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29 騎士と公爵の策略


「――以上が報告となります」


 ヴィートからの報告を聞いて、公爵家の当主ジークハルト・エメリアは唸った。彼からの報告を聞いている間、彼は冷静ではなかった。「ジーナが平民を装っている……!?」や、「食堂で下働きをしているだと!?」など、いちいち衝撃を受けては、顔を手に埋めていた。


 ひとしきり悩む素振りを見せた後で、ジークハルトは顔を上げる。


「まずは此度の貴殿の功績を称えよう。よくぞ娘を見つけ出してくれた」

「はい」

「だが……なぜ、ジーナを連れ帰らなかった?」

「それについて、ご相談があります。……人払いをお願いできますか?」


 ヴィートが厳かな様子で告げる。ジークハルトは頷いて、使用人たちに退出を命じた。

 1人のメイドが、ヴィートのそばを通り過ぎる時、彼の気を引きたそうにちらちらと見ていた。それは以前、ヴィートに口説かれていた新人メイドだ。しかし、ヴィートは涼しい顔でジークハルトの方を向いている。彼女にはとうとう一瞥もくれなかった。


 彼らがいなくなると、ジークハルトは不思議そうに尋ねる。


「……どうした? 本命でもできたのか?」

「そうかもしれませんね」


 しれっと告げて、ヴィートはほほ笑む。


「まさかジーナではあるまいな……」

「はは……当たらずといえども遠からず」

「認めないぞ」

「何と手厳しい」

「あれの婚約は失敗だった。私も懲りる」

「はい。私の話もその件についてです」


 と、生真面目な顔に戻り、彼は告げる。


「……もし、フィンセント殿下とジーナ様の婚約を解消する方法があるとしたら、いかがいたします? それもこちらからではなく、先方から破棄させる方法です」

「ほう……またよからぬことを企んでいるな?」


 ヴィートはある計画について話した。ジークハルトはそれを聞き、黙りこんでいる。気難しい表情で眉を寄せた。


「なるほど。わかった。……確かにその方法であれば、先方の方から望んで・・・婚約を破棄させることは可能かもしれない」

「はい」

「だが、問題はある。ジーナの行く末はどうなる。王族との婚約を解消されたともなれば……あれもまた好奇の目にさらされ、嫁の貰い手はなくなるだろう」

「その点についてはご心配なく。また王族と婚姻なさればよろしいのです」

「何だと……?」


 ヴィートは次に、学校でのジーナの様子を話す。第二王子のシストや聖女クレリアと仲良くなっていることを、包み隠さずに報告した。


「ほう。シスト殿下か……。あまり社交の場に出てこない故に、私も寡聞ではあるのだが。ヴィートよ」

「はい」

「…………まともな男なのだろうな?」


 ジークハルトの真摯な問いかけに、ヴィートは苦笑する。王族相手に不敬極まりない発言であるが――それほど第一王子がひどかったということだろう。

 ヴィートは澄ました顔で口を開く。


「シスト殿下を(Luna)と例えます。……さしずめ、フィンセント殿下は(Rana)でしょうね」

「ふっ……」


 ジークハルトの気難しい表情が、少しだけ和らいだ。ヴィートはほほ笑み返して、


「シスト殿下はすでに、ジーナ様に心も胃袋も奪われているご様子。私が見ていただけでも、しきりに『美味い』『最高だ』『毎日でも食べたい』とジーナ様に告げていました」

「すでに口説かれているではないか」

「私もそう思ったのですが、なぜか本人たちは無自覚なんですよね」

「それはいかんな。早く婚姻させよう」


 ジークハルトはすでに乗り気な様子で言う。


「ヴィートよ。その話に乗ってやろう。貴殿は今後も、学校でジーナを見守ってくれ」

「はい。お任せください」

「ああ、大事なことを言い忘れていた。くれぐれも惚れるな」

「……はい?」

「いくら娘が料理上手で可愛いからといってな」

「は、はは……。さすがに殿下に対抗するのは分が悪いので。……俺も弁えてますよ?」


 ヴィートは、参ったな……、という調子で、へらへらと笑うのだった。



 +


 その日、フィオリトゥラ魔法学校は騒然としていた。

 誰もが目を見張り、そちらへと視線を向ける。衆人の観衆を一心に集めているのは、1人の男だった。


 彼は堂々とした足取りで、学校内を歩いていく。視線には気付いているだろうが、苦い表情で黙りこんでいる。機嫌が悪そうな様子を隠そうともしていない。「何も言うな、触れるな」という雰囲気である。

 向かいの通路から女子生徒がやって来る。男の顔を見て、目を輝かせた。


「フィンセント様……!」


 と、男爵令嬢のエリデは、彼に駆け寄る。


「デフダ遺跡からお帰りになられたのですね! ああ、お会いしたかったですわ、フィンセント様……!」


 喜色満面の笑みで、声も弾ませている。しかし、フィンセントは彼女に一瞥をくれることもしない。仏頂面で通路を突き進んだ。

 彼の隣に並んで、エリデは歩き出す。そして、フィンセントの顔を窺った。


「あら……少し、逞しくなられましたか?」


 以前はなよなよとした雰囲気だったが、今はどこか殺伐としている。彼が先ほどから難しい表情で黙りこんでいるのもその一因だろう。

 ぴりぴりとした雰囲気を、無言で放っていた。


「去れ」


 フィンセントはエリデの方を見ることもせずに、冷たく言い放つ。


「え……?」

「私が会いたいのは、私の婚約者だけだ」

「あの……フィンセント様……」

「私に話しかけたいのなら、ジーナを探してこい。彼女の情報を持ってこい。わかったな!」


 彼に怒鳴られて、エリデはびくりと身をすくませる。


「フィンセント様……?」


 エリデは怯えた様子で立ち止まる。そして、フィンセントの背中を見つめた。




 フィンセントがいなくなった後。

 エリデは体を震わせていた。それは怒りからくるものだった。


(ジーナジーナって……あんな『メシマズ女』のどこがいいのよ!!)


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