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第25話 準備には時間がかかる



部屋に戻るとすでにローレン伯爵夫人やマリーたちがメイク道具やドレスを持って待っていた。


「うっ……」

「お待ちしておりました、殿下。お部屋に殿下がいらっしゃらず驚きましたが、それは過ぎたこと。今は陛下との夕食会に向けて準備を進めましょう」


(これ、絶対時間かかるやつだわ……)


フィオレンサは分かっていた。


時間ギリギリまで侍女たちにあれじゃない、これじゃないと言われながらひたすら座り続ける未来が待っていることを。


「まずはお風呂に入りましょう。マリー、殿下のお風呂を手伝って差しあげて」

「かしこまりました」


扉の前で立ったままだったフィオレンサの手を引いて、マリーは浴室へと移動させる。他の侍女たちをちらりと見ると、ばたばたと忙しなく動いているのが目に入った。


「湯加減はどうですか、殿下」

「ちょうどいいわ」


優しく髪を洗われながらフィオレンサは答える。ふよふよと浴室を漂うシャボン玉であそぶのが最近のお風呂の過ごし方だ。


さっさとお風呂を終えると、外で待機していた侍女たちにバトンタッチされ、髪を乾かしてもらう。本日の香油は薔薇の香りがする香油を使うらしい。


植物性のためサラサラとした触り心地になり、フィオレンサは結構気に入っている香油だ。


「相変わらず殿下の御髪は美しいですわ」

「本当よね。御髪の手入れが楽しいもの」


(……楽しそうでなによりだわ)


フィオレンサは鏡越しでキャッキャと楽しそうに仕事をする侍女たちを見て、微笑ましく思うと同時に、だからこそ支度がなかなか終わらないのよねと思う。


だから抵抗しないで侍女たちに身を任せることが一刻も早く準備を終わらせる上で大切なのだ。


(そういえば気になってた私に振り分けられた予算を知ることができたのよね)


魔法で髪を乾かしてもらっている間、フィオレンサは書類の中から見つけた予算を思い出していた。


(陛下ほどの予算はなかったけれど、それでも十分すぎるほどの予算があったのよね)


ドレスや装飾品をあまり買わないフィオレンサは自ずと予算の使い道がなくなっていた。


(デビュタントを果たしているわけでもないから誰かに会うためにドレスの準備なんて必要ないし、お茶会だって友人がいないから開く必要性すらないし)


贅沢な悩みだが本当に予算を何に使えばいいのか分からなかった。


(デビュタントは本来6年後だからまだドレスはいらないのよね。それに私が買わなくとも贈られてくるし。……もういっそのこと、ここを出る時の資金として宝石でもたんまり買った方がいいのかも)


そんなことを考えながら髪が乾いていくのを見る。さらさらと背中を撫でるこの感覚がフィオレンサは好きだ。


「お次はドレスルームへ向かいます。ローレン伯爵夫人らが殿下のドレスを準備しているはずです」

「1回で済ませたいわ……」

「それはなんとも。ですが前回よりも候補数は少ないと思います」


気が重いが致し方ない。重い腰を持ち上げて隣の部屋へ続く扉を開ける。そこにはシーズンごとの多種多様なドレスがあった。


(私ひとりでこれを着るなんて無理なのに、陛下は何かと理由をつけて贈ってくれる……)


フィオレンサが今使っている部屋と同じ面積の部屋は皇帝が贈るドレスでいっぱいだった。


(だから私の予算は使い道がないのよ。自分で買わなくてもシーズンが変われば届くのだから)


初めは授業でいい成績を取ったという理由で贈られて。次は誕生日だからと。そしてその次はたまたま目に入ったからと。


皇帝は以前とは考えられないほどフィオレンサに贈り物をしていた。



そしてドレスに気を取られていたからだろう。ローレン伯爵夫人やマリーたちがそれぞれドレスを持ってフィオレンサに迫ってきたのに気づかなかったのは。


「さあ殿下、この中からお好きなドレスをお選びください」

「こちらのドレスが良いですよね?」

「何を言ってるの? こっちのドレスの方が殿下にお似合いだわ!」

「それはお子様に見えすぎるわ。殿下はもう10歳なのよ? こちらのドレスの方がお似合いになるわ!」


ギャーギャーと侍女たちが言い争っているのをフィオレンサは遠い目で見ていた。



(はあぁ、結局こうなるの……?)



目の前で繰り広げられる「このドレスの方が似合うわよ!」大会は毎回開催されている、もはや恒例行事といっても過言ではなくなっていた。


(私がどれかひとつに決めないと、ローレン伯爵夫人たちが持っているドレスを全部着る羽目になるのよね……。というか全然候補数少なくないじゃない! むしろ前回よりも増えてるわよ……!)


とりあえず早く決めなくては本当に全部着ることになる。そうなる前になんでもいいからドレスを決めなくてはならない。


(なにか、なにかいいドレス……っ)


ローレン伯爵夫人たちが持っているドレスから部屋にあるドレスを見回してピンとくるドレスを探す。そのときフィオレンサは見つけた。


「あ……」


薔薇色の鮮やかな色をしたドレスを。


未だに言い争っている侍女たちの横を通り、コツコツとヒールを鳴らしてそのドレスへと歩いていく。そしてフィオレンサはそのドレスを手に取り、口角を上げた。


「今日着るドレスはこれにするわ」


ローレン伯爵夫人たちは薔薇色のドレスを持ったフィオレンサを一斉に見た。


「まあ……!」

「綺麗なドレス……。殿下にぴったりだわ」

「本当ね、美しいわ」


言い争っていたのが嘘のように侍女たちはフィオレンサの選んだドレスを褒める。


(良かった……これならあのドレスを着なくて済むわ)


地獄のような時間を過ごさなくて済むと分かると、フィオレンサは安堵の息を漏らした。そしてそのドレスを持ってみんなの前でひらりと一回転した。


「ならこれにしましょう。さあ陛下をお待たせないように準備を手伝って」


マリーにドレスを持ってもらうとドレスルームを出てそのドレスに着替える。肩口が空いたそのドレスは可愛さもありながら大人っぽさも兼ね備えた、今のフィオレンサにぴったりのドレスだった。


「アクセサリーはいかがいたしますか?」

「どれがいいか分からないから、ローレン伯爵夫人があの部屋から持ってきて」


問われたフィオレンサは宝石が付いている鍵をローレン伯爵夫人へと渡した。ローレン伯爵夫人はその鍵を受け取るとドレスルームとは反対方向にある部屋の鍵穴にその鍵をさして中へと入っていった。


(あれも私の予算が使われない原因のひとつなのよねえ)


薄くメイクを施されながらフィオレンサは思った。



しばらくてしてローレン伯爵夫人はトレーにいくつかの装飾品を乗せて戻ってきた。


「これらのアクセサリーを使いたいと思いますが、よろしいでしょうか?」

「ええ、ローレン伯爵夫人のセンスは私よりも良いから」

「恐れ入ります、殿下」


そう言ってローレン伯爵夫人は髪型のセットを担当する侍女にアクセサリーを見せながら指示を出していく。そのほかにもドレスに合う靴を持っ てこさせたり、ケープを持ってくるように言ったりと細かく指示していった。



「どんな髪型にするの?」

「ローレン伯爵夫人からはハーフアップを土台とした髪型にするようにと」

「じゃあそれ以外はあなたが決めるのね」

「左様でございます」

「いつも可愛い髪型にしてくれているから今回も楽しみよ」


軽く会話を済ませるとフィオレンサは侍女が髪型をいじりやすいように前を向く。


(手先が器用ってこういうことを言うのね)


櫛で髪全体をとかしたと思ったら髪の上半分だけをとってカチューシャみたいになるように編み込んでいく。無駄の無い作業でまるで手品のように髪型が変化していく。


「すごい……! さすがね」

「ご期待に応えられたようで何よりです」

「……練習すれば私でもできるようになるかしら」


何気ない一言だったがその侍女は髪に装飾品を付けながら優しく答えた。


「殿下は努力家でいらっしゃいますから。きっとできるようになりますよ」

「なら、今度私に、教えてくれる……?」

「はい、喜んで」


その答えにフィオレンサはふんわりと微笑んだ。


「───ありがとう」



何度か装飾品の位置を調節すると、侍女はフィオレンサに出来栄えの確認を聞いてきた。けれどフィオレンサからすると文句の付けようがないほど丁寧な仕上がりに思えた。


(本当にどうやっているのかしら。見ても全然わからない)


侍女は簡単にできると言うが、素人からするとレベルが違うように感じる。


(まあ本職の人と比べても仕方がないわね……)


フィオレンサは侍女にお礼を言った。そして続けざまに違う侍女がやってきてピカピカに磨かれた靴を持ってきて履かせたり、きらきらと輝く大粒の宝石がついたネックレスをつけてくれたりした。


そして時刻は皇帝との夕食会まで20分を切ったところでようやく全ての準備が整った。

侍女たちのやりきった感がすごい。


「みんな準備を手伝ってくれてありがとう。大満足な仕上がりだわ」


ドレスの端を摘んでふわりと舞うと、フィオレンサはローレン伯爵夫人たちに微笑んだ。その姿にまたしても侍女たちはハイタッチをしている。


(侍女同士の団結力は凄まじいわ)


そんな侍女たちを視界の端で捉えながらフィオレンサは大鏡の前に立ち、今日の仕上がりを再度見た。


さらトゥルな髪の毛は蝶の形をした宝石で留めていて、ハーフアップというのがちょっと背伸びをした可愛さを生み出している。


薔薇色のドレスに合わせたネックレスは大粒というのがアクセントになっていて、調和が取れており一体感が生まれていた。





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