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第13話 2度目の……



「はぁ〜」


フィオレンサは部屋で授業の復習をしながら盛大なため息をついていた。後ろに控えているローレン伯爵夫人はなんと声をかけたらいいか分からず右往左往している。しかし、口から出てくるため息は止まらない。



(なんでランスロットは有言実行してるのよ……! これじゃあ、余計にどこにも行けないじゃない!)



フィオレンサのため息の原因はランスロットだった。


ランスロットはフィオレンサとの顔見合せの最後に言ったように、フィオレンサの婚約者となるべく、父親である公爵の仕事で皇宮に着いてくるようになった。


ランスロットは基本的に公爵の仕事が終わるまで、東の庭園や皇宮の図書館などで時間を潰しているが、なにかとフィオレンサを探して移動している。


フィオレンサからするといい迷惑だ。


(はぁ、ランスロットが行けない場所だと皇族専用の庭園や温室とかになるけど、それだと陛下とも遭遇する恐れがあるのよねえ)


フィオレンサはランスロットの行動に辟易していた。そのとき、扉がノックされる音がした。ここは一応皇族の私的スペース。ランスロットではないだろう。フィオレンサは誰なのか疑問に思いながら返事をする。


「? どうぞ」

「失礼します、殿下。オーウェンでございます」

「ああ、オーウェンだったのね。どうしたのかしら? 貴方が来るなんて珍しいわね」


フィオレンサはテーブルの上に乗せていた上半身を起こしてオーウェンと対面する。オーウェンはそんなフィオレンサを見ても、皮肉ひとつ言わなかった。フィオレンサにはそれが居心地の悪いものだった。


(いくらローレン伯爵夫人がいるからって、原作と違いすぎない……? こうも違う行動を取られると困るのだけれど……!)


フィオレンサは一瞬オーウェンを睨みそうになったが、ギリギリのところで抑え、作り笑いを浮かべた。


「見ての通り、私は今、とある問題のせいで頭を抱えているの。手短に要件を話してちょうだい」

「では……、陛下が今夜、殿下と再びお食事を共にしたいということです」

「───ん? 今夜……?」

「はい、今夜です」

「…………」


フィオレンサはさらに頭を抱えたくなった。なぜまた皇帝と食事をするのか、と。


「それは命令なのかしら?」

「いいえ、前回同様ただの招待となります。ただし、陛下は殿下に婚約の件についてお話が聞きたいと仰っておられました」


(ふーん? 婚約の件は私に一任されているはず。陛下が口を出してくるなんて。私が婚約者を選ばなかったことについて追及するつもりかしら)


フィオレンサは思考するが、めぼしい考えは浮かばない。仕方がなく、前回同様に夕食に参加することにした。


「……今回も参加すると陛下に伝えてちょうだい。───ただし、今回は前回とは違う場所で食事をしたい、とも伝えて」

「かしこまりました」


部屋からオーウェンがいなくなると、フィオレンサは張り詰めていた気を緩め、またテーブルにぐでんと体を預ける。それを見かねてローレン伯爵夫人がフィオレンサに言った。


「そのままではお体を痛めてしまいます。横になるのでしたらせめてソファーにでも……」

「───そうね、確かにこの体勢は少し痛いから。授業はいつも通りお昼すぎからよね?」

「はい。予定表にはそう記されております」

「じゃあ……、授業が終わってから急いで準備する必要があるわね。マリーたちにも伝えて」


フィオレンサがそう指示すると、ローレン伯爵夫人は部屋を出て、厨房にいると思われるマリーたちの所へと行った。


フィオレンサは誰もいなくなった空間を見つめ、空を自由に飛ぶ、なんのしがらみもない鳥をただ、静かに眺めていた。


(いつか、私もあんな風に自由になれるのかしら……)


フィオレンサの平穏への道のりは始まったばかりだった。




* * *




(……長い……)


フィオレンサは鏡に映る、退屈そうにした自分の顔を見てそう思った。授業が先程終わり、陛下との約束の時間まで残り少ない中でローレン伯爵夫人たちは見事なチームワークでフィオレンサの支度を進めていた。


「もういいんじゃない? 私には問題ないように見えるけど」

「いいえ、まだです。ドレスも髪型も、まだ終わっていません」

「いや、もう終わっているでしょう……? このままじゃ、陛下との約束に遅れてしまうわよ?」


(正直10分前の私と今の私の違いが分からない……! だって髪飾りだってドレスだって数ミリ程度しか変わってないんだもの! ずっと動かずにいるのも地味に大変なの!)


フィオレンサはそろそろ限界だった。じっと黙ってい続けるのも大変だと、フィオレンサは改めて知った。まだ始まっていないのに既に疲れてしまった。


そのとき、フィオレンサを迎えに来たオーウェンがやってきた。この時だけフィオレンサはオーウェンに感謝した。


(あ〜、オーウェン! さすが陛下の側近ね。素晴らしいタイミングで来てくれたわ!)


フィオレンサはこれ幸いにとローレン伯爵夫人たちに言った。


「残念だけれど、もう時間みたい。そこで終わっていいわ」

「しかし、まだ……」

「さすがに陛下をお待たせする訳にはいかないわ。せっかくお誘い頂けたんだもの。時間に遅れてはいけないわ」

「……わかりました」


ローレン伯爵夫人たちは手を止めて最後の微調整をするためにフィオレンサを立たせ、ドレスについた小さなシワや傾いたリボンなどを直していった。


この作業にかかった時間はおよそ2分弱。初めからこうして欲しいと思ったけど、フィオレンサはそれを言うのも憚れるほど疲れていた。


(いまから陛下に会うのが億劫だわ……。でも婚約についての話ならちゃんと説明しないといけないし、仕方がない)


フィオレンサはオーウェンとともに自室を離れた。オーウェンは前回と違い、フィオレンサの歩幅に合わせているのかフィオレンサとオーウェンの距離は一定間隔を保ったまま開くことはなかった。


(……一体どうしたっていうのよ。オーウェンがこんな気を使うなんて)


けれどこんなことを考えるために労力を使うのは無駄だと考えてフィオレンサは黙ってオーウェンについて行くことに集中した。


オーウェンが向かっている先は前回陛下と食事した場所とは全く違う場所だった。フィオレンサが別の場所がいいと言ったが、まさかそれが、''太陽の庭園''と呼ばれる皇帝と皇帝が許可しか入れない場所だとは思いもよらなかった。


(初めて来たけど、すごくきれい……!)


太陽の庭園は貴族のタウンハウス並の大きさがあり、綺麗に手入れをされた小規模な湖すらあった。その湖は歴代の皇帝がその湖の上を遊覧船で皇后と過したこともある由緒ある湖だ。


「本日は太陽の庭園内にある遊覧船に乗ってお食事となります」

「……ん!? 遊覧船……!?」

「はい。陛下が殿下とお食事するために指示なされました。陛下は既に遊覧船にてお待ちです」


花のアーチを潜りながら遊覧船へと続く橋を示される。どうやらオーウェンはそこで終わりのようだ。


「ここから先は殿下おひとりとなります。───では、有意義な時間をお過ごしください」

「……案内をありがとう」


フィオレンサは転ばないように気をつけながらドレスの裾を僅かに持ち上げ、慎重に1歩1歩進んでいく。橋はひと2人分くらい通れるくらい大きいが、そのすぐ横は湖だ。そして深さが分からない湖。


フィオレンサは泳いだことがないため自分が泳げるかも分からないし、そもそもこんな重いドレスで浮き上がれるのかすらも不明だった。


(絶対に落ちないようにしなきゃ)


ただひらすら進んでいくと、大きな遊覧船に着いた。皇帝は既に乗っているが、はしごが見当たらないため、どこから乗っていいのか分からない。


フィオレンサはどうしたらいいか迷っていると、おもむろに皇帝は立ち上がり指をパチンと鳴らした。


「───?」


フィオレンサはその動作を疑問に思っていると、ふと、体がふわふわを浮き始めた。


「は、えっ……? な、なになに!」


思わず声を出してしまうが体はふわふわと浮いたままだ。フィオレンサは暴れようとしたが、既に体は宙に浮いているため下手に動いて落ちると困る。フィオレンサは大人くしく手足の力を抜いてぶらぶらとされるがままになる。


そしてゆっくりと遊覧船に近づき、フィオレンサは遊覧船へと足をつけた。しかし腰の力が抜けてそのままペタンと床に座ってしまった。


「いったいどうなって……」


フィオレンサが疑問に思っていると皇帝はゆっくりとフィオレンサに近づき、フィオレンサの手を掴んで立たせた。


「あ、ありがとうございます……」

「食事を始める。席に着け」

「はい」


フィオレンサは皇帝に支えられながら用意された席につき、目の前に広がっている食事を見たあと、遅れて座った皇帝を見た。遊覧船はゆっくりと湖の上を動き始めた。






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