブルを置くと面倒そうな目でフィオレンサに言う。
「授業が始まる30分前に来るのでそれまでに準備をしておいてください。授業は14:00開始です。───くれぐれも迷惑をかけないように」
「……わかったわ」
「全く、なぜ私がこんなことをしなくちゃいけないのかしら」
愚痴愚痴と文句を言いながら侍女長は勝手に入って勝手に出ていった。最後の一言までフィオレンサに対しての気遣いの言葉もなしに。
(まあ分かりきったことだけど)
フィオレンサはテーブルにつき、食事を始める。今日の食事は珍しく残飯ではなかった。恐らく先生が来るということで形だけでも皇女として扱っているのだろう。
(今更そんなことしても何も変わらないって言うのに。やっぱりあの侍女たち邪魔すぎる。───でも陛下には頼めない。どうしたらいいの)
フィオレンサは黙々と食事を食べつづけながら侍女たちの処理方法を考える。やはりイツワリ皇女であるフィオレンサが持つ権限というのはその辺の侍女よりも低い。ほぼないと言っても過言ではない。
(今の侍女をどうにかして入れ替えられないものかしら……)
フィオレンサはガレットを咀嚼しながら考える。しかし妙案は浮かばない。結局フィオレンサは食事を終えると先生と会うための準備を淡々と進めた。本来この準備を侍女たちが手伝ってくれるはずなのだが、もちろん侍女は来ない。
(準備しておいてって何すればいいの?筆記用具とか持てばいいのかしら?)
フィオレンサは何をしたらいいか分からず、肩掛けバッグに必要そうだと思ったものを手当たり次第詰め込んだ。そして髪を整えるためにブラシを持って鏡の前に立つ。
コーラルピンクの髪を梳かそうとしたとき、ふと前を向くと頬の色が元に戻っていることに気がついた。
「───あれ……?叩かれたはずの頬の傷が治ってる……?痛みを感じないとは思っていたけれど……」
フィオレンサはまじまじと鏡に映る自分を見つめる。しかしいくら見つめても色白のきめ細やかな肌が見えるだけだった。
「こんな短期間に治るような傷じゃなかったはずよね……。だから侍女長も何も言わなかった……?叩いたはずの頬がなんの傷もないから?」
フィオレンサは不可解な現象に眉を寄せる。しかし考えても仮説のひとつも出てこない。フィオレンサは諦め、ブラシで優しく髪を梳いていく。コーラルピンクの髪は梳く度に輝きを増していく。
「よし、できた。あとは侍女長が来るのを待つだけ」
フィオレンサは髪を整え終わると、ソファーに座って侍女長を待つ。時計を見るともうそろそろで侍女長が来る時間が差し迫っていた。フィオレンサはお行儀よくソファーに座り、先生とどんな勉強をするのかを考えていた。




