第12話 シェルナティア
フィオレンサはティーカップを持ちながら、ランスロットと公爵を交互に見つめて、口を開いた。
「───公爵たちのことですからシェルナティアの意味を真に理解していると思っているわ。それを踏まえて、公爵の質問には''はい''よ」
「……失礼でなければ理由をお聞きしても?」
「そうねえ、今回の話は私の一存で全てを決められるものなのは知っていると思うけど、私は公子とは今のままの関係を望んでいるのよ。ある一定の距離がある、ある意味安定した距離感をね」
「距離感、ですか?」
「そうよ」
フィオレンサは困惑気味の公爵に微笑みながら再度言葉を追加する。
「それに考えてもみてほしいの。今会ったばかりのほぼ他人状態の人と婚約は結べないわ。婚約を結ぶにもある程度互いのことを知らなくてはいけない」
「それは、殿下がランスロットのことを知れば婚約するかもしれないということですか?」
「それは分からないわ。だって公子とだけ交流を深めていくわけではないのだから」
(それにランスロットとはどんなことが起きても婚約なんてしないから私に好かれることに努力しても意味がないのよ)
フィオレンサはシェルナティアのお茶に口をつけ、喉を潤し、公爵たちの反応を見た。公爵はフィオレンサの説明に1度は納得したのか、落ち着いた感じでお茶を飲み、ランスロットはただひらすらフィオレンサを見ていた。
(……ランスロットとは個別に話が必要かしら ね。原作では生まれてからほぼほぼ確定でフィオレンサの婚約者としてなるべく教育されてきたという描写もあったから)
フィオレンサは思い立ったら行動ということでティーカップのお茶をの全て飲みほし、ランスロットの前まで歩いて手を差し出した。
「……? 殿下、これは……?」
「行くわよ、着いてきて。公爵はこのままここでお茶でも飲んでいてちょうだい。それと私に着いてくるのはローレン伯爵夫人とマリーだけよ」
ランスロットはフィオレンサの差し出した右手に触れるべきか触れないべきかで左手を空中にさまよわせていたが、フィオレンサがその手を掴み立ち上がらせた。そしてその手を離し、扉へと向かって歩いていく。
「東の庭園に行くわ。あそこは誰でも出入りが自由な場所だからランスロットでも行けるはずよ。私の相手を少ししてちょうだい」
「分かりました、殿下」
ランスロットはフィオレンサの後に続いて東の庭園へ続く通路を歩く。目の前のフィオレンサは自分よりも小さいのに誰よりも堂々としていた。
東の庭園に着くとフィオレンサはランスロットと二人きりで歩くためにローレン伯爵夫人たちを少しあとに下がらせ、距離を置いて着いてくるように言う。腕のいい庭師のおかげで様々な種類の花が咲き誇っているこの庭園は皇宮の名所のひとつでもある。
「さて、ここまで来ればいいかしらね。早速本題へと入るけど私は貴方と婚約するつもりはないわ。公爵は私の説明に一応納得はしていたみたいだけれど、貴方はどうか分からなかったから。何か質問はある?」
「……では、殿下はシェルナティアを出してまで俺と婚約するのが嫌だったということですか?」
「別にそういうわけじゃないわ。ただ最もわかりやすい回答がシェルナティアを提供するということだっただけ。私は現段階で婚約者を決めるのは時期尚早だと考えたのよ」
フィオレンサは花を1輪1輪眺めながら、ランスロットの質問に答える。どの花も太陽を向いて咲いていて、この前向きさがフィオレンサにとっては眩しすぎた。
「もしかしたら公爵のことだから貴方を私の婚約者となる存在として教育していたのかもしれないけど、もうその必要は無いわ。貴方は公爵家の後継者として頑張ればいい」
「………それでは殿下の婚約者はどうなるのですか?俺は殿下と家柄も年齢も釣り合いが取れるということで候補者として選ばれました。殿下は婚約をどうするおつもりですか?」
ランスロットは鋭い質問をフィオレンサへと向けるが、フィオレンサは花たちを見るばかりでランスロットの方には目も向けない。
その代わりフィオレンサは意思の強い口調でランスロットに話す。
「皇族として相応しい相手を選ぶつもりよ。ただしそれは今じゃない。将来を一生ともにするかもしれないのだから。よく考えて決めた方がいいじゃない?」
「そう、ですか……」
「だから貴方も後悔しないようにした方がいいわ。……それとおそらく話し相手として今後もここに来る予定だったのかもしれないけど、無理に来なくていいわ」
ランスロットはフィオレンサの言葉に目を見開く。ランスロットからすると自分はフィオレンサの婚約者となるために過ごしてきたのにそれを否定されたのだ。驚くなという方が無理である。
けれどフィオレンサは今後のことも考えるとランスロットと婚約するという道はないと考えている。
「さあ、話は終わり。公爵のところへ戻りましょうか。貴方も時間はを無駄にしてはいけないわ」
フィオレンサがランスロットに背を向けて歩き始めた時、ランスロットは静かに、けれどよく通る声で問いかけた。
「───俺自身が望めば、来てもいいんですか?」
「……それは貴方次第だわ。けれど陛下も私も皇族として忙しいということを忘れないで」
「分かっています」
ランスロットはその返事に快く思ったのか、フィオレンサの隣まで大股で歩き、並んで公爵のもとへ戻った。
* * *
「これはお土産よ。シェルナティアと焼き菓子が入ってるわ。あまり量は多くないけど、1週間分はあるはずよ」
「お心遣いありがとうございます、殿下。ランスロットと食後にでも飲みたいと思います」
「そうしてちょうだい。シェルナティアは快眠効果や疲労回復も効能としてあるから」
フィオレンサは紙袋に梱包されたものを公爵に手渡すと公爵は両手でその袋を受け取り、ランスロットとともにお辞儀した。
「残念ながらこの後予定があるから、外までの見送りはできないわ。ごめんなさいね」
「いいえ、殿下の貴重なお時間を共にできただけで光栄でございます」
「嬉しい言葉ね。帰路には気をつけて」
「殿下に星のご加護があらんことを」
公爵の挨拶が終わるとランスロットは前に出てきてフィオレンサに微笑みかける。フィオレンサはその微笑みに顔がひきつりそうになったが、表情筋のおかげで微笑むことができた。
(なになに、急に。さっきまでほぼ無表情だった人間が急に微笑むとか怖いのだけれど……!?)
そのままランスロットはフィオレンサの手を取り、手の甲に軽くキスをした。フィオレンサはその行動に危うく悲鳴がでそうになった。もちろんこれは恥ずかしいとかの悲鳴では無い。ランスロットの信じられない行動に対しての恐怖の悲鳴だ。
「今日は一緒に過ごす事が出来て嬉しかったです。殿下の婚約者となれるように努力していきたいと思います」
「……あら、そう……」
(しなくていいわよ、そんな努力!!)
フィオレンサはつい反論しそうになったが、左手に力を込めて何とか抑える。
「今後も殿下に星のご加護があらんことを」
「……貴方たちにも加護があらんことを」
ランスロットは掴んでいた手を離して、恭しく一礼すると公爵と部屋を出ていった。足音が聞こえなくなると、フィオレンサは部屋へと急いで戻った。
「誰も部屋には入らないで! 夕食の時間になったら呼んでちょうだい」
部屋に入る時に着いてきていたローレン伯爵夫人たちにそう言うと、フィオレンサはベッドへ勢いよくダイブした。ドレスのシワなんてお構い無しだ。
(何がどうなってるの〜!? ランスロットのあの行動は何!? 婚約者になんてなられたら私は原作の通りになっちゃうの!? ……いや、ランスロットのこと、そもそもタイプじゃないから好きにはならない。だから原作のフィオレンサのようなことはしないと思うけど……)
「うぅぅ〜〜〜!!」
フィオレンサは枕に前髪を擦り付けて、言葉にならない感情が吐き出された。クシャクシャになった前髪のまま起き上がり、フィオレンサは鏡の前に移動した。
(うわぁ、前髪が変でも美幼女は美幼女のままだ)
1番最初の感想がこれだ。フィオレンサは己の感情の正直さに苦笑いをしそうになった。そして鏡の自分に話しかける。
「大丈夫。まだ、時間はある。私は原作のフィオレンサのようにはならない。今世では前世でやりたかったことをやるために、絶対に平穏を守ってみせる」
───イツワリ皇女はイツワリらしく悪あがきをしてやるわ




