第22話 書類の山一つ目、解消!
「───以上で殿下に委託された書類の説明を終わります。質問はありますか?」
普段の授業並に長い説明を聞いて眠くなりかけていたフィオレンサだったが、なぜか途中から目が冴えて書類に対して強く興味を持つようになった。
(なんだか公務っぽい!!)
そんな感想を抱くフィオレンサだったが、紛れもなく目の前の書類の山は公務である。
けれど、学校にも通えず、自由にできることが限られていた前世のフィオレンサにとって未知の世界は恐怖ではなく、わくわくの対象だった。
(留意点はだいたい全ての書類に共通しているし、私自身の署名は報告書の一次閲覧の欄のみ。あとは中身を読んでいくだけの作業だから、思ったよりも難しいことではないわ)
「ヘイリー先生のわかりやすい説明のおかげで特に疑問はないわ」
「ではもし何かございましたら随時仰ってください。私は殿下の邪魔にならないよう、近くの部屋にて待機しております」
それだけを言うとヘイリー先生は部屋を出ていった。そして近くにいたローレン伯爵夫人たちはフィオレンサにお茶とお菓子を出すと、ヘイリー先生と同様に退出した。
(……さて、まずは1つ目の山を終わらせますか)
どんどんどんっ!と目の前にある3つの山のうち、左側にある書類の山から1枚とって目を通していく。
「これは、予算案ね。皇族に割りあてられた予算額。陛下って毎年予算を余らせているみたいね。繰り越しされて腐るほど予算があるわ」
小国なら1つ買えるのではないかと思うほどのお金があるが、皇帝は毎年、パーティー用の正装や宝石などを少ししか買わないため、金が余っている。
(そういえば、私の予算ってどの程度あるのかしら。原作ではそれなりにドレスを買い漁っていたと思うけど……原作のフィオレンサは困窮している描写なんてなかったから、結構予算があるのかも)
皇族の予算案と皇宮の予算案、その他の予算案と分類していく。予算案の場合は特に何かをすることはなく、ただ書類分類だけのため、いちばん早く終わりそうな書類だ。
けれどその他にも報告書や嘆願書もあるわけで……
(たまに報告書を挟んでくるの、やめてほしいわ。下手に署名してあとで責められたくないならしっかりと読まないといけないし)
いくら一次閲覧だとしても、何かあったら署名したフィオレンサが真っ先に責められるだろう。それだけ、報告書は重要度が高いのだ。
(飢饉が起きかけている地区もあるみたいだし、水害発生が予想される地方もある。陛下の優秀な目を使って情報を取捨選別しているのでしょうね)
こうしてみるといかに自分が世界を知らないかがよくわかる気がした。けれど正直、それを知ったからといって、フィオレンサ個人で何かをしようとする気にはなれなかった。
(だって原作のフィオレンサが困っていた民たちのために奮闘していたのにも関わらず、彼らはシエナがしたことだと思い込み、フィオレンサを裏切ったのだから───でも、私は、今はまだヴェードナ帝国の第一皇女。私情を挟んではいけないわね)
そう思って羽根ペンにインクをつけてフルネームで署名していく。途中でインクをポタっと落とさないように細心の注意を払う。
インクが落ちて染み込んだ時には、その書類は一瞬にして紙くずとなる。そしたらフィオレンサは報告書を作成した本人のところまで出向き、もう一度作成するように頼まなければならない。
(二度手間のうえに、マヌケと噂されてしまうかも……!)
そんなことは絶対に嫌だとフィオレンサは気合いを入れ直す。
「ボールペンとかあれば良いのに……。羽根ペンほどインクを落とす危険性はないし、持ち運びも便利だわ」
常々思っていた羽根ペンのデメリット。1度思ってしまうと羽根ペンの使いにくさしか頭に浮かばない。
フィオレンサ個人としてはボールペン普及は利便性が高く予想されるため、事業をしてみる価値はあると思う。
(嘆願書を通して陛下に聞いてみようかしら。上手くいけば陛下の持つ私の株は上がるし、生存率も上がるはず)
思い立ったらということでメモ用紙にボールペン普及と事業のメリットについての要点をササッとまとめた。引き出しにメモ用紙を入れたところでフィオレンサは思い出した。
「───…………脱線したわ」
まだまだ減りそうにない書類たち。それなのに報告書から羽根ペンの使いにくさへ、そしてボールペンへと思考が変わってしまったのだ。
(こんなことしてたら今日中に終わるなんて無理だ……。全部終わってから他のことは考えないと)
ぬるくなってしまったお茶を飲んで一息つくと、フィオレンサは再び書類へと手を伸ばした。
すると、ようやく一つ目の山の終わりが見えてきた。あと十数枚だ。
「とりあえずこれが終わったら休憩……」
次のお茶菓子には甘いものをもっと用意してもらおうと思ったフィオレンサだった。
* * *
インクをこぼさないように自分の名前を書き、書類を箱へと入れるとフィオレンサは大きく伸びをした。
「っ、終わったあ〜。……と言ってもまだ一つ目の山だけど」
それでも机は広くなったように感じる。ちらりと時計を見るともう3時間が経っていた。
「これひとつ片付けるのに3時間……。今日中に終わらせられなくは無いけど、どこまで集中力が続か……。それにもうお昼の時間だし」
そう意識するとフィオレンサのお腹は空腹を主張する。普段は使わない脳も使ったせいかいつもよりもお腹がすいてる気がする。
「ローレン伯爵夫人を呼ぼ……」
ベルを鳴らして近くに待機しているはずの侍女たちを呼ぶ。
「失礼します。お呼びでしょうか、皇女殿下」
「マリー、ちょうど良かったわ。ローレン伯爵夫人に昼食を部屋に持ってくるように頼めるかしら?」
見知った侍女たちの誰かが入ってくるだろうと思っていたが、信頼できるマリーだったため、フィオレンサは遠慮なく頼むことができる。
「かしこまりました。ご希望のメニューはございますか?」
「手早く食べられるものがいいわ。あと、お茶菓子は甘くてふわふわしたのがいい」
「シェフに伝えて作らせます。昼食は既に作られていると思うので、殿下のご希望のメニューを選んで持ってきます」
「お願いね」
一礼して退出したマリーを見送ると、フィオレンサは1度バルコニーに出て気分を一新させる。
(……風が涼しい。ここからだと皇宮の外にいる人の動きがよく分かるわね)
手すりに寄りかかれるほどの身長はまだないため、距離を置いて手すりの間から覗き見る。
忙しなく動き回る文官に洗濯物を持ったメイドたち。休み中なのか、サボっているのかおしゃべりしている大臣たちまで。
風に揺られながら、自由に空を飛ぶ鳥を見て思った。
───この平和な日常にフィオレンサの居場所はあるのだろうか。
(6年後、シエナが来たら、私は……)
ふと、唐突に思うのだ。結局は原作通りに話が進んでいて、今のフィオレンサの行動はただの悪あがきに過ぎないのではないかと。
主人公ではない、イツワリ皇女でしかないフィオレンサ。そうならないようにと頑張っているはずなのに。
(……大丈夫。私は、原作のフィオレンサのようにはならない。この場所はシエナの場所なのだから。───たとえ、どちらが本物だったとしても……)
風が強くなってきたため、フィオレンサは体が冷えないうちに中へと戻った。そして鍵付きの引き出しに触れて、中にあったものを取りだした。
なかにあったのは一冊の本と一輪の花だった。
その花は珍しい花弁の色をしており、枯れることなく何年もその状態のままだ。
本には日記帳のように鍵がついており、他人が見られないように施されている。フィオレンサは同じく引き出しの中にあった小さな鍵を取り出すと、日記帳の鍵穴にさして、鍵を開けた。
そこにはフィオレンサが原作で読んだ大まかな流れやキャラクターの特徴などが記されていた。
(何回も読んだから''イツワリの皇女編''だけの話なら不足なしに書いてある。むしろ原作で描写されていたか思い出せないほどの細かなことまで私は覚えていた)
フィオレンサが幼少期のころから成人して処刑されるまで。そしてシエナが来てから明らかに変わった自分の立場や当時の気持ち。
まるで、実際に経験したかのように……
だからフィオレンサは記したのだ。日本語で。
(誰かに見られても問題ないように、誰も読めない言語で。───今やこの本は攻略本や予言書のようになってる。これが知られたら、イツワリ皇女だけじゃなくて、魔女と罵られるかもしれない)
けれどそのリスクを差し引いても、これはフィオレンサにとって重要な鍵だ。もしかしたら変わっているかもしれない未来。原作の通りにはならない、フィオレンサが平穏に過ごしている未来が作れるかもしれないから。
「でも、今は皇女としての責務を果たさないといけないわね」
執務机に乗っかる残りの山を見て、フィオレンサはポツリと呟いた。




