閑話 プレゼントがしたくて
「え、買いとりだったんですか……?」
ジーナは唖然としていた。カーラとのお茶会が終わった後、服やアクセサリーの返却をどうしたらいいのか、シストに相談していた。
すると、「あれは全部買いとったから、お前が持っておけ」と言われたのだ。
「でも、あんな高価な物をいただくわけには」
「今さら返されても困る。俺が着るわけにはいかないしな」
すると、その場にいたクレリアがシストを見つめる。ぐっ、と親指を突き立てて、
「意外といけますよ!」
「聖女は少し黙っておけ!」
ジーナは困りきって、口をつぐむ。
確かにどれも気に入っていたが……今の自分には不相応な代物ばかりだ。申し訳なさにジーナは身を縮める。
「お代はお支払いします。今すぐには難しいので、少しずつにはなりますが……」
「要らないと言っている」
シストも少しむっとした様子で、返してくる。
「……それとも、俺からの贈り物は受け取れないということか?」
「い……いえ。そういうわけでは」
ジーナは困り果ててしまうのだった。
(きっとこういう時は、喜んだ方がいいのよね……そういう素直な態度の方が、皆からは好かれるのかもしれない)
その夜、自室で髪をとかしながら、ジーナは物思いにふけっていた。
(……私のこういうところが、フィンセント様も気に入らなかったのかも)
たまにフィンセントは言っていた。「君のそういうところは可愛げがないね」と。
ジーナは人に甘えることをよしとしない。幼い頃より、ジークハルトにそう言い含められてきたからだ。公爵令嬢として扱ってもらい、尽くしてもらうことを、自分から望んではいけない。それでは誰もついてきてくれなくなってしまうよ、と。
今のジーナの立場は平民だ。だからなおさら、申し訳なく思ってしまう。
せめて、何かお返しがしたいな、とジーナは考えていた。しかし、得意の料理はいつもシストにふるまっている。
それでは普段と同じだ。もっと特別な何かがいい。感謝の気持ちを伝えられる物を――。
というわけで、次の休日。
ジーナはクレリアと一緒に、ルリジオンの街へとやって来ていた。フィオリトゥラ魔法学校は、街中に敷地がある。ルリジオンの街は、フェリンガ王国でも都心にあたる。
大通りは画一的なデザインの建物が並んでいる。美しく統一感のある街並みだった。
「ジーナ、見て、これ! 素敵だよ」
ショーウィンドウを眺めて、クレリアははしゃいでいる。彼女は珍しい商品を見かける度に、嬉しそうに声を上げた。
一方、ジーナは値札を見る度に、落ちこんでいた。
「……私の給料じゃ、大したものは買えない」
「こういうのって、気持ちがこもっていれば何でもいいんじゃない?」
「けど」
相手は第二王子なのである。ジーナの給料で買える程度の物では、彼に相応しくない。ジーナは、きゅっと口を引き結ぶ。
すると、クレリアは目を輝かせ、
「そうだ! それなら、世界に1つしかないものをプレゼントすればいいんだよ」
「それって、何?」
「こっち来て! あの辺にお店があったはず」
クレリアに引っ張られて、ジーナはいろいろな店を巡る。帰る頃には、
必要な物を一通りそろえることができた。
それから、更に1週間が経った。
フィオリトゥラ魔法学校には、クレリア専用の部屋が設けられている。魔法実技の授業で怪我をした生徒が駆けこむための部屋だ。いわゆる、医務室的な役割を果たしている。
その部屋の扉をジーナはノックした。
「クレリア。これ、どう?」
と、持ってきた物を見せる。
クレリアは「わあ!」と目を輝かせてから、それを凝視して、「わ……わー……」と、今度は目を曇らせた。
ジーナが広げたのはハンカチだった。1週間かけて刺繍をした。黒い何かが、何かを、こう、何かしている。そんな刺繍絵ができあがっていた。
クレリアはしばらく押し黙ってから、明るい声で言った。
「うん。ステキ! 素敵だと思うよ!」
「……ほんとに?」
「うん! ところで、わかってはいるから、これはただの答え合わせなんだけど、ジーナは何の刺繍をしたかったのかな?」
「ベルヴァ」
「あー、うん、うん。ベルヴァね~私も昔、よくお絵描きしたよ! 翼を描くのが難しいんだよね」
「……ベルヴァは犬だけど」
ジーナはハンカチに視線を落として、ため息を吐く。
「私……昔からお料理ばかりだったから。それ以外のことはあまり得意じゃなくて」
「う……かわいい。ジーナに意外な弱点が……。かわいいよぅ」
なぜか目を潤ませたクレリアに抱きしめられた。
それからクレリアはもう一度、ハンカチを見て、
「何かこれ渡したら、意外とシスト様も喜ぶ気がしてきた……」
「だめ。やっぱりだめ。こんな不格好な物をシスト様が使っていたら、周りから白い目で見られちゃう」
ジーナはハンカチを握りしめて、すん……と落ちこむ。
すると、クレリアが、
「あ、そうだ! それじゃあ、いいこと考えた」
と、元気よく言うのだった。
翌日。
昼休みの終わりに、ジーナはその袋を差し出していた。
「こちらもよかったら召し上がってください」
「ああ。ありがとう。中身は菓子か?」
と、シストは嬉しそうに頬を緩める。中身を確認しようとしたのをジーナは制止した。
「……その。恥ずかしいので、部屋で開けてくださいね」
「ん……?」
その日の夜。
シストはジーナからもらった袋を開けていた。中に詰められていたのは、カネストレッリだ。マーガレットの形のクッキー。薄ピンクの物と白い物が2種類入っていて、本物の花のように可愛らしい。
そして、中にもう1つ。
何かが入っていることにシストは気付いた。
それはジーナからの手紙だった。
『シスト様がいつも私の料理を「美味しい」と召し上がってくださることが、とても嬉しいです。お料理が楽しいことだとまた思うことができたのはシスト様のおかげです。
追伸――先日は贈り物をありがとうございました。大事にします。
ジーナ』
何度も目を通してから、
「~~~~~っ!」
シストは赤くなった顔を手で覆った。
「……しばらく食べられないな。これは」
と、美味しそうな香りを漂わせているカネストレッリを見る。そして、ジーナからの手紙を大事に、机の中にしまいこむのだった。