フィンセントくんのダンジョンご飯☆
遺跡調査を行う者たちの食事は、粗末なものが多い。
日持ちすることを前提に作られているため、味は二の次なのだ。
塩を大量に投入したコーンビーフ、カチカチに固いパン……どれも冷え切っている。
調査隊の面々は食事を楽しむ余裕はない。いかに空腹を満たすかということしか考えていなかった。
(くっ……! まずい! まずいものばかりだ!!)
フィンセントは涙目で、固すぎるパンを食いちぎっていた。
彼がこの遺跡に潜り始めて、早くも1か月が経過している。
(私は第一王子だぞ!? その私がどうして、こんな屈辱を味わわなければいけないのか!)
『英雄の試練』でシストに敗れてから、1か月。
その間、フィンセントはずっと遺跡調査に駆り出されていた。
試練での不正が発覚したこと、元婚約者のジーナの料理を不当に貶して、嘘を広めていたこと――その2つの罪を償うために、遺跡調査の無償奉仕を行うことになったのだ。
慣れとは怖いもので、1か月のうちに遺跡での生活には慣れた。魔力を上手に制御する方法も、魔物との戦闘方法も、それなりにこなせるようになっていた。
しかし……どうしても慣れないことが、1つだけあった。
それは絶望的にまずい食事である。
ジーナの夢のように美味しかった料理と比べれば、それは雲泥の差。なまじ本物の『美味しい』を知っているだけに、保存食のまずさには堪えられない。
フィンセントは毎回、涙目でパンをかじっていた。
そうしながら、ジーナの美味しい料理のことを夢想した。
……あの味が恋しい。
……もう二度と手に入らないとわかっていても。
その度に、フィンセントはジーナと最後に邂逅した瞬間のことを思い出した。
彼女の目は冷え切っていた。心の底からフィンセントを拒絶していた。
……もうジーナは二度と、自分の下には帰ってこない。
あの夢のように美味しかった料理も、二度と自分は味わうことはできないのだ。
それを痛感する度に、フィンセントは泣き叫びたい気持ちに襲われた。
(あー、食べたい! 美味しいものが食べたい食べたい食べたい……!)
何をしていても、そんなことばかり考えてしまう。
寝ていても、起きていても。
遺跡を調査している時も。
――果ては、魔物の姿を目にした時でさえ。
(あー……食べたい。美味いものが食べたい……。今日はウサギの魔物か……ウサギ……ウサギの肉……。案外と、焼けば美味しいのではないか?)
そんなことばかり考えていたから、段々と目の前の魔物が美味しそうに見えてくる始末だった。
(そうか。保存食は日持ちさせるために、味を落としているし、冷めていてまずいのだ。だが……遺跡の中で調理することができれば、出来立てが食べられる)
フィンセントは閃いた。
ジーナの料理に飢えすぎていて、半ば錯乱状態にある彼は、すでに正常な判断ができなくなっていた。
それからというもの……。
「殿下……それは【大ネズミ】の肉……! ネズミですよ!?」
「ふむ……焼くとそれなりに香ばしいな」
「殿下ぁ――! それは【大蛇】……へ、へ、ヘビっっ!」
「む……なるほど。皮はこうすれば剥けるのか」
「殿下! だめだめだめ、やめてください! 【オーガ】は! 【オーガ】の肉だけは……!」
「…………見た目はグロいが、なかなか美味だな」
初めは料理が何もできなかったフィンセントだが、そのうち包丁さばきにも慣れて、魔物をスムーズにさばけるようになった。
そのうち、彼は遺跡にもぐる際に調理器具を持参するようになる。
腰には包丁を下げ、背中には鍋を背負い、バッグからはお玉がはみ出している。
そんな彼の姿を見て、調査隊員たちはささやき合った。
「彼って、王子ではなかったですか……?」
「しーっ! 余計なことを言うなよ」
その後――。
遺跡にもぐる者たちの間で、ある噂が駆け巡るようになる。
遺跡の中で調理に挑む、無謀な男がいる。彼はどんな魔物の肉でも調理して、平らげるのだという。
皆は彼の名前を畏怖をこめて、こう呼んだ。
――『ゲテモノ作りのフィンセント殿下』と……。
メシマズ2巻が2/9(金)に発売となります!
めろ先生の表紙がとても可愛いので、ぜひ見てください。
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