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第35話 騎士団・魔法師団訪問 1



天気は快晴、気温はやや高めだがひんやりとした微風が吹いており、まさかに絶好の『訪問日和』だった。


「準備は整いましたか? 皇女殿下」

「ええ、自慢の侍女たちのおかげでばっちりだわ」


迎えに来たオーウェンにフィオレンサはひらりと一回転して見せた。だがいつものようにドレスの裾がふわりと舞うことはない。


「どう? 似合ってる?」

「とてもお似合いです。…………しかし、なぜパンツスタイルなのですか……」


そう、オーウェンの言う通り、今日のフィオレンサは一味違った服装だった。


「だって騎士団へ行くのでしょう? ひらひらとしたドレスは騎士団へ行くのに不適切だわ」

「そうですが……」

「それに一度着てみたかったの! 想像通り動きやすいわ!」

「はあ……」

「それじゃあ行きましょう!」


言いたげなオーウェンを引っ張ってフィオレンサは騎士団演習場へと向かった。



演習場には既に皇帝たちが来ていた。ちらりと時計を見ると約束の時間より5分前に着いているので、どうやら皇帝たちがそれよりも早く来ていたようだ。


(次があったらもっと早く支度をした方が良さそうね。次があるがどうか不明だけど)


今日はパンツスタイルなため、いつものような挨拶はできない。だからオーウェンがするような礼を皇帝にした。


「おはようございます、陛下。遅くなりましたこと、申し訳ございません」

「構わん。俺が早く来すぎただけだ」

「次からは気をつけます」


皇帝はフィオレンサを一瞥すると、前を歩き出す。フィオレンサも後に続くように歩く。


すると皇帝はちらちらとフィオレンサを見てくる。視線がちりちりと当たり、嫌でも分かってしまう。


「?」

「…………」

「??」

「…………」


何かを伝えたいのだろうか。けれど皇帝は口を開かない。


「…………」

「? あの……」


見かねたフィオレンサはこちらを見てきたタイミングで声をかけた。


「…………」

「…………」

「………………」

「………………」


(え、なにこの間……)


皇帝はフィオレンサを見てくるが何も言わない。後ろに控えているオーウェンやローレン伯爵夫人たちもどうしたらいいか分からずにオロオロしている。


じいっと見てくる皇帝にフィオレンサの負けじと見つめ返す。今思えば皇帝のこんなに長く見つめあったのは初めてではないだろうか。


(ほんと、陛下はお顔が相変わらずよろしいことで)


先日会ったレオナルドも、たまに会うランスロットもお顔がよろしい。が、皇帝は群を抜いて美しいと断言できる。


(……そんな人がじいっと見てくるなんて、絶対になにかある。───もしかしてこの服装、似合ってなかったとか!? オーウェンたちは気を使っていただけだったりして……)


決して表情には出さないが、できるのならば今すぐもう一度鏡で姿を確認したい心情に駆られる。


フィオレンサがさりげなく服をぺたぺたと触り始めると、皇帝はようやく口を開いた。


「───姫は……」

「!?」

「ドレスではないのだな」


(えっ、いまこの人、私のこと『姫』って呼んだ?)


なんの心境の変化だろう。つい先日まで『お前』としか呼んでこなかったのに急に『姫』だなんて。


(……今朝のお食事になにか頭に影響を与える食材でも入っていたとか……?)


不敬と思われるかもしれない発言だが、口に出さなければノーカンだ。フィオレンサは皇帝の後ろにいるオーウェンをちらりと覗いた。


するとオーウェンはフィオレンサを見ると、グッと親指を上にして見せてきたのだ。


(いやいやいやっ、そうじゃない! 皇帝の心境の変化を知りたいのであって、あなたの後押しはいらないのよ!)


こういうときだけオーウェンはアホになる。普段は相手の心情を完璧なまでに把握しているのに。


(…………ふう、落ち着きないさいフィオレンサ。聞き間違いかもしれないわ。だから今日の服装のことだけを応えればいい)


フィオレンサは深呼吸をして前を歩き出した皇帝に告げた。


「今日は騎士団を訪問する(予定では魔法師団にも行く)のでこちらの服装が妥当かと判断しました」

「そうか。……わざわざおま……姫がそんなことをするほど下手に出る必要などない相手だ」

「…………ですが一応、私の護衛騎士を選ぶという名目ですし、それに合わせたものの方が騎士団からの印象も良いかと思いまして」

「ふん、お……姫になにか言う輩などいるはずがない。まあ自殺志願者がいるというのなら、俺直々に手を加えてやってもいいがな」

「ははは……ご冗談を……」

「…………」


(いやこわ! やっぱり陛下の前で不要な発言でもしたら原作の前に私と首と胴体がおさらばしちゃう……っ)


皇帝の無言の間がこの世でいちばん恐ろしいかもしれないとフィオレンサは思った。


(それに聞き間違いじゃなかった。陛下は私のことを『姫』と呼んでいるわ。何度か『おまえ』って言いかけてたけど。……陛下なりの歩み寄りかただったりして)


まあそんなわけないか、とフィオレンサは皇帝の背中を見つめながら思った。


「最近『姫』呼びがブームとか……?」


ボソッと呟いたが、どうやら皇帝には聞こえていたようだった。


「───ぶべっ」

「…………」

「へ、陛下すみません。前方不注意でした」

「…………」


突然立ち止まったことにより、フィオレンサの形のいい小ぶりの鼻は皇帝の背中に激突した。痛む鼻を押さえながらとりあえず謝罪を口にする。


「考えごとをしながらは───」

「誰が姫のことをそう呼んだのだ?」

「……はい? 陛下、失礼ながらそれは───」

「俺の他にそう呼んでいる奴がいるのか?」

「???」


突然の展開にフィオレンサはついていけない。


(なにが起きてるの……? というかあの声を拾うなんて陛下の聴力は野生並ね)


とりあえずまたオーウェンを見ると、今度は肩を竦め、首を振られた。


(肝心なところで役に立たないわね)


フィオレンサのなかのオーウェンの役立ち度が一気に降下していた。


仕方がなく、フィオレンサは皇帝の質問に素直に答える。


「……はい。先日お会いしたオズヴェスタン公子に───」

「そうか……オーウェン」

「はい、なんでしょう」

「オズヴェスタンの子息をフィオレンサに会わせるな」

「かしこまりました」

「!?」


(いや極端! なんか私の不用意な発言のせいでレオナルドに被害を被らせちゃったみたいだよ! どうしようっ……!)


何気なく呟いた一言から被害が大きいものへと変わってしまった。下手をすればレオナルドは皇宮に来られなくなるかもしれない。


(それはさすがにだめ……! レオナルドのことは見張っておかなきゃいけないし!)


全てを話した訳では無いとはいえ、レオナルドはヴェードナ帝国で一番フィオレンサの秘密を知っている。


(それに…………レオナルドの顔は顔面国宝よ。見ているだけなら心が穏やかになるわ)


フィオレンサは話を進めている皇帝に異議をもうした。


「あ、あの陛下! 恐れながら申し上げます」

「…………」

「オズヴェスタン公子は天才と名高い、国の宝となりえる存在です。そんな彼はこれから帝国のために多大な貢献をしてくれるでしょう! ですので……」


言葉を続けようとしたら皇帝に手を挙げられ、言葉が途切れる。


「なるほどな。姫の考えは十分わかった」

「! でしたら……!」

「しかしそれとこれとは別だ」

「……!」

「俺より先に姫と呼んでいたなど、不敬に値する」


(いや、そこぉ!?)


まさか皇帝よりもレオナルドのほうが先にフィオレンサを『姫』呼びしていたことに怒っていたなんて、さすがのフィオレンサも把握できなかった。


(オーウェンも至極当然みたいな表情してるし……)


とにかく皇帝の怒り?の原因がそれなら簡単な話だ。


(レオナルドの呼び方よりも陛下の呼び方のほうが良いと伝えれば済むのよ。たしかに一国の皇帝よりも公子が先に『姫』呼びをしていたなんて知ったらプライドが許さなそうだものね)


フィオレンサはうんうんと頷くが、全く違う。


ただ単に皇帝は自身も気づいていない『親バカ』に過ぎないのである。しかしそれを長年のフィオレンサへの対応と己のプライドが邪魔をして素直になれないだけである。


「私、オズヴェスタン公子よりも陛下に『姫』と呼ばれるほうが良いです」

「───! ……オーウェン」

「はい」

「先程の発言は撤回する。……行くぞ」


(───いけた!)


フィオレンサは心のなかでガッツポーズした。


(今度会ったらまたケーキでも持ってきてもらう! あなたは私のおかげで命が繋がれたのよ!)


フィオレンサはレオナルドに貸しを作ったつもりでいるが、そもそもの発端はフィオレンサの小さな発言だったということをすっかりと忘れていた。


(あのいちごケーキ美味しかったわ〜)


フィオレンサは今度こそ皇帝にぶつからないように一定の距離間隔をあけてあとを追いかけた。




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