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第31話 手紙



フィオレンサは気分よく自室へと繋がる通路を歩いていた。


その理由は無事にオーウェンに届けものができたからである。


(心につっかえていたものが取れた感じがする……!)


今なら午前中にやった公務をもう一度できそうなくらいだ。


しかしそんなフィオレンサには大体すぐに次の試練が訪れる。




「殿下! 大変です!」

「……!?」


自室に入るな否や扉がバンっと開かれる。ノックなしということにも驚いたが、その扉の主にも驚いた。


「ローレン伯爵夫人、一体どうしたの? あなたらしくもない」

「礼を欠いてしまったことをお詫びいたします。ですが! 明日にお客さまがいらっしゃることになりました!」

「お客……?」

「はい、それで早急にお伝えしようと来た次第です!」


(お客さまが来るほど知り合いなんていた……? 皇宮から出たことなんてまだないのに)


首を傾げて悩ませるが、数秒後にフィオレンサは思い出した。


(…………あっ! まさか……!?)


「ローレン伯爵夫人、明日来るお客というのは、まさか……」


(ランスロット!? ここ最近は公爵の仕事を任され始めて、頻繁に来るようになったと聞いていたけれど)


フィオレンサはランスロットと会わないように授業以外はプライベートスペースから出ないようにしていた。図書館に行くときもランスロットが帰ったあとでこっそりと行っていた。


何回か遭遇してしまうことがあっても、ローレン伯爵夫人はフィオレンサがランスロットを苦手としているのを心得ているようにすぐに助け舟を出してくれていたため、長時間話したことは片手で数える程度しかない。


(前と違ってそこまでランスロットに苦手意識を持っているわけではないけど……。どうせシエナを婚約者とするような変わり身が早い男は遠慮したいわ。……友人までならギリギリラインだけど)


だからもし明日のお客がランスロットだとしたら、適当な理由を付けてお帰り願いたい。


恐る恐る聞くと、返ってきたのは知らない家門だった。


「いいえ、アイメルト公子ではございません。……ですが、オズヴェスタン公爵家のご子息のようでして……」

「オズヴェスタン……? アイメルト公爵家と並ぶ東部最大の貿易網を持つ、あの公爵家?」

「はい。差出人を確認致しましたので間違いありません」


そう言ってローレン伯爵夫人はオズヴェスタン公爵家からの手紙を渡す。裏を見ると間違いなく『レオナルド・オズヴェスタン』と書いてあった。


「明日来るのはここに書いてある『レオナルド・オスヴェスタン』公子?」

「はい、明日の午後訪問されるようです」

「ずいぶん急ね。普通1週間前くらいに送ってくるはずだと思うのだけれど……?」


手紙を読みながらローレン伯爵夫人にそう問いかける。するとローレン伯爵夫人は申し訳なさそうに謝罪しながら事のあらましを説明した。


「……申し訳ございません。どうやらその手紙が送られていたのは今から2週間ほど前のことなのです」

「2週間前……?」

「はい。どうやらアイメルト公爵家からの、特に公子からの手紙は別で受け取るように侍女たちに伝達していたのですが、そこで今回の事件が起きたようでして……」

「…………」

「『公爵家からの手紙』だと配達人に言われ、アイメルト公爵家からの手紙の籠に入れてしまっていたようなのです」


ここに来てフィオレンサはこの事件の全貌が見えた気がした。


「後日手紙の整理をしていると、アイメルト公爵家の手紙のなかから別の公爵家からの手紙が混じっていることに気がつき……っ。申し訳ございません。我々の不注意のせいで殿下に多大なご迷惑を……!」

「───まあ起こってしまったのもは仕方がないわ。時間を巻き戻せるわけでもないのだし。けれどこれからは差出人も念入りに確認するようにみんなに伝えてちょうだい」

「分かりました。……それで罰というのは……」


頭を下げて待つローレン伯爵夫人にフィオレンサはため息をついた。


「しないわよ、そんなこと。私が面倒なことを頼んだことが原因なわけだもの。それに幸い約束の期日の前日なんだもの。まだ間に合うわ」

「しかしそれでは……!」

「そんなに罰して欲しいなら、明日の私の支度を完璧にしてちょうだい。ギリギリまで公務をやるつもりだからいつもより時間は少ないけれど……できるわね?」

「───! もちろんです、殿下」

「ならいいわ。───人は間違いを経て、成長していくものよ。今回の件程度なら目を瞑れるから、今回のことを教訓によりいっそう励むように伝えて」

「ありがとうございます、殿下」


フィオレンサは一度手紙の内容を整理するためにローレン伯爵夫人に退出を願った。おそらくローレン伯爵夫人は明日に備えて皇女宮の侍女たちに説明しに行くのだろう。




「───レオナルド・オズヴェスタン……」




彼は原作ではあまり出てこなかったキャラクターだ。ただアイメルト公爵家とオズヴェスタン公爵家はヴェードナ帝国に最も貢献してくれている家門だ。


そのため原作での彼の立ち位置は分からないがこの世界での彼については少しだけ知っている。


(剣術、魔法ともに天才であり無欠の氷の貴公子。そして噂では造形のように整った顔立ちで何人もの令嬢がその美貌に倒れたとか……?)


なんとも嘘くさい噂話だ。それに『氷の貴公子』だなんて。ちなみにランスロットは『微笑みの貴公子』と一部では言われているそうだ。


(厨二病をこじらせたみたい。本人たちはそれでいいのかしら?)


ともかくレオナルドはランスロット同様に欠点という欠点がないと聞いている。次期公爵である長男のラルフとの仲は良好で自他ともに公爵を継ぐ気はないとも。


「社交界にはそんなに出ていないはずなのに多くのファンがいるとか凄まじい人気ぶりね。───こんな手紙さえ送ってこなければ私もファンの一員になりたいものだわ」


パサっと手紙をテーブルに放り投げた。ちらりと視線を向けた先に一切乱れていない文字で綴られている美しい文面が見えた。



『麗しき皇女殿下へ

今から二週間後の午後に皇女殿下にお会いしに皇宮へ参りたいと思います。お話したいことが多くありますが、そのうちの一つとして3年前の''西の庭園''での出来事をお聞きしたいです。皇女殿下は甘いお菓子が好きだと噂でお聞きしたことがあるため、我が公爵家自慢のシェフが作るケーキをご納めしたいと思います。二週間後を楽しみにしております

レオナルド・オズヴェスタンより』



この手紙を読んだとき、フィオレンサは表情には出さなかったが心中はとても荒れていた。


(えっなに……3年前の''西の庭園''って……まさか小鳥を助けたときのこと……!?)


真っ先に思い浮かんだのはそれだった。だって他に3年前の''西の庭園''でやらかしたことは他にないのだから。


(西の庭園って申請が必要だし……誰もいないと思っていたけど、あのときはランスロットのことしか考えてなかったから他の貴族がいることなんて頭になかった……っ)


別に西の庭園は皇族しか入れないというわけではない。ただ申請がおりるには厳重な審査が必要だということだけ。


「あのとき私以外に誰かがいて、それがオズヴェスタン公子だとしたら……? そして同じく小鳥の声を聞いて奥へと入ってきたとしたら……? あの一部始終を見ていたとしたら……?」


誰にも言っていない神聖魔力。どうやら皇帝にも気づかれていないらしく、このまま黙っていようと思っていたのに……。


「世間では魔力も聖魔力も持っていないと言われているからオズヴェスタン公子が話したところで大事にはならないと思うけれど……もしかしたらということもある」


それに必ずしも手紙で言っている西の庭園の出来事がフィオレンサの思っていることとは限らない。



「会って確かめなくちゃ」



暁色の夕焼け空は室内を照らし、コーラルピンクの髪はよりいっそう濃く色付いていた。






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