第34話 フィオレンサの悶々
レオナルドは扉を閉めると、ずっと待機していたフィオレンサの侍女たちに声をかけた。
「殿下は中にいらっしゃいます。話が長引いてしまい、長らくお待たせしてしまったことをお詫びいたします」
「いいえ、私たちは殿下のご希望に沿うように行動するだけですから」
「そうですか。では我々はこれにて失礼させていただきます」
「…………」
護衛騎士のヒューズを連れて宮の外に出た。
レオナルドは外からフィオレンサと先程まで会話していた応接室を見上げると笑みをこぼした。
「!?」
その様子にヒューズは声には出さなかったがとても驚いた。なにぶん彼の主人は天才であるが故に、何に対してもつまらなそうにするだけだったから。
それを取り繕ったものではない、自然な笑みがこぼれたのだ。驚くなという方が無理である。
主人にそんな表情をさせるフィオレンサのことをヒューズは気になった。
「……皇女殿下はどのようなお方なのですか?」
「なんだ、急に」
「あなた様が笑っておられたので。その表情を作った皇女殿下はどのようなお方なのかと思いました」
「……笑ってた? 俺が?」
「はい」
ヒューズの返答にレオナルドはふむ、とひとつ頷いて隣を歩くヒューズを見上げた。その顔はやはり新しいおもちゃを見つけたかのようだ。
「姫さまは面白い方だ」
「姫さま……? 殿下をそう呼んでおられるのですか?」
「ああ、名前で呼ぶのはさすがに無理かと思った。かと言って『殿下』呼びはされているだろうし、『姫さま』ならいいと思ってな」
御者に扉を開けてもらいレオナルドは乗り込む。一目でオズヴェスタン公爵家の財力を見せつけられる、質の良い馬車だ。
ふかふかの背もたれに背中を預けて窓際に肘をつく。
「本当に殿下の婚約者候補に名乗り上げたのですね……」
「ああ」
「ですがアイメルト公爵家の長男も皇女殿下の婚約者候補だったはずですが……?」
目の前の主人にそう告げる。けれどレオナルドははっきりと言い切った。
「関係ない」
「…………!?」
窓に反射して映り込むレオナルドはとても楽しそうだった。
「姫さまは俺がもらう」
ヒューズは知っていた。主人であるレオナルドが言って実現できなかったことなどないと。だからこそ天才と言われていると。
(レオナルドさまは一度言ったら必ずそうなる)
ヒューズはこれからフィオレンサに待ち受けることを考えると、同情せずにはいられなかった。
* * *
レオナルドとあった次の日、フィオレンサは悶々としていた。
(あのあとは呆然としてたけど、今考えるとあの行動はなに……!? 本当にレオナルド、私と同じ10歳なの!?)
手の甲にキスをされ、息が触れ合うほど顔を近づけたことを思い出し、フィオレンサはだんっと机に頭をぶつける。
「うう〜、ランスロットだけじゃくてレオナルドも意味が分からない……」
なかなか公務が捗らず心ここに在らずとなっていたが、扉がノックされるとフィオレンサは入室を許可した。
「? どうぞ」
「失礼します、殿下」
「あー、オーウェン。どうしたの?」
フィオレンサは机から額を離してオーウェンを見る。オーウェンの手には銀のプレートに乗せられた一通の手紙があった。
「それは……?」
「こちらは陛下からの手紙となります」
「手紙? 珍しいわね、陛下から手紙なんて」
オーウェンから手紙を受け取り裏を見ると、そこには間違いなく皇帝が使う蝋で封がされていた。
「……?」
(なんで手紙……?)
そう思ってオーウェンを見ると彼は手紙を指しながら言った。
「昨日、オズヴェスタン公爵家の子息が殿下の元に訪れたと報告を受けまして。話を聞きたいと思っていた陛下ですが、どうしても今回の会議は外せなく……。仕方がなく手紙でお話を伺おうとなったのです」
「ふーん。でも話すことなんてそんなにないと思うけど」
「いいえ、きっとあるはずです。……きっとね」
(なんだろう、この圧は。もしかしてオーウェン、昨日レオナルドが私こ婚約者候補となったことを知っているの……?)
情報回るのはや過ぎない?、と手紙を見ながらフィオレンサは思ったが、ここは皇宮。皇帝が知らないことなどないと思い出した。
(まあ婚約者の件は知られていても問題ないわ。……もうひとつの方が知られていなければ)
フィオレンサはオーウェンに向き直り言った。
「このあとすぐに何か予定がある?」
「いいえ。陛下の会議までは30分程度時間がありますから、それまではとく何もありません」
「そう……なら今手紙の返事を書くから10分程度そこのソファーで待っていてちょうだい」
「わかりました」
オーウェンが了承したのを確認するとフィオレンサはペーパーナイフで優しく封を空け、中身を取り出す。
(ふーん)
どうやら手紙の内容はレオナルドが婚約者になったのかという、それを問うだけのものだった。
(神聖魔力のほうは大丈夫みたいね)
フィオレンサは小さく安堵の息をもらしてレターパックを取り出す。そして皇帝の問いかけに対して、端的にかつオブラートに包んで返答した。
『親愛なる陛下へ
昨日のオスヴェスタン公子の訪問ですが、どうやら私の婚約者候補になるための意思表明をしに来たようです。手の甲にキスはされましたが、普通に話して解散になったので特になにもありませんでした。婚約者を決めるのはまだ先がいいです。
フィオレンサより』
(……よし)
何度も読み直し間違った言葉を使っていないか確認し終わると封筒に入れ、オーウェンを呼んだ。
「オーウェン」
「はい」
「これを陛下に渡してちょうだい」
「かしこまりました」
丁寧に手紙を受け取ったオーウェンは来た時と同様に銀のプレートに乗せた。
「それでは失礼いたします」
「ええ、ご苦労さま」
別のことを挟んだおかげか、フィオレンサは先程よりも頭がすっきりとしていた。
「さて、がんばりますか」
気合を入れて書類に手を伸ばした。
* * *
フィオレンサの手紙をオーウェンから受け取った皇帝はクシャッと手紙の端を握りつぶした。
「…………」
「陛下、殿下のお手紙が……、」
「……ああ」
皇帝は無意識に力を込めていた手を緩め、少しだけ歪んだ紙を伸ばした。そして大きなため息をこぼすと、オーウェンにフィオレンサの手紙を渡した。
「……読んでみろ」
「失礼します」
受け取った手紙を読んでいくと、オーウェンはレオナルドに感心した。
「これは……オズヴェスタン公子はすごいですね」
「ふん、命知らずだな。……一国の皇女に気安く触れるなど」
(素直に人の娘に触れるなとおっしゃればいいのに)
オーウェンは素直になれない皇帝に苦笑いして、皇帝に手紙を戻した。
「公子は皇女殿下の婚約者になりたいようですね。───まさかキスをするなんて」
「手の甲にだ。……それでも許し難い大罪だがな」
忌々しそうに口にする。そんな皇帝にオーウェンは言った。
「ですが実際に、殿下が誰かを婚約者とする日も近いかもしれませんね」
「……まだ早い」
「子供の成長などあっという間ですよ?」
「だがあいつ……姫も婚約者を作る気はないと言っている。それなら無理に作らせる必要は無い」
「はいはい、そうですね」
オーウェンにこの前言われたことを気にしていたのか、皇帝のフィオレンサの呼び方が『あいつ』や『あれ』から『姫』に変わっていることに気づき、オーウェンは僅かに肩をふるわせる。
その間に皇帝はいそいそとまた手紙を書いていた。
「もう会議は始まってしまいますよ?」
「多少遅れても構わん」
「……今日の会議は殿下の考えられたものを貴族に知らせるものではなかったのですか?」
「…………」
オーウェンが呆れながら言うと皇帝はピタッとペンをとめた。そしてため息をつくと、オーウェンに手紙を渡した。
「会議が終わったら姫のところに持っていけ」
「えっ……そんな暇は……」
「───」
「あっはい、持ってきます」
皇帝に睨まれ、オーウェンは大人しく従った。そこに皇帝は言葉を重ねる。
「騎士団を訪問する日も記しておいたから、必ず今日中に渡せ」
「……はい」
余計に今日中でなくてはならない理由を付け足され、オーウェンは心のなかで泣いた。
数時間後、手紙を受け取ったフィオレンサはオーウェンの異様に疲れきった表情には触れずに手紙だけに反応した。
そして手紙を読んで喜んだ。
『三日後、騎士団へと行く。その日一日開けておけ』
三日後のためにフィオレンサは公務を詰め込んだ。




