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【書籍化・コミカライズ化】メシマズ女扱いされたので婚約破棄したら、なぜかツンデレ王子の心と胃袋つかんじゃいました【コミカライズ3巻発売】  作者: 村沢黒音
番外編

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47/50

私の好きな物

時系列→シストと二人でお昼を過ごすようになった直後。

(そのため、クレリアやヴィートは不在です!)

 

「シスト様の好きな食べ物って何ですか?」

 

 ある日の昼下がり。中庭のガゼボで、ジーナは尋ねていた。

 シストとお昼を共にするようになってから数日が経った。料理を作るのにあたって、シストの好みを知っておきたいと思って訊いたのだ。

 シストは「ん?」という顔を上げてから、当然のように答えた。

 

「ジーナの作る物なら、何でも」

「そ……っ、ういうことを聞いているわけでは……」

 

 ジーナは言いながら、じわじわと赤くなる。

 

「お好きな物や嫌いな物があるのなら、覚えておこうと思ったのですが……」

「全部美味いから、問題ない」

「ええっと……」

 

 これまた当然のように言われた。

 ジーナの胸はそわそわと落ち着かなくなる。まだ自分の料理を『美味しい』と言ってもらえることには慣れない。

 

 いつもは昼食だけ作っているが、その日は初めてデザートも付けてみた。エマに「リンゴがたくさん余っているから持って行くかい?」ともらったので、それでアップルパイを焼いてみたのだ。

 

 シストにおずおずと「今日はこちらも焼いてみたのですが……」とパイを差し出すと、シストはぱっと顔を輝かせて、「パイか? 美味そうだ」と喜んだ。

 

「シスト様は、甘い物がお好きなのですね」

「ああ。菓子類はたいてい好きだな」

 

 その時、ジーナの脳裏をよぎるものがあった。

 

『少し甘すぎるね』

 

 フィンセントに初めて手作りの菓子を渡した時のことだ。彼は残念そうに言った。その言葉はジーナの胸を深く突き刺した。

 初めて渡す料理だったから、丁寧に作った物だったのに。フィンセントは喜んではくれなかった。

 彼とのことを思い出す度に、ジーナの心には影が落ちる。早く忘れたいのに、ふとした時に思い出してしまうのだ。そして、のどに刺さった小骨のように、ちくりと苦しくなる。

 ジーナは、ぎゅっ、と膝上の掌を握りしめた。

 

「今まで食べたどんな菓子よりも、ジーナが作る物が一番美味い」

 

 優しげな声に、ジーナはハッと顔を上げた。シストは美味しそうに、アップルパイを口に運んでいる。

 胸の中の霧が一気に晴れていくように、息苦しさはなくなった。

 ジーナはかっと頬を熱くする。

 

「…………ありがとうございます。では、お嫌いな物はありますか?」

「あったと言えばあったが……」

 

 シストは迷うように視線を散らしてから、

 

「グリーントマトは少し風味が苦手だ」

「え!?」

 

 ジーナは顔を青くする。

 それは今日の昼食に含まれていた食材だった。グリーントマトのフライを添え物にしていたのだ。

 

「申し訳ありません……! 私、知らずに今日の……!」

「だが、美味かった」

 

 その言葉にジーナは目を見張る。

 

「ジーナの作った物は美味かった。だから、今日、好きになった」

 

 心臓が変な音を立てた。ジーナは落ち着かずに視線をさ迷わせる。

 

「お前はどうなんだ」

「え……?」

「好きな物はあるか?」

 

 ジーナは目をぱちくりとさせる。

 

(…………わたし……?)

 

 好きな食べ物。

 前はあった気もする。フィンセントと婚約する前は――。

 でも、今はなぜか思い出せない。

 

「…………よく、わかりません」

 

 ジーナは無表情で答えた。

 

 

 

 その後もジーナは考え続けていた。

 

 私の好きなもの。

 私の嫌いなもの。

 

 ――そんなもの、あったっけ?

 

 フィンセントと婚約してからは、料理が苦痛だった

 すると、何を食べても美味しいとは思えなくなっていた。味見をしては、『これじゃあ、ダメ』と胸が苦しくなった。この味ではフィンセントは満足してくれない。

 

 だから、もっと美味しく作らないと。

 

 もっと。

 もっと――。

 

 それだけを考えながら、キッチンに立つ日々だったのだ。

 

 ジーナは頭を悩ませながら、寮室に戻る。


 すると、ダダダッ!

 

 元気な足音が寄ってくる。ベルヴァがしっぽを振って、嬉しそうに跳ねていた。

 ジーナはしゃがみこんで、子犬と目線を合わせる。

 

「ベルヴァの好きな物って何?」

 

 ベルヴァは答えずに、くるくる。その場で回っていた。

 ジーナは小さく笑うと、用意していた夕食をとり出す。

 今日の夕飯は、フォカッチャとオムレツだ。

 お皿に並べてやると、ベルヴァは嬉しそうにそれにかぶりついた。

 

「――ベルヴァは、何でも好きなのね」

 

 ジーナは固くなっていた面持ちを緩める。

 そして、自分もテーブルについて、夕食と向かい合った。

 緊張した眼差しで、自分の料理を映す。

 

 ――これも、美味しくないんじゃないかな。

 

 そう思うと、きゅ、っと胸が苦しくなる。

 でも、

 

『美味いな』

 

 ふと、シストの言葉が脳裏に浮かぶ。

 その言葉に背中を押されて、ジーナはオムレツを口に運んでみた。

 卵のとろりとした食感が口の中に広がる。

 じわりとした幸福感が全身を満たした。

 

(………………美味しい)

 

 じんと美味しさに浸っていると。

 頭の中で、幼い頃の思い出がよみがえった。

 

 

 ――ああ、そうだ。思い出した。

 

 

 昔、ジーナが菓子作りにはまっていた時のこと。

 屋敷のキッチンでチョコレートのタルトを焼いた。幼いジーナは張り切ってそれを作った。というのも、その日の朝、仕事に向かう父に約束をしたからだ。

 

『帰ってきたら、とびきり美味しいお菓子を食べさせてあげるね』

 と。

 

 父・ジークハルトは嬉しそうに、「それは楽しみだ」と笑っていた。

 

 タルトを焼くのは初めてのことだったので、苦戦した。

 侍女に手伝ってもらいながら作った。チョコレートに熱を加えすぎて駄目にしたり、生地をこぼしてしまったり――たくさん失敗をして、ようやくタルトを焼き上げた。

 ジーナは味見のためにタルトを切り分けて、食べた。

 それはびっくりするくらいに美味しかった。

 

 ――もっと味見しよう!

 

 そう思って、更にタルトを切り分けた。

 

 あともう一切れ――もう一切れくらいいいかな?

 

 そうしているうちに、焼き上がったタルトをすべて食べてしまった。

 その日の夜、ジークハルトはジーナの焼いたタルトがすでにないことを知ると嘆いた。

 

『ジーナの手作り菓子と聞いて、仕事を早めに切り上げてきたのだが……』

 

 まだ料理が楽しかったあの頃。

 自分の作ったお菓子を、夢中で頬張っていた時のこと。

 

「…………ふふ」

 

 その時のことを思い出して、ジーナ笑った。

 

 

 

「私――チョコレートを使ったお菓子が好きです」

 

 次の日の昼食の場で。

 ジーナはそう告げることができていた。

 シストはジーナの顔を見る。そして、

 

「そうか」

 

 興味がなさそうに一つ、頷いた。

 

 

 

 ――次の日。


 夕方、ジーナは食堂で驚いていた。

 仕事が終わったので、昼食に使った食器を片付けようとしていた。そして、バスケットの中を確認した時、それに気付いたのだ。

 

(…………え?)

 

 それはチョコレート菓子の箱だった。

 こんなものいれた覚えはないけど……?

 と、ジーナは首を傾げる。

 

 その直後、すぐに気が付いた。

 

(あ! シスト様……)

 

 いつの間にいれてくれたのかわからないけど、彼しかいないだろう。

 ジーナが「チョコレートの菓子が好き」と話した時には、興味なさそうに聞いていたのに。

 ジーナは小さく笑って、箱を開けた。

 チョコレートを一つつまんで、口の中に入れる。

 

(…………美味しい)

 

 とろりとした甘さが、口内に広がった。

 

こちらのお話がMノベルスfで書籍化しました。

本日8/10から発売開始となっています!

WEB版から改稿・加筆をして、恋愛要素も増やしてます。

ぜひ購入を検討いただけると嬉しいです。


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(2/9金)2巻発売します!
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1巻はこちら
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― 新着の感想 ―
[良い点] ジーナ、シスト、クレリア、ヴィートの4人の掛け合いが面白かった(笑) 重くなりすぎない内容でサラッと読みやすかったです。 [一言] ベルヴァやリズの事、ジーナが学園に復帰してからの事や、復…
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