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第19話 助けたい



「うわあ〜! 西の庭園もきれいね! 東の庭園と違って人がいないのもいいわ!」


フィオレンサはローレン伯爵夫人たちとともに西の庭園に来ていた。その場にいるのはフィオレンサとローレン伯爵夫人たちのみ。どうやら今日は誰もいない日のようだ。


(なんてついてる日なの! まさに自由な空間! 私の求めていた静かな場所!)


フィオレンサは柔らかく吹いている風を一身に浴びて息を吸い込む。花や緑の香りがフィオレンサの心を穏やかにしていく。


「誰もいないみたいだし、ここから先は私一人で行動するわ」


フィオレンサがローレン伯爵夫人たちを振り向きながら言うと、予想していたようにローレン伯爵夫人から否定された。


「───! いけません、殿下! おひとりで歩き回れるなど!」

「だって誰もいないのよ? それに庭園の入口には護衛もいるし身の安全は保証されているわ」

「しかし、それでも危険はっ!」

「私だって一人で過ごしたいわ。30分間だけなのだから、私のわがままを聞いて」


金茶の瞳で真っ直ぐにローレン伯爵夫人を見つめる。そこには濁りなど一切ない。


ローレン伯爵夫人はその瞳を真正面から受けると、やがて仕方がないと言ったふうにため息をつくと、フィオレンサのわがままを許容した。


「……分かりました。殿下のお望みのままに」

「───! ありがとう、ローレン伯爵夫人!」

「ただし、必ず30分経ったら戻ってきてくださいね。守られなければ次回からは私かマリーがお供いたします」

「わかったわ! それじゃ、30分後にね!」


フィオレンサはそう言い残し、迷路のように広い庭園の中へと入っていった。迷路のようだと言っても迷うことは無い。だから安心してフィオレンサは前に進んでいく。


(日光浴をしながら、美しい自然を眺める。心と体の健康に必要不可欠なものね)


本を読んで見たことがある花や木々があると、勉強していた知識がちゃんとあることが分かって、フィオレンサは夢中になる。


西の庭園は花だけじゃくて、一部区画で薬草も育てているらしく、近づいてみるとすっきりとする香りが漂う。


「これってココリル草、よね……? 解毒に最も効くとされる薬草。それにこれはモムルの実。……薬草図鑑で見た一通りの薬草があるわ」


誰がどんな目的で育てているのかは分からないが、よほど薬草が好きなのだろうか。丁寧に柵で隔てられているし。


じっくりと観察していると、どこからかちいさな鳴き声が聞こえてきた。それは本当にとても小さな声。風が吹くと、風に負けてしまうほど弱々しい声。


「…………?」


フィオレンサは耳をよく澄ませて、しゃがんでいた体を立ち上がらせる。聞こえてきたほうを向くと不思議に思いながらも足を進める。


「こんな奥から……?」


庭園の奥。余程のことがなければ誰も行かないと言えるほど、そこは物静かな場所だった。あるのは大きくそびえ立つ木々のみ。


遠くから見ても大きいと思っていたが、実際に近づくとまだ幼いフィオレンサからはとても大きく見える。フィオレンサはさらに踏み込んで奥へと行く。


だんだんと声がはっきり聞こえるようになると、それが小鳥の鳴き声だということに気がついた。



「───! なんてことなの……!」



注意深く観察していると、木の根元。そこに美しい青い羽の鳥が似合わない赤黒い血を出しながら横たわっていたのだ。ほぼ瀕死の状態。


まるで前世の自分を、原作のフィオレンサを見ているようだと思った。


「近くに親鳥は……っ!」


(───っいても瀕死の子供を助けるなんてことは生態系の中ではほぼありえない……。どの世界でも弱肉強食。弱いものは強きものにやられる。だけど……っ!)


フィオレンサはこの小鳥が死ぬのをただ見過ごすなどできなかった。まだこの小鳥は生きようとしている。フィオレンサに向かって鳴き声を上げ続けている。


「……っ!」


フィオレンサはドレスの端を破り、せめてもの気休めとして出血している箇所に布を当て、出血を止めようとした。


しかし、布はどんどん赤黒く変色していくだけで出血は止まらない。


「……っ本当は人間の匂いをつけちゃダメだけど、ごめんなさい!」


フィオレンサはやさしく小鳥を左手に乗せて、出血箇所を布で手当していく。羽が折れているのか、懸命に動かそうとする度に羽が動かないのが痛ましい。


(どうしたら、どうしたらいいの……!!)


死なせたくない。助けたい。そう思っても、フィオレンサはこの小鳥を助けることができない。


(私が本当の皇女だったら……、本物だったら聖魔力であなたを救えた……?)


フィオレンサは己の無力さを恨めしく思った。先程まであった鳴き声すら、今ではほぼ聞こえない。辛うじて息をしているのは分かるが、助からないことは目に見えてわかった。


「そ、そんな……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! 私が、偽物だから!」


フィオレンサは涙を流して懇願した。けれど小鳥は何も答えない。否、答えられる余力がなかった。


(いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ! 死なせたくない!)


「いやだ!!!」


フィオレンサは強く願った。この小鳥の傷を癒したい、助けたい、死なせたくない、と。そのとき、フィオレンサの手から眩しい光が現れた。


その光は手のひらに乗っている瀕死の小鳥を優しく包み込んだ。



「───え……?」



きらきらと金色に輝く優しい光がフィオレンサを中心に現れている。


(なに、この光……)


訳が分からなかった。けれど小鳥を包み込んでいる光は瀕死の小鳥をみるみるうちに癒していった。折れていた羽は元の通りに戻り、出血していた体は美しい青色の毛並みへと。


小鳥の周りにあった光が消えていくと、小鳥は完全に傷が塞がっていた。聞こえてきた鳴き声は弱々しい声ではなく、よく通る美しい旋律。


「良かった……。うわっ……!」


何が起きたかよく分かっていないフィオレンサだが、小鳥の傷が癒え、元気に鳴く小鳥の声にフィオレンサは安堵していた。


そのとき、小鳥はフィオレンサの両手から翼をはためかせて飛んだ。目の前に急に小鳥が現れ、フィオレンサは驚きを声に出す。


「傷が癒えて良かったわ。次からは気をつけるのよ」


小鳥はフィオレンサの周りを飛ぶと、そのまま上昇し、空高く飛んで行った。残されたフィオレンサは見えなくなるまで小鳥を目で追っていた。


(それにしてもあの光……。傷を癒せるのは皇族がもつ聖魔力のみのはず。でも、私には聖魔力がないはずでしょ)


「一体どういうことなの?」


その場で立ち止まり、フィオレンサは考えていた時、もうすぐ約束の30分が経つことを思い出した。


「やばいわ! 急がないと、今度から一人で来れなくなる……!」


考えるのをやめて、フィオレンサはドレスの裾を持ち上げながらローレン伯爵夫人たちが待っている場所へと走っていった。先程のことは絶対に口にしないで心に閉まっておこうと決めて。




* * *




フィオレンサが立ち去るのを、フィオレンサと同じ歳くらいの少年は静かに見ていた。


(あれがイツワリ皇女と言われる、フィオレンサ・ディオネ・ロヴィディ皇女殿下……)


木の影から姿を現した少年は黒髪に青い瞳をした美術品のように整った造形をしていた。


耳の辺りで切られた程よく長さのある黒髪は毛先が軽く跳ねて、思わず触ってみたくなるような柔らかさがある。青い瞳は氷のような冷たさを帯びているが、同時に知的な雰囲気を併せ持っていた。


「小鳥の鳴き声が聞こえてきて気になったから来てみたけど、まさかあんなものが見られるとは」


少年はフィオレンサと小鳥の一部始終を見ていた。フィオレンサが小鳥を手当しているところ、フィオレンサが泣いているところ、そしてフィオレンサが謎の光で小鳥の傷を癒したところ。


「噂では皇女殿下は聖魔力どころか、魔力すら持っていないと聞いていたが。あれは聖魔力でないと癒せないはずだ。かと言って陛下が皇女殿下のことに気づかないはずがない」


少年は面白いものを見つけた子供のような瞳をさせて、フィオレンサが走り去っていった場所を見つめた。


「刺激のない日々だと思っていたが、どうやら皇女殿下のおかげでそんな日々とは無縁になりそうだな」


少年は、ははっと楽しそうに笑う。そのとき、彼の従者が迎えに来た。


「あっ、お坊ちゃま! ここにいらしたんですか!」

「なんだ、もう来たのか?」

「公爵様のお仕事は終わりました。ですから公爵家様に頼まれて迎えに来たのです」

「そうか」

「いくら申請して西の庭園に居ると言ってもあまり奥まで来られては危険ですよ!」


口うるさい従者の言葉に少年は分かりやすく顔を歪ませる。


「そんなもの分かっている。帰るぞ」

「あ、待ってくださいよ〜」


口うるさい従者を置いて少年は先に行こうとする。すると後ろから微弱な声を出しながら従者は追いかけてくる。


少年は隣に並んだ従者を見上げ、ある問いをした。


「そういえば、お前は皇女殿下のことについてどの程度知っている?」

「どうしたんですか、急に」

「いいから質問に答えろ」


少年に催促されると従者はポリポリと頬ををかきながら答えた。


「えーっと、皇女殿下は聖魔力を持っていない皇族で、一部では''イツワリ皇女''とも呼ばれているそうです。陛下すらも殿下に興味をあまりお示しにならないので、殿下の待遇は悪化する一方だとか」

「なに?」

「あ、あくまで噂ですよ! それに下手に誰かに聞かれていたら皇族侮辱罪で首と胴体が離れ離れになる可能性もありますから!」


従者の言葉に少年は少し思案したあと、静かに命じた。


「では皇女殿下についてできる限り情報を集めろ。どんな些細なことでも」

「な、なんでそんなことを」


少し怯えた従者に少年は不敵な笑顔で答えた。


「俺も参加しようと思ってな。皇女殿下の婚約者争いに。あいにく俺も公爵家。身分的には釣り合っている」

「───!!?」

「どうやらアイメルト公爵の長男は皇女殿下の婚約者に選ばれなかったらしい。つまり俺にもチャンスがあるというわけだ」

「で、ですがお坊ちゃまは興味ないと……」

「今興味が出たんだ。だから殿下について調べろ」


有無を言わさない力がこの少年にはあった。従者はそれを感じとり、一礼をしながら少年の命令を受けた。


「かしこまりました。レオナルド・オズヴェスタン様のご命令通りに」


少年・レオナルドはこれから待ち受ける出来事に一人胸を躍らせていた。




これで第1部は終わりとなります。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

少しでも面白いと感じていただけたらブックマークや評価の方をよろしくお願いします。


第2部は少し時間を開けてからの更新となります。

そのときはまた読んでくださると嬉しいです。


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