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第30話 素晴らしき皇女殿下



フィオレンサから書類を受け取ったあと、オーウェンは真っ直ぐに皇帝・スティーブの元へと向かった。


「お待たせいたしました、陛下」


扉を3度ノックして入ってきたオーウェンに対してスティーブは「ああ」と短く答えただけで視線は未だ手に持っている書類に向かっていた。スティーブの手は忙しなく動いている。


「また休憩を取らなかったんですか……」


呆れとも諦めとも取れる言葉を口にしたが、スティーブは聞こえなかったかのようにペンを動かしている。


そんなスティーブにオーウェンはずかずかと前に進み、スティーブの執務机に持ってきた書類たちを置いた。


「こちらが陛下がお求めになられたものです」

「…………」

「今すぐ確認すべきかと」


置かれた書類のせいでいま手元にある書類が見えなくなってしまい、鬱陶しそうに脇に避けようとさせるスティーブにオーウェンは目敏く言った。


そこでようやくスティーブは顔を上げ、気だるげにその書類に目を通す。その間にオーウェンは報告を済ませる。


「まず一つ目ですが、皇女殿下が先日仰られていた話は全て事実のようです。皇都内を探したところ、デアリージャを研究対象とする研究者を見つけました。話を聞くと殿下が話されていた内容と一致いたしました」

「……なるほどな」

「それと先程殿下にお会いし、こちらの書類もいただきました。軽く中身を拝見いたしましたが、殿下が考えられた作戦内容は齢10歳の皇女が考えたとは思えないほど実現できる作戦でした」



(そう、我々が把握していない情報も含めた死傷者ゼロを限りなく目指した作戦。それでいて作戦実行可能な範囲を留めている……)



これを渡したときのフィオレンサの自信なさげな表情を思い出し、オーウェンは自信を持ってくださいと思った。


「…………確かにこれはあいつしか思いつかないかもしれないな。少なくとも俺やお前はこんな方法を思いつかない。───凝り固まった思考しか出てこないからな」

「そうですね。柔軟な考えを持つ殿下だからこそ、この作戦内容なのでしょう」


フィオレンサの考えた作戦とは至って単純なもので川から出たデアリージャを騎士と魔法師が総攻撃するというものだった。


(別にここまでは誰でも思いつきそうなものだ。だが殿下の場合はこのあとが違う)


川から出たデアリージャが再び川へと戻らないように川全体を凍らせ、自爆条件を無くす。


その上で騎士たちが総攻撃を仕掛けるわけだが……


ここでポイントなってくるのは魔法師、騎士たちがそれぞれ各係を担っているということだ。


魔法師部隊は2つの部隊に分け、ひとつは川を凍らせる部隊として、もうひとつは本討伐部隊として分ける。 騎士も同様に前半部隊と後半部隊の2つに分ける。


デアリージャは基本的に硬い鱗に覆われているが金属が苦手なため金属の刃はよく通る。その特性を利用した作戦が今回の作戦だ。


「俺も前から騎士と魔法師の戦い方に疑念を持っていたところに、これだ」


スティーブはフィオレンサの書いた書類を指しながら言う。


「騎士が前に出て戦うのは当たり前だが、まさか魔法師まで前に出させて戦わせるとはな」

「この作戦がうまくいけば、我が国の軍事戦闘力は飛躍的に上がりますね」

「まあ魔法師の連中はプライドばかり高いものばかりだ。騎士と連携して戦闘に出るのを嫌うだろう。だがその分、自分たちの力を誇示したがる」

「特に今の副師団長だとその傾向が想像できます」


スティーブは引き出しから紙を取りだして、デアリージャ出現と討伐の作戦内容を記していく。そして玉璽を押したものをオーウェンに渡した。


「あいつに聞けばさらに面白いことを言ってくれそうだな」

「期待してもいいほどですね」


(本当に殿下はすばらしい)


オーウェンはもう一度作戦を記した紙を覗いた。


(前半部隊の騎士がデアリージャに傷をつけ、すかさず魔法部隊と交代し、次は魔法部隊がその傷に向けて火の魔法を放つ。そしてまた後半部隊と交代して、これを繰り返す)


まさに騎士と魔法師の連携が問われる作戦だ。その上この作戦は騎士と魔法師がスイッチを繰り返すことでひとりひとりの負担を減らし、負傷者を出にくくさせる。


「魔法師の連中はこの作戦を聞いたら憤慨しそうだ」

「でしょうね。けれどこうして陛下の玉璽もありますから大人しく指示に従う他ありません」

「……ちょうどあいつから騎士団に行こうと言われていたから、ついでに様子を見ておいた方がいいかもな」

「予定を調節します」


びっしりと文字で埋まっている手帳にこのことを書き足すと、オーウェンは次の書類をスティーブに渡した。


「そしてこちらがもうひとつの報告書となります」


受けとったスティーブは淡々と中身を読んでいく。



報告書の内容はスティーブが3年前に感じた妙な力についてだった。


(陛下いわく、聖魔力に似て異なるものだそうだが……)


西の方角から感じたその力は一瞬だけ感じたもので詳しいことは分からなかった。けれどスティーブは念の為ということでオーウェンに調べさせていたのだ。


「やはり、あの力は特定できないか」

「はい。聖魔力持ちはいま現在陛下おひとりです。陛下のお力ではないということで魔力持ちのその日に皇宮に来ていた貴族たちを調べましたが、変わった点はありませんでした」

「そうか……」


珍しく頭を悩ませるような姿を見せるスティーブにオーウェンは口にすることを悩んだが、結局は口にした。


「……フィオレンサ皇女殿下が、覚醒したという可能性はありませんか……?」

「……100%ないとは言いきれないが……そもそも魔力持ち同士存在がわかるように、聖魔力持ち同士も同じ力を持っていたら感覚でわかる」

「……失礼いたしました」

「まあお前の疑念はもっともだと思うがな」


3年前のあの力はあの時以降、確認されていない。けれどあの力は今後の帝国の未来を左右してしまうものではないかと、密かにスティーブとオーウェンは考えていた。


「悪意は感じられなかった。なんなら俺の聖魔力よりもより純粋で強力だったな」

「しかし聖魔力を超える力は───」

「ないはずだ。ここは女神アグライヤが創設した最初の国だからな」


スティーブは肘掛に肘を置き、足を組みなおす。


「───しかし、見つからないのなら仕方がない。手がかりもないわけだし、これ以上探すことに時間にかけても無意味だ」

「ではこの件に関してはここまでということですね」

「ああ。また力を感じ取った時に動けばいい。───そうならないことが1番だが」


何も起こらないことが1番いい。けれどスティーブは再びあの力を感じ取る日が来ると感じていた。


「───これで終わりか?」

「? はい。命令を受けての調査は以上となります」


スティーブはふむ、とひとつ頷くと端に寄せておいた書類を指して言った。書類の量は軽く2キロはありそうな程だ。


「用が終わったのなら出ていけ。俺は忙しい」

「まさか……あれを全て持っていけというわけではございませんよね?」

「冗談を言う暇があるようならさらに倍にしてやろうか?」

「それこそご冗談を……」


だがスティーブの表情から察するに本気で言っているらしい。それを理解したオーウェンは頬が引き攣りそうになるのをこらえた。


「……っはあー、分かりました。陛下の邪魔にならないように出ていきますよ。しかし、いつでも私が持ってくる書類は急ぎの書類だということを忘れないでくださいね!?」

「うるさいぞ」

「…………」


オーウェンはうっ!と呻き声を上げながら、スティーブに言われた書類を持って扉へと向かった。ドアノブを回そうとした時、オーウェンは何気なく言った。


「そういえば陛下、皇女殿下に対して「お前」とか「あいつ」とか言っていませんか?」

「…………」

「そんなんじゃいつか陛下に愛想をつかされますよ?……例えば姫さまのですから───」


ボキッと後ろの方で何かが壊れた音がした。恐る恐る振り返ると無表情で羽根ペンを握りつぶしているスティーブが目に入った。


「……!?」

「…………」


オーウェンは本能で悟った。このままここにいては危険だと。急いでドアノブを回して部屋から出ていった。


その間に起きたのはわずか2秒の出来事だった。




* * *




オーウェンが出て行って、スティーブは未だに手を黒く染めている羽根ペンの残骸を見つめていた。




『そんなんじゃいつか陛下に愛想をつかされますよ?』




(くそっ……!)


オーウェンの本当に何気ないその一言がスティーブの心を大きく揺れ動かした。



だがそもそもの前にフィオレンサはスティーブやオーウェンに愛想を尽かすほど愛を傾けてはいない。



そんなことも露知らず、スティーブはあの言葉に悶々と悩まされていた。


「……なら他にどう呼べばいいんだ……」


ただ名前を呼ぶだけでいいはずなのに、スティーブはどうしてかその名前を呼ぶことができなかった。まるで喉に何かが引っかかってしまったかのように。





『例えば姫さまなのですから───』





オーウェンの声が脳内で再生されると、スティーブは天啓を受けたかのように閃いた。


(そうだ、名前が呼べないなら───別の呼び方をすればいい)


スティーブはそう思うと靄がかかっていた心が晴れ、すっきりとした気持ちになった。




さて、スティーブがフィオレンサの名前を呼べる日はいつになるのやら……。





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