②
「蛇女って感じかな⋯おっと!あぶない危ない!」
止まると急な攻撃に対処できないから走りまいながら突破方法を考えていると、大きな舌が伸びてきた。こんな美人になら食べられても悪くないけど、あいにく今は頂上に行かなければならない。
「ごめん、お姉さん!そこを通してくれたら助かるんだけど!」
「ふふっ、通りたければ私を倒してみなさい?走り回っているだけじゃ退屈よ」
顔によく似合う色っぽい声だ⋯あ〜どうやって逃げようかな。
「御自慢の、その足が速いのは分かったから早く他も見せてくれないかしら?」
「お姉さんこそ、その綺麗な尻尾を動かしたらどうかな?舌が長いのは分かったからさぁ」
挑発にのってくれないかな〜。無理だろうなー。
「女は傷つけられないの?私はそんなに弱くはないわよ?」
ん〜お喋りも飽きてきたなぁ。早く行きたいし⋯仕方ない、ちょっとリスクはあるけどやるしかないか。
「⋯よっと!おっとっとっ⋯ぎゃぁぁぁ来たぁぁぁ!!!」
秘技、伸びてきた舌の上に飛び乗って猛ダッシュ!を実行したところ案の定、舌を巻き込みながら飲み込もうとしてきた。今の気分はサーファー、それも台風級の波に飲みこまれるかギリギリの所を滑るあの感じだ。⋯⋯サーフィンと違うのは波に向かって走ってるんだけど。
「ダーイー⋯⋯⋯ジャーンプ!」
舌が巻き終わる寸前で右腕に飛び移る事に成功した。後は、肩目掛けて走るだけ⋯
「あら、器用な子ね?振り落としてあげる」
と見せかけて⋯お姉さんが腕を振る勢いを利用してもう一回、大ジャーンプ!
「いぇーい着地成功!楽しかったよ!ありがとう、お姉さん!まったねー!!!」
何とか尻尾の上に辿り着いた俺は、勢いそのままに階段を駆け上がる。一段でも階段を踏めば階層主は入って来れなくなるらしいんだけど、怖いから止まらない。どんな美人相手でも食べられるのとか嫌だもんね。さっきはちょっとハードボイルドを気取ってみた。
「なかなか面白かったわよ〜また遊びにおいでねぇ〜次はパクンと食べたげるっ」
後ろの方から声が聞こえる。だから、お姉さんが相手でも食べられるのはごめんだってば!
「勘弁してくださーい!」
さて、ようやく999階!ここを越えれば頂上だぁぁぁ!⋯まずはセーフティールームを見つけないとだな!
「うぉっ、さすがにゴール直前は魔物も強そうだなー」
あちらこちらから次々と襲いかかってくる魔物達。
どれもこれも見るからに強そうだ。⋯まぁ走り抜けるだけだから問題ないけど。
「おっ、あったあった、セーフティールーム!ガチャっとな!」
階層主のいる部屋とは違って、セーフティールームには扉がついている。
「ふぅ〜何回見ても、この光景は面白いな」
セーフティールームの壁は透明な障壁のようなもので出来ていて、中から魔物達が見える。
もちろん外からも丸見えで、入ってこれないのに魔物達はセーフティールームの前に群がり始める。
「まるでゾンビ映画だな。もしくは動物園の動物になったみたいだ」
魔物達は担当の階に一時間の間、人がいないと、どこかに消えていく。真っ当な攻略者はともかく俺みたいに闘えない場合は、最低でも一時間はここで過ごす事になる。
「ちょっと仮眠もとるつもりだから丁度いいけど。さぁ、この階のご飯は何かなー!」
ダンジョンを作ったであろう声の主が気を利かせてくれたんだと思うけど、用意されているご飯は階層ごとに違う。これが楽しみすぎて全階のセーフティールームに寄りたくなったんだけど、残念ながら夏休みが終わってしまいそうだから諦めた。
「やたら横に長いな⋯初めてのタイプのボックスだ!さぁ何が入ってるのかなー!ボックスオープン!⋯うぉぉ!天ぷらに寿司にステーキに⋯1人バイキングな感じか!」
他にもラーメンやうどん、唐揚げにハンバーグ、色んな種類のジュースにデザートのケーキまである。
「声の主が何者なのかはさておき、絶対悪い奴じゃないな⋯なんなんだこの霜降り肉は⋯あぁ⋯口の中がパラダイスだ」
涙が出そうなほど美味い⋯涙が出るは言い過ぎたか。でも、こんな肉は食べた事がない。寿司も、アツアツでサクサクな天ぷらも、ダンジョンの外の世界では食べた事がない美味しさだった。
「あ〜まんぷく満腹!⋯残ったの持って帰りたいなぁ」
親にも食べさせてあげたい。頂上で声の主に会ったらお願いしてみようかな。
「よし、ご飯も食べたし、体を綺麗にして寝るかぁー」
残念ながら、流石に風呂やシャワーまではついていない。その代わりに、押せば体や服の汚れがとれる謎のボタンがある。更に、スイートルームかよ!って言いたくなるくらい立派なキングサイズのベッドもある。しかもアラーム装置付き。まさに至れり尽くせりなセーフティールームである。
「ふぅ⋯⋯落ち着いて考えたらもう後一階しかないのか⋯嬉しくもあるけど、少し寂しくもあるな」
思い返そうとすればいくらでも思い返せる。だけど⋯
「感傷にひたるのは俺らしくないか⋯ゴールの感動まで走り抜けるだけだな!」
ここまで走ってきた。走り続けてきた。後は頂上まで走るだけだ。
「どんな気持ちになるかはその時の俺に任すかー!感傷にひたるよりは楽しいだろーな!」
その方が俺に合う。とにかく、今は999階を抜ける事だけを考えるとするか。
「さて、寝るとしますか」
キングサイズのベッドに転がって、頭元のアラームを30分後にセットする。お腹もいっぱいになって目を閉じた途端に眠気を感じてきた。
「⋯⋯すぅぅ⋯すぅぅぅ⋯」
・・・