第10話 まさかの展開
ローレン伯爵夫人が新しい侍女長となってしばらくが経った。フィオレンサは前みたいになかなか食事が運ばれてこないということや、着替えを手伝ってくれないということはなくなっていた。
けれど嫌そうな顔をしながら仕事をする侍女たちを見るのは、フィオレンサとしても不快であり、早く追い出したいと考えていた。
そしてその日もいつもと同じように、嫌そうに支度を手伝いに来た侍女が部屋へと入ってくるのかと憂鬱な気持ちになっていると、入ってきたのはローレン伯爵夫人とオーウェンという、少し意外な組み合わせだった。
「殿下、おはようございます。朝早くからこのような形で殿下の御前に参上したことをお許しください」
「え、あ、うん。寝起きで驚いたけれど、オーウェンが理由なく来るはずないし、何かあったんでしょ?」
「信頼して頂き光栄です。お察しの通り、今朝方陛下の命により、殿下付きの侍女を全て入れ替えることになりました」
(いや、別に信頼してるわけじゃないわよ。ただ原作のオーウェンならそうだと思っただけ───、……えっ? いま、なんて……)
オーウェンの発言に一部否定をしながら話の続きを聞いていると、予想外の言葉がフィオレンサの耳に届いた。
「お、オーウェン……? もう一回言ってくれる?」
「はい。今朝方陛下の命により、殿下付きの侍女を全て入れ替えることになりました」
「───!!? 全員……!?」
「はい、ローレン伯爵夫人の調査により、前侍女長を含め、殿下付きの侍女は皇宮内の調度品や殿下の私物をくすねていたことが発覚しました。また帳簿を書き換え、横領していたことも……」
「なんてこと……」
「殿下の反応ももっともかと。まさかご自分の侍女がそのようなことをしていたなんて想像もつかなかったことでしょう」
フィオレンサの言葉にオーウェンは、ショックを受けていると勘違いしたことだろう。けれどフィオレンサの本心は違った。
(こんなに上手くいくなんて……)
フィオレンサはローレン伯爵夫人にさりげなく、フィオレンサの侍女たちのことを話していたのだ。その話の度にローレン伯爵夫人は難しい表情をするので、上手くいけばローレン伯爵夫人の優秀さで侍女たちを全員追い出せる日は近い、と。
(それなのにこんな僅かな時間で証拠をつかみ、侍女たちを追い出してくれるなんて……! なんて優秀なの……!)
フィオレンサはニマニマしそうになるのを表情筋で固定させ、あくまで悲しそうな表情を浮かべた。
「そう、だったの……。私はそんなことにも気づかないなんて。ローレン伯爵夫人に感謝しないといけないようね。───ありがとう、ローレン伯爵夫人」
「いいえ、侍女長としての役割を果たしたに過ぎませんから」
「そう言って貰えると、少し心が軽くなるわ」
ふわりと微笑むと、ローレン伯爵夫人も同じく微笑んだ。オーウェンはそれを見て、静かに話を続ける。
「新しい殿下付きの侍女はここにいるローレン伯爵夫人が選定されました。今日の午後に到着する予定ですので、それまでは陛下付きの侍女たちが殿下のお世話をする予定です」
「うーん、それはいいわ。どうせこの部屋からは基本的には出ないからローレン伯爵夫人だけで事足りる。それに今日は珍しく授業がないから。───ローレン伯爵夫人は大丈夫?」
フィオレンサの問いかけにローレン伯爵夫人は「問題ありません」と答える。フィオレンサはその答えに満足そうに頷くと、ベッドから下りて着替えをしようとクローゼットの前まで歩く。
「じゃあそういうことだから、オーウェンはもう下がっていいわ。それとここに来る予定だった陛下付きの侍女にも断りを入れておいて。ローレン伯爵夫人は支度の手伝いをお願い」
オーウェンはフィオレンサがまだ着替えてないことを思い出すと、急いで部屋から出ていった。ローレン伯爵夫人はクローゼットからドレスを取りだし、フィオレンサの着替えを手伝っていく。
「本日はどこにも行かれないのですか?」
「だって行く場所なんてないもの。大人しく部屋にこもって今までの授業の復習でもしてるわ」
「では休憩の合間にクッキーをお持ちいたします」
「それは嬉しいわ。ローレン伯爵夫人のお菓子はどれも美味しいから。楽しみにしてるわ」
腰周りのリボンをきゅっと結ぶと、鏡の前でおかしなところがないか確認し、ローレン伯爵夫人に朝食を運ぶようにお願いした。その間にフィオレンサはブラシで髪を梳かして今日一日の髪型を考える。
(どうしようかしら。私一人だと複雑な髪型はできないし……)
うーん、と悩みながら髪留めやリボンを眺めていると、フィオレンサは閃いた。再度ブラシで髪を梳かした上で薔薇色のリボンを取り、『不思議の国のアリス』のような大きなリボンを作って髪をまとめた。
「───いい感じにできたんじゃない?今日のドレスも『不思議の国のアリス』みたいな感じだし」
フィオレンサは自分の髪型の出来栄えに満足そうだ。鏡に映るのはコーラルピンクの髪を薔薇色のリボンで大きくまとめ、腰の大きなリボンが特徴のドレスを着た金茶の瞳の美少女。
(……もし、私が本当の皇女だったら、今が何か変わっていたのかしら。───いいえ、イツワリ皇女だということは初めから分かっているのだから、現実に起こらない希望を抱いても意味がない)
コンコンと扉がノックされると、フィオレンサは鏡に映る自分を見つめ、部屋への入室を許可した。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
「いつものところに並べてちょうだい」
「かしこまりました」
案の定、部屋に入ってきたのは朝食を乗せたカートを引いてきたローレン伯爵夫人だった。ローレン伯爵夫人はフィオレンサの言葉通り、一人分の小さな丸いテーブルに持ってきた朝食を並べていく。フィオレンサは鏡から離れ、テーブルへと近づき、席に着いた。
「今日は卵料理が多いわね。とても美味しそう」
「シェフが多くの卵を仕入れたらしく、様々な卵料理に挑戦しているのだとか」
「なるほど。食べるのが楽しみだわ」
ローレン伯爵夫人はフィオレンサに朝食のメニューを説明しながら、朝食に飲むお茶を準備していく。静かなローレン伯爵夫人の声音とティーカップやポットの擦れる音が聞こえる静かな部屋は、鳥の鳴き声がよく聞こえる、とても心地の良い朝だった。
「本日のお茶はフューベル地方の高級茶葉を使用した、ストレートで飲むのがおすすめのものです。そしてこのお茶は本日の卵料理と相性がいいと」
「余計に朝食が楽しみになったわ。今日も美味しそうな説明をありがとう。ローレン伯爵夫人も朝食を食べてきて」
「ですが、午後になるまで新しい侍女は来ません。その間に殿下に何かあったら……」
「大丈夫よ。それにもともとあの侍女たちがいてもいなくても変わらないから。私の侍女長なら体調管理も仕事のうちよ。最近ローレン伯爵夫人はご飯を何回か抜いていたでしょう?それでは体調を崩すわ」
「……! 分かりました。ですが、なるべく早く戻ってきます」
「ゆっくり食べてきなさい」
フィオレンサは呆れながらローレン伯爵夫人を送り出した。
誰もいなくなったこの空間でフィオレンサは静かにナイフとフォークを取り、朝食を食べ始める。ローレン伯爵夫人の説明通り、様々な卵料理と入れられたお茶は相性が良く、食が進む。
(やっぱり、ここの料理はどれも美味しい。病院での食事は栄養素ばかりを気にした料理で味は正直美味しくはなかった。いや、全体的に味が薄かった)
薄く切られたベーコンをサラダとまとめて食べると、ベーコンの塩気とサラダのシャキシャキ感がマッチしていて美味しい。フィオレンサはもぐもぐと食べ進めていった。
(……陛下と食べた時の料理、今度は味が感じる時に食べたいわ。ここでは見たことがない料理があっちにはあったから)
フィオレンサは空になったティーカップにもう一度お茶を注ぎ、朝食を食べ終わった後に飲んで食事を終わらせた。
* * *
午後になり、ローレン伯爵夫人が選定した新しい侍女たちがフィオレンサのもとに来た。そしてその全員が未来でシエナの侍女となる予定のもの達ばかりだった。
(まさか全員がシエナの侍女になる予定のもの達ばかりだなんて予想外ね。シエナには悪いことをしているわね……。でも、どうせ後からシエナのものになるのだから今くらいはいいわよね)
「初めまして。私はフィオレンサ・ディオネ・ロヴィルディ。知っての通り、ヴェードナ帝国の皇女よ。よろしくね」
他に何を言えばいいかわからず、フィオレンサは当たり障りのない言葉を口にして挨拶をした。新しい侍女たちは口々にフィオレンサに挨拶していくが、正直フィオレンサは原作での重要人物以外の名前をよく覚えてない。
だからこうして顔を合わせて名前を聞くことで、彼女たちのことを知ることができた。
「侍女の仕事は……、正直私もよく分からないわ。だからローレン伯爵夫人から直接聞いた方がいいと思う。言っておくけど、本当に知らないのよ。前の侍女があまりにも仕事に無頓着だったから……」
「その辺のお話はローレン伯爵夫人から聞いております。ですので殿下はお好きなことをしてお過ごしください」
そう言ったのはシエナにローレン伯爵夫人の次に気に入れられていたマリーだった。マリーは物静かな子だが、よく周りを見ており、ローレン伯爵夫人からもほかの侍女からも信頼されていると、原作には書いてあった。
「そう。なら残りの時間はローレン伯爵夫人から聞いて。私は今日、この部屋から出ないから様子見の心配はいらないわ。だから貴方たちは自分の仕事になれることを優先するのね」
フィオレンサはそういい、ローレン伯爵夫人とともに新しく入ってきた侍女たちを部屋から退出させた。フィオレンサは新しい侍女たちを見て、「本来侍女というのはああいうものなのかしら?」と思った。なぜならあまりにも表情を出さないからだ。
(でも、私に対しての侮辱は感じられない。……むしろ好意が感じられる)
以前では考えられないものだと、フィオレンサは人知れず思った。




