第24話 レーヌ川の魔物
用意された昼食を食べ終わると、食器を片付けていたローレン伯爵夫人にあることを尋ねた。
「ローレン伯爵夫人、ちょっといい?」
「? どうかなさいましたか」
「近いうちに陛下にお会いしたいのだけれど、いつ頃陛下の予定が空いているか聞いてきてほしいの」
予算案について皇帝の助力がどうしても必要だが、フィオレンサにはまだそこまでの権力がない。それに言伝で話すようなことでもない。皇帝と面と向かって話さなければならないことだ。
(と言ってもすぐには無理だと思うのよね。陛下は想像よりも多忙な人だし)
早くて1週間後か、遅くても1ヶ月以内だろうと思っていると、ローレン伯爵夫人からは予想もしない返答が下された。
「それが先程オーウェン様にお会いし、陛下が本日の夕食を殿下と一緒に過ごしたいという言伝を承りました。ですので本日、公務終了後に''太陽の庭園''に来るようにと」
「! そう……。てっきり陛下とお会いするのはもっと先かと思っていたわ」
「ふふ、本日は殿下の初めての公務ですから。陛下は心配になられたのではないでしょうか?」
(心配……。陛下が?)
フィオレンサは皇帝たちのことをほんのちょっぴりだけ信じたいと思ってはいたが、それは別段、皇帝たちと仲が深まったわけではなかった。
「……たしかに、初日だものね。なにか問題があったら国の損害になるもの。心配になるのは頷けるわ」
「…………」
「ちがうの?」
「…………いえ、そうだと思いますよ」
その割にはローレン伯爵夫人は物言いたげな表情をしている。
(陛下が私自身を心配するはずがないじゃない。あの人のなかでは、私は愛する皇后陛下を殺して生まれてきた存在だもの)
ピリッと胸がいたんだが、フィオレンサはその痛みに首を傾げた。
「陛下には了承の趣旨を伝えて。私はそれまでにこの書類を終わらせるから」
タワーのように2つ積み重なっている書類を指さしてフィオレンサは言った。
「かしこまりました。正確な時間が決まり次第、再度お伝えに来ます」
「ええ、わかったわ」
最後にローレン伯爵夫人はフィオレンサのリスエストであるふわふわとした甘いお菓子とそれに合う紅茶を準備して部屋を退出した。
「さてと、頑張って終わらせましょうか」
軽くストレッチをして固まった体を解してから書類へと手を伸ばした。
* * *
皇帝との夕食まで残り2時間という猶予を残して、フィオレンサは残しておいた1枚を除いて全ての書類を捌き終えた。
「こっちの書類は嘆願書が多かったわね。それにこの書類」
紅茶を1口含んで喉を潤すと、再度中身を確認するように書類に目を通した。
その書類は嘆願書であるのにも関わらず、大臣のハンコは押されておらず、代わりに署名があった。
「やっぱり初めに見たあれは見間違いじゃなかったのね」
書類の内容はレーヌ川の防波堤設立要請。
フィオレンサが知っている限りではレーヌ川は大きな川ではなく、氾濫の危険性は限りなく少ない。それに加えてあそこの周りは住宅がなく、農作物用の畑しかなかった気がする。
「それなのにこの嘆願書ってことは……何か見落としてる?」
そもそもこの嘆願書はフィオレンサの手元に来るはずがないのだ。大臣の署名があるということはこれはフィオレンサに経由されるものではなく、皇帝にそのまま見せる必要があるものだ。
けれどフィオレンサの書類に混じって、たった1枚だけあるということは意図的に入れられた可能性がある。
「まあ十中八九、陛下でしょうね。前も授業を通して似たようなことをされたから」
フィオレンサはため息をひとつ零すと、この嘆願書が作成された経緯を知るために、図書館へと足を運んだ。ローレン伯爵夫人からは遅くとも1時間前には準備を始めたいと言っていたから、あと1時間の余裕はある。
図書館にはよく通っているため、どこにどんな本があるのかをフィオレンサは熟知していた。
「これとこれ、あとレーヌ川周辺の地形と……」
関連する書籍を片っ端から集めて目を通していく。座って読むのすら時間の無駄だと思い、フィオレンサは立ちながら次の本へと手を伸ばす。
そして過去から現在のレーヌ川についての資料に目を通すと、フィオレンサはあの嘆願書の理由が見えてきた。
(レーヌ川の流域が毎年少しずつ広がっていただなんて)
レーヌ川の初めの流域は馬車幅程度しかなく、子供が入っても溺れないほどの水深しか無かった。けれど流域が広がるたびに水深も深くなり、今では立ち入り禁止にまでなっているそうだ。
ただでさえ大雨が降ると今は氾濫の危険性があるのにそれ以上に問題があった。
「───レーヌ川に魔物ねえ……」
ボソッと呟いたフィオレンサは資料をトントンと触りながら言った。
(川を生息地とする魔物が住み着いたせいで瞬く間に増水しているようね。ここは異世界だから川の流域が広がっていこうとも何ら不思議ではないけど、魔物のせいでそれが顕著になっているのよね)
けれど魔物が原因で増水しているのならば、その問題である魔物を討伐すれば問題ないはずだ。わざわざ防波堤を作る必要なんてない。
───それなのに
(その魔物が問題ってこと? なら、どんな魔物が住み着いているのやら……)
フィオレンサは更に資料や本を読み込んでいく。するとレーヌ川に住み着いている魔物の名前を発見した。
「デアリージャ……!」
驚きのあまり大声を出しそうになったのを寸前のところで抑えたがそれでもフィオレンサは驚き足りない。
(住み着いた魔物ってデアリージャだったの……!?)
水のあるところを生息地とする魔物・デアリージャ。危険性が高く、下手をすると周辺一帯を巻き込んで自爆するという、捨て身の技を使ってまで相手を殺しにくる。とても相手にはしたくない魔物だ。
(そんな相手に防波堤で何とかしようって、大臣たちは何を考えているの? たしかにデアリージャは討伐が難しいけど……。下手に刺激をしないで現状維持を選択したのかしら?)
フィオレンサは大臣たちの行動に理解できなかったが、そう言えばと、ふと思い出したことがあった。
(この前遠目で見た時の大臣たちの頭。何人かシャンデリアの光を反射させていたし、そろそろっていう人もいたわ……。ストレスが溜まっているのね)
少しだけ大臣たちを哀れんだ。まあ皇帝の仕事スピードに合わせてやっていたらそうなるだろう。大臣になったもの達は皆通る道なのだ。
(それにしても、陛下がわざわざこの書類を私にみせた理由は未だに分からないわ。けれど……)
この問題の解決策をフィオレンサはすでに導き出していた。
それは原作を読んで知っていたのか、それとも最近見る夢で知っていたのか。原作と夢がごっちゃになって区別ができないが、それでもフィオレンサは問題のデアリージャをよく知っていた。
デアリージャは一見すると美しい人魚のような姿をしているが、実際はとてつもなく気性が荒い。人をいとも簡単に切り裂く爪に鱗、水魔法を巧みに操る力、そして周りを巻き込んでの自爆。
討伐が難しいことからA級に振り分けられている魔物で、討伐方法は魔法による遠距離攻撃でしか攻撃できない。しかも今回は単体ではなく、複数体のデアリージャが確認されていることから自爆されたら単体の自爆の被害では無い。
固い鱗に守られているため魔法による攻撃でしか傷をつけることは難しい上にあいつらは団結力が凄まじいのだ。
(お互いがお互いをカバーし合っているのよね。まったく、面倒な相手この上ないわ)
───けれどそれはデアリージャをよく知らないからだ。
(デアリージャはいつでもどこでも自爆するわけじゃない)
この事実を知っていれば討伐の難易度はぐんと下がる。
(デアリージャが自爆するには2つの条件が必要なのよ)
1つ目、水の中にいること
2つ目、自爆できるほどの魔力があること
たったのふたつ。けれどこのふたつを知らない人がほとんどだ。
(たしかデアリージャの鱗が緑色から黒色へと変色したら、自爆できるほどの魔力が無くなった証だったはず……)
フィオレンサは本棚に出した本をしまいながら思い出す。
(それにデアリージャって金属が大の苦手だったはず。あと他の魔物の血液も)
つまりデアリージャの苦手を使って水から出してしまえば自爆はできずに、ほぼ勝ち確となるのだ。
出した本を全て戻し終わり、時計を見るとローレン伯爵夫人と約束した時間が迫っていた。
(知りたいことは知れたから、あとは陛下に直接聞くことにしましょう)
司書に挨拶をして、フィオレンサは図書館を静かに退出した。




