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第39話 騎士団・魔法師団訪問 5



しばらくして落ち着いたフィオレンサはくしゃくしゃになった前髪をポケットに入れていた鏡で軽く直した。


「せっかくマリーが整えてくれたのに台無しだわ。手ぐしってなかなか直らないし」


2〜3分程度は鏡と格闘していたと思う。ようやく納得のいく程度まで整えると残っていた紅茶を飲みきり部屋を出た。


扉の外には誰もいなかった。


(陛下が魔法師団の人たちに言ったのかしら。いなくてとても楽だわ)


予想外にも誰とも遭遇せずにフィオレンサは外に出ることができた。てっきりひとりふたりくらいとは鉢合わせすると思っていたが拍子抜けだ。


「何も起こらないならそれに越したことはないけれど」


せっかく皇帝の言葉を辞退してひとりで帰るのだ。少しくらいは満喫したい。


「魔法師団にはいたくないから陛下に言った通り騎士団に寄って帰った方が良さそうね。万が一誰かが探しに来たときに違う場所にいたら騒ぎになりそうだし」


風でなびく髪を押さえながら騎士団へと続く小道を歩いていく。湿り気を帯びていた風がスッキリとした風へと変わっていくのは季節の変わり目を感じる。


小道に植えられた素朴な植物たちを眺めながら角を曲がる。


すると騎士団の演習場が見えた。


騎士団と魔法師団というのは思いのほか近い位置にあるのだ。


「こうして見ると建物の傷が目立つわ。補修しようにも予算が足りずに後回しにしていたのね」


フィオレンサはここで思い悩んだ。


(ベラール伯爵や師団長たちに罪を課しても、また同じことが起きないとは言いきれない)


そして皇帝がこの事件を知ることがなかったのは今の仕事体制に問題がある。


大臣たちが大まかな予算を決め、それを各部署に送り、問題がなければそれで受理をする。


予算が足りない場合は何が足りないのかを明確に記した上で大臣たちに要請しなければならないという面倒なやり方だ。


「そもそもその部署で働いていない第三者が勝手に必要な予算を振り分けることが難しいのよ。それに元平民ということで今回の騎士団長のように貶され、予算が足りない場合が起きてくる」


(いっそのこと、各部署の長にその年度で必要となる予算を項目ごとに計算してもらい、それを皇族に直接提出するのが効率的にいい?)


皇族であるフィオレンサたちの仕事量が増えるわけだが、今回のようなことを極力起こさないようにするためにはこの方法がいいと思う。


「各項目ごとにどの程度の予算が必要で総額いくら必要なのかがこと細かく記されていればこちとしても確認しやすいし、多すぎる予算を与えて横領される心配もない」


タイルに足がかからないように気をつけながら歩く。ぶつぶつと呟きながら歩く姿は傍から見ると奇妙極まりない行動だが、幸いにこの周辺にはフィオレンサを除いて誰いない。


「それぞれが予算を提出するのだから諍いが起こることもないだろうし。……うん、いいかもしれない」


フィオレンサはこの件を解決する光を見出した。


ちょうどいいタイミングで騎士団にも着き、まだ訓練をしているであろう騎士たちを遠目から見るために場所を移動する。


するとなぜか一部に多くの騎士が集まっていた。そこからは激しく剣がぶつかり合う音がする。


「また試合でもしているのかしら?」


気になって目を凝らして見てみると、そこにはフィオレンサが予想していない人物たちが試合をしていた。


「! あれは……!!」


フィオレンサが前に見ていた試合と忖度ないほど白熱した試合だ。その中心にいるのは二人の少年だった。


一人は太陽のような金髪をさらさらと揺れ動かしながら剣を構え、もう一人は触り心地の良さそうな少しはねた黒髪で剣を受け流していた。


「ランスロットにレオナルド!? どうして二人が試合をしているの?」


ここは騎士団。騎士が試合をしているのならともかく、ふたりは騎士ではないはずだ。それなのになぜ、二人がここにいるのか。


(それに二人の間に流れる空気、殺伐としてるし……)


とりあえず事情を聞くためにフィオレンサは騎士団長のところへと向かった。


2階にいたフィオレンサは1階へと降りると真正面から剣圧を受けている状態だった。


(うっすごい風。これが剣と剣の衝撃で生み出されているものだなんて信じられないわ)


けれど無意識に神聖魔力の膜を張っているからかそこまでの被害はない。せいぜい目が乾く程度だ。


目が乾かないように手で防ぎながら歩くと、みんなとは少し離れた位置で立っている騎士団長を見つけた。


「騎士団長!」

「皇女殿下。どうされましたか? 魔法師団の方へ行かれたはずですが」

「用が済んだので戻ってきたの。それよりこれはどういう状況? なぜアイメルト公子とオズヴェスタン公子が試合を?」


今も激しい金属音が鳴り響くなか、フィオレンサは口早に述べる。


それに対して騎士団長は困ったように言い返した。


「それが我々にもよく分からず……。初めはオズヴェスタン公子さまが見学ということでここを訪れていたのですが、アイメルト公爵さまのお仕事で皇宮に来られたアイメルト公子さまがあとから訪れまして」

「…………」

「お二人が話されていたと思ったらいつの間にか剣を手に試合へと。止めようと思ったのですがご覧の通り、あの状態で……」


キンっ!キンっ!と音がする方向を指さしながら騎士団長は説明した。


「なるほど……ですがこのままでは騎士の皆さんは訓練ができないですよね?」

「残り時間は僅かとなりましたが訓練はしなければならないので……」

「そう。……わかりました。私が止めてきます」

「え!? 危険です、皇女殿下!」


止めようとしてくる騎士団長を無視してスタスタと二人の元へと歩いていく。群がっている騎士たちには避けてもらうように言って最前列へと移動した。


(何が原因かは分からないけどこれを放置とはいかないもの。……それにこのままじゃどちらかが怪我してしまいそうだし)


フィオレンサは剣と剣がぶつかり合うのをじいっと見ていた。剣を振るその様は同年代とは思えないほど完成されたものであった。


それ故に下手なタイミングで声をかけてしまうとふたりを驚かしてしまい、怪我をさせてしまう可能性がある。


(素人の私から見てもあの剣、壊れかけているわ。だからふたりは一気に勝負をつけようとしている)


そうなると剣は粉々に砕け、二人のうちどちらかが、それか二人とも怪我をしてしまう。


フィオレンサはギリギリまで彼らを見ていると、一度ふたりは距離を置いた。恐らく体勢を立て直すために離れたのだろう。


けれどフィオレンサはそれを見逃さず、そのタイミングで声を張り上げた。


「やめなさい!」

「「!!」」


驚いたふたりは再び踏み出しそうになる足をその場に留めた。そして目を丸くしてフィオレンサを見た。


「姫さま……?」

「皇女殿下……」

「───二人とも?」


けれど彼らの見たフィオレンサは微笑みながら静かに怒りを抱えていた。


「いったい何をしているの?」


ランスロットとレオナルドはそこから静かに視線を逸らした。




* * *




時間は少し遡り、ランスロットが訓練場に訪れたところまで戻る。


父親であるアイメルト公爵の仕事の補佐として皇宮に来ていたランスロットはしばし時間ができたということで皇宮内を見て回ることにした。


「ここが騎士団か……」


ちょくちょく皇宮に来ていたランスロットは皇族のみしか入れない場所を除いてだいたいの場所へ訪れていた。


そして今日ランスロットが選んだ場所は前々から行ってみたいと思っていた騎士団だった。


「うちの騎士団とはやはり違うな。統率力が桁違いに素晴らしい」


公爵家であるアイメルト家とオズヴェスタン家はそれぞれ独自の騎士団を持つことが認められている。


しかし自分たちの財力で賄わないといけないため、どうしても皇宮の騎士団と比べると格が落ちてしまう。


「一人ひとりが並の騎士より強いな。……彼らが皇女殿下を守っているのなら心強い」


もう少し近くで彼らの剣さばきを見ようと訓練場に足を踏み入れると、そこには黒髪の少年がいた。


氷のように冷たい青色の瞳に人々を魅了する美しい顔。剣を持つのかほどよい筋力が付いた身体。


ランスロットは彼を見たことがあった。


(オズヴェスタン公爵家のレオナルド・オズヴェスタン……)


同年代の公爵家の子息ということで覚えていた。


「……ん? ああ……アイメルト公爵家の……」


後ろを振り向いたレオナルドはランスロットを見ると騎士たちの輪から抜け出してそちらへと歩いていった。


「はじめまして、アイメルト公子。あなたのことはよく存じています。……例えばそう、姫さまの婚約者に選ばれなかった、とか?」

「……はじめまして、オズヴェスタン公子。俺もあなたのことを周りからよく聞いています。剣術のみならず、魔法に関しても才を発揮していると。しかし人付き合いは苦手なようだ」

「あはは、お恥ずかしい」


差し出された手をどちらともつかずに強く握り返した。


「───それでアイメルト公子はどのような用件でこちらに?」

「ランスロットで構いませんよ。それにタメ口で構わない。こちらもそうする」

「では俺もレオナルドと。歳の近い子息子女とはなかなか会わないから、こうして誰かと話すのは姫さまを除くとランスロットが久しぶりの対象だ」

「……姫さま? それは皇女殿下のことか?」


ランスロットは口調を強め、問立てるように話す。しかしレオナルドはそれに肩を窄めるだけでおちゃらけたように話す。


「そうだ。この前姫さまにお会いしたときに『姫さま』と呼んでもいいと許しを得たからな」

「…………」

「それとランスロット、お前にもうひとつ話すことがある。俺は姫さまの婚約者候補に立候補した」

「!」

「これで俺とお前は同じ土俵にいることになる」


レオナルドは楽しそうに言った。


「せいぜいライバルとして姫さまの婚約者の座を争おう」


その瞬間、ランスロットはレオナルドにだけはフィオレンサの婚約者の座を譲りたくないと強く思った。


そして同時にレオナルドもランスロットには譲りたくないと強く思った。





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