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第33話 彼は知っている




『それで、あなたはどこまで知っているのかしら?』




この問いにレオナルドは微笑んだ。


けれどフィオレンサにとってその答えは好ましくなかった。


(どこまで知ってるのよ! もうっ!…………でも彼の口ぶりからして恐らく小鳥を癒したことは知っているはず……。だからこうして尋ねに来たのよ。魔力も聖魔力も持たないイツワリ皇女がどうして小鳥を癒せたのかをね)


冷静に分析して息を吐く。そしてフィオレンサはレオナルドに言った。


「その様子だとあなたはあの場にいて、私が何をしたのかも見ているようね? 公子」

「ええ、姫さま」

「…………」


(不敬にならない程度の呼び方ならなんでもいいと言ったけど、『姫さま』って呼ぶなんて。誰もそういう風に呼ばないから少し新鮮ね。…………って違う!)


今重要なのは呼び方に関してではない。レオナルドがこうしてまでフィオレンサに会いに来た目的なのだ。


「んんっ。それであなたの目的はなに? 三年前の事実確認のためだけにわざわざここを訪れたわけではないでしょう?」

「ええ」

「ならさっさと答えて」

「冷たいですね、姫さま。そんなに私がお嫌いですか?」


ほらこの笑顔。フィオレンサはこの嘘くさい微笑みが嫌なのだ。


だからつい、むっとした表情で言い返す。


「いま会ったばかりなのに好きになる要素も嫌いになる要素もないわよ。でもあなたのその嘘くさい微笑みはいや」

「おや、大人には好かれるのですが」

「それって私が子供だとばかにしてるの?」

「まさか。姫さまは可愛らしいかただと思っただけです」


それにその似合わない口調。


(大きな猫を被っているようね)


フィオレンサはジト目を向けて命令した。


「その口調、やめて」

「口調……ですか?」

「そう。あなた絶対に普段、そんな丁寧な言葉を使わないでしょう? 皇族に対してなのだから丁寧に話すのは当たり前だけれど、何かこう微笑みと同じであなたに合ってない気がするのよ」


そう言われたレオナルドは僅かに目を見開いた。


「だから私の前では素の状態でいて。不敬罪で咎めないから」

「……ははっ」


するとレオナルドは小さく笑った。まるで親から新しいおもちゃを買ってもらって喜ぶ子どもみたいに。


「───わかった。それが姫さまの命令ならそうしよう」

「その方がいいわね」

「……こっちからもひとついいか?」

「内容によるけど、話すだけならご自由に」


テーブルの上にあるメレンゲクッキーをサクサクと食べながらフィオレンサは許可する。レオナルドも同じようにメレンゲクッキーに手を伸ばしながらフィオレンサにお願いした。


「俺のことは『レオナルド』と呼んでほしい」

「…………特に呼ぶ理由がないのだけれど?」

「俺にはある」

「公子にはあっても私にはないわ」

「レオナルド」

「公子はわがままね」

「レオナルド」

「公子───」

「レオナルド」

「…………」


初めはただ自分の名前を言うだけだったのに、そこに僅かながらに執念さが伺える。このままでは『レオナルド』と呼ばない限り、永遠にこの会話が続きそうだ。


(……まあ呼ぶだけなら)


この時間を名前を呼んでもらうためだけの時間で終わりにしては意味が無い。フィオレンサはレオナルドの瞳を見ながら静かに言った。


「───レオナルド」


すると虚をつかれたかのように目を見開いたレオナルドだったが、すぐに甘い笑顔を浮かべてフィオレンサの呼びかけに応えた。


「うん、姫さま」

「……っ!」


その甘さにフィオレンサは顔を赤らめた。なにぶん前世も今世も含めてフィオレンサには同い年の男性と接したことがほとんどない。しかもこんな美形な少年と。


(こ、氷の貴公子おそるべし……)


コホンと咳をひとつするとフィオレンサはキッと見てレオナルドに言った。


「な、名前で呼ぶのは二人だけのとき限定! 公の場では、れ…れおなるど、のことは名前で呼ばないから!」

「うん、それでいい。二人きりのときだけっ言うのが、特別感があって秘密を共有してるみたいだ。───なあ、もう一度呼んでくれ」

「……!!?? い、意識して呼ぶのはハードルが高いわ!」


フィオレンサは手でバッテンを作って拒否をする。


(美形は心臓に悪い……!)


すっかりペースを握られてしまっているフィオレンサだったが、レオナルドは楽しそうに笑った。


「ははっ、ならおいおい慣れてもらおう」

「意識しなければ問題ないのよ……」

「───こちらとしては意識してもらわないと困るわけだが」

「……?」


レオナルドの言葉に首を傾げると、「なんでもない」と言われ手を振られる。真意が気になるが今聞くべきはそれじゃないことを思い出し、フィオレンサは姿勢を正して向き直った。


「んんっ、話がずれてしまったわね。……それで、れ、レオナルドが聞きたいことって?」

「まあこれ以上話を引き伸ばしても仕方がないか」

「やっぱりあなた、わざと話をずらそうしていたわね!?」

「姫さまに名前を呼んでもらいたかっただけだ。他意はない」

「十分他意でしょうが!」


涼しい顔でお茶を呑むレオナルドを睨みつける。こちらはレオナルドのせいで少し焦っていたというのに。


「───水掛け論はここまでにしてそろそろ本題だ」


フィオレンサはこれに、水掛け論にさせた本人が何を言っているのよと思ったが、それを言ってしまうと水掛け論はさらに長引いてしまうため、不満を残しつつも頷いた。


「俺が聞きたいのはひとつだけ。姫さまは魔力も聖魔力も持っていないと言われているが、それならどうしてあの小鳥を助けられた? 俺が見てもあの鳥が助かる可能性は限りなくゼロに近かった」

「…………」

「聖魔力でないと治癒はできない。それなのに姫さまは見事に瀕死の小鳥を癒して見せた。───本当は聖魔力を持っているんじゃないのか?」


レオナルドの推測は当たらずとも遠からずだ。けれど決定的な一手がないことでこの推測止まり。


(この程度なら、彼に全てを話す必要はなさそうね)


フィオレンサはそう判断して口を開いた。


「確かにあなたの推測通り、私は何らかの力を持っている。けれどそれは聖魔力ではないわ」

「だが……!」

「だってもしそうなら陛下が気づくはずだもの。それにあなたも知っているはずよ? レオナルド。魔力も聖魔力も先天的に目覚めるものだと」


だから今のレオナルドの情報量では真実を知ることはできない。


「でもそうね。私の力を知る唯一ってことで少しだけ話してあげる。と言っても私も自分の力を正確に理解している訳では無いけれど」

「……聞こう」

「ふふっ、私の力は知っての通り、治癒ができるわ。どこまでの傷を癒せるかは分からないけれどね」


ストレートティーにミルクを入れてクルクルと混ぜる。このまろやかさが最近のお気に入りだ。


「私は三年間、この力について調べ続けてきたわ。そして───見つけたの。この力について一番近いと思われる本を」

「それはいったい……?」

「残念ながらそれは言えないわ。あった場所は禁書庫だから」


おちゃらけたように言うとレオナルドは頭を押えて言った。


「さすがにそれじゃあ聞けないな」

「そうね、でも上手くいけば陛下にお願いして禁書庫を見させてもらえるかもしれないわ? あの本からお目当ての本を探し当てるのにどれだけかかるかは分からないけれど」

「さすがにどの本までかは教えてくれないか」

「言ったらつまらないもの。それにあまり人の秘密は知らないほうが安全と言うでしょう? これはお互いの身を守るためなのよ」


そう言うとレオナルドは手を挙げて降参のポーズを取った。その仕草が年相応で少し可愛らしい。


「わかりました、姫さまの力を知るのはここで一度諦めましょう」

「そうした方が賢明ね」

「しかし、完全に諦めたわけではないからな」

「……! ふふっ、そういう人は嫌いじゃないわ」


そう言ってフィオレンサはふわりと微笑んだ。打算的な笑みではなく、心からの微笑みをレオナルドに向けた。


「…………!」


フィオレンサの金茶の瞳は淡く光っているかのように錯覚して見え、レオナルドはその瞳から視線を外せなかった。


「……どうしたの? レオナルド」

「あっ、いや……」

「急に動かなくなったからちょっと怖かったわ」


おどけたように言うフィオレンサには先程のような微笑みは浮かんでいなかった。それでもレオナルドの心にはばっちりと記憶されていた。


レオナルドは人知れずドクン、ドクンと心臓の音を大きくさせた。


「……今日はお会いできて光栄でした」

「帰るの?」

「ああ……でもその前に」


向かいの席に座っていたレオナルドは立ち上がり、フィオレンサの方まで歩いてくる。


(綺麗な瞳……)


太陽の光が差し込んで彼の瞳はその青さを際立たせていた。


フィオレンサがその瞳に見とれているとレオナルドはフィオレンサに突然膝をついた。


「!」


そして流れるままにフィオレンサの手を取る。


「俺は姫さまが欲しい。だから俺はあなたの婚約者候補として名乗り上げよう」

「! なにを言って……」

「レオナルド・オズヴェスタンの名のものにフィオレンサ・ディオネ・ロヴィルディ皇女殿下の婚約者候補に立候補することをここに表明する」


そしてレオナルドはフィオレンサの手の甲に優しく口付けをした。


「な、な、な……っ」


顔が赤くなっていくのがわかる。


こちらを見上げるレオナルドの瞳は妖しく輝いていた。


「…………」

「ふっ、どうやら今日はここまでにした方が良さそうだ。姫さまには刺激が強すぎたようで?」

「あ、あなたが……っ!」

「俺が? 一体どうしたと?」


顔を赤らめて動揺しているフィオレンサにレオナルドは意地の悪い笑顔を向ける。つい反論したくなったが、フィオレンサには手の甲にとはいえキスされたことを口にできるほど、男慣れしていなかった。


(は、はじめてキス(手の甲に)された……)


「ううっ……! なんでもないわよ!」

「残念。言ってくれると思ったが」

「っ、あなたねえ……!」


肩をわざとらしく竦めたレオナルドに、フィオレンサはおちょくられているのが分かりそっぽを向いた。


「用件が済んだのならもう帰りなさい!」

「ふむ……確かにこれ以上は逆効果になるしな。───姫さま」

「? なに……───!」


振り返るとすぐ近くにレオナルドの顔があり驚いた。息が触れ合うほどの近さだ。


レオナルドはフィオレンサの髪に優しく触れながら言った。


「どうか俺が婚約者候補になったということを忘れないでくれよ?」

「…………」


そう言ってレオナルドは口角を上げて礼儀正しく一礼した。


「本日はお会いして頂いてありがとうございました。それではまたの機会にお会いしましょう」


固まったままのフィオレンサをレオナルドは気分を良さそうに見て、退出した。






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