第27話 対策
カチャとどちらともなくナイフやフォークを置く音がしたら、フィオレンサと皇帝は食事を終えた。
(おいしかった……!)
途中おかしな会話へとなってしまったが、こうしておいしい食事が食べられてフィオレンサは満足だ。そして食事を終えたということは今回の本題へと入るということだ。
(どこから話し始めるべきか。話す話題がいくつもあるわ)
無難な公務の感想から話し始めて予算案や嘆願書の件について話せばいいかと思っていると、予想外にも皇帝が先に公務について聞いてきた。
「それで初めて公務をしてみた感想は?」
優雅にワインを飲みながら質問するさまはまるで完成された一枚の絵画のようだ。
「……あれが陛下の半分にも満たないと信じられないほどの量で苦戦しました」
「だろうな」
「陛下は……あの倍以上の量を一日で終わらせていると聞きました。とてもじゃないですが、私に務まり切る仕事量ではないなと、思ってしまいました」
「……ふむ」
これは本当だ。もはや皇帝は人の域を超えているのではないかと公務一日目で思ってしまったくらいだ。
(どんなペースでやっていたらあの量がさて終わるのやら)
目の前で見せられても呆然と見ていることしか出来ないだろうなとフィオレンサは思う。
「特にないならそれはそれですが、あれだけの量をこなす秘訣でもあるのでしょうか? ずっと座りっぱなしであちこち身体を痛めることも増えてくるでしょうけど、陛下にはそのような風には見えないもので───」
「俺は聖魔力で体力を回復させているだけだ」
「あっ…………そう、ですか」
聞いても実践できない類のものだと率直に思った。
(聖魔力で回復って陛下にしかできないじゃない。───……いや待って。聖魔力で回復させるなら神聖魔力を持っているかもしれない私は?)
聖魔力を上回る神聖魔力。もし本当に持っているとしたら聖魔力持ちの皇帝同様に神聖魔力で自分を癒せるのではないかと。
フィオレンサはそう考えた。
(上手くいけば神聖魔力を扱えるようになるし、公務の効率も上がる。一石二鳥!)
案外皇帝から聞いたものは悪いものではなかったかもしれない。フィオレンサは心の中で感謝した。
「聖魔力で回復……はできなさそうですが、教えてくださりありがとうございます。私は適度に休憩を挟んで公務に努めたいと思います」
そう言ってそのまま予算案の件に入ろうと思った時、皇帝はふいに指を鳴らしてあるものを転移させた。
(……はこ?)
それは小さな箱だった。皇帝の片手に収まりきるほどの大きさ。
中身が全く想像できない。
それを皇帝はフィオレンサの前に置いた。
(いや、どうしろと?)
皇帝を見るとどうやら「開けろ」ということらしい。フィオレンサは箱を手に取り、パカッと開けた。
「───!」
「どうだ? 気に入ったか?」
中にあったのは黄金色の指輪だった。ピンクの宝石が台座についた綺麗な指輪。
「これは……」
「聖魔力が使えないお前のために用意したものだ。その石は魔法石で俺の聖魔力が込められている。その石に込められた聖魔力がつきない限り、お前も聖魔力が使える」
「えっ、……」
(これは国宝並に貴重なものでは……?)
そんなものを頂いしまっていいものか。そう思ったのが顔に出ていたのかもしれない。
皇帝は先回りしてフィオレンサに釘をさした。
「もしそれを受け取らないなら捨てるしかないな。それひとつで平民は一生働かなくともいいほどの価値がある」
「…………!」
「お前が捨てたのを誰かが見て拾ってしまえば、そいつは罪人となり処罰されるだろうな。なにせ、俺の聖魔力が込められている。盗んだと誰もが思うだろうな」
(これは、黙って受け取れってことね)
皇帝から感じる圧。これはそういうことだ。
フィオレンサは息をふうっと吐いて、指輪を左手の中指にはめた。その指にはめたのはなんとなくだ。
びっくりするほどフィオレンサにぴったりに作られていた。
「ありがとうございます、陛下。とても嬉しいです。これで陛下のように公務を頑張りたいと思います」
「……ふん、気に入ったならいい」
(重い、重すぎる!)
そう思ったがフィオレンサは笑顔で乗りきった。でも貰ったものは特段悪いものでは無い。
むしろフィオレンサのことを思っている気もする。
(これでヴェードナ帝国の後継者らしく励めってことね。分かっていますよ、陛下)
もちろん、皇帝の気持ちなど360度変えてフィオレンサに伝わっているわけだが。
だがこれで次の話題へと進める。フィオレンサは箱を汚さないようにテーブルの端に置いて皇帝に向き直った。
「こほん、改めて招待してくださりありがとうございます。実をと言うと私も陛下にお話したいことがありましたので今ここでお話させていただきます」
「ああ」
皇帝の許可も貰ったことでフィオレンサは話し始めた。
「ではまず一つ目として。ヘイリー先生からお聞きしましたが、どうやら皇族は護衛騎士を選ぶことが稀にあると」
「俺は必要なかったがな」
「護衛騎士というものに興味を持ちまして、騎士団に行ってみたいなと、…………陛下と一緒に」
「なに?」
最後の一言に皇帝は目を丸くさせる。でもフィオレンサはどうしても皇帝と騎士団に行かなければならない。
(そのままついでに魔法師団にも行って陛下に騎士団と魔法師団の差を見てもらおう作戦よ!)
だからフィオレンサは挫けるわけにはいかない。
「私よりも陛下の方が騎士団の方々と信頼関係が築いている思いますので、ぜひ陛下の意見もお聞きしたいのです」
「…………」
「お願いします、陛下」
この3年間でフィオレンサは皇帝に対しての必勝法を導き出していた。
───それは健気にお願いし続けること!
何度もお願いすると皇帝は面倒になるのか結局はフィオレンサのお願いを聞き入れてくれる。
「陛下にしか頼めないのです。どうか、どうか……」
「───はあ、分かった」
「……! ありがとうございます、陛下!」
「ただし、使えないやつをお前の横に置く気はないからな。護衛騎士を迎え入れないことも考えておけ」
「分かりました、陛下」
(私も護衛騎士を選ぶ気は初めからありませんよ)
これはあくまで口実なのだから。護衛騎士なんて置いてしまったら更に自由がなくなるではないか。そんなことフィオレンサは望んでいない。
(でも、一つ目の目標は達成ね。……さて2つ目は───)
心做しか面白そうにしている皇帝。やっぱりあの嘆願書は皇帝が入れたものだと確信した。
(何がしたいのか───)
「では2つ目の私の公務として紛れ込んでいた嘆願書の件です」
「それが何か問題でも?」
「あの書類には大臣のハンコではなく、署名がありました。あれはもともと私の元ではなく、陛下の元へと行くはずの書類。それが私の元にあったのは……陛下が入れたのですね?」
「……なぜ俺だと?」
フィオレンサは毅然とした態度を貫いて言葉を重ねていく。
「オーウェンかとも思いましたが、あの書類は私同様、オーウェンの手に渡ることはありません。大臣たちかとも思いましたが、署名を書いて陛下に一刻も早く見せようとしている方々が私にわざわざ見せるようなことはしないでしょう」
「…………」
「それに陛下でしたら全ての書類の権限をお持ちです。あの嘆願書を紛れ込ませることくらい容易でしょう」
「なるほど、そこまで分かった上でこの話をしたということは、あの嘆願書の意味についても調べたわけだな」
ええ、とフィオレンサが答えると皇帝は手を組んで言う。
「俺もあの嘆願書は手をこまねいていてな。だが大臣らが考える施策は阿呆にも程がある。そこでお前だ」
「わたし、ですか?」
「案外予想外の相手からなにか聞けば突拍子のないものでも解決への道標となるときがある。今回はそれを狙ったわけだが……どうやらお前の場合は道標どころか解決策を見つけたようだな」
たったこれだけでそこまでたどり着く皇帝の方が恐ろしい。けれど成功すればフィオレンサの周りからの評価はぐっと上がるだろう。
(それにこれは私にアドバンテージがあるものよ。怖気付く暇があったら陛下に進言した方がよほど効率がいい)
フィオレンサはぎゅっと手を握った。真っ直ぐなフィオレンサの瞳が皇帝を貫いた。
「あの嘆願書を見て、ここに来るまでの間、私なりに調べてみました。───その結果、レーヌ川の増水は単なる偶然という訳では無いということがわかりました」
「それで?」
「っ、レーヌ川にはデアリージャという魔物が住み着いていました。そのせいで川は増水し、大雨関係なしにいつ氾濫してもおかしくは無い状況です」
「……だったらその魔物を討伐して終わりではないのか?」
「それができたら苦労はしないと、陛下もご存知でしょう。デアリージャは周囲を巻き込んで自爆するという厄介な性質を持っています」
乾いてきた喉をぶどうジュースを飲んで潤して、再び口を開く。
「それなのに大臣たちの施策は下手をすれば防波堤設立中に多くの死傷者を出しかねない愚行です」
「そうだろうな。しかしこれといった策が考えつかないのだから致し方あるまい」
冗談なのか本気なのか判断がつかない声色の皇帝だが、フィオレンサはそれににっこりと微笑んで答えた。
「私はほぼゼロに近い死傷者でデアリージャを討伐する方法を知っています」




