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第32話 はじめまして




(彫刻品……? と思うほどね)


「はじめまして。私はオズヴェスタン公爵家のレオナルドと申します。皇女殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅう……」

「はじめまして、オズヴェスタン公子さま。……どうやらお待たせしてしまったようですね。お詫びいたしますわ」

「こちらこそお忙しいなか、ご面会いただきありがとうございます」


誰もを魅了する笑顔でレオナルドは礼をする。


同年代よりも少し高そうな背にあどけなさが残る作りじみた顔。頬に影が落ちるほどの睫毛は羨ましい限りだ。


切れ長の大きな瞳は氷のように青く澄んでいた。


(これが『氷の貴公子』の由来かしら?)


他人事のように目の前の彼を見つめた。




* * *




「終わった〜。……ちょっときゅうけい……」


午後からレオナルドと会うため、フィオレンサは朝早くから起きて一度も休まずに公務を続けていた。


「オズヴェスタン公子が来るのはあと三時間弱……。まだ時間はあるからギリギリまでゆっくりと……」


そう思っていると、扉がコンコンコンと鳴った。フィオレンサは机の上でぐでっとしながら「どうぞ」と言って入室を許可した。おそらくローレン伯爵夫人だろう。


「失礼します。……あら、既に公務は───」

「たった今終わったわ。まだ時間があるから私はもう少し……」

「では今から準備に取り掛かれますね」

「ん……? まだ三時間もあるのよ?」

「何を言っておられるのですか? 三時間しかないではありませんか」

「…………」


冷や汗が流れる。このままではまた着せ替え人形にされてしまう。フィオレンサは椅子から立ち上がり、じりじりと後ずさった。


その間にローレン伯爵夫人はパンパンと手を叩く。するとマリーを先頭に他のフィオレンサ付きの侍女たちが次々と入室してきた。


「……!!??」

「さあ皇女殿下のために腕を奮って支度をしましょう」

「「「 かしこまりました 」」」


マリーたちはフィオレンサを化粧台まで連れていき、髪型を変えるために何度も櫛で髪を梳かす。ローレン伯爵夫人と残りの侍女で午後に着るドレスをドレスルームから探している。


「マリー、今日の殿下のドレスはどう言ったコンセプトのものなの?」

「清楚系らしいわ。グリーンの落ち着いた色合いのドレスのなかから選ぶと」

「それなら敢えて何もしないまま、髪を下ろすのはありじゃない? 毛先だけ軽く巻いて」

「ならドレスの色に合わせてリボンもつけたら?」

「それいいわね! 大きめのリボンをカチューシャのようにして───」

「誰か探してきて!」

「…………」


何人もの侍女が髪を結んだり下ろしたりするのを疲弊した表情でフィオレンサは見ていた。この場で口を挟める度胸など毎度の如くフィオレンサにはない。


(何でもいいから休憩させてよ……!)


ちょっとくらい休憩時間が欲しかった。けれど嬉々として準備を進めているマリーたちにはどんな言葉も通じない。


途中で昼食は運ばれてきたものの、サンドウィッチなどの軽食が運ばれてきてお昼休憩などないと宣言されたようなものだと感じた。


(サンドウィッチは美味しいけども……!)



ドレスはローレン伯爵夫人たちが選びに選んだ一着がフィオレンサの前に差し出された。


「いかがでしょう、殿下」

「あ……うん……いいと思うわ。それにしましょう……」


もう何でも良くなった。グリーンのドレスは落ち着いていて楚々とした雰囲気があって、清楚をコンセプトにした今日のフィオレンサによく似合いそうだ。


(だが長いっ! 長すぎるわ、ローレン伯爵夫人……!)


一時間以上ローレン伯爵夫人たちはドレスルームに籠ってドレスを選んでいた。そのせいでフィオレンサは昼食を食べて20分以上待ってもそのドレスに着替えられなかった。


もちろんその間はマリーたち侍女勢に爪は磨かれ、美の秘訣とやらを聞かされ……休めなかったである。


だからせっかく選んでくれたドレスを見てもフィオレンサは適当な返事しかできなかった。でもローレン伯爵夫人たちはそんなフィオレンサの返事にも気を良くし、いそいそとフィオレンサにそのドレスを着せ始めた。


「殿下、一度こちらを振り返ってもらえませんか?」

「こう……?」

「はい。そのままあちらへ歩いてUターン。そして一礼してみてください」

「?」


意味がわからないが言われた通りに行動すると「わあっ!」と声が上がった。


「完璧ね! これでオズヴェスタン公子さまのお心は殿下に傾くわ!」

「あとは殿下の天使のような微笑みでイチコロよ! あの笑顔には心が浄化されるから」


(むむ……?)


なにやら不穏な会話が繰り広げられている。


(イチコロってなに!? ただ会うだけなんですけどー!?)


フィオレンサはたじろぎながらも口を挟んだ。


「ね、ねえ、ちょっといい?」

「? どうかされましたか? 殿下」

「何で私がオズヴェスタン公子さまの心を奪うような会話になってるの?」


すると侍女たち全員が意味が分からないと首を傾げた。それにフィオレンサも首を傾げる。


「ただ会うだけなのよ?」

「オズヴェスタン公子さまも婚約者候補ではないのですか?」

「どこからそうなるのよ……」


どうやら侍女たちの間で『オズヴェスタン公爵家からの手紙=婚約者候補になりたい』になっていたようだった。


「違うのですか?」

「違うわ。彼は私に聞きたいことがあって来るだけのようよ。手紙にもそう書いてあったから」


ひらひらと封筒に入った手紙を見せながら言うとローレン伯爵夫人も含め侍女たちは明らかに残念そうにした。


「それに三年前も婚約者を決めるには時期尚早だと言ったでしょう? だからまだいいの」

「アイメルト公子さまもオズヴェスタン公子さまも殿下にお似合いになると思うのですが……」

「成人するまでまだまだ時間はあるのだし、陛下からもまだ良いと言われているから。……それに───」

「……?」

「なんでもないわ。それよりも準備は終わったのよね?」


マリーの質問にフィオレンサは答えたとき、途中で言葉を止めてしまった。けれどフィオレンサはなんでもないように話を終わらせた。


「そろそろオズヴェスタン公子さまが来る頃だろうし、応接室のほうで───」


待っていようかしら、と言葉を続かせようとした時、一人の侍女が部屋へと入ってきてフィオレンサに言った。


「たっ、たった今、オズヴェスタン公子さまが皇女宮に入られました!」

「! それで彼はどこに……」

「応接室のほうでお待ちいただいております」


(見事な10分前行動ね)


フィオレンサはコツコツと扉まで歩いていき、侍女たちを振り返った。


「ローレン伯爵夫人とマリーは私についてきて。残りのみんなはお茶やお菓子の準備をお願い」

「「「 かしこまりました 」」」


行きましょう、と声をかけてローレン伯爵夫人たちと部屋を出た。応接室まで続く一本の長い廊下を歩いているなかでフィオレンサは先程言いかけてた言葉を思い出していた。



(それに───シエナが来たら何もかもが無意味となるから)



前ほど全て諦めた日々を送っているわけではないが、フィオレンサとしてはこれ以上、何も得たくはなかった。



───失ったときがいちばん怖いから




* * *




「それでオズヴェスタン公子さま、私に聞きたいこととは何かしら?」


侍女が準備してくれたお茶を飲みながらフィオレンサはレオナルドに問う。フィオレンサの後ろにはローレン伯爵夫人とマリーが、レオナルドの後ろには彼の護衛と思われる30代前後の騎士が立っていた。


「その前に私のことはレオナルドとお呼びください」

「オズヴェスタン公子さまがそれでいいのなら。……私のことは……不敬にならない程度ならお好きなようにお呼びくださいな」

「ははっ、なかなか難しいことを仰る」

「…………」


カチャリとティーカップを置いてフィオレンサはレオナルドに再度問う。


「それで聞きたいことは?」

「……せっかちでいらっしゃいますね」

「生憎と忙しい身なのよ。でもそれはあなたも同じではなくて? 公子さま」

「そうですね。───ですがその前に他のものを下げてもらえますか? こちらも護衛騎士を退出させますので」


レオナルドの発言にローレン伯爵夫人は「何をっ……」と反論しようとしたが、フィオレンサはローレン伯爵夫人たちにストップ合図を出した。


「……理由を伺っても?」

「こちらとしてはこのまま話しても問題ないと思うのですが、……殿下はそうとは限らないかと思いまして」

「……どういうことかしら?」


フィオレンサの心臓がバクバクと音を立てているのがわかる。


「ふむ、でしたらそのままで構いません。私がお聞きしたいのは手紙でも書いた通り、三年前の西の庭園でのことです」

「…………」

「あの日、私も西の庭園にいまして。美しい花々を見ていると、どこからか小鳥の鳴き声が聞こえてきました」

「…………!」

「気になってしまい奥のほうまで進んでいくとそこには───」

「待って」


ドクンドクンと脳にまで響く心臓の音が聞こえる。フィオレンサは冷や汗を流しながらレオナルドを見ると、彼はこちらを見て笑った。


───まるで全てを知っているかのように。


「……っ」


フィオレンサは渋々声を出した。


「ローレン伯爵夫人、マリー、悪いけど一度退出してもらえる?」

「しかしそれは……」

「大丈夫だから。あと扉も私がいいと言うまで開けないで閉めておいて」


それに対して口を開こうとしたローレン伯爵夫人たちだったが、主人であるフィオレンサにそう言われると彼女らは言葉通りに行動するしか無かった。


それを見ていたレオナルドも後ろに控えていた護衛騎士に言った。


「ヒューズ、お前も出ていろ」

「かしこまりました」


そうして三人が出ていき、扉が完全に閉められると、フィオレンサは恐る恐る尋ねた。





「それで、あなたはどこまで知っているのかしら?」





その問いに彼は微笑んだ。





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