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第26話 優しい皇帝?



乱れたところがないか確認し終わると、フィオレンサは後ろで賑わっている侍女たちに声をかけた。


「それじゃあ、そろそろ時間になるから行ってくるわ。前回と同じくらい時間がかかると思うから自由に過ごしていて」


その言葉に侍女たちはさらに賑わいつつも、主人であるフィオレンサをお見送りする。


「行ってらっしゃいませ、殿下」

「どんなお食事が出たか後で教えてくださいね!」


などなどの声を受けながらフィオレンサは扉の前まで移動し、後ろに付いてきていたローレン伯爵夫人とマリーに言う。


「問題は無いと思うけれど、私が帰ってくるまではよろしくね」

「かしこまりました」

「殿下も陛下とたくさんお話してきてくださいね」


(たくさんは無理だと思うけど……)


マリーの言葉に薄笑いしかできなかったが、フィオレンサはそのまま一人で部屋を出た。



本来ならお付であるローレン伯爵夫人たちを同行させるが今回の場所は''太陽の庭園''だ。


あそこは皇帝が認めた人間のみしか入れないため初めからローレン伯爵夫人たちを部屋に居させた方が行ったり来たりがなくて良い。


(一人の時間って本当に少ないものね)


皇族というのはつくづく制限が多い人生だと思う。部屋を出る時は必ず誰かを付けて行動しなくてらならない。


皇宮は危険が多いというが、そんなことを気にしていたら部屋すらも危ないということになってしまう。


「もっと気楽に生きたいものだわ」


けれどこの場にオーウェンがいないと言うだけでも救いな気がする。オーウェンはフィオレンサの案内役として今まで同行していたが、あちこち皇宮内を動き回り、皇帝からの食事会も増え、フィオレンサはオーウェンが居なくても問題なくなった。



だからフィオレンサはオーウェンに言ったのだ。


『次からは私ひとりで行くから、あなたはわざわざ来なくていいわ』

『え……もしかして、何か殿下の不興を買うようなことでも……!?』

『違うわ。ただ単純に案内役がいなくても道に迷うことなんてないならってことよ。それにあなただって私に時間を取られることが無くなるのだからいいじゃない』


扇子をばっと広げて口元を隠すように言うフィオレンサはさながらどこかの悪役のようだ。ただ実際はほっぺを虫に刺されて赤くなってしまったからそれを隠したいだけだった。


それを知らないオーウェンはまるで解雇されたかのように顔を青ざめて震えていた。


『? どうしたのよ。お互いの時間を有効活用させましょうってことなのよ? 優秀なあなたなら理解してくれるはずでしょう……?』

『ゆうしゅう……、有効活用……』

『え、ええ』


(なにか知らないけどオーウェンが壊れた)


けれどオーウェンがどうなろうともフィオレンサは構うことなく用件だけを伝えて会話を終わらせようとした。


『とにかく、あなたは陛下に頼まれたほかの仕事をしていればいいわ。いつまでも子供じゃあるまいし、道くらい覚えられるわよ』

『………………そうですか───』

『話は以上よ。引き止めてごめんなさい』

『いいえ、大丈夫です……』


(なんでそんな顔をしているの……?)


ただフィオレンサはお互い嫌な思いをしないようにしようとしただけなのだ。それなのにオーウェンの最後の表情。


(───悲しそうだった)


いったい何に対して悲しいのかフィオレンサは分からず、そのまま前を歩き出した。



そんなことがあり、フィオレンサは一人で''太陽の庭園''に向かっている。結局のところ、あの時のオーウェンの気持ちはわからずじまいだ。まあ知ろうとも思わないけど。


そんなこんなで圧倒的に存在感を放つ太陽の庭園に到着した。


「ほんと、いつ来てもここはきれい……!」


ここでしか見れない草や木、花。手入れが行き届いており、見ているだけで癒されていく。


それらを見ながら歩いていく先はフィオレンサが3年前に溺れかけた太陽の庭園内にある湖だ。


(なんだかんだ遊覧船での食事って特別感があって好きなのよね)


花のアーチを通り抜けるとそこには今日も今日とてお顔がよろしい皇帝が先に船に乗って待っていた。皇帝はフィオレンサが来たことに気づくと指先をくるっと回す。


皇帝の使った魔法により、フィオレンサはふよふよと浮かび上がり遊覧船へと移動した。


(初めはパニックになっていたけど、慣れれば案外楽しいものだわ)


コツっと靴が地面に着いた音がするとフィオレンサの体は重力に逆らわなくなった。そして皇帝へ挨拶をする。


「ヴェードナ帝国の不滅の太陽、皇帝陛下にフィオレンサ・ディオネ・ロヴィルディがご挨拶申し上げます。本日はお忙しいなか、招待してくださり感謝申し上げます」

「構わん。俺もお前に聞きたいことがあったしな」

「それでも貴重なお時間を頂き、恐悦至極に存じます」


世辞はいいと手を振られ、フィオレンサは用意された席へと着く。ここで食事をするようになってから気づいたが、どうやら皇帝は食事中ではなく、食後に会話を楽しむ派のようだ。


それを知ってからフィオレンサはこの沈黙もそこまで苦には感じなくなった。いつ話しかけられるのかとビクビクしながら食事をすることがないというのはストレスフリーだ。


(あ〜今日の食事も美味しゅうございますよ! 皇女宮の食事も美味しいけど、やっぱり陛下専用に作られる食事は絶品ね!)


だからこそ、全力で用意された食事を楽しむ事が出来る。


(それにしても……)


フィオレンサは気づかれないようにチラリと皇帝を盗み見た。お顔が大変よろしいため、衣装が顔に負けないように少し華美ではあるが、目を見張るような装飾品の類はあまり見られない。


(あんなにアクセサリーを贈ってくれるのだから、自分にも買ったらいいのに)


けれど見すぎたのだろうか。フィオレンサがお肉を食べようとしたときに皇帝からふいに声をかけられた。そのせいで喉につまらせかける。


「うっ、けほっけほっ」

「! 大丈夫か?」

「え、はい……けほっ」


前にもあったわ、こんなことと思いながら水で流し込むとフィオレンサは皇帝に向き合った。


「こほん、失礼しました。それで如何なされましたか?」

「お前が俺を見てくるから気になってな」

「! さ、左様で……。ご気分を害してしまいましたら申しわけ───」

「それよりもそんなに見ていた理由の方が知りたいが?」


皇帝はにやりと意地の悪い笑いをした。この表情も3年前には見られなかったものだ。


(まあ存在すら疎まれていたのだからペットに昇格は大出世じゃないかしら)


見当違いにも程があるが、フィオレンサはこの世界で愛情を十分に受けて育っていない。小鳥や子猫からの愛情の方がすんなりと受け入れられるレベルだ。


そんなことよりも皇帝を見ていたのがばれていたのか。こっそりと見ていたはずなのに。


「…………」

「なんだ、答えずにいるということはやましいことでもあるのか?」


いや別にやましいことなんてない。それは断言できる。


まあ聞いてプラスになるようなことは一切ないが、マイナスになるようなことも無いし、正直に話したほうが良いか。


「───陛下はなぜご自身の装飾品はあまり購入なされないのに、私にはあんなにもプレゼントしてくださるですか?」

「気に入らないのか?」

「というか何故なんだろうと思いまして。鍵までもらってしまいましたし……」


フィオレンサが今見につけている装飾品の類は陛下からプレゼントされたものだが規模が違いすぎた。


ドレスルームとは反対にある繋がった部屋には鍵がかかっていて、その先は一面が宝石や髪飾り、首飾りなどの希少性が高いものばかりだった。


(あれだけ買っても陛下の予算のゼロ一つ変わらないって……)


予算を使いたいならフィオレンサの分だけではなく、皇帝自身の衣装や装飾品を買えばいい。それなのに自分のことはオーウェンに一任しており、「着るものがあればいい」みたいな精神でいる。


皇帝の思惑が全く分からなかった。だからこの際聞いてみようと思ったのだ。


「公務の際拝見しましたが、陛下には多額の予算が振り分けられていました。それなのに使われた形跡はほとんどなく、毎年繰り越ししているせいで今では小国ひとつ買えるほど」

「…………」

「予算を使いたいなら私だけじゃなく、ご自身にもお使いになられた方がいいのではないかと」


そこまで言うとグラスに注がれたぶどうジュースを飲んだ。


ちなみにこのグラスには初めの頃、水やオレンジジュースが注がれていたけど、目の前で皇帝が赤ワインを飲んでいるのを見て、何となく対抗心が生まれ、ぶどうジュースに変えてもらったものだ。


フィオレンサがジュースを飲んでいると、皇帝は徐に口を開いた。






「……喜ぶ顔が見たかっただけだ」

「………… ?」






思わず首を傾げてしまった。だって皇帝から似ても似つかない言葉が出てきたから。


「子どもはきらきらしたものが好きだとオーウェンから聞いた。だからあの鍵もお前に渡した」

「なる、ほど……?」

「好きじゃないのか?」


鈍い反応を返してしまったからだろうか。皇帝は鋭い視線を向けながら聞いてきた。だからフィオレンサは咄嗟に反応した。


「い、いえいえ! とっても嬉しいですよ! ただ分不相応なものを頂いて、どう感謝申し上げたらいいかと思って……」

「分不相応? 誰かがお前にそう言ったのか?」

「え、いや言われた訳ではなく、私個人がそう思っただけです」


(あれ、なにか思ってた展開と違う)


ちょっと興味本位で聞いて食事に戻ろうと思っただけなのに。


「誰かに言われたらすぐに俺に言うことだな。身の程というのを教えてやる」

「わ、わー嬉しいです」


(絶対に言ってはいけないやつだわ)




このあとフィオレンサは皇帝から同じようなことを繰り返し言われ、食事に手を付けることが出来たのはだいぶ時間が経ったあとのことだった。




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